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1.私がいなくなっても
「…ハナちゃん…ごめんね」
イサナはぽつりとそう言った。
「なんで…」
「いっしょにいてあげられなくてごめんね」
「なんっ…待って、そんなこと言わんで…!」
「たぶんもうしんじゃうから、さいごにはなさせて」
イサナはリヅの手を握って呟いた。あまりにも弱い力、あまりにもか細い声だった。
リヅは仰向けに横たわるイサナのすぐ隣に座り込み、イサナの吐息混じりの声を聞いた。
「…ハナちゃん、わたしがいなくなっても、ちゃんとまいにちごはんたべてね」
「うん」
「あさはちゃんとおきて、よるはよふかししないでねてね」
「うん」
「おへやはきれいにしてね、ちゃんときがえて、ちゃんとおしごといってね」
「…うん」
「わたしがいなくなってもかなしまないでね」
「……」
『僕がおらんでもちゃんと飯食えよ』
『朝ちゃんと起きて、夜は夜更かしせんとさっさと寝てや』
『部屋散らかしたまんまにしたらあかんで、ちゃんと着替えて仕事行くんやぞ』
『僕がおらんでも悲しまんといてな』
全て、かつてリヅがイサナにかけていた言葉だ。
出張任務でリヅがいない間、1人家に残るイサナが寂しがらず無事に過ごせるように繰り返しかけていた言葉。
「…あんまり…やくにたてなくてごめんね」
イサナが人形に刺されたみぞおちからはドクドクと血が流れ続けている。刻一刻と迫る親友の最期にリヅは堪らずぼろぼろと涙を零した。
「やだなぁ…まだしにたくないなぁ…」
「嫌や…海…」
「…もっと…ハナちゃんとずっと…いっしょにいたかったなぁ…はなればなれになりたくないなぁ…」
「嫌や死なんで…!すぐに応援呼んでくるからそれまで待って…!!」
イサナはまっすぐ天へと向けていた目を横にいたリヅの方へと向けた。
「んーん、もうだいじょうぶ」
「いや…嫌や…!」
「あんまりはやく、こっちにきちゃだめだよ」
柔らかな笑みを浮かべて目を閉じる。
「ばいばい」
「海…!!!」
リヅはイサナに覆い被さるようにして泣いた。イサナが再び目を開くことはなかった。
2.僕には
しばらくしてリヅはイサナを安全な場所に安置し、応援を呼びに走った。自分以外の誰かからイサナに飲ませるための血をもらうために。
本当は分かっていた。
(私が弱いことなんてみんな分かってる、私も分かってる)
一生をかけて守ると誓った、家族ともいえる者を逝かせてしまった。
守らなければならなかったのに。逆に守られ、結果自分だけが生き残る形で死なせてしまった。そんなことあっていいわけがない。
「大切な人の存在を失いたくない」。その気持ちはたとえ悪魔だろうと人間だろうと同じだ。魔人であるリヅにだって痛いほどよく分かる。
なにかを失う人たちをこれ以上増やさないように、悲しませないように。
「もう誰も失わせない、死なせない」と。そのためにここまで必死にやってきたのに。
大切な人を失ったのは他の誰でもない自分だった。
周りの誰かのことを優先して考えることは誰にでも当たり前のようにできることではない。それができるならそれは長所だ。
同時に、「自分自身を大切にする」こともそれと同じように難しいことで、当たり前にできることではない。リヅは周りのことを考えることはできた。大切な人たちのことを第一に考え、行動することはできた。
ただ唯一、自分自身を大切にすることはできていなかった。その結果、自分が大切に思っていた存在を失うことに繋がるなんて誰が想像できただろうか。
「ゔ…っ…!!」
リヅは背後に潜んでいた人形に気づかず、心臓を勢いよく一突きされ、前に倒れ込んだ。
倒れた目と鼻の先に、逃げ遅れた一般人が死んでいるのが見えた。震える手を伸ばすも届かない。
あともう少し、もう少しだけここに来るのが早ければ、血を抜き取ってイサナに届け渡すことができたはずだ。
そんなことを思う間もなく、リヅは息絶えた。即死だった。
伸ばした手はそのまま力なく地に落ちた。通りすがった人形がそれに気づかず、腕を踏みつけて去っていった。
4課隊員・星野サエ、水無月リヅ、イサナの3人は、たった数十分の間にあえなく死亡した。
3.夜が明けて
遠くから微かな音がする。
規則的に刻まれる電子音。聞いたことがある気がする。これは心電図の音だ。
さっきまで轟音が鳴り響いていたはずだ。四方八方から土煙が舞い、血の匂いが充満する戦場に立っていたはずだ。
だが今は”静かすぎる”ときに聴こえる自分の耳鳴りと、心電図の音しか聴こえない。耳が遠くなった?いやそんなはずはない。
重いまぶたをゆっくり少しずつ開くと、眩しい日の光とそれに照らされてちらちらと光るほこりが見えた。
「……」
病院だ。
院瀬見は病院のベッドに寝ていた。
病院?
『─あとは頼んだ、院瀬見』
「!」
狼の声だ。
「狼…?」
院瀬見は声のした方に顔を向けた。だが視界には心電図の電子線が自分の鼓動に合わせて脈打っている様子しか写らない。なんとなく右目に違和感があり、それもよく見えない。
「狼…なぁ狼」
何度呼んでも狼は出てこない。何故だか酷く頭がぼんやりしていて、だんだんそれにイライラしてくる。
いつもなら呼べばすぐに出てくるのに。院瀬見が頭を軽く起こそうとしたとき、ふとさっきの狼の声が頭に思い返された。
“あとは頼んだ“。
「─ッ!!」
嫌な予感がよぎり、勢いよくベッドから身を起こして脚を下ろした。
「狼…!おい狼…!!クッソなんだよこれ…!」
鼻から入れられた酸素チューブと腕に刺さる点滴の管が絡んで邪魔をしている。無理やり抜こうと引っ張るも視界が霞み、朦朧とした頭と焦りで手元が狂って上手く引き抜けない。
「狼…!!なんで…出てこねぇんだ…!」
「狼の悪魔は死んだ」
突然病室の扉が開き、入ってきた知らない男が冷たく、そう告げた。
4.遺したもの
「…は?」
「8ヶ月前だ。ドイツのサンタクロースが襲撃してきたあの日、一度死んだはずのお前が例を見ない武器関連以外の悪魔の心臓を持つ悪魔人間になって蘇った」
通常悪魔人間というのは皆、何らかの武器の悪魔をその身に宿している。チェンソーの悪魔の心臓を持つデンジ、爆弾の悪魔の心臓を持つレゼ、弓の悪魔の心臓を持つクァンシなどが主な例だ。
「お前が死んだタイミングで狼の悪魔がお前の心臓と融合したんだろうな。武器以外と融合することはないと思っていたが…」
「…なんで狼が」
「力を過剰に使い過ぎたんだろ。微調整できずに暴走しまくって理性もぶっ飛んでただろうしな。決死の思いで融合したはいいものの、余力がなかったっつーことだ」
「……」
思い当たる節がある。身体中から無限に湧き上がってくる異常な力を制御できず、超越した身体能力で建物の間をあちこち飛び交っている記憶がおぼろげながらに浮かんできた。あれは自分で動いていたというより、圧倒的な力で動かされているような感覚だった。
闇の悪魔を前にして死んだ院瀬見をなんとか延命させようと、狼は自らの命を捧げて死んでいったのだ。
「中の悪魔が死んだならお前も死ぬと思ってたんだがな。お前の心臓に外側から貼り付いているような一時的なものだったからか、キレイさっぱり人間に戻ってたぜ。狼の眼を入れていた右目以外はな」
狼の眼。
それだけははっきり覚えている。忘れたことはない。
18の冬。白骨化した家族が見つかった後、院瀬見は狼と契約を交わした。契約内容を問うたとき、狼は言った。
─右眼を差し出せ。私がそれを食うから、代わりに私の右眼をおまえにやる、と。
何のためかもよく分からないまま、院瀬見は狼の右眼を自身の右目のくぼみに埋め込まれ、その上から眼帯を着けさせられた。
あの右目こそが狼の力を使うためのトリガーだったのかもしれない。狼はもしものときに備えて、予め院瀬見に右眼を授けていたのだ。
だがその右眼も今となってはもうない。男が言うに、病院に担ぎ込まれてすぐのときに突然破裂して潰れたらしい。大量出血したせいで一時危うかったが、なんとか潰れた右目を摘出し、義眼を埋め込んだようだ。右目の違和感はそのせいだった。
「まぁ、ここに運ばれた時は心臓もほとんど止まってたんだけどな。見込みはないと医者から 言われていたが、日に日に少しずつ 動くようになってこれだ。どうやって蘇生したんだか知らねぇが… 狼の最期の足掻きってか?」
「……」
何も言えなかった。
何年も連れ添った相棒は、自身を助けるために犠牲となり死んだ。こうなる可能性までも見越して狼は右眼を授けてきたのだろうか。
今ならデンジの気持ちがよく分かる。
ショックを受けたまま無言でうつむく院瀬見を見つつ男は付け加えた。
「怪我が完治したらまたすぐに公安に 戻ってもらうぞ。次に契約予定の悪魔も 決まってる。人員不足だからさっさと 7課に入ってもらわないと困る」
「─7課…?」
「あぁ、特異4課は全滅した。お前とよく喋ってた早川も、お前のバディだった華の悪魔と深海の悪魔も死んだ」
「···──!!!」
院瀬見は絶句した。