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1.実力不足
リヅとイサナのいる場所から数百メートルほど離れた地点。
星野はサンタクロースに吹き飛ばされ、受け身も取れないまま瓦礫に背中を強打した。
左耳、左腕の欠損、全身の骨折、打撲、出血多量。
おまけに近くに人の姿もない。
「……」
もう星野に、助けを求める気力は残っていなかった。
(─死にたい)
星野はふと、そう思った。
大嫌いな肉親の血が流れているこの体とも、心の底から憎んでいる悪魔の心臓を持つ自分自身とも、死んでしまえば即刻おさらばだ。
「…疲れた」
遠くから響く轟音を聞きながら、誰に告げるでもなく、ぽつりと呟いた。
すると、瓦礫の山に寄りかかる星野に何者かが近づいてくる足音がした。
コツ、と、足音は星野の目の前で止まった。
「……」
目線だけをかろうじてそちらに向ける。
そこにあったのは、今しがた灯ったばかりの街灯に照らされた星野自身の姿だった。
「死ぬな」
静かにこちらを見下ろしているかと思った途端、もう1人の自分は口を開いた。
「死ぬな。自分の人生を勝手に手放すな。お前はこれだけのうのうと生きておいて、まだ何も成し遂げていない」
「─⋯」
「死ぬのか?お前が?何の役にも立っていないお前が?
仇を追うのはどうした?やめたのか?
“二十数年”も無意味に、身勝手に生きて、そんなお前の最期がこれか?」
恥知らず。
「─もう疲れたんだよ!!!」
星野は限界を迎えた。
2.役立たず、恥知らず
「もう疲れたんだよ!!他人に無理やり決められた人生を歩むのは!!あいつの命を奪った悪魔の鉢となって動くのは…!もううんざりなんだよ…!!」
心の奥底にしまい込んでいたはずの、嫌な記憶が全て蘇った。
─幼い時から、自分が生まれた境遇に嫌気が差していた。
私の両親が他の家の親と違うのは、
倫理観の狂った異常者なのは、
ずっと昔から気づいていた。
『あの子も、あの子も、あの子も。一緒にいると悪影響だから、お父さんとお母さんが言った子とだけ付き合いなさい』
『デビルハンターになるんだろ?たかだか同級生が死んだぐらいで泣くんじゃない』
友達付き合いも、進路も、その先の人生まで 全部決められた。
両親が悪魔に殺されて死んだと聞いたとき、やっと自分なりの幸せな生き方ができると安堵した。
甘かった。
あいつらは死んでもなお、私を束縛し続けた。
「悪魔の心臓を持った、人でないなにか」として生きることを置き土産に。
私を操り人形のように動かし、親としてのくだらない達成感に浸っていた。
幼い頃からデビルハンターのことしか教わってこなかったから、嫌だと思っていても、決められた道を真っ直ぐ進むほかなかった。
私にできることはそれしかなかったから。
やり場のない思いは全て悪魔にぶつけた。
明確な目的もないまま、殺して、殺して、殺して、殺し続けた。
死のうとも思った。
ビルの屋上に行くところまで、
ロープを首に掛けるところまで、
大量の睡眠薬を目の前に用意するところまで、
そこまではやった。
でも、いつも途中で諦めた。悪魔の心臓を持つ私の身体は不死身だから。
どれだけ足掻こうともあの世に逃げることはできないのだということに気づいたのは、それからさほど経っていない頃だった。
─あなたが死んでしまったら、2課の人たちの意思を継げないんじゃないんですか?
─その人たちがやりたかったこと、伝えたかったこと。あなたがここで死んでしまったら、その人たちの思いが全て消えてしまうんです。あなたが覚えていないと、全て忘れられてしまうんです。
あのとき、あの魔人にそう言われたから。
親友を殺した悪魔─仇を探してみたりもした。
でも、無理だった。
限界だった。
自分が探している悪魔がなにかも、何処にいるかも分からない。
必然的に、追うことはできなかった。
─じゃあ、どうして追うことを辞めなかった?
……
──⋯。
─見つけて殺したら、親友が死んだ時に泣きも悲しみもしなかった私の、せめてもの罪滅ぼしになるとおもった。
ただ、それだけだったんだ。
3.お前だから
脈拍が弱まっていくのを感じる。身体から体温が少しずつ失われていくのが分かった。
星野の目の前に立っていた”もう1人の自分”は、知らぬ間にどこかへ消えていた。
だんだんと薄れていく意識のなか、星野の頭に浮かんだのは、嫌いだったはずの院瀬見の姿。
(なぁ、どうしてだ?
どうしてお前はこうも懲りず、仇を追い続けることができる?
どうしてお前はこんな世の中で、普通に生き続けることができる?)
返事はない。
幻想の院瀬見は応えることなく、姿を消した。
『お前だからダメなんだよ』
昔、誰かにそう言われた気がした。
(あぁ、そうか。私じゃダメなのか)
─いくらもがいても叶わなかったのは。
いくら手を伸ばしても届かなかったのは。
(私だから、仇討ちができなかったのか)
他ならぬ、自分自身が原因だったのだ。
生きているかも死んでいるかもわからない仇を、ただあてもなく、がむしゃらに追い求めて、生きる理由にして。
そんな不安定な動機だけで、腐りきったこの世界を生き抜けるわけがなかった。
「─最初から、こうするべきだったんだ」
もっと早く気づくべきだった。
星野は悪魔になって以来、誰にも見せることのなかった笑みを浮かべた。
(私に仇討ちはできない)
だから、お前に私の全てを託す、と。
今際の際に再び浮かんだのは、嫌い合っていた同僚の姿。
「私の代わりに頼んだ、院瀬見」
星野は事切れた。
地面に散乱する大量の人形の頭を蹴散らしながら院瀬見は歩く。遠くでまだデンジとサンタクロースが激しい戦闘を繰り広げているのが見えた。
人形は一通り倒し尽くしてしまった。途中で血の匂いにつられて雑魚の悪魔が数体寄ってきたが、瞬きひとつの間に全て倒されていた。
誰が倒したのか。院瀬見である。毒々しい紫色の血を頭から被って、おまけに服がそれを吸ってしまいとても動きづらい。
「!」
おぼつかない足どりで建物の角を曲がると、一体の生き残った人形を見つけた。こちらに背を向けていて気づいていない様子だ。
迷うことなく院瀬見は飛びかかる。
その瞬間、彼女の心臓がドクンと大きく跳ねた。
「─⋯!?」
視界がぐらりと揺れ、受け身も取れずそのまま後ろ向きに強く倒れ込んだ。何も見えない。
院瀬見の意識はそこで途絶えた。
4.ひとつ、またひとつ
「ハァ…ハァ……ッ…!」
全身が痛むのを必死に我慢し、路地を走るのはリヅ。腕には血まみれのイサナを抱えている。
「海…!」
イサナが刺された。みぞおちからドクドクと血がこぼれて止まらない。攻撃範囲から逃れたところでリヅはイサナを下ろして地面に寝かせた。
「どないしよう…海…海が…」
「…ハナちゃん…」
「喋ったらあかん!!傷が広がってまう!!そうや…血を─!」
言葉を発しようとしたイサナを止め、リヅは自身の血を飲ませようと腕まくりをした。
「…!」
リヅは目を見開き、そこで動きを止めた。
「…あかん…無理や…あげられん…」
イサナの血がべったりとついた手が微かに震えていた。
リヅは毒使いである。刀を介して敵に毒を打ち込み斬りつけ、殺す。
毒の正体はリヅ本人の血液である。血液から毒を精製して敵に打ち込んでいるため、リヅの体内にはいわば常に毒が回っているのと同じなのだ。
それを自分以外の人間や悪魔、魔人に飲ませれば拒絶反応を起こし、死ぬ。リヅ本人だけしか耐性がないからだ。
目の前で消えかかっている命を、リヅは救うことができない。
「…ハナちゃん…もういいよ」
「ええわけないやろ!!早う誰かから血を─!」
その場から立ち上がろうとしたそのとき、リヅの腕をイサナが掴んだ。
「いかないで」
「…!」
「おねがい」
「……」
リヅは再びしゃがんだ。イサナの目を見て、全てを悟ってしまった。
「ごめんね、ハナちゃん」