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獣魔王ゼンティの妻となったリィラだが、それは妃という肩書きを得ただけであり『餌』扱いは変わらなかった。
リィラ個人の部屋は与えられずに、今朝もゼンティの寝室のベッドの上で目覚める。
「リィラちゃん、おはよう。朝だよ」
「ん……」
目は開いても、リィラの体は朝からだるく重い疲労感で身動きするのも辛い。
同じ毛布の中で微笑む魔物は毎晩リィラの毒を吸い、体も餌のように食べ尽くしていた。
ようやくリィラが起き上がると寒さに曝された全身の肌を震わせるが、服を着る前にゼンティが唇を重ねてくる。
「ふぅ……最高だよ。朝の一服は美味しいなぁ。もう一回吸っていい?」
「ちょ、も、だめ……ゼンティ、いい加減にして……」
タバコのようにリィラの毒を吸う行為も日常になっていたが、イチャついているようにしか見えない。
さらに、困った事は朝だけではない。リィラの毒を吸い続けていたゼンティに最近、異変が起き始めた。
ゼンティは執務室の机の上に両足を乗せて椅子に踏ん反り返っている。
「あぁ~リィラ吸いてぇな。あいつどこ行きやがった?」
信じられない態度と口調だが、これはゼンティのセリフだ。机の横に控えていたアレンは慣れた様子で動き出す。
「……お連れしてきます」
「急げよ。ったく、餌の分際で遊んでんじゃねぇよ」
ゼンティは毒が吸えないと禁断症状が出るようになった。その時だけは本来の魔物の人格の乱暴な口調に戻ってしまう。
毒を吸い過ぎたゼンティは、もはやリィラ依存症。これ以上悪化する前に禁煙……ではなく禁毒が必要かもしれない。
数分後、アレンに連れられてリィラが執務室に入ってきた。
「愛しのリィラちゃん、待ってたよ! も~どこにいたの!? さぁ、おいで!!」
リィラの顔を見るなり天使のような人格に変わったゼンティは、ようやく机から両足を下ろす。情緒不安定で近寄るのがちょっと怖い。
リィラも慣れたもので、両手を広げて待ち構えるゼンティの腕の中へと自ら収まっていく。
「……中庭にいたの。花壇のお花を……んっ……」
ゼンティはリィラの話など聞かずに唇でその口を塞いで荒々しく毒を吸い始めた。こうなると気が済むまで吸わせないと終わらない。
ようやく満足すると、ゼンティは名残惜しそうにリィラの濡れた唇を舌で舐め回しながら話を再開させる。
「……で? 花がどうしたって?」
「ポワゾン、思い出しちゃって……私、ポワゾンに、行きた……」
舐められている唇がくすぐったくて話し辛い。リィラはゼンティの体を両手で強く押し返す。
「ゼンティ、お願い。私をポワゾンに連れて行って。月に一度くらいは帰りたいの」
「あぁ、あの毒の里だね。いいよ。リィラちゃんの願いは叶えるよ」
毒の里・ポワゾンはリィラの故郷。毒の種族の最後の生き残りであるリィラがベスティア王国に移住したため、里には人がいない。
ポワゾンには、リィラの両親を含めた住民たちが眠る墓地がある。誰もいなくなった里が放置されるのは心苦しい。
「あと、お城の中庭の花壇にポワゾンの毒花を植えたいの」
「いいね、毒は大歓迎だよ」
ゼンティは無茶な内容でない限りはリィラの願いに笑顔で応える。そこに愛はなくても純粋に嬉しいとリィラは思う。
それから数日後、リィラとゼンティは馬車に乗って毒の里・ポワゾンへと向かう。
一頭立ての箱型馬車を御するのはアレンで、一人で何でもできる万能な近衛兵に驚くしかない。
馬車を引く黒い毛並みの馬は魔物の一種だと知って、それにも驚いた。
「ねぇ、今までポワゾンの住民が獣魔に襲われなかったのは、なんで?」
車内でリィラは隣に座るゼンティに問いかけた。
ゼンティが同行したのは常にリィラの側にいないと毒が吸えないためである。
「本能だね。獣魔は毒の種族を捕食しないからだよ」
「毒が好物なのに?」
「短命の種族の体を得ても意味ないでしょ。でもリィラちゃんは僕が毒を吸うから長生きするよ」
自分は魔物に延命してもらっていると思うと素直に感謝すべきなのか複雑であった。
ゼンティからは笑顔が消えて、どこか遠くを見つめながら独り言のようにつぶやく。
「それと単純に獣魔の個体数が少ない。今では絶滅危惧種だよ……人間のせいでね」
そう言い終えたタイミングで馬車が止まった。ポワゾンに一番近い森の手前で馬車から降りて、ここからは徒歩で進む。
森の中に道がなくてもリィラには故郷の場所が分かる。里の周辺は木々の位置や形まで全て覚えている。
ポワゾンの近くまで来ると、リィラの足が自然と速くなる。しかし、森を抜けた先にあった里の光景を見た瞬間に足が止まった。
「……え? どうして……?」
里に広がっていた毒の花畑の花は全て焼かれて炭のような残骸しか残っていない。全ての木々も伐採されて焼かれた形跡がある。
毒の花の甘い香りに包まれていた里は焼き尽くされて、今は焦げ臭い匂いと灰だけが風に舞いながら漂っている。
リィラの後ろから遅れて歩いてきたゼンティとアレンも、この惨状と異臭に顔をしかめる。
「……これは人間の仕業だね」
ゼンティはあえて人間への憎悪を言葉に込めて強く放つ。自然災害ではない事は一目瞭然だった。
かつてリィラが住んでいた小屋も跡形もない。それだけではなく、リィラがもっとも衝撃を受けたのは墓地だ。
「……ひどい……」
リィラは墓地の前で呆然と立ち尽くす。全ての墓が掘り返されて、乱暴にかき出された土が散乱している。
今は亡きリィラの両親も、里の住民も……かつての命の名残すらも全てが失われていた。
肩を震わせるリィラの後方で、ゼンティに向かってアレンが耳打ちをする。
「……あの者の仕業ですね」
「あぁ、そうだろうね」
ゼンティはそれだけ言うと、リィラに歩み寄ってその小さな肩を抱き寄せる。リィラは紫の涙を頬に流しながら嗚咽を漏らす。
「ゼンティ、ねぇ……私たちが、何をしたって、いうの……なんで、こんな……」
リィラはゼンティの胸に顔を埋めて、抱きつくようにして泣き続ける。リィラを抱くゼンティの腕は、柔らかく大事なものを包み込むように優しい。
「リィラちゃんは悪くないよ。悪いのは人間だ」
それを言うならリィラも人間なので、慰めの言葉としては相応しくない。
しかしゼンティの言葉の意図は全く別で、リィラを醜い人間と同類とは見てはいない。
「安心して。僕がリィラちゃんの分も復讐するから」
「復讐……?」
「当然だよ。リィラちゃんは僕の大切な妻だ」
涙でぼやけた視界に霞んで映るゼンティの銀色の髪と赤の瞳が、今は眩しくて目を見張るほどに美しい。
今はゼンティも魔物も憎くない。毒を好む魔物よりも、毒を忌み嫌う人間が憎い。一人で里で生きてきたリィラは人間よりも魔物に近いのかもしれない。
ゼンティはリィラの頬に舌を這わせて毒の涙を舐めとる。それは毒を味わう行為ではなく、リィラの涙を優しく拭き取るだけの行為。
「……悲しみの毒は美味しくないね」
ゼンティはリィラの涙の味を汚した人間が許せない。それは建前で、純粋にリィラの故郷を破壊した行為そのものが許せない。
そしてゼンティは、この行為を起こした者と意図を知っている。
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