ぼんやりとした光が、閉じかけたまぶたをやさしく照らした。
みことはゆっくりと目を開ける。
天井は白く、木目の梁が整った線を描き、
どこか生活感があるのに落ち着いた、静かな空気が流れていた。
(……どこ、ここ……?)
寝返りをうつと、柔らかい布団の触り心地が肌を撫でる。
起きたばかりの思考はゆっくりと動き始め、 みことは急に胸の奥がざわついて、上半身を起こした。
白い壁。
きれいに畳まれた服。
本と書類が整然と並ぶ棚。
(知らない部屋……知らない……っ)
脳内で警報が鳴りそうになり、 さらに視線を巡らせたとき──
キッチン側から足音が近づく。
「──起きた?」
声音だけで、全身が跳ねるように反応する。
すちだった。
寝癖ひとつなく、シャツの袖を少しだけまくって、 湯気の立つマグを手にしている。
朝の光を背中に受けたその姿は、 まるでドラマのワンシーンのようにきれいで、 みことは息をのんだ。
「せ、先輩……?」
「うん。よかった、やっと起きた」
自然に近づいてくる。
みことは 咄嗟に布団を掴んだ。
そして──ようやく思い出す。
昨夜、酔い潰れたこと。
上司に絡まれて、すちが割って入ってくれたこと。
タクシーで……言い訳できない甘え方をしてしまったこと。
(わ、わあああ……っ)
一気に顔が熱くなる。
「こ、ここ……すち先輩の、お家……ですよね……?」
「うん。みことの家、酔ってて結局聞けなかったから」
優しく笑うその顔が眩しすぎて、 みことは目を逸らした。
「す、すみません……っ! 本当にすみません……! あ、あの……その……変なこととか……してませんよね……? 粗相とか、吐いたりとか……なんか……っ!」
「大丈夫だよ。何も変なことしてないし、されてもない」
すちは穏やかに答える。
それなのにみことの心臓は破裂しそうだった。
(先輩の家に泊まっちゃった……! え、な、なにやってんの俺……!)
さらに——
タクシーの中で、肩に擦り寄った瞬間が、
鮮明に脳裏に映った。
先輩の匂い。
あの胸の温かさ。
(わぁああああっ!)
「……あの、先輩……」
みことは布団をぎゅっと握りしめた。
「ゆ、昨夜……迷惑でしたよね……? 甘えたり、勝手に触ったり……っ!… 本当にごめんなさい……!」
覚悟を決めて、ぎゅっと目をつぶる。
すると、すちは一瞬だけ黙った。
みことの顔をじっと見つめ、 考えるように視線を少し落とし──
そして。
「んー……迷惑っていうより」
ゆっくりと微笑んだ。
「すごく可愛い一面が見られたから、俺は平気」
心臓が止まる、と思った。
朝の光がすちの横顔を照らし、 その笑顔はやさしさに満ちていて、 みことの胸に容赦なく刺さった。
みことは、言葉を失う。
(……こんなの……好きになるに決まってる……)
視線が合った瞬間、 みことは完全に撃ち抜かれたように固まった。
すちはそんなみことの反応に気づいたのか、 マグカップをテーブルに置きながら
柔らかく続ける。
「体調悪くなさそうで良かったよ。みことも珈琲飲む? 」
「……はい…」
その甘さに、みことはまた恋をしてしまった。
柔らかい布団の感触と、ゆっくりとした温かい空気。
ひまなつはまぶたの裏に滲む光を感じながら、ゆっくり意識を浮かせた。
けれど、すぐに違和感に気づく。
頬に、ふわりと温かい吐息が触れた。
(……え? 風……?)
いや、風じゃない。
人の呼吸だ。
ぱち、と慌てて目を開け、横を向く。
そこには──
いるまの寝顔があった。
「………………は?」
目の前の現実を理解するまで、3秒。
それから一気に脳がフル回転する。
(は? なんで? なんで先輩が横に!?
なに? どういう……え、ちょ、待って無理……!)
心臓が爆発しそうなほど跳ね上がる。
その瞬間、昨夜の記憶が容赦なく押し寄せた。
お姫様抱っこ。
歩けない自分を支えられたこと。
服を掴んで離さなかったこと。
『可愛い』って言われたあの声。
全部、一気に蘇る。
(うわあああああああっ……最悪……!!)
布団にもぐりたいのを必死に堪えて、 ひまなつは顔を覆いながら、ぼそりと吐き出した。
「……さいあく……」
その瞬間。
「何が最悪なんだ?」
低い声が、すぐ隣から返ってくる。
「……っ!! 起きてたんすか!!?」
跳ねた勢いで身体を起こしたせいで、 ひまなつの視界がぐらりと揺れた。
「……っ、わ……」
ふらり、と身体が傾いたその瞬間、 いるまの腕がすばやく腰にまわり、強く引き寄せられる。
「危ねーな」
胸板に支えられ、ひまなつは呼吸を忘れた。
近い。近すぎる。
「頭痛いなら、無理すんなよ」
いるまは眉を寄せながら、ひまなつの頬にそっと掌を添えた。
指先が熱を測るように触れ、ひまなつは反射的に身を固くする。
「……べ、別に……平気っす……」
いつものように強がろうとするが、声が掠れていて説得力ゼロだ。
いるまはため息混じりに笑った。
「強がんな。ほら、横になれ」
そう言って、ひまなつの肩を押し、ゆっくりとベッドに戻す。
「先輩……」
「いいから。二日酔いは動くと余計しんどいぞ」
ひまなつが口を開きかけても、 いるまは軽く頭を撫でて黙らせた。
その仕草があまりにも優しすぎて、 ひまなつは心臓の音をごまかせない。
毛布をかけられると、布団から微かにいるまの匂いがした。
昨夜、ここで休ませてもらったときに染みついた匂い。
落ち着くどころか、逆に胸が煽られる。
「水、持ってくる。動くなよ」
いるまが部屋を出ていく。
その背中を目で追いながらも、 ひまなつは布団を握りしめた。
(……なんなんだよ……優しすぎんだろ……)
布団に顔を埋めると、 ふわりとまた先輩の香りがして、 ひまなつはもう一度、真っ赤になった。
「ん~っ……」
大きく伸びをしたこさめの指先がふわりとシーツに沈む。まだ半分眠っている頭が、柔らかい布団の感触と、ほのかに落ち着く香りを受け取ってゆく。
……あれ?
ここ、自分の部屋じゃない。
薄く目を開けたこさめは、一瞬だけ心臓が跳ねる。白を基調とした落ち着いたインテリア。整えられた棚。きれいに畳まれたブランケット。どこか几帳面で、どこか大人っぽい空気。
その時、
カタ……カタ……
キーボードを叩く控えめな音が耳に届いた。
「……?」
こさめが体を起こしてそちらを向くと、デスクに座ったらんが、眼鏡越しに資料を読みながらパソコンで作業していた。
まだ朝の光が柔らかい時間帯。
カーテンの隙間から差し込む光がらんの横顔を照らし、仕事に集中する彼の表情がどこか優しく見える。
思わず胸が熱くなる。
「……らん先輩……?」
小さく呼んだ声でも、らんはすぐに反応する。
カタ、と手が止まり、ゆっくりこちらを振り向いた。
「あ、起きたか。体調、大丈夫か?」
微笑む口元。
気遣う優しい目。
昨日の夜の、自分を抱えてくれた温もりが一気に蘇って、こさめの顔がまたあたたかくなる。
「っ、あ、あの……! せ、先輩のベッド、占領しちゃって……す、すみません!」
慌ててシーツを整えながら謝るこさめを見て、らんは小さく息を漏らし、困ったように笑う。
「謝ることじゃないって。こっちが寝かせたんだし」
「で、でも……昨日のことも……介抱までしてもらって……あ、ありがとうございました……!」
こさめは胸の前でぎゅっと拳を握りしめ、ぺこりと頭を下げる。
その仕草があまりにも素直で、可愛らしくて——。
らんは椅子から立ち上がり、ベッドまで歩いてくると、そっとこさめの頭に手を置いた。
「可愛い後輩を守るのは当たり前だろ」
大きな掌が、優しく髪を撫でる。
撫でられるたびに、こさめの心臓がドキドキとうるさく跳ねる。
「らん……先輩……」
「無理しないで。まだだるかったら、もう少し寝てもいいからな」
穏やかで、安心させてくれる声。
こさめは胸がいっぱいになりながらも、こくりと頷いた。
撫でられた髪が、ほんの少しあたたかい。
その温もりに、こさめはもう一度、恋をしてしまいそうだった。
次回更新♡500↑
次の展開:
各ペア選択肢あり。
いいね10に到達したもの。
①後輩を自宅に送る
②週末共に過ごし、一緒に出勤する
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