テラーノベル
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「やっぱり天才だよね、りうらって」
何度聞いたか分からないその言葉に、もう心はほとんど反応しなくなっていた。笑って受け流すのが癖になってた。
でも、心の奥の奥では、確かに何かがひび割れていた。
夜中のレコーディング。終わらない音程の確認。何百回って繰り返す発声練習。
喉を痛めても、誰にも言わない。
泣きたくなるほどできなくて、机に突っ伏した夜だってあったのに。
誰も知らない。
知ろうともしない。
「努力してるね」じゃない。
「センスあるもんな」って、まるで初めから何もかも持ってたみたいに、軽く言う。
わかってる。
褒め言葉なんだ。悪気なんてない。
でも、「天才」って言われるたび、心の中で何かが崩れる音がする。
努力してるって言ったら、きっと「そりゃ努力もしてるだろうけど、元が違うからな」って返ってくる。
もう慣れた。
でも、それでも、苦しかった。
──だから、りうらは笑う。
「ありがと」って、いつものように笑って、
そしてまた、誰もいない部屋で喉が枯れるまで歌い続ける。
その裏側を誰にも見せず、
「天才」であり続けるために、自分を削りながら。
次の日
レッスンスタジオ。
今日はダンスの振り入れ。思うように体が動かない。
喉も重い。昨日、また一晩中録り直してたせいだ。
だけど手は抜けない。抜いたら──「天才」じゃなくなってしまう。
「りうちゃん、そこもうちょいキレ欲しいかも」
初兎の何気ない一言に、りうらの手が止まった。
「……あっ、ごめん、りうちゃん、悪い意味じゃなくて」
「うん、わかってるよ」
笑って返した。でも指先が震えていた。
顔を上げた瞬間、視界が滲んだ。体がふらつく。
「ちょ、りうら!?」
ふっと膝から崩れ落ちる。床の冷たさで少しだけ意識が戻る。
「……なんで、だろ……」
ぽつりと漏れた声が、スタジオに響いた。
「りうら?無理すんなって、今日はもう――」
「違う!……違うんだよ……」
その瞬間、感情があふれ出た。
「なんで……なんで、みんな簡単に『天才』って言うの……?りうら、どんだけ必死にやってるかなんて、誰も知らないくせに……」
全員が息を飲む。泣き声なんて聞いたことのない、りうらの声だった。
「努力してるって言いたいわけじゃない。すごいって言われたいわけでもない……でも、最初からできたみたいに言われるの、ほんとに、ほんとに嫌で……!」
ないこが静かに歩み寄って、床に座り込むりうらの隣にしゃがむ。
「……ごめん。気づけんかった」
りうらは震える声でつぶやいた。
「……そんなふうに言われたくなかっただけなのに……」
「りうら。お前がどんだけ自分を追い込んでるか、ちゃんと見てなかったんは俺らのミスや。ほんまにごめん。でもな、今日ちゃんと聞けてよかったわ」
ないこの声は、いつになく優しかった。
初兎が頭を下げる。「悪かった。気づかんと、いつも軽く言ってた。ごめん」
いふが、ぽん、と背中を叩く。「お前が努力してるん、ちゃんとわかってる奴、ここにおる。だから安心せぇ」
悠佑がそっと、タオルを差し出す。「泣いてもええ。『天才』なんかより、お前がちゃんと笑っててくれるほうが、俺らは嬉しいからさ」
ほとけが優しい笑顔で
「今まで一人でよく頑張ったね。」
りうらは顔をタオルで覆って、肩を震わせながら泣いた。
喉も、心も、張り詰めていた糸がぷつんと切れたように、壊れそうなほど静かに泣いた。
──初めて、「天才」じゃない、ただの「りうら」として、泣いた。
何もしないただの天才なんかじゃない
‘’努力の天才‘’
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