テラーノベル
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最初に会ったとき、正直「感じ悪い人」だと思った。♞「ちょっと、そこどいてくれる?光の入り方変わるんだけど」
撮影スタジオの隅で、私はただ見学していただけだったのに、いきなりそう言われた。
視線すら寄越さないその人――瀬名泉は、まるで周りの人間全部が“背景”みたいな扱いだった。
「……すみません」
慌てて場所を移動すると、彼は一瞬だけこっちを見る。
♞「ああ、別に謝らなくていいよ。ちゃんと避けてくれたし」
さっきより少しだけ、声が柔らかい。
(なに、この人……)
第一印象は最悪。でも、その日の帰り道には、少しだけ気になっていた。
♞「……は?またあんた?」
再会は、思っていたより早かった。
「あ……」
同じスタジオ。今度はアルバイトとして来た私の前に、また彼がいた。
♞「へえ、スタッフなんだ。ちゃんと仕事できるわけ?」
「一応やってます……」
♞「ふーん」
興味なさそうに言いながら、じっと私の顔を見る。
「……なにかついてます?」
♞「別に。ただ見ただけ」
そう言って視線を逸らすくせに、そのあともやたら近くを通る。
(やっぱり感じ悪い……)
♞「ねえ、ちょっといい?」
休憩中、急に呼び止められる。
「はい?」
♞「その髪、ちゃんと手入れしてる?」
「え?」
♞「してないでしょ。見ればわかる」
ズバッと言われて、思わず言葉に詰まる。
♞「素材は悪くないのにさ、ほんともったいないよね」
「……別に、見られる仕事じゃないので」
♞「は?なにそれ。見られる見られない関係ないでしょ。そういう意識の問題」
ため息混じりに言ってから、少しだけ目を細める。
♞「まあ、私がどうでもいいならそのままでいいけど」
そう言いながら、明らかに納得してない顔。
それから、なぜか彼にやたら構われるようになった。
♞「ほら、背筋伸ばして。見てて気になる」
「またですか……」
♞「“また”じゃない。全然できてないから言ってんの」
ぐい、と軽く肩を直される。
「ちょ、近いです」
♞「じっとして。今いいとこなんだから」
距離が近い。近すぎる。
なのに彼は平然と、私の顔を覗き込む。
♞「……ほら、ちょっと顎引いて」
言われるままにすると、満足そうに頷く。
♞「やっぱりね。ちゃんと整えればそれなりになる」
「それなりって……」
♞「十分でしょ。最初よりはだいぶマシ」
その言い方なのに、なぜか少し嬉しい。
「なんで、そんなに気にするんですか?」
思い切って聞くと、彼は一瞬だけ黙る。
♞「……別に」
「絶対別にじゃないですよね」
♞「はあ?なに、文句あるわけ?」
「そうじゃなくて……」
少しだけ間があく。
彼は小さく息を吐いた。
♞「……もったいないの、嫌いなんだよね」
「もったいない?」
♞「あんた、ちゃんとすれば絶対変わるのに、それ放置してる感じ」
少しだけ視線を逸らしてから、続ける。
♞「見てるとイラつく」
「イラつくって……」
♞「でも」
すぐに、まっすぐこっちを見る。
♞「放っておくほうが、もっとイラつく」
それから私は、少しずつ変わった。
姿勢、髪、服。ほんの少しずつだけど。
♞「……へえ」
ある日、彼は私を見て軽く目を細めた。
♞「やっと見れるレベルになったじゃん」
「それ褒めてます?」
♞「褒めてるよ、一応」
素っ気ないくせに、ちゃんと見てくれてるのがわかる。
♞「ねえ、今日さ」
撮影終わり、彼が声をかけてくる。
♞「時間ある?」
「ありますけど」
♞「じゃあ付き合って。ちょっと見せたいとこある」
連れて行かれたのは、ガラス張りのショーウィンドウの前。
♞「ここ、光の入り方いいんだよね」
「へえ……」
♞「そこ立って」
言われた通りに立つと、少し離れて私を見る。
真剣な目。
♞「……やっぱ変わった」
「え?」
♞「最初と全然違う」
ゆっくり近づいてくる。
♞「今のほうがいい」
その言葉に、胸がじんわり熱くなる。
「……泉さんは」
「なんでそんなに、私のこと見てるんですか」
一瞬だけ、彼の動きが止まる。
♞「……今さらそれ聞く?」
「え?」
♞「気づくの遅すぎ」
呆れたように言ってから、少しだけ笑う。
♞「最初からだよ」
「最初から?」
♞「うん。なんか気になった」
あっさり言う。
♞「だから見てたし、手も出した」
「手もって……」
♞「言い方」
小さく笑ってから、少しだけ距離を詰める。
♞「好きってこと」
♞「これからもちゃんと気使ってよね」
「はいはい……」
♞「なにその適当な返事」
「だって、どうせ泉さんが言ってくるじゃないですか」
♞「当たり前でしょ」
即答。
♞「俺が見てるんだから、ちゃんとして」
少しだけ柔らかくなる声。
♞「……せっかく気に入ってるんだし」
最初はただの“感じ悪い人”だったのに。
今は、誰よりも近くで――私を見ている人になっていた。
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