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かりんとう。
131
猫とろ
503
#探偵
橘靖竜
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ここは⋯どこだ?白い壁、明るすぎる照明、頑丈そうなガラス、簡易的な寝床⋯独房か?
いや、多分違う。そう俺の勘が言っている。そもそもなぜここにいる⋯?
「俺は⋯誰だ?」
ここに来るまでの記憶が一切ない。なんだろう、この感覚。気持ち悪い。
覚えていることといえば、自分が人間で、食べ物を食べないと死ぬ、眠たくなったら寝る、そのくらいの生きていく上で必要な、単純なことだけだ。
「あぁ、起きられましたか。」
気がつけば、ガラス越しに白衣を着た男が立っている。
そいつをギロッと睨むと、男は貼り付けたような笑顔のままこちらを見続ける。
「どうも、はじめまして。私はこの施設の職員です。まずはじめに、私に聞かせてください。なにか覚えていることはありますか?」
「いや⋯ない。綺麗さっぱり。自分の名前も、職業も、人間関係もわからない。」
そう答えると、男は良かったです、とだけ返し、何かのボタンを押す。
「急で申し訳ないのですが、あなたにはこれから、あなたの記憶が戻るまで、様々な実験をさせていただきます。今私が押したボタンは、あなたが今いる部屋の空気を徐々に抜いていくものです。」
「っはぁ!?ふざけんなよ!今すぐそれ止めろ!」
いきなりすぎて思考が追いつかないが、よくよく耳を澄ましてみれば換気扇のような機械音が通気口の奥から聞こえる。あそこから空気を吸っているのか⋯?
「そんなこと言ったって、無駄、ですよ。まぁ死なない程度に最後の方は調整するので、少し苦しむところを拝見させていただきます。」
そういうと男は傍にあった椅子にどっしりと腰掛け、ガラス越しに俺の様子をまじまじと見ている。
今まで会話していた小窓のようなところは向こう側から完全に封鎖され、外気との接触は不可能な状態、つまり俺は密閉空間にいるということだ。
「止めろ!!ここから出せ!!」
そう大声で叫び続けるがおそらくなんの声も届いていないのだろう。
男は口角を上げながらこちらを観察するばかりだ。
⋯っ。叫びすぎたせいか、めまいが⋯。
俺はゆったりとその場に座り込む。
⋯苦しい気がする。鼓動が早い。うまく息が吸えない。気持ち悪い。
なにか口から出た気がする。目元が滲んでよく見えない⋯。
⋯っ。だめだ⋯意識が⋯。
倒れ込む俺の視界には、微笑む男の姿。怒りや恐怖、様々な感情が湧き上がり、自分の顔がゆがむのがわかる。
クソ⋯野郎⋯っ
そう呟けたかどうかはわからない。
そのうち、俺の眼の前が真っ白になっていった
ピピピ⋯ピピピッ⋯
鳴り響くアラーム音に俺は目を覚ます。あれ⋯俺⋯?
「⋯はっ!」
横たわっている状態から起き上がろうとするが、起き上がれない。今度は別の部屋にいて、手首、足首、首が錠でベッドに固定されている。
「なんなんだよこれ⋯!!」
まだ頭がくらくらするがとにかく抜け出そうと無我夢中で腕や足を振る。
しかしそんなことは無意味で、俺の身体が錠で傷ついていくだけだった。
ベッドの横に設置されているモニターがつき、またあの男が映し出される。
「起きられましたね。それでは、次の実験へと移りましょうか。」
言うが早いか、何かの装置が起動されたような音がし、錠がどんどん身体に食い込んでくる。
「⋯いてぇ!!痛い!!」
今まで感じたことのないような痛みが、手首、足首の二箇所に伝わる。
まるで拷問のようだ。
なんとなく、血が出てきたのがわかる。肉が締め付けられ、骨が聞くだけでおぞましい音をあげている。痛い、痛い。苦痛だ。嫌だ。怖い。
「⋯や、やめろ!!聞こえてんだろ!!」
「⋯その声は、届かなかったんですよ。誰にも。」
そう冷たく言う男の声は、怒りにも、恐怖にも、呆れにも聞こえた。
ミシィ
がっっ⋯
「あああああああ!!!」
おそらく骨にヒビが入ったのだろう。とんでもない痛みが俺を襲う。
それは⋯更に3箇所続いた。
大声を上げる俺を冷ややかな目で見ながら、男はなんの感情も顔に表さない。
さっきまで微笑んでいたくせに⋯。不気味だ。
「やめろ!!このままじゃ手と足がちぎれる!!やめてくれ!!頼む!!」
すると、ガチャッとなにかの音がし、手首と足首の錠がほどかれる。
はぁ⋯良かった
安心したのもつかの間、今度は首の錠が締め付けられ、俺は声を発することもできず、再び意識を失った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なんだろう⋯ぼんやりとした空間に俺一人だ。霧がかかっているようでよく見えない。
ーー⋯え⋯いで⋯!!
ーーや⋯ふざけ⋯!!
ーーこ⋯いよ⋯!!
誰かが叫んでいる声が、空間にこだまして聞こえる。
その次の瞬間、大勢の人の叫び声が俺の耳を割るように聞こえてきた。
ああああああああああああ!!!!
うるさっ。何なんだよこれ。意味わかんねぇ。
ピピピ⋯ピピピッ⋯
あれ⋯これは⋯アラーム音⋯?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ピピピ⋯ピピピッ⋯
目が覚める。
あれ⋯?なにか見ていたような気がする。なんだっけ⋯?
もう痛みで身体を動かそうとも思えない。今度は特に固定もされておらず、部屋の中で一人なだけだ。最初の部屋にどことなく似ているが、妙に違う。
自分の足首と手首を見ると、包帯が巻かれており、処置はされているようだ。
痛めつけたいのか助けたいのかどっちなんだ⋯?
「おはようございます。」
また白衣の男が来る。今度は何だと身構える。
「あぁ⋯まぁ今回は⋯そうですね。身体的苦痛ではなく精神的苦痛を味わってもらおうと思いまして、手伝ってくれる人を呼んできたんです。どうぞ。」
そう呼ばれると、ガラス越しの部屋に6,7人くらい入ってくる。
性別・身長・体型・年齢はどれもバラバラで、全く共通点があるようには見えない。いや⋯共通点があるとするならば⋯俺を見た瞬間、全員顔が歪んだことくらいか。ひどく俺のことを憎んでいるような目つきだ。
負けじと俺も睨み返す。
「えーっと⋯まず、この方達の紹介させてください。彼らは、あなたにとって近い関係の人達です。いや⋯近くなければいけない人達、のほうが良いですかね。」
はぁ⋯?意味がわからない。立って話す用の小窓に近づきたいが、足首が痛いせいで立つことすらままならない。
しかも横になっているため、起き上がるには手首の力が必要⋯なのだがこちらもだめで、俺は無力のままそこにいるだけだ。
「無理に立ち上がろうとしなくて良いんです。こちらの声さえ聞こえていれば。
さて、みなさん。ここでは、自分の思いを正直に話してあげてください。誰一人として抑制するものはいません。」
そう男が言うと、一人の女性が小窓に近づいてきた。年は30代くらいだろうか。
「あなた⋯よくのうのうと生きてられるよね。
あんな残虐なことしといて。ねぇ、返せ。返せよ。私の息子を!あなたのせいで息子は私の前からいなくなった。死んだんだよ!!息子が遺体として帰ってきたとき、思わず吐きそうになったわ。あまりにも痛ましすぎて、おぞましくて。」
その後も死ね、だの消えろ、だの罵詈雑言を浴びせ続けられ、遂には向こうが号泣して話せなくなってしまった。
なんなんだこいつは。俺が人を殺した?何いってんだ。馬鹿らしい。
「ありがとうございました。では、次の方⋯。」
そう男が言った瞬間別のガタイの良い男性が小窓に突っ込んできた。年は20代くらいか?
「俺はよぉ⋯今すぐお前を殴りたくてたまんねぇ。ずっと我慢してきたんだ。お前に会えることをよぉ⋯。このガラスさえなければ今すぐお前を殴り殺してぇところだが、それは無理そうだ。自分が何をやったのか、ちゃんとわかってもらわねぇとな。」
男性は、俺の彼女はお前に殺されたんだ、なんてことを言い出した。
なんでこいつらはよってたかって被害者面するんだ?俺の状態がみえてないのか。
「良い彼女だった。優しいし、料理は美味しいし、いつも俺のことを気遣ってくれた。俺が好きだと言ってくれた。俺も大好きだった。それなのに⋯お前が殺した。今でも信じられねぇよ。ほんとにいなくなっちまったのかって。」
おいおい。さっきまでの威勢はどうしたんだよ。ずいぶんしんなりしたな。
「お前は今、苦しいか?辛いか?お前が耐え難い苦痛を味わってくれることを俺は願うばかりだ。本当なら今すぐにでも死んでほしいところだが、な。」
それだけ言うと男性は去っていった。
次に来たやつはまさかの子どもだった。中学⋯高校くらいの男子。若々しい見た目とは裏腹に、体型はずいぶんやせ細っているように見える。
「僕の両親⋯どこにやったの?僕まだ信じられてないんだ。もう父さんにも母さんにも会えないのか、って。しばらく放心状態だったよ。
でも、今日お前に会える時間があるって聞いて、お前の顔をひと目見たくなったんだ。
勇気を出してここにきた。僕はお前がすごく怖い。今立っていられてるのは強い怒りと憎しみのおかげかな。」
子どもの語る声は、さっきの大人たちとは少し別の感じがしたが、それでも言っていることは変わらない。
返せだの死ねだの、そんな言葉を浴びせ続けられる。
なんの時間だ、これ。
他の4人も同じようなことをたれ、結局全員号泣している。意味がわからない。
男はその部屋から全員退出させ、俺の方を見る。
「話せますか?」
「喉は痛いが、この声が聞こえるなら話せる。」
すると男はうなずく。どうやら聞こえているようだ。
「あの方たちの話を聞いて、どう思いましたか?」
「どうもなにも最悪の気分だよ。俺が何をやったのかも覚えてないし、今こんなに痛めつけられてるのに、あっちは被害者面突き通して俺の気持ちも考えない。俺が人を殺したって決めつけて、罵詈雑言ばっかり浴びせて。なんのつもりなんだよあいつら。」
俺の言葉を聞き、男の表情が曇る。
「まぁ⋯その感想が妥当だと思います。一つ⋯注射だけ、打たせていただけませんか?」
注射?なんのだよ。
「毒薬の注射か?」
「いいえ。違います。あなたの記憶を戻す注射です。記憶が欲しいですか?」
記憶か⋯。まぁ、俺が何者なのか、知っていて損はないだろう。
「まぁ、欲しい。記憶を戻すやつ以外になにかやべぇやつが入ってなければ、打ってくれ。」
男はわかりました、だけ言うと、静かに部屋を出て行く。
数分も立たないうちに、俺の入っている部屋の壁が開く。
そんなところに扉あったのかよ⋯。
「では、打たせていただきます。腕だけ、貸してもらえますか。」
ここから逃げ出そうにもこの怪我の状態じゃ無理だ。大人しく記憶を戻してもらおう。
俺の腕に針が刺され、なにかが注入されていく。
まもなく、俺は意識を失った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2xx0年 8月 とある都市部にて
ー〇〇の都市部にて、大量殺人事件が発生しました。容疑者は逃亡している様子と見られます。
被害者の中には、小さな子供も含まれており、警察は今後も調査を進める予定です。
ー速報です。被害者の様態が判明しました。被害者は全部で20名にも及び、うち死亡者が14名、重傷者4名、軽傷者2名とのことです。
ーこの事件に関して、心理専門家の〇〇先生にお伺いしようと思います。なぜ、このような事件が起こってしまったのでしょうか。
ーはい。これは、おそらく日々の不満、ストレスが積み重なったことによる暴走だと考えられます。
ーこの容疑者の更生の余地はゼロ、とのことです。
俺はニュースを眺めていた。俺がやった出来事が、そこに大々的に映し出されていたからだ。
更生の余地、ゼロ、か。これは俺⋯捕まったら更生実験所行きかな。
なんでこんなことをしたのか。ニュースでも言っている通り、ストレスは関係している。
無差別で殺したわけじゃない。特に幸せそうな顔して歩いてた奴ら10人に⋯小型爆弾を貼り付けただけだ。死亡者は増えてしまったようだが仕方がない。
俺は昔っから幸せそうなやつを見るのが大嫌いだった。
恋人がいたり、優しい家族がいたり、そんなの見てるだけで吐き気がする。
ネットを見ると、この事件が早くもトレンド入りしている。
ネットの評判が気になり、コメントを開く。
ーまじで犯人自分勝手。キモいわ。
ーこんなやつが社会に存在してると考えてると眠れねぇ。
ーまだ捕まってないんでしょ⋯?早く捕まってよ⋯。
はっと乾いた笑いがこぼれる。みんな他人事で面白い。
こういう奴らは、自分の意見を馬鹿正直に発信することだけを生きがいとしているような奴らだ。
そんな奴らと俺、どこが違うか教えてほしいもんだな。
俺は自分の不満を馬鹿正直に世間に知らしめただけ。
こいつらだって自分の意見を発信している。それで誰が傷つこうがお構いなしだ。
ちょっとすっきりしたし、まぁ、このまま俺も死ぬか。
残っていた小型爆弾を自分の心臓に当て、ボタンを押そうとした瞬間、誰かに掴まれた。ボタンは遥か彼方へ飛んでいく。
あぁ⋯クソ。やられたなこりゃ⋯。
ーー容疑者らしき男を発見!現在〇〇荒れた住宅街にて男を拘束中!至急応援求む!
はぁーあ。俺は⋯更生実験所行きか⋯。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
更生実験所にて
「記憶は戻りましたか?」
あぁ。最悪なほどにな。
「そうだな。俺が人を殺したことと、ここが更生実験所ってことくらいは思い出した。」
さっききた奴らは遺族で、全部本当のことを言ってたんだな。
「なにか⋯事件直後と今の感情で変化はありますか?」
そう願うような目で俺に聞いてくる男⋯いや、見たことある。記憶の中にいた。
「お前⋯知ってる。どこかでみたことがある。」
「まぁ、見たことはあるでしょうね。私は、この更生実験所の実験長官ですから。」
そうだ。思い出した。こいつ、よくニュースに出てた。
更生実験所なんて馬鹿らしい施設だと思っていた。でも今おれはそこにいる。屈辱的だな。
「それで、私の質問に答えてください。何か感情の変化はありますか?被害者の痛みや苦しみを体験し、遺族の声を生で聞いたあなたに、更生の余地はゼロだなんて言うつもりはありません。」
つまり、更生したいなら、この痛みから逃れたいなら、気持ちが変わったと言うべきなんだろうな。
「これが、あなたが更生するための最後のチャンスですよ。」
更生⋯?
「はっ。更生なんて、そんなものしたいわけないだろ?よく考えてみろよ。大量殺人をする時点で、犯罪者の心は壊れてんだよ。自殺しようと思ってたのを邪魔されてムカついてんだよこっちは。」
更生したってどうなる。どうせ、ネットの難をあび続ける人生だ。意味ないだろ。
「はぁ⋯そうですか。残念です。」
カチッとなにかが起動した音がし、俺は意識を失った。
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完全に動かなくなった人間を見て、白衣の男ははぁ⋯とため息を付く。
「こいつも失敗作。なかなか更生というものは成功しないな。難しい。」
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No.133 〇〇 強盗殺人×3 失敗(わずかに余地見られる)
No.134 〇〇 大量殺人 失敗
No.135 〇〇 無差別殺人 実験中
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この更生実験が成功すれば、俺は大注目される。何かの賞だって、取れるかもしれない。
もちろん、更生させたいという純粋な気持ちもある。
でも、それだけじゃこんな施設は作れないだろう?
凶悪犯の更生は、社会が一歩進むための大切な仕事なんだ。
さて、次の犯罪者のところへ行こうか。
コメント
1件
うわ、重い…。記憶を失った状態から始まって、読んでるこっちまで息苦しくなるような拷問描写、そしてまさかの大量殺人犯の記憶と「更生なんてしたくない」って開き直り。主人公が完全に反省しないまま終わったの、すごく居心地悪いんだけど、それが逆にこの世界観にピッタリはまってる。実験長官の「失敗作」って一言もゾッとした…。続き、気になる。