店を出ると、みことは足元もふらふらで、頬まで真っ赤になっていた。
「みこと、タクシー呼ぶよ。家、どこ?」
すちは身体を支えながら優しく尋ねる。
だが、みことはぽやんとした笑顔を浮かべる。
「……んぇ、すち…せんぱい……」
名前だけを呼んで、すちの胸に額をこつんと押しつけた。
「家。聞いてんだけど?」
もう一度聞いても、みことは何度もすちを呼ぶばかりで、甘えた声で肩に頬を擦り寄る。
「すち……すち先輩……えへ」
――無理だ、可愛すぎる。
すちは内心で頭を抱えたが、もう住所を聞き出すのは無理と判断する。
タクシーが到着し、仕方なく自分の家の住所を告げた。
後部座席。
みことは寄りかかる位置を探すように揺れたあと、遠慮もなくすちの肩にくったりと頭を預けてきた。
「……すち先輩の、かた……あったか……」
「おい、落ちる。寝るなって」
そう言いながらも、すちはみことの頭が揺れないよう、そっと手で支えた。
横顔が近い。
緩く開いた唇から漏れる息が、ほんのり甘い。
(……こんなの…くそ…)
心臓がうるさいほど鳴る。
みことの細い指が、すちの腕にきゅっとしがみついてくる。
「すちせんぱい……どこも、いかないで……」
「…行かないから」
低く囁くと、みことは嬉しそうに微笑んで、頬をすちの肩にもう一度すり寄せた。
タクシーが止まり、すちはみことを抱えて自宅へ運び込む。
玄関を通り、寝室まで連れていくと、 みことはまるで子どもみたいに腕を伸ばし、すちの服を掴んだまま離さない。
「せんぱい……どこ行くの……?」
「どこにも行かないから。ほら、ベッド座って」
促すと、ふらつきながらもベッドに腰を下ろす。
その拍子に上目遣いで見上げてきて――その顔が、また反則級に可愛い。
「……すち先輩の家、きちゃった……へへ」
「お前が言わないからだろ。ほんと……」
文句を言いながらも、すちはみことの靴を脱がせ、上着を外し、ベッドにそっと寝かせる。
布団をかけると、みことは布団をぎゅっと掴んで、すちの手首も一緒に掴んだ。
「……すちせんぱい……そば、にいて……」
酔った声で、震えるように囁く。
胸が締め付けられるほど愛しくて、苦しい。
「……少しだけだよ」
そう答えると、みことは安心したように、ほっと息を吐いた。
すちはベッドの端に腰を下ろし、みことの髪をそっと撫でる。
みことはすちの手の温度に安心したのか、まぶたを閉じてゆっくり呼吸を整え始める。
「……すち先輩、すき……」
寝入り際、ほとんど無意識の声で、そんな言葉がこぼれた。
すちは一瞬固まったあと、みことの頬に触れ、小さく笑う。
「……酔って言うなよ、そういうの」
だけど、その言葉の意味を噛みしめながら、静かにそばにいた。
店を出た瞬間、ひまなつは壁に手をつきながら、ふらつく足取りを必死に隠そうとしていた。
頬はほんのり赤く、目元はとろんと緩んでいる。
「おい、大丈夫か」
いるまが肩に手を添えて支えると、
「だ、大丈夫っす……自分で帰れるし……」
と強がった声が返ってくる。
だが、次の瞬間、ひまなつの膝ががくりと落ちた。
「ほら、無理じゃん」
「む……無理じゃ、ない……」
「立ててないだろ」
いるまが苦笑すると、ひまなつは唇を尖らせて反論しようとしたが、言葉よりも先に身体が傾いた。
倒れる前に、いるまは素早く腕を回して抱き上げる。
「っ……! 先輩、ちょ……!」
「暴れんな。落ちるぞ」
ひまなつは驚いて手足を縮こまらせたが、すぐに胸元の感触に気づく。
いるまの首に腕がまわり、自然と身体を預けていた。
「……っ、なんで……お姫様抱っこ……」
「こうしねぇと帰れねぇだろ」
「……俺、重い……」
「軽い。だまってろ」
強引な言い方なのに、ひまなつはその腕の力強さに心臓が跳ねる。
耳まで赤くしながら、ぎゅっといるまの胸の布を掴んだ。
タクシーに乗るも、 いるまの服を掴んだまま離さない。
「ひまなつ、手」
「……やだ……離したら、先輩いなくなる……」
「いなくならねぇよ」
思わず言葉が柔らかくなる。
助手席ではなく後部座席の端に、ひまなつを抱え込むように座らせると、ひまなつは素直に肩にもたれかかった。
頬がいるまの胸に触れるたび、ひまなつは小さく呼吸を吸い込んで、こそばゆそうに身をすくめる。
「……なに、照れてんだよ」
「照れてねぇし……」
「はいはい」
いるまはわざと視線を外した。
自分の耳まで熱くなっているのを悟られたくなかった。
そして、ひまなつが服を掴んだまま離さないことに気づいた瞬間、低い声で言う。
「……もう今日は俺ん家泊まれ」
ひまなつは一瞬だけ驚いたように目を開き、 やがて気恥ずかしそうに小さく頷いた。
タクシーを降りても、ひまなつはまともに歩けず、 いるまが再び抱きかかえる。
「先輩っ……いいって……歩ける……」
「倒れたらどうすんだよ。黙ってろ」
「……んん…」
玄関に入ると、ひまなつは腕の力が抜けて、いるまの胸にぐたりとしがみついた。
その様子があまりに無防備すぎて、いるまの心臓がまた大きな音を立てる。
「ほら、ベッド」
優しく降ろすと、ひまなつは素直に腰を下ろした。
上目遣いで、少しとろんとした瞳。
普段のツンとした態度が嘘のように、今はただ弱くて素直。
指先でいるまの袖をきゅっと引っ張る。
「……先輩……どこ行くの」
「水持ってくるだけ」
それでも離さない手。
困ったように微笑むと、ひまなつはさらに頬を赤くした。
「……酔ってるお前、かわいすぎ」
ぽろっと落ちた言葉に、ひまなつは耳まで真っ赤にする。
「か……可愛くねぇ……!」
「はいはい。もう寝ろ」
乱れた前髪をそっと撫でてやると、
ひまなつは気持ちよさそうに目を細め、いるまの手の温度に身を委ねた。
「……せんぱい……」
「ん?」
「いっしょに……」
甘い声に、いるまは息をのむ。
(……こんなの、抱きしめるなってほうが無理だろ)
だが、今はまだ触れすぎるわけにはいかない。
ひまなつがちゃんと意識のあるときに、後悔しない形で触れたい。
だから代わりに、額に落ちていた髪をそっとどけて、小さく答えた。
「……いるよ。寝てろ」
その声に安心したのか、ひまなつはいるまの袖を掴んだまま、ゆっくり眠りについた。
店を出たとき、こさめはすでに完全に眠っていた。
肩に預けられた頭は熱く、呼吸は穏やかで、酔いと疲れがすっかり勝っている。
「……まったく。おまえはいつも飲み方が下手だな」
そうつぶやきながらも、らんの腕の中の力は驚くほど優しい。
抱きかかえたこさめの体重を確かめ、しっかりと胸の前に固定する。
タクシーに乗り込む際も、こさめの頭がぶつからないように掌で支え、 冷房が強すぎないかそっと手で頬の温度を確かめる。
(こんなに無防備な顔……他の誰にも見せるなよ)
口には出さないが、胸の奥がざわついて、
こさめの手が自分のシャツを軽く握っているのを見つけた瞬間、心臓が跳ねた。
鍵を開け、玄関の灯りをつけると、こさめの寝息だけが静かな部屋に落ちた。
らんは靴を脱がせ、柔らかく抱き直して寝室へ運ぶ。
ベッドにそっと寝かせても、こさめは起きる気配がない。
らんは枕に頭を預けさせ、シャツの襟元を直し、乱れた前髪をゆっくり整えた。
そのときだった。
「……らん……せんぱい……」
かすかな寝言が、耳をかすめた。
らんの動きが止まる。
「……こさめ?」
返事はない。
ただ、次の瞬間、こさめが小さく指先を動かし、らんの服の端をつまんだ。
寝ているはずなのに、まるで頼るような仕草。
らんの喉がひくりと震えた。
(……そんな名前の呼び方、するなよ。無防備すぎるだろ)
胸がぎゅっと締めつけられる。
嬉しさと、苦しさと、どうしようもない愛しさが全部混ざってしまう。
ベッドに腰を下ろすと、こさめの額に触れた。 熱は少しあるが、心配するほどではない。
「……おまえさ、俺の名前呼ぶときだけ、ほんとに甘えるよな」
眠っているこさめの横顔は、普段の明るさも悪戯っぽさもなく、ただ静かで、穏やかで、らんの心を情けないほど揺らす。
こさめが掴んだシャツの裾をそっと握り返して、らんは低く、しかし驚くほど優しい声で言った。
「……大丈夫。俺はここにいるから、安心して寝てろ」
返事はない。
だけど、こさめの表情がほんの少し緩む。
らんはその変化に胸を撃ち抜かれたようになりながらも、 寝息が整っているのを確認して毛布をかけた。
ゆっくり立ち上がる前、ほんの一瞬だけ──
指先でこさめの頬を撫でてしまう。
「……好きだよ。言えるわけないけどさ」
それは、眠っているこさめに聞こえない小さな告白。
誰にも届かないはずの言葉が、静かな部屋に溶けていった。
NEXT♡500
次の展開:
各ペア選択有。
いいね10に到達したもの。
①昨夜の記憶あり
②昨夜の記憶なし
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