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るる
267
#M!LK
はる☻
18,789
今回は前回より重めかな?と思います。
カニバリズムにハマっている私のせいで、話全体が暗いです。
医学知識はミジンコなもので、病気のことなんてまるで分かりませんが、話の都合上使いました。違くても、深く考えないでください。
膝がズキズキと痛む。
成長は十数年前という、とうの昔に終えている。成長痛は来る筈などないのに、それに似た痛みが右膝を襲う。
歩く度に膝の奥がぎしりと軋む。まるで錆びついた歯車を無理やり回しているような、不快な引っかかり。
あの頃同様、氷を当てればいいかと、思った。
治る、治るんだろ?とただただ、信じた。
だって、ただの違和感。きっと治る。
君にも、メンバーにも心配をかけたくないから、口を閉ざす。
今日も、何も、変わらない。
MVを撮る日が続いた。
連日、脚を酷使した。サッカーをやっていたから体力に自信はあったはずなのに、もう脚が悲鳴を上げている。
もう、なにもやりたくなくなってベットに寝そべった。
皆んなに言いたい、でもいいのか?いや、言ったとして、それがもし、一大事で、それを発表しなければなくなったら?
一度不安が溢れ出すとダムのように決壊し、止まらなくなる。
不安が募り始めると、痛みが強くなり始める。
太ももの骨の芯がじわじわと熱を持ち始める。骨の裏側から、鋭いキリでじわじわと突き上げられているような、鈍く重い痛み。
逃げ場がない。揉んでも、叩いても、痛みの源流は皮膚のずっと奥、硬い骨の真ん中にある。
一睡もできないまま、ただ冷や汗を流して朝を待つしかなかった。
まるで、あの時のよう。両親に縋った日のよう。
今は、君に縋りたかった。
温かい笑みで俺を満たしてほしい。この辛さを君に言いたい。
そろそろ可笑しいと思った。
休みをとって、病院に行った。
そして、レントゲンを撮って、「骨肉腫ですね」と医師に告げられた。これから抗がん剤治療が必要だ、とも。
頭が真っ白になる中で、俺はまず、恋人である舜太にメッセージを送った。
『ごめん、これから活動できないかも。骨肉腫、だって』
すぐに既読がつき、返信が届く。
『じゅう、俺なわかってたんよ。じゅうが無理してること。今はお休み期間として休んどき?』
その優しさが痛くて、俺はスマホの画面を睨みながら文字を打ち込んだ。
『MVの撮影終わった後にファンを不安にさせたくない』
しばらく間を置いて、君から次のメッセージが届いた。
『そうだ、入院する前に、俺んち来て』
言われるがままに君の家を訪ね、ドアを開けた瞬間、俺は息を呑んだ。
部屋が、血まみれだった。
鼻を突く鉄の匂い。床に広がる赤黒い海。その中心にいる君を見て、声が震えた。
「どうしたの……」
それでも、いつものように笑おうとしている。
その笑顔が、何より怖かった。
「じゅう、知っとる? 」
「…何を?」
「中国の歴史的習慣に『割股』ってやつがあるんよ」
淡々とした声だった。
まるで、なんでもない雑学を話すように。
「病に倒れた親を救うため、自分の太もみの肉などを切り取って食べさせる、儒教的な孝行慣習…やって」
自分の太ももを大きく抉りとった男は、翳った笑顔のまま、口を開く。
「……それが?」
舜太は答えなかった。
ただ、俺を見つめていた。
その目には、恐怖も迷いもなかった。
あるのは、ひどく真っ直ぐな願いだけ。
「俺も、やってみたくなったんよ」
「……は?」
「じゅうには、長生きしてほしいし」
その言葉を聞いた瞬間、背筋が冷たくなった。
狂っている。
明らかに可笑しい。
常軌を逸している。
こんなこと、絶対に間違っている。
それなのに、それなのに…。
その翳った笑顔の奥にあるものだけは、嫌というほど分かってしまった。
自分の病気を治したい。
俺に生きていてほしい。
ただ、それだけ。
純粋すぎるほど純粋な祈りが、間違った形でそこにあった。
「……じゅう」
舜太がからりとした声で笑う。
「ほら、席ついて」
声はいつもと変わらない。
「一緒、食べよ?」
底なしの彼の愛が怖かった。
この場から、今すぐに逃げるべきだった。
ここで全部終わらせるべきだった。
それなのに、俺の身体は動かなかった。
なぜだろう。
こんなにも間違っているのに。
こんなにも醜いのに。
それでも、俺を生かそうとしている。
その事実だけが、胸の奥を締めつけた。
俺は静かに椅子を引き、席に着いた。
目の前に差し出されたものを見る。
これは食事なんかじゃない。
薬でもない。
その事実を頭ではなく、心臓の奥で理解した。
こういう状況で、そんな自己犠牲的な愛に心が高鳴った俺も大概だ。
そして、俺は目の前に差し出された、ステーキ状の君を、俺は喰むことにした。
その味は、酷く鉄臭くて、どんな抗がん剤よりも苦い、俺だけの特効薬の味がした。涙が出るほど苦しくて、けれど俺の命を繋ぐ世界で唯一の、薬の味がした。
咀嚼するたびに、血の味が喉を焼き、呪いのような執念が体中へと侵食していく。
ほろりと涙が頬を伝って腿に落ちる。
それが痛みのせいなのか、恐怖のせいなのか、それとも別の感情なのか、自分でも分からなかった。
ただ一つ分かったのは、俺たちはもう、昨日までの二人には戻れないということだった。
俺たちは二人で、倫理も、人間としての尊厳も、すべてを踏み躙って一線を超えたのだ。
「……治るかな」
君は答えない。
ただ、笑っていた。
その笑顔を見て、俺はようやく理解する。
これは治療なんかじゃない。
救済でもない。
二人で作り上げた、逃げ場のない祈りだ。
治るはずのない絶望を、お互いの身を削り合う狂気で満たしながら、じわじわと朽ち果てていくための儀式。
愛しているから、壊す。
生きてほしいから、壊れる。
救いたいから、救いようのない場所へ落ちていく。
そんな矛盾だけが、俺たちの間に残った。
抗がん剤なんて必要ない。
これからは病魔に侵されたこの右膝が痛むたび、俺は君の肉を抉り、貪り、生きていくのだろう。
そして、俺は君の優しさを思い出すだろう、君が俺を生かそうとしたことを。
そして、そのたびに思うのだろう。
君の身を削ってまで与えられたこの命を、どうやって返せばいいのだろう、と。
部屋には、長い沈黙が落ちていた。
逃げ場のない暗闇が、血まみれの部屋を容赦なく支配していく。
カーテンの隙間から、澱んだ、冷たい光が静かに差し込み始める。
夜が終わろうとしている。
けれど、朝が来たところで、何かが救われるわけじゃない。
むしろ、明るくなればなるほど、今まで見ないふりをしていたものまで、全部見えてしまう。
俺は窓の外を見る。
空が、ほんの少しだけ白んでいた。
夜明け前が、一番暗い。
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