テラーノベル
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獣魔王のゼンティ、獣魔姫のヒメ、近衛兵のアレン、携帯食のリィラは、4人一緒に城を出て城下町を目指して歩く。
アレンが護衛なのは分かるが、彼は今日も鎧ではなく黒いスーツ姿。兵というよりSPかもしれない。
ベスティア王国には獣魔族しかいないので外敵から身を守る必要もない。
「あぁ~いい天気! 人の足で歩く散歩も快適だね!」
ゼンティが伸びをしながら幸せそうに朝日を浴びている。昨日まで獣の姿だったので今日の散歩は新鮮らしい。
ヒメはアレンの足元に寄り添うように四足歩行をしている。首輪もリードもしてないが、普通の黒犬にしか見えない。
「……ゼンティも毎日散歩してたの?」
「うん。僕が獣の姿の時もアレンが散歩に連れてってくれたよ」
ゼンティの獣の姿……あんな巨大な黒熊を連れて散歩する近衛兵とは一体……。
しかも今のアレンは片手に武器ではなくピクニック用のバスケットを持っている。本当に近衛兵なのだろうか。
「ゼンティとヒメちゃんって、アレンさんとすごく仲いいのね」
「うん、アレンは僕たちの兄で家族だね。大好きだよ。ね~アレン!」
「……は。恐れ入ります」
「あ、せっかく人の体になったから腕組もうよ」
「……は。光栄です」
なぜかアレンと腕を組むゼンティと、照れて顔を赤くするアレン。初々しいカップルみたいな謎の主従関係を見せられた。
王と姫に挟まれて歩くアレンはモテモテの近衛兵あった。
街路樹に挟まれた道を歩くと、やがて城下町に辿り着く。人通りも多くなり、飲食店や商店などが多く立ち並ぶ。
リィラは賑やかな風景に目と口を大きく開けて感動しながら歩く。
「これが街なのね……! あれがお店? すごい……!」
リィラは毒の里・ポワゾンの外で暮らした事がないので、生まれて初めて街を見る。
さらに城下町を通り抜けると、木々に囲まれた広場へと入っていく。そこは公園らしく中心には色とりどりの花が咲く花壇がある。
リィラはその美しい花々を遠目で見つめているだけで故郷を思い出してしまう。
(きれい……ポワゾンの花畑みたい)
ただ、ポワゾンに咲く花は毒花なので紫一色。賑やかで色鮮やかなベスティア王国は、紫以外の色を知らない孤独なリィラにとって魅力的な風景であった。
花壇の前のベンチには若い男女が肩を寄せ合って座っていた。おそらく恋人だろうが、ゼンティが近付いてくると二人は慌てて素早く同時に立ち上がった。
男性の方が、かしこまった態度でゼンティに頭を下げた。
「失礼しました。どうぞお座りください」
ゼンティは昨日まで獣の姿だったが、人の姿になっても誰だか分かるらしい。獣魔の嗅覚か何かで分かるのだろうか。
相変わらずゼンティはニコニコと微笑んでいる。
「いいよ、君たちが座って。あと僕の名はゼンティになったよ。君たちも人の体になったばかりだよね?」
「はい、そうです」
「ふふ、おめでとう。幸せにね」
「……はい、ありがとうございます!」
若い男女は深く頭を下げると再びベンチに座って寄り添った。獣魔のカップルは成人して人の体を得た事によってベスティア王国で結婚できる。
つまり二人の愛は人間を捕食して得たのだから、リィラには素直に微笑ましいとは思えない。
ゼンティたち一行は再び歩き出すと花壇の反対側へと回る。そこには石で作られたテーブルと椅子が設置されている。
「じゃあ、ここで朝ごはんにしよう! アレン、準備よろしく」
「はい。承知しました」
アレンは手に持ってたバスケットから、ランチマットや弁当箱を取り出してテーブルの上に並べ始める。
本当に近衛兵なのか、アレンは早起きをしてサンドイッチを手作りしていた。城のメイドやコックが形無しである。
そんなアレンの足元ではヒメが尻尾を振って見上げている。ヒメは基本的にアレンから離れない。
リィラは一人でその場を離れて花壇の花を眺めている。
「リィラちゃん、何を考えているの?」
「あ……ゼンティ」
リィラは隣にゼンティが立っていた事にすら気付かなかった。リィラは花の事を考えているのではない。そしてそれはゼンティに見透かされている。
リィラは、さきほどの獣魔のカップルを見て、自身にも思う事があった。
「もし獣魔に子供ができたら……それって……」
リィラはそこまで言いかけて止まってしまった。獣魔は生まれてから成人するまでは獣の姿。という事は、生まれた時は獣だ。
たとえ人の体になっても、お腹に宿す子は獣なのだろうか……そんな疑問が頭から離れない。
「あはは! ちがうよ、人の体になったら人間と同じ。子供は人の姿で生まれてくるよ!」
しかし、ゼンティとヒメは獣の姿で生まれている。という事は『成人したら人の体を得る』という決まりは近年に定められたと思われる。
つまり、いずれは全ての獣魔が人の姿になる。そして森からベスティア王国へと移り住むという壮大な移住計画だった。
ゼンティはリィラの背後から両腕を回して抱きついた。その両手はしっかりとリィラの腹部に触れている。
「僕のリィラちゃん。安心して身籠っていいんだよ。子供も大事に育ててあげるからね」
「……家畜、として……?」
「ふふ。毒を持つ子をたくさん産んでくれたら嬉しいなぁ」
リィラは眉をひそめて唇を噛み締める。ゼンティが背後で満面の笑みを浮かべているのだと思うと悔しい。
ゼンティの言う通り、もうリィラの体はいつ彼の子を身籠ってもおかしくはない。
リィラは体内に毒を持つ種族の最後の一人。ゼンティにとっては繁殖させて家畜を増やしたいだけなのだろう。
(やっぱり、こんな魔物なんか……!)
愛せるはずがない。リィラは体を隣のゼンティに向けると、右手を振り上げた。感情のままにゼンティの頬を叩こうとした……が、手が止まった。
自分を見下ろすゼンティの魔物の瞳は、王子だった頃のセンティの優しい色を含んでいるように見えて息を呑む。
「リィラちゃん。僕と結婚しよう」
「……は?」
唐突な求婚に感情が真っ白に吹き飛んでしまい、リィラの振り上げた手がゆっくりと落ちていく。
「僕はリィラちゃんにタダで餌になれとは言わない。センティにもタダで僕の体になれとは言わない。二人の願いは叶える」
「……だから私と結婚するの? 魔物なのに随分と律儀ね」
「それがセンティの願いだからね」
獣魔は、体となった人間の心に干渉され影響される……これはゼンティにすら抗えない自然の摂理。
ゼンティがリィラに注ぐ愛は、自身の感情ではなくセンティだった頃の名残でしかない。
「リィラちゃんの願いだって同じでしょ? 僕と結ばれたいんでしょ?」
「ちがう、私の願いは……」
リィラが愛したのはアディール王国の王子・センティ。しかしセンティはゼンティを愛してほしいと願った。
センティの願いを叶える事が自分の存在意義で罪滅ぼしになるのなら、目の前の魔物を憎まずに愛すべきだと心を決める。
(私の願いは、センティと結ばれること)
その願いはセンティと一致している。ならば、センティを支配した魔物ごと彼を愛する。
凛とした強さを紫の瞳に込めて、リィラは獣魔王の妃として生きる事を決めた。
「はい。私はゼンティと結婚します」
ゼンティは嬉しそうに微笑むと、片手でリィラの長い紫の髪に触れて指先で絡め取る。
「愛してるよ、リィラ」
「……ゼンティ、愛してる」
その言葉に愛なんてない。愛し合ってなんかいない。それでもセンティの願いを叶えるために二人は偽りの婚姻を結ぶ。
ゼンティに肩を引き寄せられて、自然と引き合う唇が重なる。毒は吸われない、初めての本物の口付けだった。
愛も誓いも指輪もない。式なんて挙げない。このキスだけで二人は婚姻の証を唇に刻む。
今、この瞬間にリィラは、若き獣魔王・ゼンティの正式な妃となった。
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