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夜。
家の中は静まり返り、外からは虫の声だけがかすかに聞こえてくる。
若井と涼ちゃんはもう眠っている。
俺は布団の上に座り、ぼんやりと天井を見つめていた。
――眠れない。
胸の奥がザワつく。
昼間は笑って過ごせたのに、夜になるとどうしても空白が広がってくる。
ふと、机の奥の引き出しのことを思い出す。
捨てたはずの薬。
……いや、正確には「全部」じゃなかった。
一粒だけ、なんとなく捨てられなかったやつがあった。
「もしも」の時のため、なんて言い訳しながら。
元貴は立ち上がり、足音を殺して机へ向かう。
引き出しを開けると、隅に転がる銀色のシートが月明かりを反射した。
手が震える。
頭の奥で、もう一人の自分がささやく。
――これで楽になる。
――これで全部どうでもよくなる。
俺は指先で薬を押し出し、掌に落とした。
その重みは、たった一粒なのに異様に重かった。
飲み込もうとした、その時。
背後から小さな声がした。
「……元貴?」
振り向くと、寝ぼけた顔の涼ちゃんが立っていた。
目は半分閉じているのに、その視線はまっすぐ薬を見ていた。
俺は一瞬、息を飲んだ。
涼ちゃんは眠そうな顔のまま、ふらふらと近づいてくる。
「……それ、薬?」
声はかすれていたが、疑問というより確信に近い響きだった。
俺は慌てて手を握りしめる。
「違うよ。ただの……ビタミン剤」
「ビタミン剤、夜中に机の奥から?」
涼ちゃんの口元がほんの少し歪む。
「……うちの犬でももっと自然に嘘つくよ」
空気が重くなる。
涼ちゃんは目をこすりながら、俺の前に立った。
「若井、今寝てるんでしょ? ……じゃあ、僕が見張る」
「いや、そんな大げさな…」
「大げさじゃないよ」
涼ちゃんは小さな手で俺の握った手を包み、力を込めた。
「捨てよ。今ここで」
俺はしばらく動けなかった。
喉の奥で、渇きと恐怖が混ざったような感覚が渦巻く。
でも、その小さな手の温かさが、少しずつその渦を押し戻していく。
ゆっくりと、手が開いた。
銀色の小さな粒が、涼ちゃんの掌に落ちる。
「よし。……じゃあ、トイレに流そう」
涼ちゃんは微笑んだが、その目は笑っていなかった。