不思議な事に、面が、自分の顔の、骨格、肌の形等に、ピッタリ準えられていて、隙間無く、張り付いているのであって。又、不快感は無い。
さっさと、上半身を下半身に折り戻して、体重を移し、すっくと立ち上がる。尚不思議な事に、パニックで無い。
記憶が無いと言うよりは、頭が真っ白であった訳か。
これは、前より少し慎重さを欠いて、そ、っと、両手の四本指を、右手から左手で、面の両の縁裏に引っ掛ける。
暫く、徐々に、指に力をかける。
3秒程刻した後、カポ、っと言う様にして、空気の流れを感じながら、面の顎が、俺の顎から外れた。
そのまま、面全体が、重力を受けて、俺の指の上と、額の上隅に乗っている。
息苦しさは無い。
…あれ?
急いで、面を手に取り、顔から離して、表に返す___
___目に穴は無い。
さっきまで、何ら変化なく視界があった。
外している時でさえ、それは見えていたかも知れない。こっちはあまり、よく覚えていないのだが。
___仮想現実。___
「…。」
妙に納得してしまった自分が解せない。
少し、顔を顰めた後、左を見て、教室の中の残された人間に、動きがある事に気付く。
何かを取り囲んで、まじまじ、眺めている。
寄ると、俺の通う高校の、担任、かどくら先生がいた!
金浜県立今々輪高等学校。ここ、慶年小からもすぐの場所。距離で選んだためだ。
担当は現代文、そして俺のクラスの担任。女性で、身長は俺の肩程までしか無い。小柄で、内気な人である。気負いしやすい上に、とてもか弱い人と見た。
一度、課外活動の日、俺の他の、ヤンチャをする男子らに纏わって、周りから咎められたらしかったか、解散後に、先生の一人か二人に、頭を下げていたのを見た。そもそも、今年が初めてのクラス担任なのであるらしかった。
前、母は、その課外活動の時、集合写真に、女子生徒がBeRealで撮るよう頼んで、外カメと内カメに別れた2枚を見た事があった。外カメは、1-2の生徒達を、全体を綺麗に収めて居たが、内カメは、かどくら先生の、目の僅かと、それから上だけを切り取っていた。
母はそれに、かどくら先生の、健気と言うか、必死と言うか、その仕事ぶりが「涙ぐましい」とか言って、哀情を眉に顰めながら笑った。
俺も先生が好きである。凄く根が良い人なのに、ただでさえ初めての担任で、今々輪に集まった不良な男子の内、特に面倒なのが、集まった様なこのクラス。不運にも、その担任にさせられてしまって、同情するばかりである。
先生も、俺を好いてくれているらしかった。始まりは、よく覚えていないが、…ああ、初めてか、その少し後か(いや、初めてであったと思う)、学級委員の片方が欠席、もう片方が別件で手が空かないと言うことで、提出物をまとめて持って行った時に、受け取り、ごそごそとする先生に、帰らず、隣で話しかけていた事か。
正直、見覚えのある顔を、認めていなかった訳では無いが、それは面影であって、俺は眼鏡がないと視力が悪い。少し驚いて、顔を引き、目を見開いた迄であって、それ以上ではなかった。
かどくら先生は俺に気付いていたのかな?
少なくとも、かどくら先生は俺を認識していた様で、声を上げたり等は無かった。
「中になんか入ってるみたいなんだけど…。」
人の輪の隙間から、身を入れ込んで中に入ると、かどくら先生が、筒の様な物を、両手に持って、こちらに差し出した。
500円硬貨程の太さの円柱で、透明、プラスチック質。少しの表面の劣化により、蛍光灯が乱反射して、濁って見える。両底は角を持っていて、片方は閉じていない。その代わり、青色の、スポンジの様な質感で、これも潰れた円柱の形をした、栓で、密に閉じているのである。
そして、中に、1本の紙が入っていた。
小さく、細く、折り畳まれて、長方形になったのを、更にくの字に折り曲げて、入れてある。
なるほど…。
あの紙に、何かがあるかも知れん。
俺は、ちょっとの間見つめた後、ふと、右傍らの机の上に、針が1本、ライターが1個置いてあるのを見た。
他の机の少しにも、同じ様に、小物がぽつぽつ置かれているのに気が付いた。直感的に、俺が見つけた、このお守りと同じ様な物か、と思考する。
俺はそれらを手に取って、シボッ、…っと、火を灯し、針の先を翳して、熱し始めた。
暫く、無言で見つめる。
尖端が赤くなったので、少し離し、ライターの蓋を回した。軽快に、パキン、と、音が立つ。
それを、青い栓に対して、鋭い角度で差し込んだ。針は熱してあったので、音とか、目に見える変化じゃないけれど、幽かに、焼いて溶かしながらの様で、するりと入って行った。
針の後ろを奥にして、親指を乗せ、その下に、人差し指を引っ掛ける。右手はそのまま力を込めて、筒だけ手前に回し込み、両側に向かって引っ張っていく。
栓か筒は、ギチギチ、と音を軋ませながら、ゆっくり、確実に互いから抜けていく。
そうすると、クポンッ、っと言って、筒から栓を抜くことができた。
周りの「おおっ」、っと言う声もそこそこに、中の紙、それを、さっと取り出して開いて見る。
そこには、俺の友達の名の字であった。
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