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カリュブディスを倒し、地元の皆さんと
美味しく頂いた後―――
残った巨大な貝殻をどうするか相談したところ、
村へ残していってくれないかと要請された。
こちらとしても持ち帰る気も無いので了承。
何でも、海辺である事以外特徴の無い普通の村
だったので、名物にしたいとの事らしい。
しかし、やはりというか何というか……
こちらでも貝は食べない物らしい。
確かに、浜辺でも魔物が上陸してくる可能性が
あると―――
気軽に出歩ける環境ではないのだろう。
ただ今後は浅瀬に限定して、貝も食料の一つとして
採取してみる、との事だった。
そこで潮干狩りの事を教えてみた。
季節によって、浜辺でも貝が採取出来る事。
砂を少し掘れば貝が出てくる事などを。
ただ、子供は必ず大人と一緒にやる事、
熱を通しても口が開かない貝は食べない事も
同時に伝えた。
「では、そろそろ帰りますか」
お土産として―――
カリュブディスの身、10kgほどと海藻の
塩漬けを『乗客箱』に詰め込む。
カリュブディスは伯爵様への献上用と、
パック夫妻への研究用だ。
残りは興味のある人たちに食べてもらおう。
「そうだねー」
「潮気でベトベトじゃ。
町へ帰って熱い湯を浴びたいわ」
「ピュ~」
同じ黒髪の、セミロングとロングの女性が、
ドラゴンの子供と一緒に返事をする。
この村にも風呂らしき物は一応あったのだが、
最先端を知るメルとアルテリーゼ、ラッチに
取っては物足りないだろう。
「こちらも準備は終わりました」
そこへ白髪交じりの初老の紳士が現れ、支度が
終わった事を告げる。
そして我々は、町へと帰還する事にした。
「カリュブディス、か。
一目見てみたかったな」
「あ、貝殻は村に置いてきましたので、
そちらへ行けば見れますけど。
あとお土産に少し身を持ってきてます」
町を出てから4日で帰ってきた私は、まず
ギルド長への報告を済ませる事に。
魔物を退治したので、依頼では無いが一応
ランク実績に記録されるとの事らしい。
「そういえばシンさん。
王都から魔導具が届いているッスけど」
レイド君が言っているのは―――
ロンさんとマイルさんの昇進祝いのために
『発注』したものだ。
ちょっと季節外れと思っていたが、私は
それに使い道を見出していた。
「これですよね……
でも何に使うんですか、これ?」
ミリアさんが取り出しながら、手に持って
観察する。
その魔導具は―――
輪っかの中にファンのような羽があり、安全のため
網目が両側の面に取り付けられているもの。
片手で握れるくらいの大きさのそれは、スイッチを
入れると回転し、小型の扇風機のように風を送る。
「真夏ならまあ、こういう風魔法の小道具は
ありがたいが―――
今は涼しくなりつつあるしな」
ジャンさんも魔導具を手に取り、スイッチを
付けたり消したりして確認する。
「でも、ちょうど今から必要な状況も出て
きたので……
その人たちに渡そうと思っています」
その後はカリュブディスの味や、同じような
生き物が地球にはいたかなどの雑談が行われ、
しばらく時間を過ごした後、私は支部長室を
後にした。
―――翌日。
私はパック夫妻の研究室件屋敷を訪れていた。
海藻の仕入れに関するトラブルは解決したという
報告と……
重曹作りに従事する方々と話をするためだ。
研究室の一角に通されると、白衣に身を包んだ
研究者ふうのパックさんとシャンタルさんの他、
助手らしき数名も集まっており、まずは説明を
行う。
「……というわけでして。
カリュブディスはもう倒しましたから、
海藻の取引は再開される見込みかと。
あ、コレ―――
カリュブディスの身の一部です」
シルバーの長髪の薬師は、同じ髪色をした
ロングヘアーの妻と共に受け取る。
「あの肉食貝ですか。
これはまた貴重な―――」
「誰か冷凍箱に……ってアレ?」
海藻取引再開を聞いたからか、再び地獄の日々が
来ると予想した彼らは……
それぞれ口からたましいを吐いて青ざめていた。
「し、しばらくは休めると思ったのに」
「お、落ち着け……
解決したとしても、王都経由で本格的に町に
来るまでまだ猶予は……」
絶望の言葉を吐き続ける彼らに―――
私は持ってきた白衣を見せる。
「まあまあ……
ちょっとこれを着てみてください」
放心状態の彼らのうち一人を立たせると、
着替えてくるように夫妻が指示を出す。
「何ですか、あれは?
白衣ならウチにもありますけど」
パックさんが幽霊のように立ち去る彼を
見送りながら聞いてくる。
「ある魔導具を仕込んでいまして―――
昨日、一着だけ仕立ててもらったんです」
服に穴を開けて、魔導具をそこに設置する
だけなので、頼んだ職人さんはあっさりと
取り付けてくれた。
「あと、有毒なガスとか物質は今のところ
発生してないんですよね?」
「至近距離での呼吸は避けていますから……
恐らくは密着して吸わない程度なら、人体に
影響があるものは発生していないと推測します」
シャンタルさんの説明を聞いて一安心する。
やがて、特注の白衣に身を包んだ助手が
戻って来て、
「あの、着替えましたが……
腰のあたりについてるのは何でしょうか?」
普通の、何の変哲もない白衣の外見の彼は、
自分の背中に手を回すようにして、それを
確認しながら質問する。
「あ、それ―――
スイッチが付いていると思いますので、
ちょっと動かしてみてもらえませんか?」
「はあ、『すいっち』ですか」
どうもスイッチという単語に馴染みがないのか、
うまく翻訳されない部分は、そのままの言葉で
聞こえるのだろう。
カチッ、という音と共に―――
ぶうぅううん……とうなり声を上げて、ファンが
回り出す。
その風はそのまま内側へと送られ、
「お、おおお……!?
ここ、これは……!!」
「どうした!?」
「まさか……
風魔法が付与された白衣なのか?」
助手の人たちがざわつき始め、パック夫妻が
興味深そうにその衣装に近付く。
「これは……
ただ単に、回転するだけの魔導具っぽいですね」
「うん。構造そのものはすごく単純……
風魔法の魔力は感じません」
そして2人同時にくるりと私へ視線を向ける。
「魔法そのものを使う事にすると、高価になると
思ったので……
出来れば量産して欲しかったので、3枚の羽で
風を作る魔導具を作ってもらったんです」
これは―――
地球にあった、いわゆる空調服を真似た物だ。
夫妻は魔導具のスイッチを付けたり消したりして、
その動きを確かめる。
「なるほど。外部の空気を中へ送り込むのですね」
「でも、作業場はとても熱いと思われますし、
その空気を風にしても―――
涼しくなるものなのでしょうか?」
私は席に座ったまま2人へ向けて、
「私の村では、こういう作業着は―――
熱い作業場や炎天下で働く人たちに支給されて
いました。
気化熱と言いまして、熱ければ当然汗を
かきます。
その汗が乾く際、周囲の温度を下げて……」
元はと言えば、夏日でも鎧を着こんで警備に
あたる、ロンさんとマイルさんのために考えた
もので―――
「シンさん。
その話、詳しく」
「以前、氷に塩を入れていた事がありましたが、
それも『気化熱』とやらの応用で?」
いつの間にか接近していた夫妻に―――
周囲の助手の方々がきょとん、とした表情を
見せる中、知識を総動員して教える事になった。
「シン! 遅いよー」
「何をしていたのじゃ?
こちらは準備万端というのに」
昼過ぎになって―――
宿屋『クラン』に到着した私は、メルと
アルテリーゼに遅刻を怒られていた。
「悪い悪い。
ちょっとパック夫妻に、うかつな事を
言ってしまって……
それで今どんな感じ?」
彼女たち、女将のクレアージュさん、
そして料理人たち、主婦の方々が居並ぶ中―――
彼らの前には各種材料が揃っていた。
「いつでもいけるさね。
『スープ』とやらは他の別動隊が
作っているし」
「わかりました。では始めましょう。
まずはお湯に重曹と塩を入れてかき混ぜて……
冷ました水は出来ていますね?」
そして、新たな料理作りがスタートした。
30分後……
一応、下準備は終わり―――
テキパキと後片付けが始まる。
「これ、すぐには使えないんだね」
「うどんと同じか。
何かボロボロとしておるがの。
それで、どのくらい放置するのじゃ?」
私も直接作った事はないので、んー、と一度
両目を閉じてうなり、
「最低でも30分―――
余裕があれば1日2日は置くかと」
その言葉に周囲は『うわ』『そんなに?』と
驚きの声を上げる。
「スープの方も5・6時間は煮込むんだろう?
手間のかかる料理だねえ。
どちらにしろ、食べるのは夕食時か。
それまで一休みさせてもらうよ」
クレアージュさんの言葉が合図のようになって、
いったんそこで『お開き』となった。
そして―――
時刻にして午後6時過ぎくらいだろうか。
出来上がった新作料理のお披露目のため、
いつものギルドメンバーや、知り合いに声をかけ
集まってもらったのだが……
「新しいメン類と聞いていたが、
これは美味い!」
白髪混じりの筋肉質の男が、フォークで
麺を口に運び、
「ズルズルッ、うどんとは全然違う食感ッス!
匂いもちょっとクセがあるッスが、これは
大当たりッス!」
「うん、細いけど弾力があるっていうか。
少し黄色いから、卵使ってるのかな?」
黒い短髪の褐色の男性と、丸顔のライトグリーンの
眼鏡の女性が、麺をすすりながら感想を話す。
「美味しい。
とても美味しい。
すごく美味しい。
あの、替え玉お願いしまーす!」
「ちょ、おかわり2杯目だよ?
大丈夫か?」
亜麻色の髪を三つ編みにした妻に―――
焦げ茶の短髪をした、長身の夫が聞き返す。
「これは反則だよー、シン!」
「このスープはたまらん……♪
鳥の骨を煮込んだというが、それでこのような
味が出るものなのか」
「ピュウピュウ~♪」
さすがは中華料理。
万人の舌をうならせるその味は、家族も納得の
出来らしい。
そう―――
重曹があれば作れると知っていたので、
ラーメン作りにチャレンジしたのである。
重曹と塩を混ぜた湯を冷やし、それで出来た
いわゆるカン水で小麦粉と卵をこねる。
ある程度塊がボロボロと出てきたところで、
布でくるんで放置し、その後細く切り……
それで麺は何とか完成。
次にブロンズクラスと一緒に、生息地を拡大させた
野鳥を集め―――
その肉は具材に、骨はスープの出汁にした。
もちろん、お世辞にも味は地球のそれに匹敵する
ものではない。
専門店は言うに及ばず、ファミレスやチェーン店、
最悪、駄菓子屋で売っていたカップラーメンにも
劣るだろう。
だが、それでも―――
こちらの世界では、何よりもラーメンらしい
ラーメンのはずだ。
「お待たせしましたー。
えーと、ビールソーダと果実ソーダです」
4杯の木製のカップを置いていくと―――
ウェイトレスの女性は、忙しそうに次の席へと
回っていく。
ビールソーダは、例の蒸留したエールに重曹と
果実の絞り液を混ぜて炭酸化したもので、
ジン・トニックに似た味わい。
果実ソーダはそのまま炭酸ジュースで、これは
ラッチが飲むものだ。
「しかしまあ……
このシュワシュワしたお酒も、重曹ってヤツから
作られているんだよね?」
「もはや魔法の粉じゃなあ」
「ピュ~」
それぞれがカップに口を付けながら、満足そうに
大きく息を吐く。
「しかし、手間はかかるけど……
それに見合った美味しさだね、このラーメンって
料理は。
これは、シンの国の貴族様の料理かい?」
40代の、作業しやすいように布で髪を後ろに
まとめた女性が、いつの間にか近場に来ていた。
「いえ、時間はかかりますけど高級料理って
わけじゃないです。
基本、大量に作るのが前提の料理でも
ありますしね。
ただまあ……
専門と言いますか、メインに据えてやっている
店が多かった感じです」
「そりゃそうだろうね。
こんなの作っていたら、他の料理なんて手が
回らないよ。
週に1度とか、ラーメンの日でも作るかねえ」
うーむ。
そこまで来るとチャーハンとギョウザも欲しいな。
まだそっちの方が簡単だし。
しかし今思い出した&思いついたけど……
『それならそっちから教えてくれれば』に
なるだろうから、黙っておこう。
こうしてラーメンのお披露目と試食の中―――
夜は更けていった。
「はーい、皆さん順番に乗ってください。
ちゃんと席は全員分ありますからー」
「小さい子は大人が抱えてくださいー。
ベルト付けられませんからねー」
数日後―――
町の西門近くの郊外で、私とメルは呼びかけを
行っていた。
呼びかける対象は30人弱のラミア族。
そして、児童預かり所にいた10名ほどの
人間の子供たちだ。
今日は1ヶ月に1度の『交代』を行う日で……
南東の湖、ラミア族の住処へ行く定期便が出る
日である。
構成は―――
ラミア族の男の子2名とその母親……
女の子7名と大人17名で合計28人。
女の子は13人いるのだが、今回は半分だけ
里帰りする事になった。
また、子供たちは原則また町へ戻る。
男の子は数が少なく貴重という事もあり、母親が
付きっ切りで母子ともにまた戻ってくるが、
女の子の母親か独身の女性は、今回で大半が
交代する予定だ。
「乗っている時はちゃんとつかまっててね、
アーロン」
「はい、エイミ姉さま」
10才くらいの、グリーンの髪をした少年を
連れて、ブラウンのロングヘアーのラミア族の
少女が『乗客箱』へ乗り込んでいく。
それに続くように―――
人間の男女の子供を連れたラミア族の女性が、
一人一人抱きかかえるようにして乗り込んで
いった。
人間の子供たちがなぜついてきているのかと
いうと……
これには少し事情があり―――
ラミア族の女性は児童預かり所で、我が子も
人間の子も問わず、母親代わり、姉代わりと
なって世話をしていたのだが、
彼女たちに懐いた小さな子たちは離れるのを
泣いて嫌がり、そこで『異文化交流』として―――
ラミア族の住処へ一緒に行く事になったのである。
ただ彼女たちの住処は水中洞窟なので……
子供たちにお風呂で息を止める練習をさせて、
それなりの訓練を経た上ではあったが。
エイミさんの母親が幼い頃、保護された事を
考えても、一応は人間の子供でも水中洞窟まで
行く事は可能、問題無いだろう。
「そろそろ出発するぞ。
忘れ物は無いな?
ではメルっち、いつも通りラッチを頼むぞ」
「ピュ~」
「りょー」
メルはアルテリーゼからラッチを受け取ると、
彼女はそのままドラゴンの姿に『戻り』―――
『乗客箱』を体に装着していった。
数時間後―――
お昼過ぎあたりで、湖の一番近くにある村へ到着。
そこで昼食と休憩を取った後、湖へ向かう事に。
村と言っても、すでに魔物鳥『プルラン』や、
魚を倍化させる育成用水路も導入されており、
最近ではコメの栽培もしてくれているので……
それを使用した食事のレベルは、ほぼ町と一緒だ。
ちなみに倍化させる魚はラミア族に獲ってきて
もらい、米や卵と交換しているとの事。
他にセッケン代わりの『アオパラの実』や、
たまに獣も狩ってもって来てくれるらしい。
「村から出る前にちゃんとトイレ行ってねー。
30分くらい歩くからー」
食事の後、私が一行に呼びかけると、
「子供たちなら大丈夫です」
「私たちが抱いて移動しますので」
どうやら、背中にお土産を背負い、前に
子供を抱いて歩くみたいだ。
身体強化を使えばまあ楽勝だろう。
少々甘やかし過ぎる気もするけど……
中にはまだ6、7才くらいの子もいるし、
長時間歩かせるのは確かに酷かも知れない。
こうして昼食後、一休みした私たちは―――
ラミア族の住処の湖へと向かった。
「もう少しですわね。
アーロン、疲れない?」
「いっ、いえ……
僕は全然」
エイミさんに抱っこされて運ばれている
アーロン君が戸惑いながら答える。
ちなみに、ラミア族たちが背負っている荷物には、
ラーメンの麺と煮詰めたスープがぎっしり詰まって
いたりする。
少しは村にも置いてきたが―――
よほど気に入ったのか、ほとんどのラミア族が
お土産にそれを希望した。
家族に美味しい物を食べさせてあげたいという
願いは、どの世界でも同じなのだろう。
重曹を作る人たちには当分フル回転で働いてもらう
事になるけど……
そこは尊い犠牲と思って諦めてもらおう。
魔導具で空調服も作ったし多少はね?
氷も優先的に提供するし。
そんな事を考えながら歩いていると―――
目的地へたどり着いた。
「一応、安全確認を取りますので……
シンさん、ドラゴン様、メルさんだけ
アタシと一緒に来て頂けますか?」
湖の手前で、まずは先行部隊として水際まで行って
危険が無いか確認する。
以前、ヒュドラに湖を占拠された事があるので、
特に子供たちと移動する際は、慎重に慎重を重ねて
行動しているようだ。
「わかりました」
「あいー」
「ラッチは……我が持っていた方が良いか」
「ピュ!」
ドラゴンの近くが一番安全といえば安全か。
家族の同意を得ると、エイミさんは待機する
一行に向かって一通り説明し、そして……
「アーロンもここで待っててね。
あと何が起きてもこの人たちがいれば
大丈夫だから」
「はい、姉さま」
アルテリーゼがドラゴンというのは、彼が
助けられた時から知っているだろうし―――
(61話 はじめての しゅうきょう参照)
いざという時は、彼女たちが逃げられる時間
くらいは稼げるだろう。
「まあ、そうそうあんな魔物なんて現れる事は
ないでしょうし!
一応あくまでも念のためですから!
では行きましょう、みなさん!」
知ってか知らずか、エイミさんは盛大にフラグを
立てまくり―――
私たちと一緒に水辺へと向かった。
「……まあ、何も起きませんよね」
水面を眺めながら、気の抜けたような表情を
エイミさんが見せる。
「でも、水は結構冷たいね。
子供たち、入っても大丈夫かな?」
メルが水に手を入れて心配そうに話す。
「洞窟に着いたらすぐ、火魔法で体を乾かせば
大丈夫かのう?」
アルテリーゼの提案に、エイミさんはうなずき、
「そうですね。
先にアタシが潜って、伝えてきた方がいいかも……」
妻たちとエイミさんが話し合っていると―――
ふと、水面に波が小さく走った。
「……?」
それを見ていると、最初はさざ波のようだった
小さな水の揺れは……
段々とその激しさを増し、
その元であろう沖へ目をやると、何かが接近して
くるのがわかった。
「メル! アルテリーゼ!」
「わかってる!」
「娘、ラッチを連れて下がっておれ!」
私の声に対し、妻2人は臨戦態勢で―――
エイミさんはラッチを抱いて、慌てて後方へと
下がる。
やがて水しぶきと共に水面が上昇し、出現した
それが私たちを見下ろした。
「竜……じゃない!」
「アレ? 馬?」
「外見は馬のそれじゃのう」
そこに現れたのは―――
まるで透明な水で作られた、巨大な馬のような
姿をした生き物。
いや、生き物と言っていいのかどうかも
わからないが、とにかくそれと相対する。
水面から出ている部分だけで4、5メートルは
あるだろうか。
「まさか―――
水精霊様……!?」
後ろでエイミさんが口を開くと、目の前の
巨大な馬も呼応するように、
「ふむ。そこにおるのはこの地に永らく
住みついておる半人半蛇の一族か。
ワシが来たからにはもう安心であるぞ。
すぐにこの者どもを追い払ってくれよう」
「ん?」
「え?」
その言葉に、メルとアルテリーゼも同時に反応し、
「お、お待ちください。この方々は―――」
「人の姿にてワシの目を欺こうとしても無駄よ。
人非ざる魔力を身にまとい―――
この地で何をしようと企んでおるのか。
どうせあの醜悪な多頭蛇の仲間か眷属であろう。
だが、その悪行もこれまで……!」
エイミさんが必死に弁解しようとしてくれて
いるが、どうも敵だと決めつけてかかって
いるようだ。
とはいえこのままでは戦闘は避けられない。
敵対していないとわかってもらわないと―――
「あのー」
おずおずと片手を上げる私に、ようやく水精霊様と
やらは、視線を向ける。
「おや? もう一人いたのか……
魔力をほとんど感じないので気付かなかった。
それで貴様は何者だ?
そのような者どもと一緒にいる以上、
油断はせぬぞ!
新手の魔物か亜人か?」
「いえ、私は人間なんですけど。
魔物でも亜人でもなく」
3秒ほど場が沈黙した後、水精霊は再び口を開き、
「ううむ、自分を人間と勘違いしておるのか?
新種の魔物か亜人か何かで、ずっとそやつらに
飼われてきたのであれば仕方ないが。
ああ……それともアレか?
『早く人間になりたい』っていう」
どうも話は通じるようだが、別の意味で通じなく
なりつつあるような。
これ以上面倒くさい話になりたくないので、
能力を発動させる事にする。
目の前の、水で作られたような巨大な馬―――
恐らくは魔力で作られた物だろう。
先ほどから声の主の先を耳がとらえているが、
この水馬の背後から聞こえるようだ。
水馬自体に生命力というか、生命活動らしきものは
見られず―――
生き物であれば当然あるはずの、呼吸、鼓動、
何より獣特有の匂いが全くしない。
相手はラミア族が崇めている精霊様らしいが、
『作り物』として対処すれば大丈夫だろう。
「何の媒体も無しに、水で何かを形作るなど―――
・・・・・
あり得ない」
その途端、目の前の馬は水柱になったかと思うと、
重力に従いその姿を崩し……
水面へと落下して、大きく水しぶきを上げた。
「ンなっ!?」
霧のようになった細かな水滴まで消え、視界が
クリアになった後―――
そこには、透明な複数の羽を持った、小さな
少女が浮かんでいた。
妖精、と呼ぶのがピッタリくるその女の子は、
透明に近い青色の髪をし、恐らく30cmも
ないであろう体を、薄く光り輝くような布地で
包んでいる。
「わわ、ワシの作ったケルピーが……」
オロオロしている彼女に、エイミさんが片手を
上げながら近付いて、
「あのう、水精霊様。
恐らく水精霊様が仰った、醜悪な多頭蛇は……
すでにこの方々が退治してくださいました」
(59話 はじめての らみあ参照)
「何と!? そりゃ誠か!?」
驚く水精霊様に、妻2人が追い打ちのように、
「マコトも何も……
もう4ヶ月くらい前の話だよ?」
「今まで何をしておったのだ?」
「え!?」
水精霊様がエイミに視線を向けると、彼女は
ただコクコクとうなずき、そこでやっと
勘違いに気付いたようだ。
こうして、ようやく誤解は解け―――
後は改めて、ラミア族の住処で話し合う事になった。
「いやあ正直すまなかった。
まさかすでにアレが倒されておったとは」
水中洞窟の、一番広くて立派そうな空間で、
エイミさんとその両親である、ニーフォウルさんと
奥さんらしき人間の女性……
そしてアーロン君が座り、
相対する形で私と妻2人、ラッチ―――
その中心に浮かぶ水精霊様という配置で、
席に着いていた。
「まったくだよ。
エイミさんが命がけで連絡してくれなきゃ、
今頃とっくに全滅じゃない」
「出来るのは敵討ちくらいかのう」
「あの、お二人ともそのへんで」
容赦ない妻たちの言葉にグサグサと刺され、
フラフラと宙をさ迷う精霊様をフォローするため、
私は何とか話の方向を反らす。
「あの、水精霊様は―――
この湖を中心に治めておられるのでしょうか」
「と、特に治めているというほどの事はない。
ただこの一帯の地で、水場があればどこにでも
ワシは活動しておる。
ただ、普段は汚れた水を浄化したり、何か
異常があればそれを正常にするのがワシの
役目であるゆえ―――
今回、あのヒュドラが毒をまき散らしてくれた
おかげで、浄化に時間を取られ……
あやつを倒すほどの力を溜めるまで、遅くなって
しまったのだ」
なるほど。
一応、時間はかかったが―――
納得のいく事情はあったのか。
「まあそれすらもシンに木っ端みじんに
されたんだけどね」
「しかもラミア族を助けた我々に矛先を
向けてのう」
もうやめて。
水精霊様のライフはとっくにゼロよ。
どうも2人は敵対された事より……
私にも攻撃が向けられた事で、機嫌が悪く
なっているようだ。
そして水精霊様はというと、格闘ゲームで
いうところの体力ゲージ3本は持っていかれた
状態になっていた。
「し、しかし……
さすがは水精霊様ですね。
我々をあの気泡で包み、水中洞窟まで
送ってくださったあの力は見事でした」
「ま、まあ彼らを助けてくれた恩人であるし、
それくらいはな」
子供たちは当初、大きな袋に入ってもらうか、
ラミア族が抱きかかえて潜る予定だったのだが……
水精霊様の提案で、気泡を用意してくれた上に
洞窟まで運んでくれたのだ。
そこで少しはプライドが回復したのか、やっと
羽ばたき始める。
「そういえば―――
こちらに来るのは初めてですけれど……
ニーフォウルさんの奥さんに会うのはこれが
初めてでしたよね。
冒険者ギルド所属、シルバークラスの
シンといいます」
私が自己紹介を始めたところで、妻たちも続く。
「同じくシンの妻、シルバークラス―――
メルです」
「同じくアルテリーゼじゃ。
この子はラッチという」
「ピュー」
すると、紫に近い青の髪をした―――
外見的にはまだ20代前半に見える女性が
頭を下げて、
「ニーフォウルの妻、エイミです。
いつも夫と娘が世話になっております」
「あれ? エイミって」
「……娘と同じ名前?」
メルとアルテリーゼが同時に疑問の声を上げる。
私もそこが気になり、首を傾げると、
「ああ、妻の名前は娘と同じなのです。
これには理由がありまして……」
そこへがちゃがちゃと食器が立てる音と、
ふわ、といい匂いがやってきて―――
「お待たせしました、ニーフォウル様。
ラーメンですー」
「こ、この匂いは……!
また新作料理が出来たのですか?」
「こ、この美味そうな匂いは何だ!?
今の人間はこのような物を食べておるのか?」
そこで話はいったん中断され―――
ひとまず彼らがラーメンを賞味する時間に
突入した。