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しばらくしてノーピークスに到着すると、門兵から町民に至るまでネストを心配し、駆け寄って来ていた。
ネストはそれに泣きながら謝罪の言葉を述べていたのだ。
その意味を理解できず困惑していた町民たちではあったが、とにかく落ち着かせようと必死に慰めていた。それだけ慕われているのだろう。
ノーピークスには領主の父親が滞在しているはず。ネストの火傷に気づいた人々がギルドへと運び込むのを見て、すでに見守る必要もないだろうと判断し、俺は一路王都スタッグへとデスハウンドを走らせた。
――――――――――
王都、アンカース邸の正門では、セバスとミア、それとカガリが俺の帰りを待っていた。
「お兄ちゃん!」
ミアが俺に気が付くと、皆が駆け寄ってくる。
「お嬢様は! お嬢様はどうなされたのですか!?」
俺がネストを連れ帰ってくる手筈だった。その姿が見えず、加えて俺の沈んだ表情を目の当たりにすれば、焦りもする。
「ネストさんは助けました。今はノーピークスにいます。詳しいことは中で……」
自分たちの部屋へ戻ると、バイスを含めた全員にあったことを全て話した。
「ありがとう……。ありがとうございます九条様……」
「俺からも礼を言うよ。九条」
ひとまずネストの無事が確認できたと安堵し、胸を撫で下ろすバイスとセバス。
「ネストが助かっただけで充分だ。九条は悪くないさ」
「さようでございます。お嬢様が無事なのです。いずれ挽回することも出来ましょう」
ネストの本家はノーピークスにある。十三歳になるとスタッグの魔法学院に入学する為、ネストは王都に住むようになった。
それでも暇を見つけてはノーピークスへと足を運ぶくらいには故郷の街を愛していたのだ。
卒業後、冒険者になったのも全ては魔法書の捜索の為。冒険者でなければ入れない遺跡やダンジョンがあるからだ。
そして自らの手でようやく故郷を救えるかもしれないというところで、このような結果になってしまった。
俺に辛く当たったのも、そういう背景があったからなのだとセバスが教えてくれたのだ。
しかし、もう済んだこと。ネストを助け出すという任務は終わった。
「ミア。荷物をまとめてくれ」
一緒に荷造りを始める。ベッドの上に広げた鞄へ、衣服や道具をひとつずつ丁寧に詰めていく。
「なにしてんだ九条?」
「俺のやることはなくなりました。魔法書もありませんし、ネストさんが狙われることもないでしょう。護衛としての役割は終わりです」
「せめてネストが帰って来るまでいれば……」
「いや、いいんです。俺は嫌われてしまったでしょうから」
このような別れになってしまうとは若干不本意ではあるものの、精一杯の笑顔を作って見せた。
「そんなことはない。気にしすぎだ九条。魔法書を渡す以外の選択肢はなかった。九条の代わりに俺が行ったとしても、結果は変わらないはずだ」
「ありがとうございます。気持ちだけ受け取っておきます」
「九条様。わたくしども使用人一同、心よりお礼申し上げます。最後になりますが、お帰りの馬車の手配くらいはこちらにお任せください」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな……」
コット村行きの貸し切り馬車が到着すると、それに乗り込む。
セバスと共に集まって来ていた使用人たちは、一斉に頭を下げた。
「ありがとうございました九条様。またお会いできますことを切に願っております」
「こちらこそお世話になりました。ネストさんにはよろしくお伝えください」
気にするなと言う方が無理な話だ。気分は乗らないが仕方ない。もう王都で出来る事はなにもない。
淡々と挨拶を済ませ皆に見送られながらも、馬車はゆっくりと走り出しアンカース邸の門をくぐる。
少しずつ小さくなっていくそれを見ていると、感傷的にもなるというもの。自分の不器用さを呪いたくもなるが、今はこれでいいのだ。
言う訳にはいかない……。まだ諦めてはいないのだと……。
「お客さん。冒険者護衛パックなしの依頼だったんですけど、冒険者でしたらプレートをお借りしたいのですが……」
「ああ。そうでしたね」
ポケットからプレートを取り出し、それを御者に手渡した。
「ええ!? プラチナですかい? はえー初めて見たわ……。こりゃたまげた……。お客さんは運がいい。この馬車が世界中で一番安全な馬車になりましたよ?」
御者は冗談をいいながらもプレートを幌の出っ張りに引っかけると、嬉しそうに手綱を握る。
「お兄ちゃん。寝なくても平気?」
ミアに言われて思い出した。そういえば昨日は寝ていない。意識してしまうとなぜか瞼が重くなる。
「そうだな。少しだけ寝ようかな……」
俺の荷物を枕にしようと思ったのだが、ふとカガリが目に入る。
「ミア。良い枕をもってるじゃないか。俺にも少し貸してくれよ」
「お兄ちゃんならいいよ」
屈託のない笑顔で答えるミアはカガリの占有率を下げると、俺は空いたカガリの腹にそっと頭を乗せた。
「よっこらせ……っと」
ふかふかである。カタカタと小刻みに揺れる馬車の振動と相まって心地いい。これなら秒で寝ることができるだろう。
「おや? ……私は許可してないんですが?」
カガリの声は聞こえていた。……いたのだが、口を開くのも億劫で代わりにお腹を優しく撫でた。
「……やれやれ……」
諦めたように呟くカガリの様子は、まんざらでもなさそうだった。