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「は? ……嘘やろ?」
『明日の誕生日は新と過ごしたい。新の美味しい手料理が食べたい』
空の誕生日前日、スマホの画面に灯ったメッセージに、俺は思わず目を見開いた。
もしかして、元宮と時間が合わへんかったんか。
だから、急遽俺に変更したんか。
けれど、返事は決まっている。
好きな人が、一年のうちで最も大切な日に、俺を求めてくれた、 こんなに素晴らしいことはない。
♢♢♢
「新! 来てくれてありがとう!」
「ううん、こっちこそ、空と一緒に過ごせて嬉しい」
久しぶりに訪れた空の部屋。
相変わらず必要最低限の家具に、絵画ひとつない殺風景な白い壁。
こんなに暖かい笑顔をしているのに、心の中はきっと空っぽで。それが透けて見えるようで、愛おしくてたまらなくなる。
「空、誕生日おめでとう。これ、プレゼント」
用意していたのは、シルバーのアクセサリーとキーリング。
本当は、俺の部屋の合鍵をそこにつけるつもりやったけど 直前でやめた。
『お前なんかほんまは必要ないのに』と、脳の隅にいる理性的な自分が囁いたから。
「え、新と、新の料理だけで良かったのに」
「ありがとう」と言いながら、空はテーブルの端にポンと置く。軽くプレゼントを置いたあたり、それは本音なんやと 嬉しくなった。
「今日は何作ってくれんの?」
「ん? ハンバーグとサラダやな」
「やった! でも俺……ツヤッツヤの肉じゃがと、豚汁がええなぁ」
「……それ、リクエストの時に言うとかなあかんやつな?」
ふふ、と笑い合って、「仕方ないなぁ」と軽いキスを交わす。
空のわがままはいつものことや。
料理なんて、調味料ひとつで何にでも変身させられる。
今日は空が主役の日。ここからのリカバリーなんて、簡単なもんや。
ハンバーグ用のミンチで肉じゃがを作り、サラダの野菜で味噌汁を仕立てる。
「じゃん!」
そう言って、空が冷凍庫から高そうな豚肉を取り出した。
それを手際よく小さく切って、俺が作った野菜汁の中へと放り込む。
「うわ、いい匂い」
「味見したら、止まらなくなるやつや」
二人で並んで立つ、広いキッチン。
肉が煮える音。
立ち上る湯気と、出汁の香り。
こんなにも普通で、単純な作業。
俺の誕生日の時に見せた、あのよそよそしい態度とは正反対の、当たり前で自然な会話。
ただ隣に空がいる。
そんな些細なことが、今の俺には死ぬほど幸せで、ここだけが現実から切り離された夢の中のように思えてくる。
「この豚肉、肉じゃがにも使ったら良かったんちゃう?」
「ううん、肉じゃがはやっぱり牛肉やないと」
「あはは、確かに。小さくてもやっぱり、牛肉が合うな」
「やろ?」
なんて、くだらなくて幸せな会話なんやろう。
こんなに大切な日に、大切な人と過ごす「普通」の時間。
「……でも、誕生日にこんな普通のご飯でよかったん?」
「新、ごはんは何を食べるかじゃなくて、誰と食べるかが重要なんやで?」
世間で擦り倒されたセリフを、冗談めかして言う。
それが本気なら、俺は心から救われるんやけど。
♢♢♢
小さなケーキを前に乾杯する。
部屋の中は、冷房で少しだけ冷えていた。
酔った勢いで「空を俺だけのものにしたい」なんて言えたら、どれほど楽だろう。
けれど、そんな言葉に意味がないことはわかっている。
空はもう、俺との最後を決めているんやろうから。
「……新、大丈夫?」
「……え?」
「……涙、出てる」
空の指が、熱を持った俺の頬に触れる。
あかん。今、触られたら……。
「ごめん、ちょっと、洗面台借りる」
逃げるように立ち上がる。
せっかくの時間をぶち壊した。最後くらい、笑って過ごしたかったのに。
「……新、しよっか?」
蛇口から流れる水の音。鏡に映る情けない顔を誤魔化していると、後ろから空の声がした。
俺の気持ちなんて、全部透けてるんやろな。
「ん、落ち着いたら戻るから。……向こうで待っといて」
「……いや、一緒に行く」
ほんま、こういうとこ 好きで、たまらん。
後ろから抱きついて離してくれない、だから又俺は空に甘えたくなる。
少し鼻を啜りながら、顔を上げるタイミングを伺っていると 「……行こ?」 と空に、強引に手を引かれた。
抗うことなんて、最初からできるはずもない。
されるがままに導かれながら、自分の情けなさに嫌気がさす。
年上のくせに、 空の前では、かっこ悪いところばかり見せている。
シーツの冷たい感触が、肌に触れる。
ベッドに座らされ、ゆっくりと唇が重なった。
吸い込まれるような、深い、深いキス
すぐに離れようとする空を、俺は必死に追いかけた。
「……お願い、置いていかんといて。好きやねん」
自分で言うた言葉の意味も、もうわからんかった。
ただ、この温もりを失うことだけが、死ぬほど怖かった。
「……俺も、好き。新のこと、大好きやで」
やっと聞けた言葉。なのに、なんでこんなに苦しいんやろう。
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