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朝、いつも通り高校に向かい、教室に入る。ただ今日は、妙な騒がしさに包まれていた。
「何これ!」
噂好きの女子達が何やら話している。女子だけではない、男子も、紙切れを持って大袈裟に騒ぎ立てているのだ。いつも遅刻ギリギリに登校している俺だけがついていけていなかった。
「拓斗(たくと)、机の中探ってみろ」
俺の姿に気づいた友人が、この雰囲気の原因を俺に教えてくれた。すぐさま俺は机の中を確認する。
「なんだ、これ」
そこに入っていた謎の紙切れ。書かれている文字は日本語ではない。英語、かもしれないが、知らない単語で形成された文章は、俺が理解できる範疇を超えていた。
「みんなの机の中に一枚ずつ入ってたんだ。先生もさっぱりらしい」
先生にも分からないとなるとお手上げだ。俺が首を突っ込むようなことでもないだろう。朝礼開始のチャイムが鳴る。先生は教室全体に声を掛けた。
「お前ら座れ! 紙は先生が預かる。後ろから集めなさい」
まあ、当然の結果だろう。俺は指示に従って、みんなの持っている紙を回収する。ただ、俺は横目で見ていた。平然と嘘をつく確信犯を。
「誰の仕業か知らないが、もしこの中に心当たりのある者がいるなら、これ以上余計なことはしないこと。いたずらなんてしている暇があるなら、勉強に励めよ」
先生はそう嫌みを残して教室を去っていった。全く、いけ好かない奴だ。
休憩時間、俺は確信犯に事情を聞きに行く。
「お前、紙切れ持ってるだろ」
俺の友人、あえて名前は伏せておこう。俺はさっき、こいつが「怪文書は捨てた」と言って、その紙をきれいに折りたたんでポケットに突っ込んでいたのを、確実に目撃していた。
「拓斗、これは事件だ。この二年間平和だった学校生活において、こんな意味の分からない文書がばら撒かれたんだぞ。絶対に突き止めないとダメだろう」
怪文書よりも意味の分からない言い分だ。こうやってたまに正義をちらつかせる友人に、俺は今までも付き合ってきたのだけれど。
「友人よ、あんまり深入りはしないほうがいいんじゃないか? 少なくとも俺は忘れるつもりだ。そりゃ、こんなことをできる奴、やろうと思う奴は限られてくるが、そんなのを探すなんて面倒だ」
髪を揺らすほどの風が、友人の隣から吹いてくる。先生が去った後に何食わぬ顔で窓を開け、春風を浴びるのは、友人のルーティンであり、それは三年目でも変わらないようだ。
「別に勝手にやるだけさ、僕の中で完結すればそれでいいのだから。先生に突き出してやろうなんて、そんな醜い考えは持っていない」
お気楽な奴だ。もしこれがただのいたずらで済まされなかった場合、結局助けに入るのは第三者だ。触らぬ神ならぬ、触らぬ紙に祟りなし、ってな。
「まあ、幸運を祈るよ」
「へいへい」
適当と適当の会話が風にさらわれ、跡形もなく消えていった。
そこから二日後のことだ。また怪文書が現れた。ほら、いたずらの域を超え始めた。
「この後学年集会を開くことになった。至急多目的室に集まるように」
先生もついに動き出してしまった。さすがに二枚目となると放ってもおけないのだろう。多目的室に行く道中、俺は友人と話をしていた。
「ああ、あれは間違いなく意味の込められた文章だったよ。英語ではあるけれども、英語ではないというか、僕からはこれだけ伝えておく」
「結局解読不可ということか。お前にしては安易な回答だな」
若干期待していた俺も悪い。こいつとの仲なんてたった十数年だというのに、信頼というものを置いてしまっていたのだ。
「おいおい、これで終わりだと思ってもらっちゃ困るよ。僕の名が廃るじゃないか」
「元々お前の名前なんて広まっていない。せいぜいこの学年くらいさ」
相変わらずつまらない会話が続く。どうせ今回の怪文書も隠し持っているに違いない。もうそれは疑惑ではなく確定事項に近いのだから、俺はあえて友人に聞くのをやめた。
「ほら、貝塚(かいづか)拓斗、君は前から十番目だろう。さあ、僕を追い越して行きなよ」
「かっこつけなくとも、俺は行くよ」
友人の謎の催促に押されながら、おとなしく列を作り並ぶ。クラス全員が集まり、俺たちは一番乗りに多目的室の床に座り込んだ。
のちに全クラスが到着、目の前に学年主任が立ち、淡々と話し始めた。
「もう聞いているとは思うが、ここ最近変な文章が書かれた紙が机の中にあったり、教室の黒板に貼られていることがある。心当たりのある者はいるか」
まさかこんな方法で犯人が出てくるなんて、先生も思っちゃいないだろう。それに、犯人がこの学年にいるとは限らない。
「誰も名乗り出ないのか。先生たちはお前たちがこんなことをする奴だとは思っていない。先生たちも疑いたくないんだ。これ以上はもうやめて、おとなしく勉強に励みなさい。以上だ」
疑っているから聞いたくせに、偽善者もいいところだ。もしこの中に犯人がいたとして、簡単にやめるとも思えない。この学校の傾向上、警察沙汰にするということもしないだろうから、解決はまだまだかかりそうだ。
学年集会は三十分もせず終了、犯人ではない奴らからしたら大迷惑な話だ。この件はさっさと忘れたい。俺は関わりたくない。
放課後、俺は忘れ物を取りに誰もいないはずの教室に足を運んだ。せっかく誰もいない時間帯を狙ってきたのに、黒板の前に誰か立っている。手にはマグネット、謎の紙切れ。これは、そういうことかもしれない。
「そこで何をしているんだ」
「あら、こんな時間に人だなんて、私も迂闊でしたね」
この女子生徒、見覚えがある。確か生徒会長の奥出早紀(おくでさき)だ。
「犯人はお前だったのか奥出」
長い髪を手櫛でとき、ごまかしているつもりなのだろうか。
「あなたにはそう見えるのね。本当、困りますね」
奥出は紙をきれいに折りたたみ、黒板から離れ、俺に向かってくる。
「犯行現場を見た者は最後、聞いたことない?」
「なんだ、お前もその口か?」
ごまかしの次は脅しか。正直内心ドキドキはしてるさ。男なんだから、女に迫られたらそれはもう、そうなるに決まってる。
「あなた今、想像した? 何かされるかもって期待してるのでしょう?」
「ななな何を、そそそ想像したって?」
はあ、友人よ。今だけでいいから助けに来てくれ。俺のごまかしはごまかしにならない。
「まるで経験のない初心な男子高校生ね。それとも、狩られる前の羊かしら」
例えが例えになっていない。奥出早紀、まさかエスパーなのか?
「俺をどうする気だ」
「さあ? 口封じでもしちゃおうかしら」
目の前には俺より身長のある生徒会長、奥出早紀。家系だとしても我ながら情けない。男なら、女より身長は欲しいものだろう。いやいや、それどころではない。俺はたった今、脅されているんだった。
「まさか……殺し……!」
「残念ながら趣味じゃないわよ」
じゃあ、趣味だったらやるのかよ、とツッコミを入れたいところだが、そんな雰囲気でもなさそうだ。
「とりあえず教室に入ったら? あらかた忘れ物でもしたのでしょう?」
「ああ、そうさせてもらうよ」
流れで教室に入ってしまった。ここは完全に相手のテリトリーだ。
「生徒会長が噂の事件の犯人だなんて、驚いたかしら。それとも失望した?」
「いや、俺は特にお前のことは知らない。期待も失望も、湧き出る前の段階さ」
奥出は少し悲しんでいる気がした。でも、事実は事実、仕方ないだろう?
「冷たい人なのね。そう言われたことない?」
「俺は別に気にしない。大衆の言う優しいは正義なのか?」
奥出は黙り込み、そっと口を開いた。
「秘密の話をしましょうか」