テラーノベル
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今日は一段と疲れた体を引きずって、やっとこさ会社を出た。
危うい終電へなんとか駆け込んだところで、身体から力が抜けて電車の背もたれに溶けた。
…疲れた。
あれから潤に対しての部長の怒りっぷりは凄まじかった。
…本来責めるべきは、確認者の方じゃないのだろうか。
もちろん、潤に自分の仕事を頼まずにいれば回避できた事案ではある。
だから、奮闘した。
凍え死にそうな心身に鞭を打ちながらなんとか潤はいかに真摯に向き合ってきたか、いかに手伝わせた自分に非があるかを、柄にもなく声高に訴えた。
なのに、自分の発言はことごとくスルーされた。
そりゃそうだ。
ただでさえ村八分に遭っている身なのだから。
罵詈雑言に不思議そうな顔をする潤もなかなか強者だったが、どうしても手伝わせた自分に罪をなすり付けて欲しかった。
結果、本日の終業時間を当に過ぎても潤は今回の尻拭いをさせられる強制的にサビ残ということになった。
側から見て項垂れる潤にせめてもの気持ちで手伝いをしたが、落ち込みたい気持ちを抑えて明るく対応する潤にますます影を落とした。
『仁人さん、つながりました!なんとかしてくれるそうです!帰りましょう!』
嬉々として報告をあげる潤に出たのは、ポツリと溢れた謝罪だった。
「なんかごめんな、情けない先輩で」
「そんなことないです。さっきめっちゃかっこよかったっすよ」
真顔でそう言い切る姿が眩しかった。
気づけば電車から降り、いつもの十字路に差し掛かる。
赤信号の目の前を大きなトレーラーが横切った。
相変わらず暴走族のような音を立てるあの凶器の後ろ姿をぼんやりと見つめていた。
…そんな大層な人間じゃあない。
もしそんなご立派な人間だとしたら、あの時も…。
やがて信号は青に変わり、そこからは無心で家の前に辿り着き、扉を開けた。
…リビングの中はシン、と静まり返っている。
崩れ落ちるようにソファーの上に倒れ込む。
シャワーの音だけが寂しく残る。
…家に帰ってすぐ話す存在がいないだけで、こんなに大きな孤独感に襲われるのか。
「…『勇斗』」
もうできることなら俺も目が覚めたらそっち側行っちゃいたいよ。
いつも見ている顔か…はたまたもう見ぬ顔か…頭に思い浮かべながら深い眠りに沈んでゆく。
風呂場からリビングの方を覗き込むと。
…寝てるわ。
ぐうぐうイビキをかいて。
ソファで横たわって眠っている家主に近づいてみる。
ネクタイも外さず、ワイシャツも脱がず、鞄もソファから垂れ下がった手元の真下に。
相当疲れているみたいだ。
じっと顔を見つめた。
…そういえば寝顔あんま見たことなかったかも。
目元に光るものを見つけた。
…今日、確かにしんどそうだったもんな。
一日中、ずっと思い詰めてるみたいな。
目元を指でぐっと拭うと、多忙の中でも保たれた白くもちもちとした肌触りを感じる。
…霊力、強くて良かった。
こうして今も触ることが出来るなんて。
ソファの背もたれにかかった毛布を引っ張り、身体を覆った。
風邪を引かれたら長引くタイプだ。
たまったもんじゃない。
再度しゃがみ込んで顔を見つめながらあの日のことを思い出した。
…ちょうど、空から降りてきた日が、その日だった。
何かに引き寄せられたように、SOSを受け取ったように。
きっとこれなんだろう。
…早く『会いたい』
暖かい体で、抱きしめてみたい。
…それまでは。
手を乗せると柔らかい髪の毛を感じた。
優しく梳くように撫でながら、咒をかけた。
「大丈夫。俺が守ってあげる。仁ちゃんがもう泣かないように。だから、何も考えず寝てていいよ」
「ええ…わかりました。わざわざありがとうございます。お大事にとお伝えください」
通話をオフにし、僅かな心配と共に、社内チャットへ何やら入力を始める。
慣れた手つきで打ち込む文字がめまぐるしく変わり、青い表示に続いて文を連ねていく。
一際大きい打音が誰もいないオフィスに響いたところで扉のノックの音が聞こえた。
…この時間に?まだ始業まで30分ほどあるのに。
不思議そうな顔をしながら「はい」と答える。
「失礼致します」
落ち着いた声のトーンと共に入ってきた細身の男と、精悍とした顔つきの男が扉の入り口で様子を伺いながら足を踏み入れていた。
すぐにわかった。
「あれ、おはよう。柔太朗と…潤か」
久しぶりに見る後輩の顔に顔を和らげると、2人とも顔を見合わせて緊張がふっと解けたように微笑んだ。
「ご無沙汰してます」
潤が頭を不器用に下げ、太陽が朗らかに笑った。
その様子を見て静かに笑みを浮かべた山中は「実は」と切り出した。
空気が一変して厳しい顔つきになった山中に、太陽も笑顔を収めて相手の眼をまっすぐ見た。
「今日は総務の話を聞いて欲しくて」
総務…。
潤の方を見た。
潤は一瞬言葉を探すように目を泳がせたが、すぐに太陽に向き直った。
「はい。…このままは良くないと思って」
潤の顔つきをじっと見つめ、事態の重さを察した。
「詳しく聞かして」
コメント
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1ヶ月ぶりのシリーズ投稿ありがとうございます! 🩷の人間だった頃?の過去も気になりますし、💛の仕事は一体どうなるのかも続きが楽しみです。 あと個人的に涙のあとを拭う描写めっちゃ好きでした!いちゃいちゃパート、良いですね… 続きのストーリーもとっても楽しみにしております!