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「俺は剣に疑われたことに絶望した。曲も作れない自分に何の価値も見い出すことができなかった。今思えば、生きるのが苦しかったんやと思う。別に剣の気が済むなら、刺されて死んでもいいと本気で思った。弁解もせずにじっとしていたら、祥子が修羅場に突っ込んできて刺される寸前の俺を庇った」
剣はきっと俺の言葉を待っていた。今ならわかる。
『そんなことは絶対にしていない。俺が剣を裏切ると思うか――』と。
なぜ、そのひとことが言えなかったんだろう。
俺が無言劇を選んだせいで、あれだけ俺を助けてくれた剣を、この世でいちばん大切な友を深く傷つけてしまった。
「俺の目の前で、祥子が剣に刺された」
崩れ落ちる祥子が、さっきの話は嘘なの、ごめんなさい、白斗にはなにもされていないから、と、真実を剣に伝え――剣は過ちを知った。
俺の罪は、そこから始まった。
「公表できない案件になってしまったから、金で揉み消して事務所と示談になった。それが引き金になって、RBは事実上解散という形で活動を終わらせた。問題起こした連中がのうのうと活動していたら、絶対に情報が漏れて、マスメディアに取り上げられるから、剣を守るために解散を決断した。最後にライブさえできなかったのが、俺の中でいちばんの心残りで未だに後悔してるけど、当時はそんなことをできる状態じゃなかった。結果だけ言うと、剣は無実の俺を疑って殺そうとした上に、はずみとはいえ愛する女を手にかけてしまった。それで精神(こころ)を壊してしまって今も療養中や。優しく繊細な男だから、余計に自分を責めた。俺のせいでこうなった」
「――!」
彼女が息を呑んだ。律の緊張が繋いだ手から伝わってくる。
「そんなことがあったなんて…それで、あの…祥子さんは……?」
「幸い一命は取り留めた。でも、後遺症と大きな傷が残ってしまって…剣と同じで療養しながら、静かに暮らしている。一ヶ月に一度祥子の見舞いに行って、元気だった様子を剣に伝えに行く――これを六年続けてる」
「……」
あまりの衝撃に律は言葉を失っている。口元を押さえ、震えていた。
「大栄の社長――祥子の父親が事務所に交渉して、俺に責任を取らせるために大栄に転職させた。大事な娘を酷い目に遭わせてしまった俺等への腹いせのつもりだと思う。断ったら、剣のことを公にすると脅された。五年間務める契約やったけれど、俺が優秀すぎて辞められたら困るって言い出されて、しょうがなく延長した。でも、もう終わる。律の家が最後や。この家が完成したら、俺は大栄を辞めることができる。引継ぎも終わらせてあるし、あと少しで自由になれる」
しっかりと律を見つめた。俺の思いのたけを彼女に伝えよう。
「律、俺と一緒になろう。俺が傍にいるから、旦那のことは忘れて俺についてきてくれ。お前の罪ごと、俺が全部背負う。ふたりで暮らしていこう。俺には律が必要だから傍にいてくれ。もう…旦那がお前に触れるかもしれないって思うだけで毎日気が狂いそうになる。きちんと筋道を通さないといけないことはわかっているけど、もう無理や…」
もう一度彼女を見つめた。長い黒髪のストレートに大きな瞳。決して蠱惑的ではないはずなのに、彼女は容姿もしぐさも、全てが俺を狂わせる存在なのだ。
「愛してる、律」
とてもひとことでは表すことができないほどに、俺はお前に焦がれている。
この胸を切り裂いて律への愛を証明できるなら、いくらでも見て欲しいとさえ思う。
俺の言葉に彼女の美しい瞳がみるみる潤み、涙が溢れ出した。
「律、泣かないでくれ」
お前の涙は全部俺が残らず受け止めてやる。
目じりに、頬に、愛おしい気持ちを込めて口づけた。
律はただ、黙って泣いていた。
「…俺と一緒に来てくれるか?」
心臓が壊れそうなほどに激しく高鳴る。
もしこれで断られたりしたら、俺は一生立ち直ることができないだろう。
静寂の中、律が鼻をすする音だけが響いた。目を伏せて泣いていた律が俺を見据える。彼女の答えは――