ロビーの照明が落ち、ステージのスポットライトが一斉に点灯した。観客席のように設けられた椅子に座る人々が、その場の雰囲気に飲み込まれる。ファッションショーの開始を告げる音楽が流れ、モニターが点灯した。
「え…何だこれは…」
彼がモニターを見上げると、そこには数多くの視聴者の顔が映し出されていた。オンラインで繋がっているのだろう、世界中からこのファッションショーを観ている人々の反応がリアルタイムで表示されている。観客の顔には期待や興奮の表情が浮かんでいる。
その瞬間、彼はこれが単なる試練ではないことを理解した。これは、多くの視聴者に向けてのショーであり、彼らの視線が自分に注がれるのだ。恐怖が彼の全身を駆け巡った。
「そんな…こんな大勢の前で…」
一部の参加者がその場の衝撃に耐えきれず、足早に部屋へと逃げ帰っていくのが見えた。彼らの気持ちが痛いほど分かる。自分もその場から逃げ出したい気持ちに駆られるが、足はその場に釘付けにされたままだった。
「次、どうぞ。」
ステージ脇に立っていた係員が、手招きしながら参加者たちにランウェイに上がるよう促した。自信に満ちた表情を浮かべた女性が一人、ステージに向かって歩き出す。彼女の姿は完璧で、見る者すべてを魅了するオーラが漂っていた。続いて、他の自信がありそうな参加者たちが次々と列に並び始める。
「やるしかない…」
彼は決心した。震える足を無理やり前に出し、列に加わった。自分を奮い立たせるために何度も深呼吸を繰り返す。頭の中には自分の体が女性化していく映像がちらつき、時間がないことを再認識させる。
その時、彼の後ろに一人の女性が並んだ。彼が振り向くと、それはあの胸の大きな女性だった。乗船時と同じTシャツに野球帽をかぶり、ジーンズというカジュアルな格好のままだ。胸が目立ち、彼女の服装は他の参加者とは対照的で、異彩を放っていた。
「やっぱり、何も変えずに来たのか…」
彼は心の中で呟いたが、口には出さなかった。彼女が視線に気づいて口を開く。
「やっぱりこういうの、苦手でね。服も化粧もどうしたらいいか分からないし、この格好のまま出ようと思って。」
彼女は笑顔でそう言いながらも、その表情にはどこか緊張の色が見え隠れしていた。彼はその言葉に少しだけ心が軽くなった。自分だけが不安で戸惑っているわけではないのだと感じた。
「わかるよ。俺も…何が正解なのか全然わからない。でも、やるしかないよな。」
彼がそう返すと、彼女は小さく頷いた。
「そうだね。ここまで来たんだから。お互い頑張ろう。」
彼女の言葉に少しだけ励まされ、彼は前を向いた。列は少しずつ進み、次々とランウェイに参加者たちが上がっていく。彼の順番が近づいてくるのを感じ、心臓の鼓動が速くなった。
彼は再び深呼吸し、自分を落ち着かせた。今はただ、一歩一歩前に進むことだけを考えよう。自分の体を取り戻すために、この試練を乗り越えるのだ。
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