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グラーゼ村に泊まった2日後の朝には、雨は止んでくれていた。
曇り空ではあるものの、クレントスを目指すには何の問題も無い。
私たちは早速、宿屋を出ることにした。
「あ、ありがとうございました……」
チェックアウトのために宿屋の受付カウンターに行くと、宿屋のご主人が強張った口調で言った。
あれ? 今まではもっと好意的に接してくれていたのに――
「……?
どうかされましたか?」
「い、いえ、何でもありません。
それでは良い旅を……!」
そう言うと、ご主人はさっさと奥に引っ込んでしまった。
違和感を覚えながらも、私たちは宿屋をあとにする。
「……何だったんでしょうね?」
「さぁ……? でも、感じが悪かったです……!」
エミリアさんはあの対応に不満そうだった。
宿屋に泊まっている間は気持ち良く過ごせていたのに、最後がこれでは良い印象が持てなくなってしまう。
そんなことを思いながら、馬車の場所まで行ってみると――
「……え?」
馬はおらず、馬車は無惨に破壊されていた。
「これは……!?
アイナ様、これでは修理をしないと動かせませんね……。それに、馬も……?」
「酷い! 一体誰が……!?」
思い当たるのは宿屋のご主人しかいない。
そもそもこの村では他の人とは話していないし、それに加えて先ほどの不審な様子――
「私が確認して参りましょう。
何か事情があるにせよ、これは許されることではありません」
「――いや、それには及ばないぞ」
私たちが話をしていると、突然そんな声が聞こえてきた。
慌てて周囲を見るも、誰もいない。しかしその声は、何となく上の方から聞こえてきたような――
「……ッ!!
エミリアさん、防御の魔法を!!」
「え!? ……プロテクト・ウォール!!」
ルークの言葉に、エミリアさんはすぐさま魔法を唱えた。
私たちのまわりには光の壁が生み出される。
「ふふふ……。安心しな。俺からは攻撃をしないから」
改めて声の主を辿ると、近くの家の屋根に一人の青年を見つけることができた。
大きな弓を片手に持っており、その服装も、いかにも弓士といった出で立ちだった。
「弓士……? まさか――」
「そうそう、察しは良いな。
馬車を使えなくしたと思ったんだが、まさかすぐに替わりを買っちまうだなんてな。……思いもよらなかったよ」
恐らくは……フィノールの街に寄る前に、以前の馬を遠距離の岩場から撃ち殺した弓士……!
「この馬車も、あなたが……?
一体、何で私たちを狙うんですか……!?」
「あぁー、そうか、そうだよな。俺のことなんて知らないよな」
弓士の青年は、片手で頭を押さえながら余裕そうに笑った。
それを見て苛ついたのはルークだった。
「……貴様のことは知らないが、敵ならば……斬る!」
そう言いながら、ルークは神剣アゼルラディアを抜いて構えた。
先日普通の剣を買ったばかりなのに、早々に神器を方を抜くだなんて……相手の実力を見極めた上でのことなのだろうか。
「ふぅん、それが新しい神器か……。
なかなか良いじゃないか。個人的には、神剣デルトフィングよりも好きだな」
それはありがとうございます!!
……敵の言うことなんて、素直に喜べないけどね!
「――それで? そんな場所から俺を斬るつもりなのか?
それとも、遠距離攻撃でも持っているのかな?」
「試してみるか?」
しかし私の知る限り、ルークは遠距離攻撃なんて持っていない。
以前のルークであれば、屋根までジャンプして斬り掛かりそうなイメージもあるけど――
……呪いのせいで、身体が以前ほど動かせないとは聞いている。
ここはあまり無理をさせるわけにはいかないだろう。
それなら――
「目的は何ですか!?
私たちとは初対面ですよね!?」
まずは対話だ。
ここで可能な限り情報を得ることが出来れば、このあとどうするかも考えられる。
対話に乗ってこなければ、恐らくは戦いになってしまうわけだけど……。
「……目的、かぁ。
そうだな。俺は、弟に頼まれたんだよ」
「お、弟……? あなたの弟さんって……?」
「お前らとは先日会ったはずだぞ?
まったく、俺の弟をずいぶん可愛がってくれやがって……」
先日……? 可愛がってあげた……?
もしかして……?
「あなたの弟って……?
まさか、呪星……ランドルフ……?」
「ああ、その通りだ。
弟ご自慢の呪いをくれてやったはずなのに、そっちの野郎はピンピンしていやがるし……。
しかも弟に怪我までさせてくれたんだろう?」
「……仇討ちにきたんですか?」
「俺がそんなことをするもんかよ。
やられたことは自分でやり返さないとな。それがうちの家訓なんだから」
……あなたの家の家訓なんて、そんなの知らないけど。
「ふん……。七星ともあろう者が、兄弟に助けを求めるなんてな……」
そう言ったのはルークだった。
彼にしては珍しく、かなり攻撃的な物言いだ。しかし、これは彼なりの挑発なのだろう。
「ははは、確かに!
しかし『仲間』に助けを求めるのは、ごく普通のことだよな?」
「仲間……?」
「ああ。俺の名前は……弓星イライアス。
同じ七星だから、まぁ共闘っていうところだな」
「こいつも、七星――」
ルークの剣を握る力が強まる。
しかしランドルフの呪いを思い返すと、イライアスもどんな隠し玉を持っているか分からない。
ここは逃げるべきでは――
「――アイス・ブラストッ!!」
「うおっと!?」
私が唐突に放った氷の塊が、建物の屋根にいるイライアスの脚を狙った。
イライアスはそれを何とか避けたが、そのままバランスを崩して屋根から転がり落ちていった。
「……よし!
ルーク、エミリアさん、逃げましょう!!」
その言葉を皮切りに、私たちは一斉に走り始めた。
ルークが本調子であれば余裕だったかもしれないが、少しでも負ける可能性があるなら、今は少しでも戦闘を避けたかったのだ。
――クレントスにさえ行ければ。
『神託の迷宮』にさえ行ければ。
ここまで来れば、あとは時間の問題だ。
フィノールの街では十分に食糧も買ったし、野営の道具もいろいろと揃えた。
今後は街に寄らなくても、何とか進むことが出来るだろう。
クレントスに向かっているのはもうバレているだろうが、まさか『神託の迷宮』を目指しているとは思うまい。
それなら先に、『神託の迷宮』へ――
「――それにしても、アイナさん」
グラーゼ村から離れて、息を整えるために休憩していると、エミリアさんが話し掛けてきた。
「……最近、攻撃的になってきましたよね!」
「えぇ!? そ、そうですか……!?
……いや、そうですね……?」
以前に比べて、確かに私も攻撃を仕掛ける機会が増えてきた気がする。
しかし改まって言われると、何だか認めたくないというか……。
「ははは……。いや、戦闘にならなくて済みました。
今の私では、神器があったとしても勝てたかどうか……」
ルークは笑いながら、静かにそう言った。
……どうやら私が思っている以上に、呪いの影響が残っているらしい……。