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海を管理官の居る場所まで案内して、後ろからいきなり襲われた時の怪我がよくなり、俺が店の準備をしていた時、珍しい客が二人来た。
「流。二人で」
松村が店の扉を開けて人差し指と中指を立てた。
相変わらず端整な見た目の松村の後ろには、彼と変わらないくらいの身長の冴香が居た。
彼に手を引かれている冴香の手には包帯が巻き付けてあった。
「べ、さ、冴香。お前、その手どうしたんだよ?」
「いろいろあったの。ねえ、今日は管理官に休むって言っといて」
「あ、ああ。分かった」
俺は棚から一つコップを取り出すと、松村の前に置いた。
レジの隣にある、千円札が入れているグラスの向こうに松村の顔が歪んで見えた。
「今日は誰が来たの?」
「雪だよ」
俺が言うと、冴香は感心するように頬杖をついた。
「大層なこと。あんな怪我しといてまだ仕事するのね」
「んで、注文」
俺がカウンターに両手を置いて、体重をかけると、冴香は気が付いたように俺に言った。
「ああ、松村にカシスソーダを」
松村は少し驚いた顔を一瞬見せると、彼女を疑るように冴香の方を見た。
「なんか企んでんのか?」
「いいや、別に」
冴香は松村から視線を逸らした。
「ああそう」
松村は不思議に思いながら、冴香の方を指さした。
「じゃあ、ギムレットで」
俺はカクテルグラスを取り出すと、冴香の前に置いた。
不器用な二人だなと思いつつ、俺は二人の姿を見た。
俺は冷蔵庫から酒を取り出すと、カウンターに置いた。
時間は夜の八時。
部活は終わり、もう帰っている時間だ。
雪はまだ管理官と話している。
無駄に薄暗いこのバーの照明はどうにかならないものだろうか。
冷蔵庫は明るくて見やすいが、レジに入れてある金が見づらいんだよ。
……しかし、その薄暗さが不思議と似合うのが、この二人だ。
学年でもトップクラスで身長が高く、色気のある二人だ。
この二人が本当に酒を飲んでいても不思議じゃないように思える。
静かな店内の中で、冴香がゆっくり口を開いた。
「今日は、ありがとう」
「ああ、いいよ」
俺はカウンターに置いたカシスソーダのボトルを手に取ると、松村の前に置いたグラスにカシスソーダを注いだ。
「サンキュ」
そしてもう一つギムレットのボトルを手に取り、冴香の前のカクテルグラスに注いだ。
カシスソーダの酒言葉は、『あなたは魅力的』。
一方でギムレットの酒言葉は『勇気を出して』。
全くかみ合っていない会話だな。
「カシスソーダって、甘酸っぱいんだな」
「まあ……うん」
冴香は松村から顔を逸らしたままだった。
冴香はグラスを手に取り、口まで運ぶと、言った。
「ちょっと酸っぱい」
俺は二人のもどかしい距離感に蕁麻疹が出そうになる。
素直にならない彼女の彼への伝え方か、はたまた、意味を知らなかったのか。
松村の勇気を出しては、どういう意味だろう。
「なあ、冴香。勝つには勇気がいる。お前、分かってるだろう」
「何の話?」
「お前さ、今日あったんだろ?敵になる男に」
「……」
「そんなことを殺し屋に言うのは愚行よ。言わなくたって分かってる」
冴香は、カクテルを一気に飲むと、席を立ちあがった。
松村はそれをまねるように一気飲みし、財布を開け立ち上がった。
「俺が払おう」
「悪いわね」
冴香は、松村に背を向けると、出入り口から出て行った。
「松村。お前、冴香の事、どう思ってる?」
「別に。大したこと思ってないが、まあ、死んでほしいとは思わないな」
松村は千円を取り出すと、隣に置いてあったグラスに丸めて入れた。
「じゃ」
彼は財布をしまうと、出て行った。
サジェスのメンバー用に置いておいたグラスに無造作に入れてある、松村の千円札を見て、あほらしくて、笑けてしまった。
しかし、どうしても悲しそうに見えてしまった、親友の後ろ姿。
俺は後にその背中の意味を知ることになる。
「ふぁあ~」
バックヤードから出てきたのはリュゼだ。
「お?グラスが二つある。誰か来てたんだな」
「ああ。酒で会話して帰ってったよ」
「なんだそれ。比喩?詩人か?」
雪は馬鹿にしたように、俺の顔を見た。
「じゃあ、あたしも一杯飲もうかな」
雪は松村の座っていた場所に座ると、酒を一つ頼んだ。
「ブラッド・アンド・サンドで」
俺は冴香の持っていたカクテルグラスに、それを注いだ。
酒言葉は、『切なさが止まらない』。
さっきの二人を表現するような酒を頼んで、一瞬、さっきの会話を聞いているのかと思ってしまった。
雪はそれを一気飲みすると、「複雑な味だな」とつぶやいて、席を立った。
「じゃ、今日もツケで」
雪はそう言ってここを出て行った。