架と夢叶が大石家にいるあいだ、宮田大夢は一度も夏海に会いに来なかった。大夢は大夢で今後の結婚生活について妻の樹理と樹理の実家との話し合いが続き、それどころではなかった。ただし、夏海に連絡を取ることは固く禁じられていたが、大夢はそれを守っていなかった。夏海も大夢から連絡が来ればすぐに返事を返した。
《その後どう? 離婚後の生活はうまくいってる?》
〈架と夢叶、元旦那のうちに帰っちゃったよ。今思えば、最初から私のうちをめちゃくちゃにするつもりで、元旦那がうちに送り込んだとしか思えないんだよね。完全にしてやられたよ。うちにまったくお金がなくなったら、もう用がないとばかりに出ていった。土地も家もお店もお金も全部取られて、どうしていいか分からないよ〉
《大変そうだな。今は樹理の監視がきつくて、夏海の実家に援助するのは難しいけど、ほとぼりが冷めたら、なんとか援助するようにするわ》
〈本当にお願いしたい。お父さんとお母さん、全財産を失ったのが相当こたえたみたいで、すっかり老け込んじゃって……〉
《そんな状態なのか。夏海の子が接触を図ってきたら、おれも十分注意した方がよさそうだな》
〈あの子たちに入れ知恵したのは元旦那だと私はにらんでるけどね〉
《ということは、あの日おれのカバンに現金入りの封筒を突っ込んだのもやっぱり夏海の元旦那の仕業なんだろうな。あいつ、絶対に許せない!》
〈それはどうかな。警察が踏み込んできて私たちを確保したあと元旦那の会社に連絡を入れたけど、そのとき元旦那まだ会社にいたらしいから〉
《くそ! おれは窃盗で起訴されたけど、弁護士が言うには被害金額が大きいから実刑判決食らって懲役行くのも覚悟しろって言われた。罰金刑や執行猶予を狙うなら元旦那と示談して許したという言質を取ることが絶対必要なんだそうだ。でもおまえの元旦那、こっちがいくら示談を申し入れてもずっと無視しやがるんだ!》
〈不倫の件で相当怒ってるからね。先にそっちの方を示談した方がいいんじゃない?〉
《おれたちの関係についてどこまで知ってるのか気になる。まさか結婚前からのつきあいだったってことは知らないんだろ?》
〈知らないあいだにDNA鑑定をやられてて托卵がバレてたし、私が大夢君の子を高校生のときと四十歳のときに中絶してることまで知ってたよ〉
《マジか!? そりゃ示談申し入れても無視されるわけだ》
〈私も大夢君の力になりたいけど、もう離婚しちゃったから元旦那にできることは何もなさそう。ごめんね〉
《ムカつくことばかりだ。早く夏海とヤッてヤッてヤリまくりたいぜ!》
〈私もずっと欲求不満。早く大夢君に抱かれたいよ。でも今の家は狭すぎて、ホテルにでも行くしかないけどね〉
《ホテル? 最高じゃないか! 嫌なことばかりだけど、それを楽しみにおたがい頑張ろうぜ!》
〈分かった。またね!〉
二人ともちっとも懲りてない。やっぱりまともな頭の持ち主は初めから不倫なんてしないんだなってよく分かった。あんたたちがした不倫と托卵のせいで、父を始めとして僕たちがどれだけ嫌な思いをしたか、いまだに二人とも分かってない。夏海の実家は壊滅させた。次はいよいよ宮田大夢に対する攻撃を開始する。復讐はまだ、始まったばかりだ。
六月になった。夕方、架の部屋で兄弟三人で不倫カップルのLINEトークを見て呆れていると、守さんが部屋に入ってきて架と夢叶の肩の上に手を置いた。
「攻撃対象の家庭に入り込んで破壊活動か。トロイの木馬の逸話を思い出したよ。初めに、血の繋がってない子どもはいらないと清二に言わせて、清二と二人の関係が完全に切れたと油断させたのが功を奏したのは間違いない。胸がスカッとする見事な大勝利だった。でも次の宮田大夢に対してはどうする? すでに君たちが接触してくるのを警戒してるようだから、同じやり方は通用しないよ」
「分かってます。おれたちに考えがあります。そしてもう水面下で行動を開始しています」
架はにやりと笑ってみせた。復讐の鬼と呼ぶにふさわしい狂った笑顔だと僕は思った。
僕のクラスに宮田大夢の次女の宮田有希がいた。
父親の大夢が僕の母の夏海と長年不倫していて、僕の自宅で母とセックスしてる最中警察に踏み込まれて逮捕され、強制性交の容疑は晴れたが、僕の父のお金が大夢のカバンの中から見つかり、窃盗罪で起訴され有罪になるのはほぼ確定、罰金刑や執行猶予で済むか懲役に服するのか、彼が今その瀬戸際に立たされていることを、有希はどこまで知っているのだろう?
父親が僕の母と不倫していて、僕の自宅で逮捕されて大騒ぎになったことくらいは知ってるはずだが、彼女は僕に一切話しかけて来ない。謝るわけでもないし、事情を聞きに来るわけでもない。今までと同じように部活動と生徒会活動に打ち込む日々だった。
不倫期間は母が父と結婚する前から今年四月の不倫発覚までずっと。不倫していた場所は僕の自宅、野良猫のマーキングじゃあるまいし、彼らはあの家のあらゆる場所で性交を楽しんだ。僕ら兄弟三人のうち、僕以外の二人の父親が実は大夢。あんたの父親のせいでうちは大変なことになってるのに! 有希が仲間たちに囲まれて笑顔でいるのを見かけるたびに、僕は強烈な怒りが込み上げて胸が苦しくなった。
僕ら兄弟は結局、USBメモリの中のすべての動画を見た。托卵不倫していた鬼畜どもに対する怒りの炎をさらにかき立てるために。彼らはトイレでもセックスしていたし、僕の部屋で大夢がロープで縛った母をいたぶるシーン、ダイニングのテーブルの上で浣腸された夏海が肛門からすべてをぶちまけるシーン、なんてものまであった。
三人目の子作り期間中、妻の樹理と愛人の夏海の生理周期はほぼ重なっていた。大夢が寝室のベッドに仰向けに横たわり、夏海がその上で騎乗位で繋がり激しく腰を上下に動かしている。
「帰ったら樹理ともセックスしてやらないといけないから体力温存だ。おれ、最高に勝ち組だよな。二人の女に同時に種つけできるなんて。夏海の旦那なんて安全日なのに排卵日だと嘘をつかれて、月にその一回だけしか中に出させてもらえないのに」
二人ともただの汚物にしか見えなかったが、夏海に言わせれば大夢との不倫は〈真実の愛〉なのだという。真実の愛ってそんなに汚くて気持ち悪いものなんだったんだな。知らなかったよ。
公判期日目前になっても示談の見通しが立たないことに焦って、大夢の父親の一郎と妻の秋子がわが家を訪ねてきた。一郎は宮田工務店の社長。夫婦で謝罪に来たいという連絡は何度かもらっていたが、大夢に対してと同様に、会う気はないと父は拒絶した。
僕らは夕食の食事中。父は二人が訪ねてきたと聞いても、出なくていいと言うだけだった。
「なんかずっと玄関前で二人で土下座してるよ」
夢叶に言われて、近所からの目もあるから父は仕方なく二人を家の中に入れた。僕らもいろと言うから、親子四人、それと守さんの計五人で出迎えた。
一郎は今はさすがにぺこぺこしてるけど、ふだんは威張りちらしてるんだろうなという逆の印象を受けた。秋子はそれを支える糟糠の妻という態度で一貫している。
「宮田大夢の父です。このたびは息子がとんでもないことをしでかして、みなさまになんとお詫びしていいか……」
夫婦はまた土下座。僕らは無視して夕食を再開。食事終了後、架は食器の片付け。父は風呂掃除してお湯を沸かし、夢叶は乾燥機の洗濯物を畳み、仕分けしてそれぞれの部屋のタンスにしまい、僕は掃除機で家の掃除。
「邪魔なんですけど」
土下座する夫婦の尻を掃除機の先で突っついてどいてもらったら、なぜかにらまれたから父に報告した。
父が来たのを見て、二人はまた土下座を始めた。
「ご存知だと思いますが、あなたの息子と不倫していた妻とは離婚したので、今は家族で手分けして家事をしている状態です。家事の邪魔をしに来ただけなら、帰ってくれませんか」
「申し訳ありません。私のできることならお手伝いしますが」
「じゃあ、トイレ掃除やって下さい。一階と二階の二ヶ所あります」
「承知しました」
「おばさん、こっち」
秋子は立ち上がり、夢叶に案内されてトイレに向かっていった。夫婦が来てからもう一時間経過していた。父は土下座する一郎に言い放った。
「不倫していたのはあなたの息子だが、あなたにも責任があると思うから土下座をやめるようには言わなかった」
「もちろんあのような不肖の息子を育てたという責任が……」
「そうじゃない。逮捕された日もそうだが、あなたの息子は勤務時間中にわが家に入り浸っていた。あなたの会社の労務管理はどうなっているのかと聞いてるんだ」
「入り浸る? あの日だけじゃなかったんですか」
「十八年前、この家を建ててからずっとですがね。ちなみに、うちの三人の子どものうち二人はあなたの息子の種でできた子どもですよ。嘘だと思ったら電話して直接聞いてみたらどうです?」
「失礼……」
宮田一郎は息子に電話をかけ、彼の回答を聞いて呆然となった。
「息子は三人とも自分が父親だと言ってましたが……」
「二人です。DNA鑑定ではっきりしてます。それからその二人にしても、あなたの息子は僕に無断で僕の元妻に子種を植えつけただけの存在でしかなく、血が繋がってなくても二人の父親は僕です」
「失礼。今聞いたばかりでなんと言っていいか……」
「何も知らなかったくせに、あなたはいったい今日何をしに来たんですか?」
「窃盗の件の謝罪を……」
「盗られたといってもたかが百万ぽっち、まったくどうでもいい。あなたの息子はもっと大事なものをたくさん盗んでいったんですよ。とりあえず幸せな家庭を返して下さい」
「…………………………………………」
「窃盗の件で示談したいのでしょう。いいですよ。示談書だろうが減刑嘆願書だろうがサインしましょう。さっきも言った通り、百万ぽっちどうでもいいので、慰謝料もいりません。その代わり、あなたの息子のせいで離婚して元妻は実家に返したから、こっちは家事に追われて大変なんです。あなたの息子の奥さんと子どもさんにうちの家事をお願いできますか。もちろんこれは制裁の一環なので、家政婦を雇えばいいという意見は聞きません」
「息子本人は?」
「養育費も払ってないくせに、彼が何の権利があってうちの子どもたちに会えるんですか? 不倫と托卵の示談交渉ではお会いしますけどね」
ここで二ヶ所のトイレ掃除を終えた秋子が戻ってきて、一郎の隣で土下座した。一郎がここまでの経緯を話すと、秋子は泣き崩れた。
「すべてご主人の仰せの通りにします。嫁と孫たちは私どもから説得します」
「今度はその人たちも連れてきてください。直接意志を確認します。やる気がありそうなら、その場で示談書にサインしますよ」
明日またこの時間に来ますと告げて、さらにぺこぺこ頭を下げながら二人は退出していった。
翌日、有希は学校を休んだ。いきなり知らない家の家政婦をやれと言われて、有希に限らず大夢の妻子は呆然としたことだろう。学校どころではなく、昨夜からずっと家族で話し合いを続けているのだろう。
夜、結局現れたのは一郎と秋子、それに大夢の妻の樹理だけだった。樹理とは二ヶ月ぶりの再会。USBメモリを僕に手渡した人物が大夢の妻の樹理だったことを今ようやく確認できた。父が樹理に尋ねた。
「お子さんたちは?」
「申し訳ありません。三人ともどうしても首を縦に振ってくれなくて……。代わりに私一人が毎日伺って家事をするというわけにはいかないでしょうか」
「ところで、奥さんの方は離婚しないんですか」
「正直悩みましたが、〈夏海さんとは別れた、もう二度と関わらない〉というので今回だけは許すことにしました」
今回だけはって、高校生の頃からずっと二股をかけられて、何人も隠し子まで作られて、それでも離婚しないって、僕らなんかにはうかがい知れないよっぽど無視できない大人の事情というやつがあるのだろうか?
それにしても、二人でホテルに行く話で盛り上がってるLINEトーク画面を見たばかりの気がするが、奥さんに今それを教えると大夢に無用な警戒をされてしまうから黙っていた方がよさそうだ。架も夢叶も同じことを考えたらしく知らんぷりしている。
父が一郎の方に向き直る。
「こちらの想定していない形になったので、示談の件はお断りします」
「待って下さい。窃盗の慰謝料と昨日ご指摘いただいた会社の労務管理の不手際の迷惑料を支払いたいので、話だけでも聞いていただけないだろうか」
「どうぞ」
「不肖の息子は勤務時間中の不貞行為を認めました。期間はご主人と元奥様の婚約期間、婚姻期間の全期間の計十九年。不貞行為の場所はすべてご主人の自宅。非常に悪質と判断し、会社として迷惑料五千万円。窃盗の慰謝料も五千万円。合計一億円。全容が明らかになった段階で、大夢本人に対しても厳しい処分が下される予定です。ほかに誠意を示す方法が見つからないのが心苦しい。ご主人の気持ちが収まらないのは当然だと考えますが、今はこれをお収めいただけないだろうか」
もっと苦しめと思った。大夢は一郎の一人息子らしい。一人息子が収監されて懲役に服するのはそれなりにつらいだろうが、十九年愛した女の心と体が最初から最後までほかの男のものだったと知った父の衝撃には及ばないだろう。しかもほかの男の種で生まれた子どもを二人も長年養育させられた、というおまけ付き。
絶対に拒絶すると思ったのに、父はいいでしょうと静かに答えた。一億。確かに想像もつかないとてつもない額だ。父は金に釣られたのか? 僕らといっしょに悪魔に復讐するんじゃなかったのか? 悪魔に復讐しようとした僕たちが、悪魔に魂を売ってどうしようというのか?
僕はその瞬間、腹の中にあったすべてを吐き出した。
「あーちゃん!」
妹の声に急かされるように、吐瀉物を拭き取る雑巾を取りに泣きながら走った。
数枚の雑巾とバケツを手に戻ってくると、父はもう示談書と減刑嘆願書を手に持って読み始めていた。大量にあったはずの僕の吐瀉物は跡形もなく消えていた。秋子と樹理が何らかの方法できれいに拭き取ったものらしい。僕はまた圧倒的な敗北感に襲われた。僕も父のように愛した女に裏で笑われて裏切られ続ける人生を歩むしかないのだろうか? 金の力の前に感情を押し殺す人生の先に、いったい何があるというのだろう?
脳裏に動画の一場面が蘇った。撮影されたのは不倫発覚直前の今年の二月。大夢は下半身だけ裸になって、リビングの父のソファーに偉そうにふんぞり返って足を開いて座っていた。その正面に全裸の母が正座して床に座り、大夢の性器を口に含み精一杯奉仕している。気分をよくした大夢は母の頭を両手で挟み、自分の股間に母の顔をグリグリと押しつける。動画でそれを見たときは惨めだなと思ったが、大夢から見れば母も父も僕ら子どもたちもすべて同じに見えたことだろう。好きなだけ搾取して自分を楽しませるだけの都合のいい玩具。そうか。玩具なら玩具らしく、復讐しようなどと大それたことを考えず、最初から心なんて持たなければよかったんだ――
気がついたら全部終わっていたらしく、宮田家の三人の姿はなかった。一億円は今月中に振り込まれるそうだ。金で解決されたことに納得していないのは僕だけらしい。架も夢叶も一言も声を上げなかった。みんながそれを望むなら、僕もそれを望めばいい。答えはその一つだけ。でもその一つの居場所は僕の心の中にはなさそうだった。
これで宮田大夢が実刑を食らうこともなくなったわけだ。罰金刑かせいぜい執行猶予付きの懲役刑。僕たちの復讐劇も強制終了。幼い頃の遊んだ記憶のように儚い夢だった。
「あーちゃん、ありがとう!」
いきなり夢叶に感謝の言葉をかけられたが、僕は客人の前で吐いただけで誰かに感謝されるようなことは何もしていない。
「示談に応じるとお父さんが言ったのが受け入れられなくて吐いちゃったんだよね? お父さんの血を引いているあーちゃんがお父さんを奪われたあたしたちよりよっぽど激しく宮田大夢に怒ってくれて本当にうれしいよ」
〈お父さんを奪われた〉か。そのとおりだと思った。架も夢叶も父の遺伝子を受け継いで誕生すべきだったのに、夏海の悪意によってそれを阻止され、大夢の悪意によって彼の遺伝子を受け継いで誕生させられた。
夢叶に続いて、架まで僕を持ち上げ始めた。
「歩夢、おれもおまえに感謝しているし、はっきり言うがおれは自分自身よりおまえのことの方がずっと大事だ。自分が父さんの血を引いてないと知ったときは、一人だけ父さんの血を受け継いだ歩夢のことが妬ましくて仕方なかった。今は違う。父さんは血の繋がってないおれに、父さんと呼ばれることを許してくれた。この家でこれまで通り暮らすことも許してくれた。托卵発覚後も歩夢と分け隔てなくおれと夢叶に接してくれる。冗談でもなんでもなく、おれは父さんのためなら死ねる。それはつまり、父さんの遺伝子を唯一引き継いだ歩夢のためでも死ねるということだ。父さんの結婚は最初から詐欺だった。夏海の心と体は結婚前から大夢のものだった。生まれた子どもも歩夢以外の二人は大夢に托卵されてできた子ども。今までさんざん裏切られ奪われてきた父さんから、この上歩夢まで取り上げられるなんて事態は絶対にあってはならないんだ!」
思わず心がぞわぞわした。僕がそう感じるほど夢叶と架が僕を持ち上げる理由は一つだ。それ以外考えられない。
宮田大夢に対する復讐は僕の考えた計画で実行されることで、架と夢叶の了解は取れていた。計画はプランAとプランBに分かれていて、その二つを並行して進めることになっていた。
プランA……宮田家の三人の子どもは佐野家の家事をすることを拒否したが、実はそれは両家の子ども同士が不仲であると大夢と樹理に思い込ませるための策略であり、実は現時点で宮田家の長女の雫は父親の不倫と托卵にたいそう怒っており、僕らの復讐に全面的に協力すると架に約束していた。雫には、宮田家の家の中でも現金入りの封筒が見つかったと警察に届け出てもらう、という重要な役割を担ってもらうことを考えていた。
プランB……大夢の托卵児である架と夢叶を宮田工務店社長である宮田一郎夫妻に接近させ、信頼を獲得し夫妻に養子縁組させ、夫妻の自宅で生活する中で、大石家のときのように内部から破壊活動を行う。架と夢叶は大夢には警戒されているが、無警戒な彼の両親相手なら十分可能なはずだ。
復讐は中止されたのだ。だから僕は兄妹から慰められているのだろう。僕らは今ダイニングにいて、目の前に食事するための大きなテーブルがある。大夢と夏海はこのテーブルの上でも何度も性交し、しまいには大夢によって浣腸された夏海がテーブルの上で大便をぶちまけたりしている。このテーブルに限らず、各部屋のベッドなど彼らが性行為に使用した調度品は買い替えず、僕らはそのまま利用している。それは彼らへの憎しみを忘れないため。すべての復讐が済むまでは何も買い替えないことになっていたが、きっともうそんな我慢も必要なくなったのだろう。
「歩夢、先に言っておくけど復讐をあきらめたわけじゃない。ただしプランAとプランBは中止だ」
「あきらめてないと言うだけなら、あきらめてるのと同じだよね」
「そうじゃない。守さんに指摘されたんだ。プランAは宮田大夢の刑期を長くするのが目的だけど、そもそもおれたちの復讐の目的は大夢をこの世から抹殺することだ。いくら刑務所にいたって大夢が死ぬことはない。復讐したいなら逆だ。あいつを絶対に刑務所に入れてはいけない。それからこのプランにはもう一つ危なっかしいところがあって、宮田雫が裏切ったら逆におれたちが窮地に立たされるということだ」
言われてみれば……。夏海とその両親への制裁は成功したが、その方法を考えたのは架だった。僕には策士としての才能はないらしい。
「プランBは?」
「時間がかかりすぎるし、そもそも宮田一郎は大石雅彦ほど簡単に騙されたりしないだろうって」
僕は馬鹿だなと思った。夏海に対してうまくいったから次も失敗するわけがないと調子に乗ってしまったようだ。そもそも前回の成功だって全然僕の功績ではないのに。
「あきらめるしかないのか……」
「誰があきらめるなんて言った? プランCでいく」
「プランC?」
「守さんが総指揮を執る。詳しい内容は知らない。ただ、最愛の弟をここまで愚弄された守さんの憎しみが、おれたちの怒りより小さいということは絶対にない。歩夢、それでいいか?」
僕は目の前に立つ守さんに、よろしくお願いしますと頭を下げた。
宮田大夢に対する判決は罰金刑だった。本人も喜んだだろうが、たぶん僕らは本人以上に喜んでいたはずだ。実際、大夢はその後僕らの想定した通りの最期を迎えることになった。
プランC開始のXデイは宮田大夢から慰謝料等、取るべきものを取り終えた直後ということになった。死んだ人間からは慰謝料が取れないから。要はそれだけの理由。
宮田一郎の求めにより再度DNA鑑定を受けることになった。今度は病院での正式鑑定、もちろん大夢も含めて。ただし、一郎の計らいで検査日をずらしたらしく、僕らが大夢と鉢合わせすることはなかった。鑑定結果は予想していた通り。宮田大夢は架と夢叶に対して親子関係認定。佐野清二は僕に対して親子関係認定。
〈佐野清二から宮田大夢に対する要求事項〉
・架と夢叶の認知は求めない
・宮田家(大夢を含む)は架や夢叶と両者合意のもと自由に面会することができる
・慰謝料 3800万円(200万円×19年)
・過去に架にかかった養育費 1600万円(100万円×16年)
・過去に夢叶にかかった養育費 1200万円(100万円×12年)
・これから22歳までの架の養育費 600万円(一括)
・これから22歳までの夢叶の養育費 1000万円(一括)
・長年自宅内各所を大夢と夏海の性行為に使用されたことによる自宅リフォーム代金 1800万円
合計一億円。宮田大夢が今年中にこの世からいなくなることを見越して、架と夢叶の認知は求めなかった。また、支払い能力のあるうちに取れるものは取るという一貫した方針のもと、これから22歳までの架と夢叶の養育費も当然一括で支払わせることにした。宮田家はすべての要求に同意、六月末日までに支払いを完了した。別件の取り決めによる一億円も振り込まれ、父の通帳の残高は一気に二億円も増加した。そのことに父や守さんの心が揺れることはなく、Xデイは七月七日と決定した。
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