テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「は? ……嘘やろ?」
『明日の誕生日は新と過ごしたい。新の美味しい手料理が食べたい』
空の誕生日前日、スマホの画面に灯ったメッセージに、俺は思わず目を見開いた。
もしかして、元宮と時間が合わへんかったんか。
だから、急遽俺に変更したんか。
けれど、返事は決まっている。
好きな人が、一年のうちで最も大切な日に、俺を求めてくれた、 こんなに素晴らしいことはない。
♢♢♢
「新! 来てくれてありがとう!」
「ううん、こっちこそ、空と一緒に過ごせて嬉しい」
久しぶりに訪れた空の部屋。
相変わらず必要最低限の家具に、絵画ひとつない殺風景な白い壁。
こんなに暖かい笑顔をしているのに、心の中はきっと空っぽで。それが透けて見えるようで、愛おしくてたまらなくなる。
「空、誕生日おめでとう。これ、プレゼント」
用意していたのは、シルバーのアクセサリーとキーリング。
本当は、俺の部屋の合鍵をそこにつけるつもりやったけど 直前でやめた。
『お前なんかほんまは必要ないのに』と、脳の隅にいる理性的な自分が囁いたから。
「え、新と、新の料理だけで良かったのに」
「ありがとう」と言いながら、空はテーブルの端にポンと置く。軽くプレゼントを置いたあたり、それは本音なんやと 嬉しくなった。
「今日は何作ってくれんの?」
「ん? ハンバーグとサラダやな」
「やった! でも俺……ツヤッツヤの肉じゃがと、豚汁がええなぁ」
「……それ、リクエストの時に言うとかなあかんやつな?」
ふふ、と笑い合って、「仕方ないなぁ」と軽いキスを交わす。
空のわがままはいつものことや。
料理なんて、調味料ひとつで何にでも変身させられる。
今日は空が主役の日。ここからのリカバリーなんて、簡単なもんや。
ハンバーグ用のミンチで肉じゃがを作り、サラダの野菜で味噌汁を仕立てる。
「じゃん!」
そう言って、空が冷凍庫から高そうな豚肉を取り出した。
それを手際よく小さく切って、俺が作った野菜汁の中へと放り込む。
「うわ、いい匂い」
「味見したら、止まらなくなるやつや」
二人で並んで立つ、広いキッチン。
肉が煮える音。
立ち上る湯気と、出汁の香り。
こんなにも普通で、単純な作業。
俺の誕生日の時に見せた、あのよそよそしい態度とは正反対の、当たり前で自然な会話。
ただ隣に空がいる。
そんな些細なことが、今の俺には死ぬほど幸せで、ここだけが現実から切り離された夢の中のように思えてくる。
「この豚肉、肉じゃがにも使ったら良かったんちゃう?」
「ううん、肉じゃがはやっぱり牛肉やないと」
「あはは、確かに。小さくてもやっぱり、牛肉が合うな」
「やろ?」
なんて、くだらなくて幸せな会話なんやろう。
こんなに大切な日に、大切な人と過ごす「普通」の時間。
「……でも、誕生日にこんな普通のご飯でよかったん?」
「新、ごはんは何を食べるかじゃなくて、誰と食べるかが重要なんやで?」
世間で擦り倒されたセリフを、冗談めかして言う。
それが本気なら、俺は心から救われるんやけど。
♢♢♢
小さなケーキを前に乾杯する。
部屋の中は、冷房で少しだけ冷えていた。
酔った勢いで「空を俺だけのものにしたい」なんて言えたら、どれほど楽だろう。
けれど、そんな言葉に意味がないことはわかっている。
空はもう、俺との最後を決めているんやろうから。
「……新、大丈夫?」
「……え?」
「……涙、出てる」
空の指が、熱を持った俺の頬に触れる。
1,630
モノクロナツキ
31
あかん。今、触られたら……。
「ごめん、ちょっと、洗面台借りる」
逃げるように立ち上がる。
せっかくの時間をぶち壊した。最後くらい、笑って過ごしたかったのに。
「……新、しよっか?」
蛇口から流れる水の音。鏡に映る情けない顔を誤魔化していると、後ろから空の声がした。
俺の気持ちなんて、全部透けてるんやろな。
「ん、落ち着いたら戻るから。……向こうで待っといて」
「……いや、一緒に行く」
ほんま、こういうとこ 好きで、たまらん。
後ろから抱きついて離してくれない、だから又俺は空に甘えたくなる。
少し鼻を啜りながら、顔を上げるタイミングを伺っていると 「……行こ?」 と空に、強引に手を引かれた。
抗うことなんて、最初からできるはずもない。
されるがままに導かれながら、自分の情けなさに嫌気がさす。
年上のくせに、 空の前では、かっこ悪いところばかり見せている。
シーツの冷たい感触が、肌に触れる。
ベッドに座らされ、ゆっくりと唇が重なった。
吸い込まれるような、深い、深いキス
すぐに離れようとする空を、俺は必死に追いかけた。
「……お願い、置いていかんといて。好きやねん」
自分で言うた言葉の意味も、もうわからんかった。
ただ、この温もりを失うことだけが、死ぬほど怖かった。
「……俺も、好き。新のこと、大好きやで」
やっと聞けた言葉。なのに、なんでこんなに苦しいんやろう。