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コット村へ帰るとソフィアとカイルが部屋に来て、土下座した。
聞けば、俺をカッパーにしようと提案したのはカイルなのだと言う。
それほど気にしてはいなかったが、カイルには少々強めに言い聞かせた。
村の為とはいえソフィアだけがギルド本部で絞られたのは、あまりにも可哀想だと思ったからだ。
カイルもそれはわかっているようで、深く反省していた。
俺はというと、翌日早々から行動開始だ。まだ諦めてはいない。もちろん魔法書のことである。
プラチナプレートとして登録した俺は、もうコット村の”村付き”冒険者ではない。自由に依頼を受け、自由に休むことが出来る。所謂通常の冒険者と同じ立ち位置だ。
ミアとカガリを村に残し、村で上質な紙の束を買い込むと一路ダンジョンへと赴いた。
「おや、マスター。お久しぶりです。何か用事ですか?」
「ああ。ちょっとな……」
姿を見せたのはこのダンジョンの管理人、百八番だ。頭には角、お尻には尻尾。見た目は完全なる魔族ではあるが、その実体はなく、平たく言うなら幽霊だ。
ふよふよと宙に浮く百八番は、俺の周りをクルクルと回りながら嬉しそうに話す。
俺以外に話す相手がいないのだから、その気持ちもわからなくはない。
「何か変わったことは?」
「特に何もないですねぇ。強いて言うなら地下一層から地下三層に新たに魔物が住み着いたくらいです」
「そうか……」
ダンジョンハートのエリアまで潜ると、その中身が半分以下になっていることに気が付いた。
七割ほど入れた時点でダンジョンの維持だけならば数百年持つと言っていたと記憶していたが、その割には減りが速い気がする。
とは言え、バイス達を追い払ったり扉の再封印やらなんやらで使ったのだろうと、気にも留めなかった。
「マスター、来たついでに魔力補充しといて下さいよ」
「ああ。そうだな」
ひんやりとした感触がダンジョンハートから伝わってくる。
掌から魔力が吸われ、そこに溜まっていく謎の液体。
余裕を持たせ、残り二割といったところで手を放す。
「こんなもんでどうだ?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
百八番が笑顔になると、俺はそのまま本題へと入る。
「仕分けしてもらっていた頭蓋骨の中に、死霊術適性と司書適性を持っているものがあるはずなんだが、わかるか?」
「確かあったと思いますけど……。ちょっと探してきますね」
ひらりと踵を返し、百八番は階段を飛んで登っていく。
それを探している間に、主なき装備達が詰め込まれている倉庫から机と椅子を運び出し、召喚したスケルトンに玉座の間へと運ばせる。
その机の上に買い占めてきた紙の束と筆記具を置くと、百八番を待った。
「マスター、ありましたよぉ」
「よし、よくやった」
百八番が風の魔法で器用に浮かべて持って来た頭蓋骨を受け取ると、それを地面に置き意識を集中させる。
「【|死者蘇生《アニメイトデッド》】」
自分の中の魔力を使い、魔法という名の奇跡を起こす。
置かれた頭蓋骨を中心に魔法陣が描かれると、赤紫色の怪しい光と共に形作られていく生前の身体。同時に肉体へと引き寄せられた魂が、その身体に新たな命を灯す。
復活の工程が完了するとその光も失われ、そこに項垂れるよう立っていたのは赤髪で短髪の中年男性。
白髪混じりで、ダンディという言葉がしっくりくるシブイおっさんといった印象。
それは俺のイメージ通りの人物で、その男はネストの家の肖像画にそっくりだった。
ネストに渡した魔法書は三百年前に持ち込まれた物。
それがこのダンジョンにあるということは、ネストの先祖であるバルザックはここで息絶えた可能性が高いということ。
つまりバルザックをよみがえらせれば、新たな魔法書を書くことが出来るのではないかと考えたのだ。
そして、俺の推測は間違ってはいなかった。
「ここは……私は死んだはずでは……」
「バルザック・フォン・アンカースさんですね? あなたに頼みたいことがあります」
バルザックが顔を上げ、俺に気付くと驚いたかのように目を見開いた。
「いかにも……。しかしなぜそれを……」
「実は……」
そして、これまでの経緯を全て話した。
バルザックの死後三百年が経過していること。アンカース家とネストのこと。現存していた魔法書は失われ、アンカース家の地位が危ういことをだ。
「……なるほど。話の辻褄は合う。仮に今聞いた事が本当だったとして、私が新たに魔法書を書きあげたとしよう。しかし、それをどう使うかはお前次第だろう? 我が家……、アンカースに渡す保証はどこにもない」
一理ある。いきなりよみがえらせて不躾に魔法書を書けなんて言ったら、カネ目的と思われても仕方がない。
「ブラバ家を知っていますか?」
「もちろん知っている。私の貴族入りを最後まで反対した家の名だ」
「今も尚その争いは続いているんです。その者の手によってあなたの魔法書は焼かれました」
「……なん……だと……」
ワナワナと打ち震え、頭を抱えるバルザック。
そりゃ驚きもするだろう。三百年も経てば決着がついていてもおかしくはない。
「……確かにブラバ家を恨んではいるが、魔族を従えているような奴を信用してもよいものか……」
「あ……」
バルザックの視線の先にいたのは百八番。
彼も優秀な|死霊術師《ネクロマンサー》。その姿が見えているのも当然だ。
「では、これならどうです?」
俺がポケットの中から出したのは、アンカース家の使用人から渡された赤い宝石が埋め込まれているペンダント。
返すのを忘れていたのだ。パクったわけじゃない。決して……。
そのペンダントを出した時、バルザックの目の色が変わった。
「それは我が家の印……」
俺からペンダントを強引に奪い取ると、それをくまなく調べる。
「間違いない……。お前、これを何処で……」
「現アンカース家。……ネストさんに客人として家に招かれた時に渡された物です」
バルザックは顎に手を当て、地面の一点をジッと見つめていた。
何を考えているのかは知らないが、俺はそれを誠実に待った。信用を得るにはそれも必要な事である。
「――いいだろう。書いてやる。ただし、書き上げた魔法書はアンカースへと返すことが条件だ」
「ええ。勿論最初からそのつもりです」
バルザックは無言で頷き椅子に腰かけると、ペンを勢いよく走らせた。
「どれくらい掛かりそうですか?」
「一週間だ。私の身体は飯も睡眠も必要ないのだろう?」
「ええ」
頭を上げず、黙々と書き続けながら答えるバルザック。
さすがは|死霊術師《ネクロマンサー》だ。自分の身体が、すでに人では無い事を知っていた。
バルザックが筆を執り二時間ほど。執筆作業に関しては全くの素人である俺が見ても、驚嘆してしまうほどのペースである。
その筆は、止まることを知らない水の流れのようであった。
それが突然ぴたりと止まる。
同時にガラガラと音を立てて崩れ去るスケルトン。俺が運搬用にと呼び出していたものが、魔力切れを起こし自壊したのだ。
「脆いな……」
「え?」
「今のスケルトンはお前が召喚したのか?」
「そうですが……」
「スケルトン如きに魔力を込め過ぎだ。適切な量を入れてやればもっと丈夫で長持ちする」
バルザックはペンを置くと、その手を俺に差し出した。
「骨を一本よこせ。どうせ暇だろう? どちらが召喚したスケルトンが長持ちするか勝負しようじゃないか」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるバルザック。
魔法書にしまってあった適当な骨をバルザックに渡すと、それに新たな命が吹き込まれる。
「「【|骸骨戦士召喚《コールオブボーンズ》】」」
俺とバルザック。二人の呼び声に応え、姿を現したのは二体のスケルトン。
どちらも、これといった特徴もないありふれたスケルトンの戦士である。
それを見たバルザックは満足そうに口角を上げると、魔法書の執筆へと戻った。
それから更に二時間後。何もせずただ突っ立っていただけのスケルトンの一体が崩れ去った。
残念ながら、それは俺が召喚した方。バルザックはそれを見て鼻を鳴らすと、そのまま執筆を続けた。
そろそろ日が傾いて来る頃だ。暗くなってしまう前に帰らなければミアにどやされる未来が見える。
しかし、バルザックの召喚したスケルトンは、崩れるどころか微動だにしない。
「百八番。ダンジョンハートにある俺の魔力でバルザックを生き長らえさせる事は出来るか?」
「|生命変換《ライフコンバート》の魔法で、魔力を生命力に変換すれば可能です」
「じゃあ頼む。俺は一度帰ってまた明日来る」
「はーい。お気をつけてマスター」
「ではバルザックさん、よろしくお願いします」
「敬称はいらん。まぁ任せておけ。ブラバ家を没落させる事が出来るなら、やる気も出るってもんだ。ワハハ……」
バルザックは顔も上げずにそう答えると、片手を上げて手を振った。
――――――――――
翌日。ダンジョンではバルザックが八十ページほどを書き終えていた。
そんな事より驚いたのが、バルザックが昨日召喚したスケルトン。
未だにマネキンの如く突っ立っていたのである。
「これ……。一度戻して、再召喚したでしょ?」
「バカいえ。そんなセコイことするか」
「私がずっと見てましたけど、本当に昨日からずっとこのままでしたよ?」
百八番が言うのだ、嘘ではないのだろう。もちろん俺も疑ってなどいなかった。
冗談でも言わないとやってられない、それくらい驚く事だったのだ。
スケルトンを召喚するのに、持続時間のことなんて気にしたことがなかった。
何回か召喚して、二時間前後の命なのだろうと勝手に解釈していたのだ。
「私の勝ちだな」
勝ち誇った笑みは何処かネストの面影を覚え、正直少し悔しかった。
「そうだ。お前に魔力の使い方を教えてやろう。お前は魔力は多いが使い方が未熟だ」
「それはありがたいのですが、魔法書の執筆が遅れるのは……。|曝涼《ばくりょう》式典まで後十三日しかないんですよ」
「それはわかってる。魔法書は言った通り一週間以内に書き上げる。それをすぐ製本すれば間に合うはずだ」
「……それなら……」
「魔力の使い方を教える代わりと言っちゃなんだが、今のアンカース家のことを教えてくれ。アストロラーベはまだウチの家宝として残っているのか?」
「アストロ……なんですって?」
「ウチに代々伝わっている杖なんだが、見た事はないか?」
「ああ。あの青いデカイ水晶が付いている杖の事ですか?」
「そうそう、それだそれ。知っているという事は、未だに健在ということか。よかったよかった」
それ以外にも色々と話をした。
主にネストのことが中心だったが、貴族なのに冒険者をやっていることを話すと、ゲラゲラと笑いながらも血は争えないと歓喜していた。
やはり家族を思う気持ちは何よりも優先されるのだろう。
幸せそうに耳を傾けるバルザックが時折見せる悲壮感は、過去を思い出し後悔の念を抱いているようにも見えた。
その間筆は止まっていたが、約束は破らぬだろうとしばらくの間バルザックとの会話に華を咲かせていたのだ。