テラーノベル
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砂を噛むような日常が、いつしか当たり前になった。
朝5時に起きて、其の儘顔を洗って朝ごはんをたべる。
そして執務をして、コーヒーを飲んで。
そのルーティーンが、5年続いた。
そのルーティーンを、今たった一人の生命体がぶち壊そうとしている。
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「ファタさん、自分と一緒にワルツを踊りませんか?」
「…何故でしょう?」
そんな理由、とうにわかっている。
どうせ、心労を癒したいからとかいう理由だろうか。
稀有な方だとは思っていたが、真逆目上の奴にすら申し込むとは。
「理由などはどうでもいいじゃないですか。
唯貴方と踊りたいのです。」
誤魔化しが下手すぎるだろう。
流石に私でも見抜ける。
ラディーチェでも誘えばいいのにねぇ。
「分かりましたよ。貴方の心の支えにでもなれたら。」
「うれしいです。」
ステップ、ステップ。
それの繰り返しなのにどうして民衆はこれに魅了されていましまうのだろうか。
特別綺麗なものだとか、美麗なものでもないのに。
唯、リズムが刻まれているだけで、人は操れるのだろうか。
それは…まだわからないねぇ。
「楽しいですか?」
「えぇ、まぁ。」
「そうですか。良かったです。」
その漆黒の瞳は、何を考えているのだろう。
まるで鼠のような、なにも読み取れない目。
描写的な光が入っているわけでもなく、ただ単に洋燈の明かりで照らされた瞳。
此奴が何処を向いていて、それによってどの様な感情操作をされているのだろうか。
興味深い。
つい研究者魂が心踊らされている。
だが、犯罪者にはなりたくないねぇ。
流石に私もこいつごときのために処されるのは勘弁だよ。
ま、そんなことを話したら、此奴は自分から申し出るだろうが。
私は少しだけ口角を上げる。
「…ふふ。」
「どうしたんです?」
「いえ、ファタさんは面白いなと。」
「…何故です?」
「ふふ、こんな自分に心を許してくださるのは貴方くらいですから。」
「心を許したつもりはないけれどね。アナスタシス。」
「ほら、いまも自分の名前を言ってくださった。
滅多に言わないのに。」
そう言って、私の口にキスをした。
元々スキンシップが多いなとは思っていたが、これまでとは、
そうして、舌を軽く吸われた。
「…」
「いつも名前を言わないのは何故です?」
「…記憶に残したくないからですよ。
そして…あなた方の記憶に私は存在したくない。」
「…そうですか。なら、自分が覚えていて差し上げましょう。」
「結構です」
ステップ、ステップ、ターン。
狂騒を極めているこの世界は、長い長い幾星霜を掛けて巡り巡る。
世界が概念を失い、静かに崩壊を始めてから、すでにどれほどの星霜を重ねただろう。
かつての賑やかな街の残響はじわじわと風化し、今や冷徹な現実という静寂だけが世界を支配している。
「…あら、今誰か死にましたねぇ。」
「そうですね。生命体は一秒に二匹死んでいますから。」
…そういう事ではないのだけれど。
「私たちは死なないですけど。」
「ええ。」
自分がどれだけ心の中で泣き叫び、無力感に苛まれようとも、部屋の古時計は静かに時を刻み続けていた。
本当の“人類”が消えた世界でも、現代の闇という巨大なシステムは、今日も冷酷に駆動している。
個人の絶望など、世界が巡るための小さなノイズにすらならなかった。
全ての生命体は、世界が巡るための歯車であり、使い捨ての駒である。
ステップ、ステップ、ダブルターン
窓から差し込む夕日のオレンジ色が、いつの間にか冷たい群青色の夜陰に塗り替えられ、部屋の隅の影を色濃くしていく。
衣服がかさかさと擦れる音が幾度か鳴り響き、自分が一瞬この世界から消えてしまっていた。
そして、踊り終わってすぐアナスタシスは把子を吸った。
「あら、貴方は把子がお好きなのですか?」
「…いいえ。」
「…ああ、そういうことですか。」
そして、アナスタシスはライターから手を手放した。
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カチ、とライターの火が灯った。
彼がそれを手放した瞬間、私たちが命を懸けて守ろうとしたすべてが、猛烈な炎に包まれた。
パチパチと音を立てて崩れ去る我が組織の残響を前に、私の指先は小刻みに震えて止まらなかった。
助けを求めることも、異を唱えることもできない。
あまりの絶望に視界がぐにゃりと反転し、激しい耳鳴りが耳の奥を支配する。
さっきまでの高熱が、いつのまにか冷徹な血へと変わっていく
一瞬にして灰へと変わっていく思い出の残骸を前に、私は己の非力さをただ噛み締め、立ち尽くす術さえ失っていた。
「あぁ…あぁあああ‼︎やめろ!やめてくれ!」
「ふふ、そうでした。」
「ええ、今、私たちは人間を殺しにきているのですよ?」
「忘れていました…失敬です。」
そうして、目の前の男は私の仲間の血を浴びて『汚らしい』と一言。
私は、それについ怒りが湧いてしまい無意識にそっちに向かって拳銃を放っていた。
それは、目の前の男の太腿の真ん中で止まった。
そして、私はそれを最後に命が尽きた。
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アナスタシスが、撃たれた。
こんなんで悪運の強いアナスタシスが尽きる訳がない。
そんなものも把握していないのか。
いや、此奴はもう尽きる寸前だったのだ。
ならば仕方なかろうか。
「…大丈夫です?」
「余裕ですよ。」
そう言いながらも、アナスタシスは汗を少し欠いていていた。
「早めに帰りましょう。」
「そうですね。」
「死体処理が面倒臭いですねぇ。やってくれません?」
「怪我人に?」
「貴方ならできるでしょう。」
「阿保ですか?」
目上の奴にそんな口を聞くのは此奴くらいだろう。
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そう軽口を叩きながらも死体処理を終わらせた。
途中、死体の中のまだ肺に残っていた空気が『ひゅう』と漏れて、二人で一緒に笑った。
死後硬直の関節が、無理に曲がるぎちぎちと鳴る不協和音が面白おかしく、曲げ過ぎて最終的にゆるゆるになってしまったのがまた笑えてしまった。
世界は、静かに熱を失いつつあった。
太陽はその輝きを失い、街には昼なお仄暗い静寂が満ちている。
1分間に120人が死ぬという冷徹な現実を嘲笑うかのように、いまやその数はカウントすることすら意味を持たない。
水道から滴る水は凍りつき、私の指先からもじわじわと体温が奪われていく。
誰も異を唱える者はいない。
厳然たる事実を無力感のなかに受け入れている。
それは、悲鳴すら上がらない、剥き出しの真実だけが残されていく終末だった。
ワルツを踊ろ
こと-koto
163
#短編集
masyu
138
やーいずやぽーにぃ
111
虹花 ありさ @て い ふ
15
コメント
3件
うわ、すごい世界観…。終末ものなのにワルツっていう優雅な動きを中心に置いて、そこに生と死、記憶と忘却が重なってくるの、めちゃくちゃ好きです。特に「記憶に残したくない」っていうファタの台詞が痛くて、でもアナスタシスが「自分が覚えていて差し上げましょう」って返すところ、物語の核心をぐっと掴んでて。死体処理のシーンのぎちぎちいう音と笑い声の温度差も、ゾッとするけど目が離せなかった。続きが気になりすぎます…!