士能達介は郊外にあるプレハブ小屋で死亡した。第一発見者は当日、現場付近を飼い犬と散歩していた老人、「いやな臭いがするなって思ってたらね、煙があがってきて、びっくりした!あのう、もう一人若い兄ちゃんがおったよ、気づいたらおらんなってた」ここ1ヶ月、マスメディアはこの話題で持ちきりだ。老人の証言や顔が判別できない遺体などの情報から、これはただの火事ではなく若い男による意図的な犯行なのでは?と様々な考察がなされ、誰もがこの事件を一度は見聞きしていた。同時期に世間を騒がせたのが”しのれな”篠宮玲奈の電撃引退だった。ファンは当然、突如として霧散した彼女のことを惜しんだし、俺も控えめに言って泣いた。さらに、困ったことに北戸さんとの連絡がとれなくなってしまった。書類に記載してあった住所も存在しないものだった。”しのれな”にそっくりだった彼女もまた霧散してしまったのだ。困り果てた俺は師匠に助けを求めた。師匠は長らく別の事件を追って忙しくしているが、時折、顔を見せ共に捜査をしてくれる頼りがいのある素敵な人だ。「お久しぶりです、師匠!この前は一緒に士能の尾行をしてくれてありがとうございました!あの件は驚きましたけど」「ああ、久しぶり。死んだんだってな、士能達介……私も驚いたよ」挨拶を終えた俺は用意していた珈琲をデスクの上に置く。「まぁ、飲んでくださいよ、師匠」「……!うん、相変わらずお前の淹れる珈琲は美味いな」「いや、そんな、豆ですから。誰が入れても同じ味だし匂いです。”淹れる”じゃなくて”入れる”の方なんで!」誉められた俺は照れ笑いをしながら、空中に字を書いた。普段は珈琲パックを使うが師匠と会う日だけは豆から入れることにしている。こだわりってやつだ。師匠は……珈琲アロマの匂いが漂うのを見計らったかのようなタイミングでいつも現れる。出会った時もそうだったな。しばしの歓談をして空気が和らいだところで、俺は本題を持ち出した。「―っていう状況なんですよ」「なるほどな、まぁ無理もないだろう、北戸さんからしたら兄貴の行方に関する唯一の希望であった男が亡くなってしまったんだ。」「辛いこととは思います、でもなぜ彼女はわざわざ住所を誤魔化して依頼したんでしょうか?」「そのことなら……ここからは私の想像になるが、いいか?」師匠は勘で事件を紐解いていく、勘=正解なんだ。経験の差なのかな。「あくまで勘だから根拠は一切ねぇぞ。」慣例です、と心の中で呟いた。「北戸さんが名前と住所を誤魔化していたのは彼女が身バレしちゃ困る人物、つまりは芸能人だからだ。いや、俺の勘が当たっているなら正確には……芸能人”だった”からだ。」「?」「北戸葵子は篠宮玲奈だ」「―ええ?!」俺は唖然とした。「偽名だよ、身バレ防止のためのな。彼女の言動から察するに士能達介は、兄の親友ではなく、兄本人ってところだろうな……行方不明の兄貴を探すために警察に相談したことが、マスコミやファンに取り上げられて大事になるのを怖れて、探偵事務所(ウチ)に偽名を使って依頼したんだ……大方、篠宮は芸名で本当の名字は士能なんだろうよ」なるほど。”しのれな”篠宮玲奈、士能玲奈……。この勘が当たっているとしたら……俺は探偵の自分と”しのれな”ファンの自分との複雑な感情に苛まれた。 次回 第4話「偵い、探す」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!