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「ふー……」
町の南地区―――
『学区用』の敷地内、体育館に模した実習用施設で
私は一息ついていた。
「シン、お疲れー」
「大丈夫かの。もう休んだらどうじゃ?」
そこへ、ミドル・ロングの黒髪をした女性2名が、
シンプルではあるが華美なドレスに身を包み、
グラスを片手に話しかけてくる。
「ああ、私は大丈夫だよ」
妻2人に、私は片手を振って答える。
ラミア族の住処に行ってからおよそ3週間後……
ウィンベル王家、レオニード侯爵家、そして
ドーン伯爵家による結婚式『本番』が行われる
事になり、
チエゴ国や新生『アノーミア』連邦、他各国からの
招待客を交え、大々的に発表された。
二頭の魔狼に乗った、フラン様にファム様、
二体のワイバーンに乗ったナイアータ殿下と
クロート様の登場は各国の貴賓の注目を集め、
さらに新設されたワイバーンライダーで構成された
騎士隊によるデモンストレーション飛行は、観客の
視線を空へと釘付けにした。
スモークは再現出来なかったのと、火はさすがに
危ないだろうとの判断で―――
ロール状にした長いカラフルな布を途中から
たなびかせたのだが、それも大好評だったようだ。
王家からはさすがに国王の出席はなかったものの、
ナイアータ殿下はその母である側妃様と、そして
クロート様は母・第二夫人フィレーシア様と……
フラン様はレオニード侯爵家当主である
ヴィッセル様、
ファム様はドーン伯爵様と手を組んで、
8人で体育館奥の祭壇へと歩いていく。
BGMはもちろんドラ〇エのテーマで―――
そして改めて2組のカップルとなって、
夫婦の誕生を司祭に認められ、
『夫婦』として出口へと向かい……
一人に付き3本となった花束でブーケトスが
行われた。
その奪い合いが終わると、外にいた招待客も
施設内へと入っていき、ケーキ入刀を終え……
最後に公都『ヤマト』の名前が正式に公表され、
ようやく一段落ついたのだった。
今日はよく晴れた秋空だった事も幸いし、
ひとまず大成功だったと言っていいだろう。
「あまり人混みは好きじゃないから……
メルとアルテリーゼの方こそ大丈夫か?」
すると妻2人は大きくため息をついて、
「勘違いしている貴族が結構多くてねー」
「まあそこは、我とメルっちとでうまく
パトロールしておるから」
彼女たちが言っているのは―――
このパーティー会場内での事だ。
貴族はもとより、王族の結婚も絡んでいるので
それなりの身分の方々が各国から招待されて
いるわけなのだが……
それを盾に傲慢な振る舞いをする輩が出るかも
知れないので、
私・メル・アルテリーゼと―――
パック夫妻にも手伝ってもらい、それとなく
目を光らせている。
「ちなみに聞くけど、アホはどんな感じ?」
「ウェイトレスや身分の低い女性を口説こうと
したり、中には強引に『お持ち帰り』しようと
するのがいたねー」
「ラッチを連れて来なくて良かったぞ。
まったく、祝いの場で無粋な者の多い事よ」
ラッチを始めとした子供たちは、幼い子供を
預かる一室を設け、そこで接待役になって
もらっている。
いわゆるキッズコーナーというやつだ。
そこには巨大な狼の姿になった、フェンリルの
ルクレさんもおり―――
預けにきた親御さんたちは一様に驚いていたが、
魔狼の子供たちやラミア族の子、ワイバーンの
幼体、ラッチやゴーレムのレムを見ると……
子供の方はすぐ仲良くなり、今のところ問題が
あったとの報告は来ていない。
「騒ぎに発展するようなら叩き出しても
構わないと、ライさんや王家からも
許可をもらっているから」
このパーティーにはライさんも参加している。
当然、冒険者ギルド本部長ライオットではなく、
国王の名代、前国王の兄ライオネルとしてだが。
「りょー」
「ではもう一回りしてくるか、メルっち」
妻たちが見回りをしている一方で、私はというと
お酒や料理の消費量に気を配っていた。
パーティー会場内に出された物は、私も参加して
作っていたのだが、もし消費が激しければ追加で
厨房へ行くスタンバイをしている。
そうして周囲を見渡していると―――
ふと、一人の執事らしき男性と目が合った。
年齢は50代前半くらいだろうか。
貴族様のお付きだけあって、気品というか、
所作に上品さがあふれている。
思わず会釈すると、相手も返してきた。
「もしかして、シン殿ですかな?」
「え? あ、はい」
薄くなった頭髪をなでながら、彼の方から
近付いてくるそぶりを見せたので、慌てて
こちらから出向く。
「ああ、いや。
呼びつけるつもりは無かったのですが……」
「いえ、お構いなく。
料理は楽しんでおられますか?」
恐らくは使用人、身分は平民だろうが、
どこの貴族様の家人かわからない。
営業スマイルで謙虚に対応しておく。
「ははは、それはもう!
この町……いえ、今は公都『ヤマト』ですかな。
ここでの料理はすぐに王都に伝わりますが、
初めて見るものもあります。
特にあれは面白いですな」
そう言って彼が視線を向けた先は、大勢の客が
群がっているテーブル。
このパーティーで用意されたものは……
肉料理、魚料理に加え―――
重曹=膨らまし粉をパン生地に混ぜて焼いた
ところ、いわゆる現代の酵母で焼いたパンと
同じように、ふっくらとしたパンになり、
それをホットドッグのようにしてあらゆる
具材を挟み、立食用に食べやすくしたのである。
また、何も挟まないパンも用意し、
各自で自由に具材を選べるようにしたところ、
これも好評を博し、
蒸留酒に加え、ビールソーダや果実ソーダ、
各種デザートと一緒に楽しんでもらえている
ようだ。
「あ、そういえば……
貴方のお名前は?
私の名前を知っているようでしたけど、
どこかでお会いした事がありましたっけ」
「いやいや。
ただのくたびれた使用人ですよ。
名乗るほどの者ではありません。
ただシン殿の名は―――
わたくしなど比べ物にならないほど
有名ですからな」
好き好んで有名になったわけではないが、
少なくとも目前の人物には、嫌悪感を持たれて
いるわけではなさそうだ。
「そういえばこの町―――
失礼、公都ではメン類も有名だと聞いて
おるのですが」
「あ、ウドンやラーメンですか?
あれは、さすがに汁物はパーティーでは
出せないと判断しまして……
ご興味があれば、後で飲食店に行くなり
出前を取って頂ければ」
スープならともかく、麺類は汁がはねるからなあ。
また音を立ててすするというのも、パーティーの
雰囲気には合わないだろう。
「……しかし、わたくしは主人と共に、
いろいろな国や場所を旅してきた事も
ございますが。
このようなところは見た事がありません。
各種施設や料理は言うに及ばず―――
亜人、魔狼、ワイバーンに至るまで……
受け入れている町や都市があろうとは」
ラミア族の女性もウェイトレスとして、お酒や
料理を運搬しており、確かに人外がこうまで
馴染んでいる光景は珍しいのかも知れない。
「―――シン殿。
ただの年配者の好奇心だと思って欲しいのだが、
貴殿はジャイアント・ボーアを素手で倒したり、
一方で様々な技術を導入したと噂されています。
それを踏まえて聞きますが……」
「は、はあ」
何か急に真面目な話になったな、と思っていると、
「ははは、そう構えてくださるな。
わたくしは単に興味があるのですよ。
こんな事をする人間が、次に何をするか―――
そしてどこまでどうしたいのかを」
ずいぶんとざっくりとした質問だが……
まあ酒に酔っているだけなのかもなあ、と思い直し
「そうですねえ。
目標、というわけではありませんが、
例えば子供がお母さんに……
『今日は卵焼きが食べたい』とか、
『夕食はハンバーグがいい』とか―――
そう気軽におねだり出来るくらいに
なればいいなあ、と思っています」
「ふむ、卵焼きですか。
それに肉料理……
しかし、ここでは何もかも安いと聞いて
おりますぞ?
特に卵は1個銅貨5枚で買えるとか」
その返答に、私は首を左右に振って、
「いやいやいや。
もっと安くならないと、気軽に料理に
使えませんよ。
最低でも銅貨1枚で、2、3個買えるくらいに
するのが、当面の私の目標というか夢ですね」
実際、魔物鳥『プルラン』のおかげで、
コストダウンは進みつつあるが―――
同時に住人も急激に増えているので、需要と供給の
バランスで、なかなか安くならないのが現状だ。
「シンさん!
マヨネーズなくなりそうです!
あとカツも!!」
ラミア族の女性の一人が、運搬がてら状況を
伝えてくる。
「わかりました、すぐ入ります!」
そこで私は執事さんらしき方に向かって
頭を下げ、
「申し訳ありませんが、私はこれで」
「いえいえ、こちらこそ。
妙な事を聞いてしまい、すいません」
そして私は彼と別れ―――
急いで厨房へと向かった。
後に残された、アラフィフの男性はゆっくりと
会場の片隅へと歩みを進める。
その先には国王名代として来ていたライオネルが、
何人かの貴族や招待客と挨拶を交わしていた。
「ライオネル様―――
そろそろお時間でございます」
「そうか。
では私はいったん失礼する」
周囲の面々は彼に頭を下げると去り―――
そしてライオネルは執事ふうの男と一緒に
出口へ向かって歩き始めた。
外へ出た2人は、女性2人を護衛のようにつけて、
西地区、王家専用施設への道のりを進む。
「……どうでした、前国王様」
「その呼び方は止めてくれ、兄上。
今はオシノビというヤツだろ?」
ニヤリと笑う執事と、それに対し笑い返す
国王名代。
「しっかし、趣味が悪いぜ。
まさか前国王が使用人に化けてるたぁ、
誰も思わんだろうよ、ローランド」
「普段からギルド本部長に化けている、
兄上には言われたくねー。
しかしまあ、なかなか楽しかったよ」
そこでブロンドのロングヘアーを女性が、
コホン、と咳払いし、
「お戯れは―――
王家専用施設に戻ってから、存分に」
「前国王様も、そういうところは全く
おかわり無いんですから」
黒髪のミドルショートの女性も、眼鏡を直しながら
呆れ気味に話す。
「で? シンと何を話したんだ?」
「何、そんなたいそうな話はしておらん。
ただあのシンという異世界人が―――
この世界をどうしたいのか、どこを目指して
いるのか探ってみただけよ」
「ふぅん?
十分たいそうな話だと思うが……
で、どうだったんだ?」
ライオネルの問いに、弟は片目を閉じて、
「……子供が母親に、卵や肉の料理を
おねだり出来るくらいにしたい、だと。
自分も多少『真偽判断』を使えるが、
ウソは言っておらん」
「俺の『危機判定』でも安全だと出ているんだ。
そこは信用してもいいと思うぜ」
そう話す前国王とその兄は―――
口元はともかく、目は笑っていなかった。
この世界、食事は大人にさえなれば必須ではない。
子供には必要だが、優先順位は地球とは比べ物に
ならず……
よって大量に・安価に手に入る穀物・野菜類を
のぞいては、基本的に割高だ。
食物、それも卵や肉が気軽に手に入るという事は、
そのまま国力に直結する。
子供が母親に、好きな料理をおねだり出来ると
いう事は―――
この世界では相当の『強国』という事なのだ。
2人の考えを察したのか、サシャはクスリと
笑いながら、
「まあそこまでは考えていないでしょう。
純粋にそうなればいいな、くらいで……
あの方はそういう方ですから」
ジェレミエルの方は真面目な顔を保ちつつ、
「それより―――
各国の来賓はもとより、ワイバーンの女王、
ラミア族の長、神獣・フェンリルとの会合も
控えておりますので。
国王の名代として、まだ気を抜かないで
くださいませ」
彼女の話す今後の予定に、前国王は
「何それうらやましい。
兄上、自分も同席していいか?」
「バレんようになら、まあ」
兄弟は王家専用施設への道のりを歩きつつ、
軽口で言葉を交わした。
「お疲れ様でしたー」
「おつー」
「うむ」
「ピュッ!」
お披露目パーティーが終わり、各国の招待客が
それぞれの宿泊施設へ戻る中―――
私は児童預かり所で、妻2人&ラッチと合流した。
同時に状況を確認するため、同席している
クレアージュさんに質問する。
「それで、食料はどんな感じでしょうか」
エプロン姿の40代の女性は、後ろでまとめていた
髪をほどくと、
「魚と穀物は何とかなっているようだけど、
やっぱりお肉の消費が激しいね。
今日明日は何とかなると思うけど―――
麺類や揚げ物の注文が殺到すると思うと……」
魔物鳥『プルラン』の生息地で繁殖が認められた
事もあって……
今回の結婚式のため、各所から野鳥とプルランを
合計300羽ほど調達したのだが、それもあっと
いう間に消費されたらしい。
招待客も式が終わればすぐ帰るわけではない。
数日、下手をすれば一週間は滞在するだろう。
もちろん、王族の結婚式でもあるので―――
王都から物資も連日輸送されているのだが、
何せ保管する場所が限られている。
「まいったなあ……
パンに挟む形式なら、それなりに消費も
抑えられると思ったんだけど」
そこへ、黒髪褐色の青年と、丸顔眼鏡の
女性が同時にやってきて、
「いやー、あのふかふかのパンは反則ッスよ!」
「子供たちも、あのパンは喜んでおかわり
しますからね」
地球の現代レベルから見ればまだまだだが―――
多少冷えても、手でちぎれるくらいの柔らかさに
なったパンなのだ。
それ自体が食べやすくなってしまったのは、
誤算だった。
「また改めて野鳥やプルランを『狩り』に
行くか、それともどこかで大きな獲物を
探してくるか……
メル、アルテリーゼ。
悪いけど、一応準備はしておいてくれ」
「あいー」
「わかったぞ」
「ピュ」
家族の同意を得て―――
私たちは児童預かり所を後にした。
「あ、師匠!」
町中央の広場まで歩いて行くと―――
シーガル様がこちらに向かって駆けてきた。
「お疲れ様です、レオニード・シーガル侯爵様。
エリアナ・モルダン伯爵令嬢様」
私がぺこりと一礼すると、妻2人も頭を下げる。
「他のワイバーン騎士隊の方々は……」
首より下、肩より上くらいになった金髪の青年と、
ブラウンのウェービーヘアーの女性は困った表情で
「あー、ラーメンとチャーハン、ギョーザを
食べに町に繰り出してます」
「今は公都ですよ、レオニード様。
でもとても美味しいですからね、あれは。
かくいうわたくしたちも、これから食べに
行くところで」
ワイバーン騎士隊はそもそも―――
リハーサルの時とは差を付けなければならないと
思い、また王都へさらに戦力を提供する意図で、
ライさんと相談して新設したものだ。
それを女王に持ち掛けたところ、
『約束にあった獲物の提供に難儀していた』
『手伝える事なら手伝わせて欲しい』
『町での待遇は非常に良いと聞いている』
と快諾、新たに10体ほどのワイバーンが
ライダー用としてやって来た。
実際は、貴重な鉱石や珍しい動植物の提供も時々
あったので、獲物を提供出来ない事をそこまで
気にする必要はないのだが……
そこはトップとして考えるところもあったの
だろう。
「今回、シーガル様にはワイバーンライダーの
指導教官までやって頂いて……
本当に感謝しております」
「いや、よしてください師匠!
それにこれはウィンベル王国のためにも
なる事ですので―――」
そこでメルとアルテリーゼが指先で私の
肩をつつき、
「女連れの男を長話に付き合わせては
ダメだよー、シン」
「適当に切り上げるのが親切というものぞ?」
「ピュイ?」
ハッとなって見ると、目の前の若い男女は顔を
赤らめて下を向き、
「あ、で、では―――
クロウバー・メギ公爵様と、
ルービック・ワクス侯爵様……
他ワイバーン騎士隊の方々にもよろしく言って
おいてください」
「わ、わかりました」
「それでは失礼しますね」
侯爵家次男と伯爵家令嬢と別れ―――
私たちは私たちで、次の目的地へと向かう。
「そーいえば、メギ公爵様って聞いた事
あるよーな無いよーな」
メルの疑問に私が答える。
「騎士団のトップの人だよ。
ほら、王都で子供たちの救出の時に……」
ちなみに、ワクス侯爵様は蒸留酒のお披露目の
際にいた人だ。
「あー、邪魔してくれた者よのう、確か。
でもどうしてそやつがワイバーン騎士隊に?」
アルテリーゼが首を傾げる。私は続けて、
「あの後―――
ライさんが騎士団の連中にオシオキしてくれた
らしいんだけどさ。
それで児童預かり所のために資金提供を
『お願い』したんだけど、その寄付金が
多い順にワイバーンライダーになる権利を
あげたんだよ」
彼らにしてみれば、罰金のようなマイナスから
一転―――
恐らくはこの世界初であろうワイバーン騎士隊に
なる名誉を得たワケで。
それでこちらへの恨みも薄れるだろう、との
算段もあった。
「なるほど。
うまいっていうかエグいってゆーか」
「お金を多く払わされたと思ったら、
とんでもない見返りがあったという事じゃな?
我が夫ながら巧妙じゃのう」
「ピュピュ~」
ドヤ顔で満足気な家族と共に―――
やがて冒険者ギルド支部の前へとたどり着いた。
「おう、来たか」
応接室でギルド長が出迎え、
「シンさん!」
「お久しぶりです」
そこにいたのは栗色の短髪の、細いながらも
筋肉質の体をした青年と―――
銀髪のロングヘアーをした女性がいた。
「お久しぶりです。
クラウディオさん、シュバイツェル子爵令嬢様」
オリガさんもウィンベル王国に仕える貴族なので、
今回の結婚式には参加していた。
そしてその手には、握りつぶさんと思われるほど
ブーケが絞られており―――
「おおー、それ取ったんだね」
「次の花嫁はお主か。
期待しておるぞ。式には呼んでくれ」
今回は合計6本のブーケトスが行われたが、
その争奪戦はすさまじかったようで―――
「他に、侯爵令嬢や伯爵令嬢もいたんだから、
少しは空気読めって言ったのに」
「恋に身分は関係ないでしょ。
それならクラウと婚約してないし」
……ん? 婚約という事は……
「という事は正式に?」
するとずいっとオリガさんが近付いてきて、
「そうです!
やっと子爵家を説得出来たんですよ!!
クラウが投石魔法という遠距離攻撃を
覚えた事で、王都の冒険者ギルドでも内々に
ゴールドクラス昇格が決まっているんです。
あれから実績もめっちゃ上がりましたし
それでですね私とクラウの結婚式はぜひぜひ
あれと同じようなものをあれ絶対シンさんが
考えたんですよね今ここで予約を」
「落ち着けっての、オリガ!」
興奮気味の彼女を、彼氏であるクラウディオさんが
何とか引き離す。
「まあ無理もなかろう」
「とにかくおめでとうございます」
いったん離れてクールダウンしたのか、
我に返って話し出す。
「まあ、でも……
王族と同じ結婚式をするってなったら
問題ありますよね」
「そのへんは差を付ければ大丈夫じゃないで
しょうか。
今回の式の前に、一度練習を兼ねて2組の
結婚式を上げていますが―――
その時はワイバーン騎士隊による飛行は
ありませんでしたし」
するとジャンさんがパン! と一回手を叩いて、
「そのあたりは後でドーン伯爵サマと話し合え。
多分今頃、申し込みや相談が殺到しているはず
だからな」
確かにそれが筋か。
それに、事情を知らない人間からすれば、
この地の領主である伯爵様にまず話を
持ち掛けるだろうし。
「それより、ここに寄ったのは何か理由が
あるんだろ?」
「すいません。
実はお肉が足りなくなりつつあると―――」
そこで私は、今の公都『ヤマト』の食料事情を
ギルド長に説明した。
「……というわけで、再度ブロンズクラスの方々と
一緒に―――
魔物鳥『プルラン』と野鳥の人工生息地を巡って
『狩り』をすれば」
「そりゃいいんだが、やっと生息地で繁殖が確認
出来たばかりじゃねえのか?
そんなに『狩って』大丈夫なのかよ」
一応は王家の結婚式という事もあり―――
招待客とその家族・家人ともなると、
200は下らない人数が増えているだろう。
「最悪、生息地開拓のやり直しも視野に
入れなければならないと思いますが、
今回ばかりは」
何でそこまで? とジャンさんと若い男女も
首を傾げるが、そこで妻2人が
「ただの食事提供なら別にいいんだけど、
料理技術も全部教えちゃっているからねー」
「各国の料理人が、こぞって教えを乞うている
からのう。
そのための素材も必要なんじゃ」
そこで3人の表情が疑問から「あー」という
顔になる。
「これから冬だって時にまったく……
あーもう、ジャイアント・ボーアか、
マウンテン・ベアーか、デかいバイパーでも
いいから獲物が来てくれねーかな」
魔物の襲撃を願うギルド長に室内のみんなが
苦笑し―――
明日の魔物鳥『プルラン』の生息地巡りを
予約して、冒険者ギルドを後にした。
「目標を発見したら低空飛行へ。
レイド君のワイバーンと行動を合わせてくれ、
アルテリーゼ」
「わかっておるぞ、我が夫。
しかしこうしてシンとメルを背中に乗せるのも
久しぶりじゃな」
翌日―――
私はメルと一緒にアルテリーゼの背に乗って、
レイド君が乗るワイバーンに先導されながら上空を
飛んでいた。
実は昨日、ギルド支部を出た後―――
ドーン伯爵様、チエゴ国のナルガ辺境伯様一行、
ブリガン伯爵様、ラミア族のニーフォウル夫妻と
一通りあいさつに回ったのだが、
ワイバーンの女王へあいさつした際、ポロっと
食料についての悩みを言ってしまったところ、
公都へ来る数日前に、住処の近くで巨大な魔物を
見たと情報提供してくれたのだ。
そもそもワイバーンたちも狩りをするのだが、
一番安全で強力な遠距離攻撃である『火球』は、
森や一帯を焼いてしまう恐れがあるため、住処の
近くではなるべく避ける傾向にあるのだという。
火球を吐かないでも、その鋭い牙や爪は脅威
なのだが、それは即ち接近戦であり―――
当然ながらリスクも負う。
相手が巨大ならばなおさら……
遠征すればそれなりに獲物は手に入っただろうが、
こちらから『人へ危害を加えないでくれ』と言って
いた事もあり、それで火災を恐れていたとなれば、
獲物の提供が出来ない事もやむなしと思えた。
余談だが、同時並行して―――
プルランや野鳥の生息地巡りを、シーガル様や
魔狼ライダーたちを護衛としてブロンズクラスの
一団に任せている。
「……む、シン。
前方のワイバーンに動きがあったぞ」
翼を固定し、体全体を斜めに振り始める。
そこで下を見ると、
「! シン、あれは……
ギガンティック・ムース!」
メルの言葉で魔物を確認する。
ムースという事はヘラジカだろうが……
「シンさん!
俺は後ろに回るッス!」
そこでレイド君の乗るワイバーンは方向を変え、
私たちはギガンティック・ムースの上を通り抜ける
ようにして先回りする。
これは事前に取り決めていた事で―――
まずは私が獲物の先に回り込む事。
そしてレイド君が私のところまで獲物を
追い立てる、という作戦だ。
地上へ降りて5分もすると―――
地響きが近付いてきた。
打ち合わせ通りにメルとアルテリーゼは
左右に離れ、私一人で待ち構える。
やがて、目の前に……
それまでの木々など無視するかのように、
なぎ倒しながら巨大な姿が現れた。
その角だけで3メートル、全長は7メートルは
超えている。確かに巨大だ。
4メートルくらいの位置にある首を
思わず見上げる。
時折、草食動物らしき臼歯も口からのぞくが、
その威圧感は圧倒的だ。
だが、ゾウのように太い足ならともかく、
その細い四肢は明らかに耐久力不足。
現在、左右それぞれ10メートルほどの位置に、
メルとアルテリーゼが離れている。
だから恐らく、魔力を全く感じないルートを
目指して走ってきたのだろうが……
「体高は3.5メートルくらいか……
ムースって確か700kgにもなると
聞いているけど、キミは明らかに2トンは
いってるよね?」
一方で、ギガンティック・ムースは困惑していた。
ワイバーンとドラゴンを見かけたと思ったら、
いきなりワイバーンが襲い掛かってきた。
さすがに対空戦闘は分が悪く―――
本能的に回避行動を取る。
そして魔力が弱いルートを選択。
ドラゴンはいつの間にか消え、地上を走り
続けていれば、逃げ切れるはずだった。
ところが―――
全くと言っていいほど魔力を感じなかった
場所に、人間がいた。
それも脅威を全く感じない、全盛期を過ぎた
年齢のオスが。
危険はない。
あるはずがない。
この程度の人間、道に落ちている小石よりも
障害とはならない。
ただ真っすぐに進めば、それだけ跳ね飛ばされる
存在だろう。
だが、目の前のそのオスは……
自分が死ぬどころか、傷一つつけられる
恐れすら感じていないようだった。
こんな生き物がいるはずがない。
引き返して逃げるか、それともルートを―――
とにかくこの存在から離れなければならない。
だが、ほんの一瞬だけ彼は戸惑い、その間に
人間のオスが口を開く。
「四足歩行で、その体重・その細足で―――
立っていられる動物など……
・・・・・・
あり得ません」
その途端、ギガンティック・ムースの片足に
激痛が走り―――
その痛みから逃れるように、彼は体を横に倒した。