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喫茶店を出て、湿り気を帯びた朝の路地を歩いていた時のことだ。
不意に、コンクリートの壁に反響する荒々しい怒鳴り声が、アホライダーの聴覚センサーを震わせた。
「おい、耳付いてんのかコラ! 返せねえじゃ済まねえんだよ!」
アホライダーが音のする方へ首を向けると、そこは薄暗い袋小路だった。
派手な柄シャツを着た男が、地面に額を擦り付ける初老の男の頭を、泥の付いた靴底で執拗に踏みつけている。
「……何をしているんだ、あれは」
アホライダーが呟き、吸い込まれるように路地裏へ足を踏み入れる。火野は「面倒なことに……」と顔を顰めながらも、その背中に続いた。
異様な銀色の仮面が迫るのを見て、取り立て屋の男は一瞬で顔を青ざめさせた。
「な、なんだお前……化け物か!? ヒッ……!」
男は捨て台詞を吐く余裕もなく、脱兎のごとく路地の奥へと逃げ去っていった。
静まり返った路地。初老の男は、助かったことにすら気づかず、震える肩を丸めて土下座を続けている。
「……おっさん、何をしている」
アホライダーが問いかけるが、返事はない。
「怯えきってるのよ。多分、闇金の取り立てね。返せる金がないんでしょ、この様子じゃ」
火野が冷ややかに分析した、その時だった。
「おい、その人に何をする気だ!」
次の瞬間、緑色のマンバンヘアが揺れ、スカジャンが光を反射した。
その男は、赤いブーツの側面から凄まじい勢いで空気を噴射すると、そのまま壁を水平に駆け抜け、重力を無視した軌道で飛び蹴りを放った。
アホライダーは、その直撃コースをわずかに上体を逸らしてかわす。
だが、避けた先にいたのは、ようやく顔を上げたばかりの借金男だった。
「ぶべっ!?」
鋭い蹴撃が借金男の側頭部にクリーンヒットし、二人はゴミ溜めの壁へ激突した。
「なんてことを! よくも一般人をこんな目に!」
男は瞬時に起き上がると、気絶した借金男を抱えて叫んだ。
「あんたが蹴り飛ばしたんでしょ。今の」
火野が冷静に突っ込むが、葉弐は聞く耳を持たない。
「うるさい! 悪党は黙ってろ。……効率的に排除させてもらうよ」
男はブーツの底から爆発的な空気圧を発生させ、一気に加速した。アホライダーの視界がブレるほどの速度で接近し、その顔面へ強烈な蹴りを叩き込む。
だが、アホライダーはその足を、まるで飛んできたボールを受けるように易々と掴み取った。
「捕まえたぞ」
「バカめ!」
男は掴まれていない方の足で、アホライダーの顎を狙って膝蹴りを繰り出した。
「……ッ!」
予期せぬ衝撃に、アホライダーが後ろによろめく。
男は着地と同時に、得意げに煽り始めた。
「お前、デカいだけで隙だらけなんだよ。その銀色のツラ、剥いでやろうか?」
その挑発が続くより早く、背後から火野が振り下ろした木の棒が、男の後頭部を強打した。
男は白目を剥いて倒れ込んだ。
十五分後。
並んで転がっていた二人が、同時に目を覚ました。
火野の淡々とした説明を受け、ようやく事態を把握した男は、頭を下げた。
「……悪い。僕の勘違いだったみたいだ。効率悪いことしたな。僕の名前は葉弐 弥助(ばに やすけ)……ねえ。お前、なんでこのおっさんに関わったの? 僕から見れば、こんなの時間の無駄だと思うんだけど」
アホライダーは、空を見上げたまま答えた。
「優しさが何かを知りたいだけだ。……これを助けるのは、優しさではないのか? 闇金の元を、すべて潰せばいいのか?」
その「バカ正直で過激な判断」に、葉弐はニヤリと笑った。
「……なるほどね。お前、相当なバカか、あるいはとんでもない人格者かどっちかだ。面白い。でも野放しにしておくのは危なっかしいな…」
葉弐はスカジャンの襟を正し、赤いブーツを鳴らした。
「決めた。僕がお前を監視する。……それが一番、効率的な解決策だ」