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こちらこそリクエストありがとうございます!楽しく書かせていただきました。3話にわけて投稿します。
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水面に手を伸ばす。冷たい。凍えるほどの寒さに、為す術なく沈んでいく。暗くて深い海の底へ。
あぁ、息が苦しい。吐いた空気は泡と化して消えてゆく。もう、意識が、
「力が欲しいか?」
ひらり。滲んだ視界の中で、何かが揺らいだ気がした。全身に一層ひんやりとした冷たさを感じ、耳元で爽やかな声が聞こえた。
非科学的なものは信じない。一方、命の危機に瀕して初めて神を頼る人間は自己中心的で嫌いだ。
「……ほしい、です」
それでもそう答えたのは、結局自分も何も特別なことはない、生に執着するただの一人の人間だったからだろう。
「……ふ、」
何笑ってんだ、こっちは今際の際だぞ。
そう文句を連ねようとしたところで、限界を迎えて瞳を閉じた。
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「っは、……!、ッ、」
まだ、海?口から溢れるのは相変わらず泡だけだった。悪夢から醒めたと思ったのに。慌てて体を動かそうとしたところ、何かに阻まれた。
「目が覚めた?」
「、!?誰……!!」
「ひどいなぁ、命の恩人を忘れたわけ?」
一体全体どうなってしまったんだ、この世界は。スマイルは自分の置かれた状況に眩暈がしそうだった。
ふと目覚めたら海の中なのに呼吸ができて、なんの障害もなく話せて、ついでに知らない男の腕に抱かれていました、なんて。
「とりあえず離せ、キモい……!!」
「えー、離したら逃げるでしょ君」
「当たり前でしょ、普通に考えてあり得ないから……」
「人間にとっての普通を当てはめないでくれる?」
その言葉に、抵抗する手足が止まった。
「……ごめんなさい、殺さないでください」
「はは、ほんとおもしろいね君。命乞いが遅すぎるでしょ」
けたけたと笑う男に、大人しくなったスマイルは恐る恐る顔を上げて、その姿を凝視する。
幼い頃図鑑で見たリュウグウノツカイを想起させるような、水に揺られひらりひらりと舞う華美な衣装。整った顔は西洋の絵画のように現実離れした美しさを纏っていた。
「どうしたの?気になることがある?」
気になることしかないが、と言いたくなる衝動を抑える。ひとまず離してはもらえないらしい。
「……誰、すか?」
「ん?えーっと、神」
「……カミサマ」
「そ。神の中でも海の神」
自分とは一生無縁の存在だと思っていた。そもそも存在することを信じていなかった。けれどこんな超常現象の数々を前にして、目の前の男が言うことを戯言だと一蹴することはできなかった。
「……私の不敬をお許しください」
「あーもう、そう堅くなることないから!殺さないから!さっきみたいな威勢で接してよ」
そう言われると己のあまりに命知らずな言動に背筋が凍る思いがした。目の前の海の神様とやらは随分優しい神様らしい。やはり聖書の記述もまちまちなものだな、とスマイルは思った。
「聖書?」
「!?……心を読める、んですか?」
「もちろん。神だからね」
その言い草はどこか、仲の良かった友人を思い出す。そういえばあいつはどうしているだろうか、日照りが続いて雨がなかなか降らず不作だったある年の夏に忽然と姿を消していまだ見つかっていない。
「考え事の前に聖書とやらを教えてくれる?」
「、あ、あぁ、えっと、聖書ですか?聖書は……まぁ、神様にまつわる言い伝えとかが載ってる教典……?」
「へぇ。なんて書いてあるの?」
「……海に関することだと、有名なのは、人間が堕落したことに怒った神様が洪水を起こした、とか、」
素直に言うか言うまいか一瞬悩んだが、心を読まれているのではどうしようもない。スマイルは聖書に関して記憶している限りのことを話した。
「へぇ。随分適当だなぁ」
「……ですよね」
「うん。まぁいいや、人間のことは知らないし」
「……どうして俺を助けたんですか?」
人間に興味がないとなるといっそう疑問は深まるばかりだった。そう問われると、神様はふわりと微笑む。そして、スマイルの頬へとそのしなやかな指を伸ばした。
「一目惚れ」
「……へ、」
顔が熱を持つ。口調にも表情にも一切冗談のような素振りは見えなくて、思わず間抜けな声が漏れる。
「そういえば君、名前は?」
「……すま、いる」
「スマイル。俺はきんとき」
「きんとき……さん?様?」
「どっちもいらない。敬語もいらない」
そう、言われても。けれど従わないわけにもいかない。
「……きんとき、」
「ん〜?」
呼び捨てをすれば、嬉しそうに顔を綻ばせるから。つい、神様相手にかわいい、なんて思ってしまった自分がいた。
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「きんときは何年くらい生きてるの?」
「まぁざっと3000年くらいかな」
「へぇ、……海の神って何するの?」
「海の平穏を守る仕事」
敬語を外すことを渋っていた割にすぐ馴染んできたようだ。質問攻めを始めた腕の中のスマイルににこやかに応えながら、きんときは海を泳いでいく。
「どうして俺は今呼吸ができてるの?」
「俺が力を与えたから」
「どんな力?どうやって与えたの?」
「正確には俺が持ってる力を分けただけ。さぁ、どうやったでしょう」
質問に答えないと不満げに眉を顰めるのも愛しい。どうやら知的好奇心がとても強いようだ。さぞ人の子としても優秀だったのだろう、見初めたのは決して間違いではなかった。
「今どこに向かってるの?」
「俺の家」
「え、……俺、これからどうなるの?」
「どうもならないよ。ただ俺と暮らしていくだけ」
「……えっと、俺は何をしたらいい?」
「?何もしなくていい」
え、と困惑の声があがる。きんときはスマイルがなぜ困っているか分からず、首を傾げた。何もしなくていいと言っているのに、何を困ることがあるのだろう。黙り込んでしまったスマイルに、その顔を覗き込む。
「っ、!?ちか……」
「質問は終わり?俺からも質問していい?」
「あ、あぁ……」
「どうして海に落ちたの?」
また沈黙の時間が生まれた。心を読もうとしたが、スマイルの思考があまりにも複雑に絡み合っていて解読できない。きんときは漠然とこんなこともあるのか、と思ったが、特に深入りはしなかった。
「まぁ、別にいいや。家に何か欲しいものはある?できるだけ叶えてあげる」
「……本。本が欲しい。できるだけたくさん」
「本?それなら書庫がある」
「!書庫!?」
そんなものでいいのだろうか。人間とはもっと欲深いものではないのか。そう思ったきんときだったが、書庫と聞いて目を輝かせたスマイルが可愛らしくて目を細めた。
「うん。ほら、もう着く」
「え。神殿じゃん」
「そうだけど」
入り口でふよふよと揺蕩うガーディアンが今日も神殿の無事を知らせてくれる。その脇を通り抜けながら伝達する。
「今後はこの子を護衛対象の最高位に」
「?なんか言った?」
「ううん、何も」
これで神殿にいる3体のエルダーガーディアンと他のガーディアンにも情報は共有される。ひとまずは安心だろう。
「もう家?」
「そうだよ。安全だから安心して」
「家の外は危険?」
「危険。一人では絶対出ちゃダメだよ。今は俺と一緒だから安全だっただけで」
ところでスマイルはずっと胸中でこのお姫様抱っこの状態が気に掛かっているらしい。きんときは家の中くらいはいいか、と思い、力を分け与えてから初めてその体を手の内から離した。
「ぇ、わ、!?な、なに急に」
「え?いや、恥ずかしそうだったから……抱っこの方がよければ抱っこす」
「ゃ、いや、いい!こっちがいいから!」
スマイルは一瞬抱っこの方が快適だったな、などと思ってしまった自分を恥じた。快適だからってずっとああされていると、何か人間として大切なものを失ってしまう気がする。
ぐっぐっ、と手を握ったり開いたりしてみると普通の感覚だった。しかし床があるからといって普通に歩こうと思うと当然ながら抵抗が強すぎて、バタ足をするしかなかった。
「……なんでそんなに遅いの?てかその足の動き何?かわいいね」
「は、!?〜〜っ人間はそんな風に動けないんだよ!!」
「あれ?俺の力は与えたはずなのにな」
数メートル先でこちらを振り向き止まると、すい、と足を一切動かすことなく、まるで空中を浮くような動作で近づいてくるきんとき。思わず後退りしようとしたが、逃げられるわけもなく。
「……!?」
「うーん?うーん……」
左手で抱き寄せられ、右手で優しく頭を撫でられ、酷く動揺する。きんときの胸の中で、やっぱり心臓の音は聞こえないんだ、などと今の状況にそぐわないことを考えてしまってかぶりを振るう。
なんなんだ一体。この距離感はどういうつもりなのだろう。こんな行動も神様の常識からすると当たり前なのか?
「あはは、そんなことないよ」
「っ、!!心読むな、馬鹿……ッ」
「接触面積が大きいと読めちゃうの」
「じゃあ離れろ……!!」
「今スマイルの体の中覗いてるからちょっと待って」
その絶妙に気色悪い言い回しもやめてほしい。きんときの体を突き放そうともがくがびくともしない。本当になんだこいつ。いや神か。
「ほんとおもしろいねスマイル。退屈しないよ」
「あ〜〜もう!!!心読んでくるのうざ……っ、!?」
ふと体が離されて、解放された、と思いきや、目の前にきんときの顔があった。海の神様らしい、深海を閉じ込めたような瞳に視線を奪われるや否や、唇に柔い感覚。
「ぅ……、ん、ぁ」
人間のことを知らない割にキス上手いのも何なんだ。あぁもうどうにでもなれ。瞳を閉じながら唇を開いたその時だった。
「〜〜〜!?ごほ、ッげほっ、!!」
「あれ?さっきはすんなりいったのに」
ふーっ、と口内で酸素を送り込まれ、目を見開いて唇を離す。何してんのこの神。ムードとか知らない感じ?てかさらっとさっき、って。質問しても答えてくれなかった、神の力を分け与える方法が嫌でもわかってしまう。
「正解」
「こほ、ごほッ……!最低、人の寝込みを襲って!!」
「襲ってなかったらスマイル死んでるよ」
そう言われてしまうと何も言えない。そうだ、これでも命の恩人なのだ。
「ほら、それで俺と同じように動けるはず。やってみて」
「え?……ぉわ、」
足をさして動かさなくても、並行移動するように動けるようになった。地上の10倍以上あるはずの抵抗を一切感じなくなり、自分の体が自分のものじゃないような感覚に襲われる。不思議な気分だ。けれど悪くはない。
「ふふ、楽しい?」
「……少し」
廊下を突き当たりまで進んでからきんときの元に戻ってくれば、優しく髪を梳かすように撫でられる。隠し事をできないことは表情を表にあまり出さないスマイルにとって多少の居心地の悪さを感じさせたが、それ以外は案外不自由ない、かもしれない。
「書庫、見に行く?」
「!行く」
そう問うとやはり目を輝かせるスマイルに、海洋神ともあろうこの俺が本に負けるとは、ときんときは苦笑した。
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本当に不自由がない。本を捲りながら、スマイルは思案する。時計がない上日光も当然届かないから正確な時間の感覚がないことくらいだろうか。それもさして困らない。睡眠は以前と変わらず取れているから体内時計がしっかり機能するし、食事も焼き鮭という意外と庶民的なものを与えられている。
レパートリーが焼き鮭しかないことと、魚の命を自ら奪うことは海の神的に許容できることなのかと問うと、
『俺料理できないから。後者についてはどういうこと?』
とのことだった。きんときは優しいが時々発言の端々から若干の倫理観の欠落を感じさせる。まぁ神に対して人道を説くのは釈迦に説法というか、いやどちらかというと馬の耳に念仏か?どちらも微妙に違う気がした。せっだし海洋神という措辞を用いて新しいことわざでも作ってやろうか。
「スマイルー」
「へぁ!?」
ちょうどきんときのことを考えていたおかげで変な声が出た。音もなく近付いてくるのをやめてほしいということも伝えたが、それも意味がわからないと言われるだけだった。やっぱり馬の耳に念仏でいい。
「馬?なんの話」
「そういうところ」
「え?」
本を閉じ、きんときに向き直る。珍しく正装をしている。スマイルと出会ったあの日と同じ服装だ。きっと何かあるのだろうと勘づいた。
「賢いね。そう、そろそろ仕事しないと怒られちゃうからさ」
「誰に?」
「Nakamu」
「Nakamuが?」
その名前には覚えがあった。きんときと出会った初日のこと、広い個室は与えられたが家具や小物は一切なかった。一面プリズマリンの部屋が随分寒々しく見えたのを覚えている。せめてベッドは欲しいと望んだところNakamuという、これまた神様が来てくれたのだ。
『は?ベッドを作れ?そのためだけに呼んだの?』
来てくれたというか、来させられたのか。いずれにせよNakamuはスマイルによくしてくれた。きんときにはやや強めにあたっていたが、ベッドをはじめとした家具一式を快く作ってくれた。
『元気してる?君は本当に本が好きだね。知識欲はいいことだ、そういう人間は好きだよ。最近では珍しいね』
それどころか時々顔を見に来てくれて。初対面の際は軽い気持ちで望みを口にしたところ神様を呼ばせてしまったことに腰を抜かしかけたが、Nakamuもきんとき同様神の力をふんだんに使いながらスマイルに優しく接してくれた。
「Nakamuは創造神。俺より位が上の神様」
そろそろ神様と生活を共にしていることに違和を覚えなくなってきたスマイルも、これには流石に耳を疑った。
「……創造神、」
「Nakamuの上にもシャークんっていう神様がいるけどね」
「創造神より上……?」
「うん」
想像がつかない。創造神を創造する神?なんだか頭が痛くなってくる。考えるすぎるのはやめよう。
「仕事って何するの?俺も行きたい」
「危ないからダメ」
「なんで?きんときと一緒にいたらいいんじゃないの?」
「ダメなものはダメ」
説明になっていないが、神様であり命の恩人であるきんときにそこまで逆らうわけにはいかない。正直なところ初めのうちは殺されるかもしれないという恐怖からだったが、最近は専ら感謝と尊敬の念から素直に言われることに従っていた。
「わかった。仕事行ってる間俺はどうしたらいい?」
「そうやって本を読んでたらいいよ。大人しく待ってて」
「……わかった、」
スマイルとて幼い子供ではない。当然3000歳の神様から見れば幼子に等しいかもしれないが、命の恩人に何かしらの形で報いたいと思うのはおかしいことではないだろうに。
「……行ってくる。本当に外に出たらダメだよ」
「……うん」
また音もなく去っていくその背中を見送って、読書を再開する。心は読まれたが、無視された。スマイルは心を読まれることに慣れてきつつあった。優しいきんときになら何を知られてもいいと思い始めていた。だから連れていってくれることを少し期待していた。
なぜならいくら本が好きといえど本を読むだけの生活をしていると飽きもくる。しかし本を閉じかけるたびにNakamuにかけられた言葉を思い出した。
『知識欲はいいことだ、そういう人間は好きだよ』
言外に神は知識欲のない人間を嫌う、と言われているように感じた。きっと優しいNakamuのことだからそんなことはないだろうと思うと同時に、そうだったとしてきんときはどうだろうか、と思った。時々垣間見える冷酷な、ある意味神様らしいともいえるかもしれない一面はスマイルを少なからず怯えさせていた。
いつ捨てられるかわからない。
読み終えた本を閉じて、スマイルは自分の肩を抱いた。どうしよう、このままきんときが帰って来なかったら。この神殿にひとりきりになったら。
あの日感じた水温の冷たさを思い出して背筋が震えた。
(お願い、はやく帰ってきて)
どうか自分を助けたのが気まぐれではありませんように。
『一目惚れ』
あの日、きんときの手で頬を包まれる感覚を覚えている。スマイルは自分で自分の頬に手をやった。そして、やはりあの時のような多幸感は得られないことを確認して、ゆっくりと瞳を閉じた。
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深海をすいすいと泳いでいく。実に約一ヶ月ぶりの仕事だった。実は一週間おき程度にNakamuから催促はされていたのだが、そろそろ雷が落ちるかという寸前まできんときは動かなかった。
『命の恩人に何かしらの形で報いたい』
数日前に読んだ心の声を思い出す。ついにこの能力を逆手に取られるほどになってしまったか、と溜息を吐く。仕方ない、あの子は賢いから。
人間は脆い。それくらいはいくら地上の世界に疎いきんときでもわかっていた。柔くて、すぐに壊れる。確かに自分のそばにいれば安心だとは言った。何があろうと確実にスマイルに傷ひとつつけさせない自信はある。しかしそれとこれとは別だ。
少しでも危ない場所に身を投じて欲しくない。ただそれだけだった。
「はぁ、」
恩を返して欲しくて助けたわけではない。ただ安全な場所で己の帰りを待っていてくれればそれでいいのに。
きんときが溜息を吐けば、サンゴたちがそよいだ。
どうしたの、どうしたの。海洋神様、どうしたの。
「……あぁ、大丈夫……ッ、!」
そう言いかけたきんときが、ふいに大きくその瞳を見開く。眷属であるガーディアンからの呼び出し。それが何を意味するか。
「……スマイル」
低い声が落ちれば、カクレクマノミははイソギンチャクの影に隠れ、アナゴは岩の隙間に帰って行く。一斉に静まった深海で、きんときの姿は瞬きする間に消えた。
「……何をしてるの?」
はくり、人の子は息を飲んだ。神殿前で海底に伏すスマイルに寄り添うガーディアンは、どこか不安げに見えた。
「外に出ないように言ったよね」
神様というのは、本来このような威圧感を持ち合わせているものなのだろう、とスマイルは狭窄していく視界の中で考えた。
「どうしてこんなところで寝てるの?」
怒ってる、なぁ。でも、捨てられてなくてよかった
「、え?スマイル?」
死ぬ前に顔が見れてよかった、
「スマイル、!!!!」
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