コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
アートディレクターの石川さん。
チームの責任者なのだから仕方ないけれど、成果を追いすぎてスタッフを困惑させるタイプだ。
残念ながら、仕事において、「この人についていこう」という人は、今まで1人も聞いたことがない。
「謝ってばかりじゃダメだ。いいか、君は……」
石川さんの愚痴が続く。
まだまだ絶対、長くなる。
正直、これ以上、聞きたくない。
拒否反応が体中を駆け巡る。
「石川ディレクター。すみません、森咲さんには俺が用事を頼んでしまったんです。仕事中の彼女に無理やり資料整理をお願いしてしまいました。石川ディレクターに、先ほどいただいた資料があまりにも大量だったので……」
突然、戻ってきた本宮さんが会話に入ってきた。
あの資料は、石川さんからもらったものだったようだ。
きちんと整理して渡さなかったのは、石川さんのミスのような気がする。
「えっ、そ、そうなんだね。わ、わかった。だったら仕方ないね。ちゃんと仕事してくれよ。じゃあ」
石川さんは、そう言われて、気まずそうに頭を掻きながら部屋を出ていった。
「……あ、ありがとうございます。本宮さん、すみません」
私は、頭を下げた。
「俺が資料整理を頼んだんだ、謝る必要はない」
「……あ、はい……」
「それから、俺のことは朋也でいい」
「えっ?」
「だから、本宮じゃなくて、朋也でいいって言ったんだ」
「えっ!」
まさか、下の名前を呼び捨てにしろと?
あまりの無茶を言われ、驚きが隠せない。
「……どうした?」
「あ、あの、や、やっぱり無理です。そんなふうに呼ぶなんてできません。本宮さんは先輩ですし、それに……」
「それに?」
「……えっと」
「もしかして俺が社長の息子だってことを気にしてるのか? だとしたら、そんな事は一切考えなくていい。恭香には朋也って呼んでほしいんだ」
その言葉にドキッとした。
心臓が小さな音を立てる。
「でも……」
本宮さんは、真剣な表情で私を見た。
「二人の時だけは朋也でいいから。わかったな。俺も恭香って呼ぶ」
そんなことを急に言われてもすごく困る。
本宮さんはなぜ名前で呼び合おうなんて言うのだろう?
全く意味不明だ。
「先輩! 打ち合わせまだですか? いつまで待たせるんですか? もう待ちくたびれましたぁ~」
梨花ちゃんに言われて、ハッと我に返った。
「ご、ごめん!そうだね、すぐ行くね」
「早くしてくださーい!」
私は本宮さんに頭を下げて、逃げるように梨花ちゃんの元に小走りで向かった。
本宮さんは腕組をしてしばらく私を見ていたけれど……
気づけば夏希と打ち合わせを始めていた。
本当に何が何だかわからない。
私は美人でもないし、可愛くもない、特に目立つわけでもないのに……
もしかして――
私はからかわれているのだろうか?
だとしたら、すごく悲しい。
失恋の痛手にプラスして、先輩のイジメ?
そんなのメンタルが持たない。
ひとつの作品を手掛けるために、それが完成するまでチームみんなが同じ部屋で一緒に過ごす。仕事なんだから当たり前のことだけれど、もしこれが本宮さんのイジメなら、耐えられないかも知れない。
まだまだこの企画は始まったばかりだというのに――
本当に今日はいろいろあり過ぎて、頭が回っていない。
それでも……なんとか一日の仕事をこなし、ようやく就業時間を終えた。
何だかとっても疲れた気がする。
思わず深いため息をつく。
ふとドアの方を見ると、一弥先輩と菜々子先輩が早々と仲良く一緒に帰っていった。
2人とも、すごく楽しそうに笑っている。
今からデートなのだろうか……
一緒にご飯を食べたり、お酒を飲んだり……
今日あったこととか、大変だったこととか、嫌だったこととか……
いろいろ話して、お互いの気持ちを共有するんだろうな。
ニコニコ笑ったり、見つめあったり……
それに、それに……
嫌だ、想像したくない。
「先輩お疲れ様でしたぁ。今日は本当に疲れましたね。でも、まだまだがんばりますから、明日もよろしくお願いしま~す」
「梨花ちゃん。今日はいろいろごめんね。本当にお疲れ様。ありがとう、また明日ね。気をつけて帰ってね」
「は~い。ありがとうございま~す。さよなら~」
梨花ちゃんも帰っていった。
肩まで伸びた髪、クルクルしてて可愛い。
笑顔もとても愛らしいし、そんな風に屈託なく笑えるって、本当に素敵だ。
私達コピーライター組は、結局良いアイディアが出ないままだった。
明日からまた頭をフル回転させなければ。
「恭香、先に帰るね。今日約束あるから」
「あ、夏希。うん、またね。お疲れさま」
「バイバイ」
夏希が手を振った。
ショートカットが似合っていて綺麗だ。
彼氏がいないのが不思議で仕方ない。男女問わず友達は多いみたいだけれど、好きな人はいないらしい。