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階段を降りながら、軋む手すりを指でなぞる。何年も何十人もがここを上り下りしたのか、木はツルツルに磨き上げられていた。レオンが低い声で語り始めた。
「ここにいるのは全員、王党派だ。今の国王と王太子を支える、最後の砦なんだ」
足を止めないまま、彼は続けた。
「でも最近、保守派が動き出した。表では穏やかに見せかけて、裏で軍を動かし、国政をひっくり返そうとしている」
薄暗い廊下に、ランタンの火が揺れる。
「王太子暗殺未遂の噂も、全部その一環だ。そして……急に浮上したのが、オルファ侯爵の謀反」
レオンは苦く笑った。
「侯爵は王党派の最大の後ろ盾だった。それが一夜にして裏切り者扱い。……あまりにも都合が良すぎる」
私は思わず足を止めた。
「……つまり、オルファ侯爵が本当に裏切ったんじゃなくて、誰かにそう見せかけられている?」
レオンは静かに頷いた。
「その可能性が高い。そして、その誰か……は、きっと王太子のすぐ近くにいる」
最後の言葉は、ほとんど吐息のように小さかった。
「ちっ」
王党派だの保守派だの、頭の中でぐるぐる回る。要するにこういうことだ。この国は今、組と組の抗争中。王党派の親分は国王と王太子。対する保守派の親分は、まだ顔も出さず裏で糸を引いてるだけの、義理も人情もクソもない臆病者。そいつが、オランジェット・ドナーに全部の罪を着せて、高みの見物。濡れ衣を着せたまま、綺麗な顔で笑ってるんだろう。……ふざけんな。胸の奥、胃の底から、熱い塊がぐつぐつと沸き上がってきた。極道の娘として育てられた血が、久しぶりに疼いた。こっちはもう、ただの転生者でも令嬢でもない。獅子頭橙子だ。義理を欠く奴は、許さない。
人情を踏みにじる奴は、ぶちのめす。私は拳を握りしめて、レオンを見た。
「……レオン。その保守派の親分、絶対に暴いてやる。そして、オランジェットの無実も、必ず晴らしてやる」
声が震えていた。でもそれは怒りではなく、決意だった。
階段を降りきると、奥の部屋からほのかな灯りが漏れていた。藁のベッドに横たわっていたリバーが、もう上半身を起こしている。開いたシャツの胸元には、まだ黒く乾いた血がべっとりとこびりついている。
でも、さっきまで深く裂けていた傷は、もう赤い細い線だけが残り、肉がぴったりと塞がっていた。リバーは自分の胸をそっと撫で、腕の裂傷も指でなぞって、信じられないという顔で首を傾げている。
「……おい、マジかよ」
その時、鋭い目が私の姿を捉え、驚きの表情を浮かべた。
「……オランジェット様! ご無事でしたか!」
リバーの声が裏返り、潤んだ目をこすりながら、藁ベッドから半身を起こそうとする。
「いや、ありがとう。お前が時間を稼いでくれなかったら、私は今頃……」
断頭台からの光景を思い出すと今でもゾッとする。私が言葉を濁すと、彼は唇を噛んで、深々と頭を下げた。
「お役に立てず……申し訳ございません」
女性たちが「念のためよ」と薬草を塗り、包帯をグルグル巻きにする。もうすっかりミイラ男だ。(……って、どこかで見た光景だな)日本でも、組の抗争で逃げ遅れて蜂の巣にされかけた川上が、病院のベッドで同じようにグルグルに巻かれてた。どの世界に来ても、この鈍臭さは変わらない。ふと周りを見渡すと、暖炉の前でカードを片付ける男たち、鍋をかき回す女たち、壁にもたれ腕を組むレオン……。その全員が、まるで獅子頭組の若い衆に見えてきた。
なら、レオンも。
私は小さく息を呑んで、レオンを見た。彼は静かにこちらに歩み寄り、リバーの肩にそっと手を置くと、私の視線に気づいて、わずかに頷いた。やっぱり……この要塞にいる全員が、日本から飛ばされた“転移者”なのか?
「……リバー、私を屋敷まで連れて行ってくれないか?」
私はベッドの脇に膝をつき、リバーの耳元で小さく囁いた。記憶のないドナー伯爵家の屋敷。行けば何か分かるかもしれない。オランジェットの過去も、私がここに来た理由も。その時、リバーの耳がピクリと震えて、急に顔が真っ赤になった。
「……っ!?」
目を見開いて、まるで雷に打たれたみたいに固まる。
「……どうした?」
「い、いえ! なんでもありません!!」
首を、包帯がずれそうなくらい激しくブンブン振った。
「……変なやつだな」
私は小さく笑って立ち上がった。レオンが「僕も行く」と静かに頷き、三人で要塞を出た。朝の陽射しが眩しい石畳の道を、足早に馬小屋へと向かう。遠くから馬のいななきが聞こえる。リバーはまだ顔を赤くしながら、私の半歩後ろを歩く。
(……まさか、耳元で囁かれただけでこんな反応って)
川上、お前、やっぱりこの世界でも乙女かよ。