パパイア 様より、タイムスリップ日本
※旧国
普通の学生だったのに。
どこにでもいた、いたはずだった。
ちょっと先祖がA級戦犯だったってだけで、それなりの名家の息子だったんだ。
なのに…
「…きっっっっつ」
時代劇でしか見ないような建物に、和服の人々。
野犬や野良猫がたくさんいて、高いビルだなんてものは一切ない。
登校前、仏壇にあった懐中時計を触っただけ。
たったそれだけなのに、気がつけばこんな古い場所だ。
時代?あぁ、戦前ですとも。
僕は日本。
生まれは現代だけど、高卒になる前にここに来て、士官学校で主席合格した優秀な軍人の卵だ。
ハッキリ言ってクソなのだが、この時代で生活を確保するためには仕方がない。
身寄りも出身もわからないし、お金だって現代の数百円しか持っていないから、軍人としてお国のために働くしか選択肢はなかった。
何が幹部候補生だ。
いたいけな男子高校生引っ捕まえやがって。
「はぁ…いつになったら帰れるんだろ…」
あの古びた懐中時計が鍵のような気がするから、空いた時間を見つけては探しに行った。
時間も表せない止まった時計だけど、何がどうして過去に戻されたのか。
過去に戻るなんて、現代の技術でもできないのに。
「訓練も座学もきつすぎ…未来でアイス食べたい…」
弱音を吐き散らかしてなきゃやってられない。
誰かしらに見つかれば体罰だから、布団に潜って小声で言うしかないけど。
「なぁ、最近噂の青年を知っているか?」
「例のやつだろ?出身も身寄りもわからないが、有能な人材らしいな」
「実際に訓練の様を見てきた。まだまだ拙いものの判断は良い。流石主席と言ったところか、座学も中々だ 」
「いいねぇ…そういう奴は手元に置いておきたい。卒業したら、俺たちのところに誘うか」
「そうするか」
そうして迎えた卒業の日。
体育は嫌いだと嘆いていたのに、すっかり筋肉もついて、もう立派な軍人だ。
結局元の時代に帰ることはできず、果てには最悪な奴らに目をつけられた。
「やぁやぁ日本、士官学校卒業おめでとう。これから陸軍として、お国のために励んでくれ」
「…ありがとうございます」
「そんな優秀なお前を見込んで言うが、私の補佐官になる気はないか?」
「…あなたは参謀本部の方では?卒業したての私をつけたところで、お役には…」
「私が直々に勧誘をしているというのに、お前はそんな悲しいことを言うのか?」
「そ、それは…」
実質強制だろうが! 勧誘なんかじゃない!
そう反発したいのは山々だが、すれば俺の命はない。
血の繋がりというのは、どこまでも俺の足を引っ張っている。
こいつこそが、A級戦犯として処刑された俺の先祖だ。
「とにかく、明日から私の元で働いてもらうからな。卒業及び、昇進おめでとう」
ぽんぽんと頭を撫でられ、無理矢理勤務先が決まってしまった。
無能だと思われたら即刻クビ…いや、それでもマシな方か。
現代で、話だけなら聞いているのだ。
人体実験もしていたし、スパイの首を落として笑っていたとか、にこにこして戦場で舞ったとか。
体罰は嫌だからって、本気で取り組んだのが間違いだったな…
そうこうしているうちに、いよいよ本格的に働くことになってきた。
「では、お前にはまず書類仕事からだ。並行して訓練はしてもらうので、早いこと終わらせるように。期限は2週間後だ」
そう言って置かれたのは、山積みの紙束。
「へ…?い、いきなりこんな量は…」
「上官の指示が聞けないのか?」
「ひっ…い、いえ、やります!お任せくださいっ!」
氷よりも冷たく、戦車のように重い言葉。
この時代は上下関係が厳しく、特にこいつのような頭のおかしい上官に逆らえば、死あるのみ。
だがこんな量をやると言ってしまった以上、やり終えなくても死だ。
当分、元の時代へ帰る方法を探すことはできないだろう。
「はぁ…ぁー…多い…っ!!」
任官3日目、早くも死にそうだ。
お国の都合だかなんだか知らないが、書類は英語にドイツ語にイタリア語にロシア語に…イギリス英語とアメリカ英語にですら分けられている。
バラバラにそんな書類どもが混ぜられているから、わからないところは本を読んで翻訳しながら進めるしかない。
全部燃やして遊びたい。
そんなことをすれば、自分も焼死体にされるが。
「頭おかしいのかよ…チッ、あー誤字がひどい…イラつく…」
当然パソコンなんて便利なものもないため、震える手で、疲れのせいか歪む視界の中手書きで頑張るしかない。
そろそろ指を痛めてしまいそうだ。
それなのに訓練はきちんとやらされるから、食事はおにぎり一つとお茶一杯で凌ぎ、また机に向かうしかない。
俺はいたいけな男子高校生なのだ、軍人だとしても 辛いことに変わりはない。
辛い、やはり辛すぎる。
「…吐く…」
吐けるようなものは胃に詰めていない。
常に腹ペコというか、エネルギー不足で頭が働かないのだ。
ただ疲労感だけが溜まっていて、ずっと視界が回り続けているような錯覚が続く。
いっそのこと、死んだら楽になるだろう。
聞いていた話よりずっとずっとイカれたご先祖どもについて行くのは大変で、今も油断すれば意識が飛びそうなくらい眠い。
だが、俺には現代に帰ってアイスを食べたいという確かな欲求があるため、死にそうになりながら努力するのだ。
バイリンガルや社畜どころの騒ぎじゃない量の多言語な書類で仕事をさせられても、腕がもげそうなくらい素振りをさせられても、挫けてやるもんか。
あいつらは身内に拘るらしいから、なるべく目立たぬように…よし、俺はただの駒だ。
「やるか…」
「調子はどうかな?」
「!」
その声を聞いて、即座に起立し敬礼した。
現代の学校ではいつも机の上で寝そべっていた俺が、こんなに姿勢を正せるなんて。
「じゅ、順調に進めております。期日までには提出できるかと…」
「そうかそうか、お前はやはり優秀だ。正直、私もこんなに進んでいるとは思っていなかった…新米にしてはよくやっている」
「わ、私には勿体無いお言葉です…ありがとうございます…」
声は震えていないだろうか、返事は間違えていないだろうか。
そんな心配で少し震えるが、できないだろうと思いながら渡していたという事実に腹が立つ。
できなくて殴れることでも期待していたのかもしれない。なんて性格の悪いやつだ。
「まだ期日に余裕もあることだし、お前にはもう一つ仕事を任せようか」
「え?」
「先日、スパイを発見し拘束したのだが、なにしろ私には時間がない…なので、まだ時間のあるお前に頼み、スパイを処分しようというわけだ。情報を吐かせて、報告書も作れよ」
「ス、スパイの処分ですか…まだ任官3日目ですし、少し責任が重いのでは…?」
「そんなことはない。お前は賢い子だ。私の期待を裏切るような愚かな真似はしないと思っているよ」
裏を返せば、期待に添えなければ殺すとでも言いたいらしい。
俺はこいつの言う通り賢いので、裏切ればどうなるかよくよく理解している。
それも見越して、この指示なのだろう。
「…了解いたしました。あなたのご期待通り、適切な処分を下します」
「あぁ、報告を楽しみにしている」
ニヤリと微笑むゴセンゾサマと同じ血が通っているなんて、到底思いたくなかった。
「…うわ」
スパイが捕えられているという地下へ来てみれば、もはや話せるのかと疑うような状態で放置されている人の姿。
「これから何を聞き出せっていうんだよ…てか、話せるの?これ」
ものすごく血塗れだ、生臭いし鉄臭い。
これでも話していないらしいスパイの根性が怖い。
「あのー、死にたくないなら情報吐いて欲しいんだけど」
近寄って問いただしてみれば、そいつは俺の方を見た。
「…いやだね」
「マジかよこいつ…じゃあまあ、俺も自分の命かかってるから、ちょっと拷問させてもらうわ」
スパイは話せるようだが、動けないらしい。
右腕を取ってボキッと折ってやれば、うるさいくらいの悲鳴をあげた。
「うるせ〜…あ、まだ話さない?じゃあもう一本」
今度は左腕を取り、本来なら曲がらない方向へ捻じ曲げる。
少し気持ち悪い見た目になってしまった。
「はぁッ…はぁッ…話す、話すからもうやめてくれっ!」
「あ、マジ?意外と楽で助かるわ。じゃあ洗いざらい話せよ。嘘ついたらどうなるか」
正しく聞き出せなかったってことで俺の方がやばいのだが、相手は自分が危険な目に遭うと思ったらしく、辻褄の合った内容を綺麗さっぱり吐いた。
拷問するのはきついが、割り切ればなんとかなる。
報告書にまとめ、誤字脱字を確認してから提出した。
この行動が危険であることに、なぜ気づかなかったのだろう。
「ふむ…容赦なくいったな」
「まだ一年も働いてないのに、話さないからっていきなり腕を折るなんて。あははっ、やるねぇ」
「俺たちが気に入りそうなやつが、ようやく来たな」
「あの量を何も言わずこなしているようだし、これからが楽しみだ」
その後も大量の仕事を片付けつつ、厳しい訓練をこなしつつ、時々任されるハードな業務に対応していた。
スパイの処理も人体実験も辛いことには変わらなかったが、自分の命と引き換えればそれなりにはこなせる。
自分が被害に遭わないのならなんでもする覚悟がなければ、こんなことやっていけないから。
どれだけ目の前で犠牲者が出ようと、俺は悪くない。
しかし優秀すぎたその代償か、書類を提出しては更に多くの書類をもらってを繰り返し、最初は寝る時間もあったのに、もはや食事すら取れなくなってきた。
戦争が始まって激化すれば、当然やることも増えていって。
プライベートなんてものはほとんどなかったが、それでも生きている限り帰れるかもしれないのだ。
その希望だけを糧に、月月火水木金金で頑張っている。
両親に褒められたいと何度思ったことか。
けれど、実際に褒めるのは頭のネジがぶっ飛んだご先祖サマで、その度に期待という名の精神的暴力で殴られる。
応えられなければどうなるのかなんて考えたくもないが、可愛がられているうちは多少のミスくらい許される…と思いたいところだ。
仕事
訓練
仕事
訓練
実験
仕事
訓練
そんなサイクルを徹夜で繰り返し続けられるほど、俺の体は強くない。
ある時、バタッと倒れてしまった。
目が覚めると、まず最初に襲ってきたのは恐怖心。
ここはベッドの上。きっと医務室だ。
なら誰が連れてきてくれたのか。
答えは簡単、あいつしかあり得ない。
「ようやく目が覚めたのかい?おはよう、日本クン」
「ひっ…お、おはよう…ございます…」
あいつではなかったが、あいつの関係者では あった。
「陸のやつは少し働かせすぎたな、お前はよく頑張った方だ」
ふかふかとは言いづらいが、書類だらけのデスクより格段に眠りやすいベッドで、俺は海軍の方のご先祖様に撫でられる。
優しい手つきは両親を思い出させた。
「仕事は今僕らの方でも回した。けどまさか、2日間も眠り続けるなんてびっくりだよ。何日寝てなかったのか知らないけど、やっぱりまだまだひよっこだねえ」
「も、申し訳ございません…!体調不良は自己管理のできない自分の責任です、本当にすみません…!!」
行儀は悪いが、ベッドの上で土下座をする。
たった2日、されど2日。
2日あれば書類の山は三分の一にもできる。
なんて無駄な時間を過ごしたのだろう。
こんなことで期日に間に合わなければ、俺は、もう日の目を見ることすら叶わなくなる可能性がある…
それはなんとしてでも避けなければ…!!
震えながら覚悟を決めて土下座し続けるが、2人からは視線以外感じない。
頭を上げて確認したいと思っても、ここでそうすれば謝罪の意思は見せられないだろう。
「へぇ…いいよ、顔を上げろ」
「は、はい…」
言われた通りゆっくり顔を上げてみれば、目の前には自分をジロジロと見つめる海軍のご先祖サマ。
「前々から思っていたが…お前、俺たち兄弟に似ているな」
ビクッと体が震えた。
こいつらは、身内に拘る。
もし、もしも俺が未来から来た子孫だなんて、知られたら…
サーっと顔が青ざめる。
怖い。
「…なーんてな、俺たちの中に妻帯者はいない。まさか未来から人が来るわけでもあるまいし」
…そのまさかであることは、流石のこいつらでも見抜けないだろう。
「まあいいよ、でも僕らと似ていることには違いない。自分のために他人を犠牲にし、上下関係に忠実で、陸や僕らの中で生き残る方法を知っている…立場や僕らのことを明確に理解しているなんて、君はとても賢いね。本当、すごく賢い」
比較的柔らかい言動の端々から、自分を疑い探る仕草が見て取れる。
早く執務室に戻してくれ。こんなところ、1秒でも早く出て行きたいのだ。
「なぁ、お前は士官学校時代、探し物をしていたらしいな。何を探していたんだ?」
急に振られた質問に驚いた。
そんなことを知って何になるのかは知らないが、答えねばなるまい。
「…懐中時計です。その…私には必要でして。どこにあるか見当もつきませんが…なんとか見つけ出そうと、長年探している次第です」
「懐中時計か…確か、陸も持ってたね。結構古いデザインだけど、まだ動くからって使い潰してるやつ」
「あー…あったな。そろそろ寿命だと思うんだが、陸は頑固で聞かないから困る」
「そ、そうなのですね。あはは…私も早く見つけ出さないといけませんね…」
もしや、それこそ俺が探し求めているものではないだろうか?
実家にあったこと、壊れていたこと、この時代から見ても古いデザインなこと…
部屋に忍び込めば秒殺だろうし、貸してくださいと言っても理由を説明しなければならないし、これは中々厳しいな…
「…おっと、そろそろ時間がなくなってきたな。それでは、俺たちはこれで」
「は、はい!ご迷惑をおかけいたしましたっ!」
「またね〜」
なんとか執務室に戻れたはいいものの…仕事がまた山積みにされている…地獄か?
「ようやく目が覚めたか。過労とのことだが、もう働けるな?」
「は、はい!勿論でございます!ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした 」
「お前は私のお気に入りだ、特別に許してやろう」
「ありがとうございます」
「…では、またよろしくな。休んだ分期日が延びることなどないから、死ぬ気でやれ」
「はいっ!」
そうして執務室から出て行く様を見届けた後、俺は大きくため息をついた。
「…流石俺のご先祖さま、とんでもねえ鬼畜であらせられる。懐中時計、どうやったらひったくれるかな…まあ無理か。早くやらないと殺されるし、がんばろ…」
忙殺されてはいるが、暴力がないだけ自分はマシだ。
現代で可哀想な目に遭っているやつらがいてくれるから、俺は心に余裕を持って仕事ができる。
そのうち帰ったとして、その時は笑ってやろう。旧国からの庇護という名の檻で足掻くあいつらは実に滑稽で愚かだ。
ガリガリと筆圧強めに書類を片付けながら、そんな呑気なことを思うのだった。
執務室に細工がなされているとも知らずに。
「なあ、お前聞いた?いきなり補佐官にまで昇格した主席合格いただろ?俺らの同期のさ」
「あー…日本、だっけ?よく覚えてねえけど、すっげえ頭良かったやつだよな」
「あいつ行方不明になったらしいんだけど、遺体安置所に片腕だけ放置されてて、それが日本のものなんじゃないかって噂だ」
「えー、物騒だな」
「でも納得だよな。あいつがいたとこ、待遇は良いけど上官がイっちまってるってよく聞くし」
「それなら聞いたことあるぞ。ものすごく優秀で命令に忠実な代わり、拘りが強くて扱いきれないんだってな」
「そうそう、おっかねえったらありゃしねえ。日本が任官する前は、3日と持たず逃げ出した奴らも多いし、半月持って優秀な方で、1ヶ月は誰もいなかったって…すごい話だよな」
「どこに行ったのかは知らねえけど、お国のために尽くせたならあいつも幸せだったろうよ」
「そうだな」
「俺の予想が当たっていたなんてびっくりだ」
「赤の他人にしては優秀すぎるもん。最初から僕は疑ってたよ」
「日本、これからは仲良くお国に尽くし、親睦を深めような」
目の前で踏みつけ壊された懐中時計のガラスには、絶望して泣き続ける片腕の青年が写っていた。
コメント
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イキりきって痛い目に合う日さん好きすぎる…。
どうぞ、よろしくお願い致します!
じゃあ、簡単に昔で言う元服の十三歳頃にグレて反抗期到来したクズルートという設定にしましょう。 出来たら同じ境遇ドイツさんに連れ戻されたあとに自業自得だと笑われて殴り合いに発展して喧嘩両成敗されて手のかかる子供らみたいな扱いされてたら嬉しいです…。