テラーノベル
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分かりづらかったら申し訳ない。
不破湊 双子の兄 「」
不破奏 双子の弟 『 』
ふたりの両親 【】
夕方の廊下はやけに冷たくて、 そこに反射する自分の姿が情けなく見えた。テストの結果が並べられただけのただの紙が静かにその残酷さを突きつけてくる。双子の兄の名前は1番上で煌びやかに輝いていて、それが無性に癪に障った。
同じ時間に生まれて、同じ食事を摂り、同じ場で育ったはずなのに、自分と兄とじゃ天と地の差。自分は良く言えば人並み、悪く言えば平凡、凡庸、特徴の無い人間で。一体どこで差がついたかなんて、今更どうだっていい。それを知ったとて屈辱を味わうだけだ。
「…!ぁ、奏!」
こちらに伸ばしてくる手に知らないフリをして背を向ける。彼が自分に寄り添おうとしてくれていることは分かる、それを受け入れない自分が卑屈であることも明白。ただの意地汚いプライドで自分の首を締めていることも、重々承知している。分かっているからこそ、自分が更に汚くて惨めに思える。
背を向ける。兄という比較の対象から目を逸らすように。奏は、行き場のないモヤモヤとした感情に唇を噛んだ。
『(いっそのこと突き放してくれたら楽なんに。兄さんがそんなんやから…僕は……)』
兄さんのことを嫌いになれんのや。
追いかけようとした足が止まる。伸ばした手が空を掴んで、所在なく下ろされた。壁に背をつけて、天井を仰ぐ。
「…俺がおるから、あかんのやろな。」
小さく呟いた声には笑みが混じっていたが、その目は笑っていなかった。紫の瞳が廊下の蛍光灯を映して、やけに白く光る。
そして、自宅。キッチンやリビングからは既に両親の気配が漂っていた。夕飯の支度をする音、そしてその合間に交わされる会話の断片。 やがて階段を降りる足音が二つ重なって、食卓に四人が揃ったのはそれから十分後のことだった。母親が成績表を広げ、父親は箸を手に取ったまま無言でそれを眺めている。いつもの儀式が始まる。
【なぁ湊、今回も学年一位やろ?すごいやん。…で。】
母の視線が奏に移った瞬間、空気が変わる。
【これ、なんなん?平均点ギリギリって。湊はこんなにすごいのに、あんたは恥ずかしくないん?】
味噌汁の椀を持つ手に、わずかに力が入った。
「母さん、別にそんな…」
【お前は黙っとき。】
その一言で不破湊の口が閉じた。言い返そうとした言葉を飲み込んで、困ったように眉を下げるだけ。この家で父の言葉は絶対で、それは双子であっても変わりはしない。矛先が再び奏へ戻る。
奏は黙り込んで俯いていた。噛みしめた唇の内側にじわりと鉄の味が滲む。
#四神パロ
でるた
74
舞
107
言いたいことは山ほどあった。僕だって頑張ってるんや、兄さんと比べんといて。でもそのどれも喉の奥で詰まって出てこない。出せば余計にこじれることを、十七年分の経験が嫌というほど教えてくれていた。
『…成績の話、あとでええやん。僕の成績が悪いことに兄さんは関係ないで。』
代わりに吐き出したのは何度目かの謝罪、ではなく、兄を会話に割り込ませないための言葉だった。親から兄を庇おうとしたのでない。ただ“比較対象”がいる空間で叱られるのが嫌だったのだ。
【関係ない?関係あるに決まってるやんか。同じ親から生まれてこの差は何?あんたに使った教育費、返してほしいくらいやわ。】
母は大袈裟に溜息をついてみせたが、その芝居がかった仕草の裏に本気の苛立ちが透けているのを奏は知っていた。新聞を畳んでテーブルに置く。眼鏡の奥の目が冷たい。
【湊を見習えとは言わん。見習えるならとっくにやっとるやろうからな。せめて平均以上は取れ。それすらできんのか。】
“それすら”たったそれだけのハードルが、奏には途方もなく高い。父はそれを分かった上で言っている。できないことを知っていて課す、一種の踏み絵。お前には価値がないと突きつけるための。
隣で黙っていた湊が、そっと奏の茶碗を箸で示した。「食べや」と口だけが動く。声にすれば親の注意がまた飛び火することを分かっているから。
【ほんま、双子やのにお荷物と優等生やなんて。片方がまともで助かるわ。あんたも湊に感謝しぃや、比較対象がおらんかったら自分がどんだけアホかも分からんかったやろ。】
比較対象。その言葉が奏の中の柔らかい場所を正確に抉った。直接言われると、ぐさっとくる。
いつもならそのまま流していた言葉だったが、今日は妙に腹に落ちた。箸を置いて、震える声で言う。
『…せやな。兄さんのおかげや、全部。』
皮肉を吐いた。“全部”に含まれるものが一体何なのか、奏自身にも分からない。
『ご馳走様。』
3人と同じ空気を吸うのでさえ嫌になって、静かに立ち上がる。
箸が皿に当たってカチンと鳴った。「全部」という一語が空気を裂いて、湊の胸に刺さるのに十分すぎた。
「奏、」
立ち上がりかけた体を、母の視線が縫い止める。「座っとき」という無言の圧。振り切って追えば奏への小言が増える。それくらいの計算はできてしまう自分が、湊は心底嫌いだった。
【あら、ちゃんと自覚あるんや。珍しいやん。】
反省してるなら次で結果出せ。口だけなら誰でも言える。両親は奏の皮肉に気づいていないのか、あるいは気づいた上で都合よく解釈したのか。どちらにせよ、彼らにとって奏は常に「出来ない方」でしかなかった。
奏の足音は階段を一段ずつ踏みしめながら消えていく。二階の自室のドアが閉まる音。それから数秒の沈黙。 湊はゆっくり箸を置いた。まだ半分以上残った夕食を見つめて、ふっと息を吐く。
「……ご馳走さん。」
【え、もう食べへんの?】
「ん、そこまで腹減ってないねん。」
嘘だった。お腹が減っていないのではなく、これ以上この食卓に座っている理由がなくなっただけ。椅子を引く音すら立てずに立ち上がった湊は、両親が何か言う前にもう台所を出ていた。向かう先は一つしかない。
二階、奏の自室。いつもならベッドにダイブして枕に頭を埋めているところ。けれど、今日は違った。
『…何があかんのやろ。勉強法か?勉強時間か?…僕の頭か?』
ぶつぶつと独り言。呟いていないとやっていられない。
ガリガリ、とシャーペンの芯が紙に対して過剰に擦り付けられる音。奏は自分の勉強デスクに向かっていた。乱雑に開けられた数学の参考書とノート。兄と似たパーマがかった頭を掻きむしりながら、問題を解く。解く。解く。
部屋の外で足音がした。コンコン、と控えめなノック。一拍置いて。
「…奏、起きとる?」
返事を待つ間、ドアの向こうで湊はしゃがみこんでいた。手にはマグカップが二つ。ココアの甘い匂いが廊下にゆるく広がる。
「入るで。」
許可を待っていたら永遠に開けてもらえないことは既に知っている。静かにドアを開けた湊の目に映ったのは、散らばった参考書と、赤ペンで何度も直されたノートと…その前に座る奏の姿だった。シャーペンを握る指先が白くなるほど力んでいる。
何も言わずに机の端にそっとマグを一つ置いて、ベッドの縁に腰を下ろした。しばらく奏を見ていたが、やがてぽつりと。
「なぁ、それ三年の範囲やん。まだ先のやつやで。」
声色はいつも通り穏やかだったが、そこにはほんの少しだけ咎めるような響きがあった。
兄が部屋の中に入ってきたのが分かった。それが奏にとっては余計癪に触った。せめて、今だけは一人にして欲しかったのに。 そして、不意に聞こえてきた「なぁ、それは三年の範囲やん。まだ先のやつやで。」という兄の声。
『…ぁ』
シャーペンを握る力が弱まる。道理で全く分からなかったわけだ。勉強をしなければとばかり考えていたので、範囲など気にしていなかったのだ。
奏の間抜けな声に、ふ、と小さく笑った。
「焦る気持ちは分かるけどな、先のことやりすぎても今の土台がぐらついとったら意味ないで。ほら、ここの公式とか。」
そう言って湊が指差したのは今日のテストで出題された単元だった。解き方のコツをさらっと口にする。教師の説明より余程分かりやすいそれが、兄という存在の残酷な一面でもあった。
ふと奏が掻きむしった頭頂部の髪がぴょんと跳ねているのを見つけて、手を伸ばす。直すでもなく、ただその跳ねた毛先をくしゃっと撫でた。
「……な、ちょっと休憩しよ。根詰めてもろくなことないって。」
机に置かれたマグカップから湯気がゆるゆると立ち昇っている。『いらん』と言われることも織り込み済みなのか、湊は無理に勧めなかった。けれどその視線は何度も奏とマグの間を行き来していて、飲んでほしいという気持ちが駄々漏れだった。
湊の視線に根負けした奏は、一度ペンを置いてココアを口に含む。甘い。とても。
小さい頃から、両親が自分に対して怒鳴っている間も、兄だけは自分に優しくしてくれた。そんな彼から貰ったココアは、甘くて優しくて、ずっと飲んでいたくなる味だった。ぼーっとしながら、独り言のように声を零した。
『…なぁ、なんで来たん。僕、兄さんのこと傷つけたい訳やないんやけど。』
まるで『兄さんが来たら、僕八つ当たりするかもしれんで?』というような言い回しだ。
ココアを啜る奏を横目に見ながら、枕を抱えてごろんと横になった。まるで自室のようにくつろいでいる。
「なに、八つ当たりするかもやって?ええよ別に。好きなだけ言うてや。」
あまりにも軽い。冗談みたいな口調だったけれど、目だけが真っ直ぐ奏を見ていた。
「俺な、さっきの『全部』が結構グサッときてん。にゃは、効いたわぁ。」
笑いながら言うそれが本心なのか演技なのか、十七年の付き合いがあっても判別がつかない。たぶん両方だ。 天井を見上げて少し黙ったあと、ぽそりと。
「でもな奏。俺のこと嫌いになれたら楽やろうけど、それしたら奏が奏のこと嫌いになるやろ。それだけは嫌やねんな。」
核心を突くような言葉だった。意図してかどうかは分からないが、不破湊という人間は時折こういう急所をさらりと射抜く。窓の外では秋の虫がじいじいと鳴いていて、マグカップのココアは少しずつぬるくなり始めていた。
虚を突かれたような顔で兄を見つめる。暫くして、目線を落とした。何がしたいんだろう。なんでこんなに優しくしてくるんだろう両親は兄にだけ優しいのだから、黙ってその愛情を享受していれば良いのに。 気持ちと同期したかのように指先が震える。それを隠すように、マグを両手で包んだ。
『…僕が僕を嫌いになるって、どういう意味やねん。…よう分からんなぁ。』
分からないと口にしながらも、内心分からなくもなかった。確かに「兄さんのおかげや、全部」と口にした時「何もかも悪いのは僕の方やのに、兄さんに八つ当たりしてどうすんねんやろ」というようなモヤモヤを感じたのだ。自嘲的な、どうしようもない気持ち。
起き上がって膝を抱える。奏との距離は近すぎず遠すぎない、いつもの間合い。
「分からんくてええよ、今は。」
そう言って湊は少し間を置いた。言葉を選んでいるのではなく、ただ奏に考える隙間を与えているようだった。
「ただな、『分からんなぁ』って言える奏は偉いと思うで。ホンマにどうでもよかったら分からんフリすらせぇへんもん。」
マグを包む奏の指が微かに震えていることに、湊の目はとっくに気づいていた。けれどそこには触れない。触れたところで奏は余計に殻に閉じこもるだけだと、長い年月が教えてくれていたから。
ふあ、と大きな欠伸をひとつ。
「あぇ、俺もう眠なってきたわ。…なぁ奏、今日ここで寝てええ?」
唐突な申し出だった。断られる可能性など微塵も考慮していないような、あの独特のふにゃりとした声。昔はよく一緒に寝ていた。小学校の頃までは、怖い夢を見た夜にはどちらからともなく布団に潜り込んだものだ。あの頃と同じ顔で、同じことを言う。
『…はぁ?』
驚きのあまり、目を見開く。ついさっきまで言い返してやろうという気持ちがあったのに、兄のふにゃりとした顔を見たら何も言えなくなってしまった。
『「嫌や」…っつっても居座るんやろ、どうせ。』
ベッドの上で膝を抱えた兄に対して、呆れたように言う。否定はしていない。 チェアに座ったまま、兄に背を向けた。脚が回転するチェアだ。飲みかけのココアを机に置くと、再び勉強デスクに向き直る。デスクの照明を少し暗くしながら言った。
『…先寝とってええで。僕、も少しだけ勉強する。』
にへ、と笑った。「嫌や」と言いつつ追い出さない奏のことが、昔からずっと好きだった。
「んは、バレとったか。」
許しを得た猫のように、するりと奏側の壁際に体を寄せた。シングルベッドの半分を遠慮なく占領して、ブランケットを顎まで引き上げる。枕は奏から拝借するつもりらしい。デスクライトの薄明かりに照らされた奏の背中をぼんやり見つめながら。
「無理すんなよぉ…日越すまでしてたら強制終了やからなぁ……」
声がだんだん溶けていく。「起きとく」と言わんばかりの台詞だったのに、瞼はもう半分落ちかけていた。規則正しい寝息が聞こえ始めたのは、それからたった数分後のこと。兄というのは昔からこうだ、図々しくて、優しくて…そして寝つきが異常にいい。 勉強すると言ったのは自分なのに、背後から聞こえる寝息が気になって仕方ないという矛盾。暗い部屋の中、デスクの灯りだけが二人の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。
コメント
1件
うわ、これめちゃくちゃ刺さったわ……。双子で比較される呪い、両方の視点で描かれてるのが辛いほどリアルだった。「全部」の皮肉と、それを受け止めてなお優しい兄の距離感、ココアのシーンで泣きそうになった。無理に解決しない空気感がたまらん。続きガチで気になる🔥