ただ、君が好きなだけで

「っ遅れてすまない…！」

 バンッと勢いよくドアを開け、慌てて会議室に入る。

職員室にコピーを取りに行ったはいいが、教師が占領してたため想定より時間を掛けてしまった。

部屋を見渡すとすでに俺以外のメンバーは揃っていて、遅れて入ってきた俺を訝しむような顔で見た。

部屋に入ったときから薄々感じていたが、案の定でっちあげの俺の悪評はここまで浸透してるらしい。

俺が部屋に入った途端、いままでのざわつきが水を打ったように静まり返り、各委員長が一斉に顔を顰めた。

生徒会用に用意された席へと歩く途中、すれ違いざまに耳に入るひそひそ声。

「よく堂々と遅刻できるよけ」

「どうせ遅れたのだってセフレとヤッてたからでしょ。噂通りサイッテー」

「いまさら会長が出しゃばんなよ。今まで通り、他の役員に押し付けときゃよかったのに」

ひそ、ひそ、ひそ

わざと俺に聞こえるように呟かれた言葉も、背中を刺す嫌な視線も。

席について、腕を組めば、生徒会長の顔の出来上がりだ。

俺の役目は学園の秩序と平穏を守ること。

そのためには、どんな状況であろうと会長である俺が揺らいではならないのだ。

資料が各机に回ったのを確認して、口を開く。

「まずは、忙しいなか集まってくれてありがとう。それではこれより、第一回委員長総会を始め———」

「すいませーん。声がちっさくて聞こえませーん」

「っすまない、それでは改めて、委員長総会をーー」

「だから聞こえねえって。もっと声張れねぇのかよ」

「っ、」

途端にあちらこちらから湧き上がる押し殺せない笑い声。

その生徒を皮切りに、今まで寸でのところで潜められていた教室中の俺への敵意や憎悪が一気に顕在化する。

「セフレとヤリ過ぎて、声枯れちまったんじゃねぇのー？」

「あはは！会長いじめんなよ！」

「この資料だって、どうせ他の役員が作ったんでしょ」

「それをさも我が物顔で配布するなんて、最低通り越してクズだよねー」

「やめなって、会長泣いちゃうだろ」

「食堂のときみたいにね！」

大丈夫、大丈夫だ。

教室中に渦巻く敵意や憎悪も、一点に俺に向けられる嘲笑も蔑みも、いわれのない言いがかりや悪口だって耐えられる。耐えなくてはならない。

理由はひとつだ。

俺がこの学園の生徒会長だから。

そして俺はあの食堂での一件の時に決意したんだ。たとえ全校生徒から見放されたとしても、もう二度と逃げ出さないと。

それに、

——『あいつはきっと、あなたの味方ですよ』

——『あんたを助けてあげる』

それに俺はもうひとりではない。今の俺にはあいつがいてくれてる。

どれだけ生徒から嫌われようが、どれだけ軽蔑の眼差しを向けられようが。ひとりでも俺のことをわかってくれるやつがいるなら、俺は大丈夫だから。

がくがくと手足が震える。喉が引き攣る。

けれど震えを誤魔化すように机の下で強く拳を握る。

そして今度は教室の一番うしろまで声が届くように息を吸った。

「委員長総会を始める！」