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ショッピ視点
…チーノが追ってこない。
おかしい。 足音が一つ分足りない。
一瞬、チーノの方へ行こうとする。
けれど、鬱が開けた風呂場の扉から、匂いが漏れてきた。
昔、道路工事の横を通ったときに嗅いだことがある。
生活の中にあるはずのない匂いだった。
気づいたら、そっちへ足が向いていた。
チーノは追ってこなかった。 別の部屋に向かう足音が聞こえた。
それよりも、風呂場の中が気になって仕方なかった。
浴槽の中に、 ――置いてあった。
一瞬、何を見ているのかわからなかった。
自分の身体だったもの。
鬱も俺も、動けないまま立ち尽くしていた。
生きていた頃と、ほとんど変わらない形。
時間の経ち方が、ここだけ止まっているみたいだった。
先に動いたのは鬱だった。
ためらうように、頰に触れる。
その仕草を見ただけで、触れてもいない俺でもわかった。
あれは、生きてる人間の肌じゃない。
ゴムみたいな、人工的な感触。
軽く触れただけでも、硬い。
指で押しても、返ってくるものがない。
そのとき、俺が先に気づいた。
後ろから、足音が近づいてくる。
ゆっくり。
でも、迷いがない。
遅れて鬱も気づいたみたいだった。
振り向こうとした、その瞬間。
チーノの方が行動がはやく、正確に鬱の急所を捉えて持っていた鈍器で打つ。
鬱が力なく倒れた。
鉄。
血生臭い。
白かったタイルも赤黒く染まっていく。
俺の頭が、少しずつ追いついてくる。
チーノが鬱を殺した。
その時俺は、大先生が同じ組織でまぁ良くしてもらってて、 且つ一応先輩。
そんな人に外道なことを思ってしまったのかもしれない。
あーあ、気づいても行動せず知らんフリしとったら
殺されへんかったかもしれへんのに馬鹿やなぁ。
次の瞬間、慣れた手つきで鬱を処理し始めていた。
浴槽から俺の身体だったものを出しよく分からない薬品で浴槽を埋めてゆく。
見ようとしたがリビングに戻されてしまう。
数日後扉が開いていて見にいくともう鬱は居なかった。
そばに俺の身体だったものが置いてあった。
触ろうとするとチーノの足音が聞こえ、 俺の身体だったものの影に隠れると気づかれた。
「お前は触っちゃあかん」
そう言われてまたもやリビングに戻される。
ふとチーノの部屋見たことないことに気がつく。
人間だった頃も入れさせてもらえたことがない。
処理にも手慣れているから 俺がこうなる前にも
誰かを殺めててその証拠があるからじゃないかと考えた。
チーノが俺の身体だったもののメンテナンスをしてる隙を狙って、 チーノの部屋に行く。
いつも閉まっているのに開いていた。
怪しい。
でも、好奇心に負けてしまった。
チーノの部屋に入るすると思っても見なかった光景が広がる。
隠し撮りだった。
壁に沢山貼っていて、机にも床にまであった。みた事がないようなほどの写真の山。
アルバムまで。アイツはどれほど盗撮をしてたんだ。
人間だった頃の写真がたくさん。
風呂、着替え、ゲームしてる時の姿から何から何まで
写真の山から目を逸らしたとき、机の端に光るものが見えた。
スマホ。
画面が付いていて光ってるわけではないがやけに光って見えた。
――通報。
その言葉が頭に浮かぶのと同時に、体が先に動いていた。
椅子に飛び乗り机まで行く。前世は人間だったけど猫の体の使い方も手慣れたものだ。
スマホに触れ画面が点灯する。
数字の並び。
意味は理解できるのに、肉球じゃうまく押せない。焦るほど動きが雑になる。
早く、早く。
後ろの空気が変わった気がした。
振り向かない。振り向けない。振り向いたら終わる気がする。
もう一回、画面を叩く。
その瞬間。
「……何してんねん」
すぐ後ろから声が落ちた。
体が凍る。
ゆっくり振り向くと、チーノが立っていた
さっきと同じ静かな顔。でも目だけが違う。
俺とスマホを交互に見ている。
理解している顔だった。
逃げようとした瞬間、首元を軽く持ち上げられる。
スマホが机から落ちて、鈍い音を立てた。
チーノの視線が、俺の目に固定される。
長い沈黙。
その間に、心臓の音だけがやけに大きく響く。
「……お前」
低く、確かめるみたいな声。
「ほんまに、ショッピなんか?」
時間が止まった気がした。
呼吸を忘れる。
誤魔化せるはずがないと、本能が理解する。
目を逸らせない。
チーノの瞳が、わずかに細くなる。
驚きと、納得と、何か別の感情が混ざった顔。
「……はは」
小さく笑う。
その音がやけに乾いていた。
「そういうことか」
持ち上げられたまま、俺は動けない。
チーノはしばらく俺を見つめてから、ぽつりと呟いた。
「成功、しとったんやな……」
その声には、恐怖も後悔もない。
ただ、妙に満足そうな響きがあった。
背中の毛が総立ちになる。
逃げなきゃいけない、 でも逃げられない。
チーノの手は、優しいくらいの力なのに、絶対に離してくれない確信があった。
「……ほんまに、お前やったんやな」
俺は、その目から視線を外せなかった。
――見つかった。
その事実だけが、重く沈んだ。
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