テラーノベル
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しばらくの沈黙の後、元貴が口を開く。
「りょうちゃん。…顔、見せて」
少し低い声。 その真面目なトーンに、天井に向けていた顔をのろのろと下ろす。
握られていた左手をそっと引き抜き、濡れた目と頬を拭うと、追いかけてきた元貴の手にまた手をとられ、握り込まれた。
元貴には妙なことを聞かせてしまって申し訳なかったけど、モヤモヤとした気持ちを口に出してしまったおれは すっきりとした気分でいた。もうなんとでも言って、という気持ちで元貴を見る。
おれと目が合った元貴は思い悩むように視線を彷徨わせた後、またしっかりと視線を合わせて問いかける。
「俺が、りょうちゃんより、若井と仲がいいと思って、悲しかった…?」
一言ずつ区切って、確かめられる。改めてそう言われると、とても恥ずかしい。
でも、もうばれてしまっているのだ。開き直って小さく頷く。
「スタジオで様子がおかしかったのもそのせいなの?」
それについては自分でもうまく説明ができない。
「それは…自分でもよく分からない。でも元貴のデモを聴いていたら苦しくなって…」
「どう苦しくなったの?感じたことを全部教えて、まとまってなくていいから」
落ち着いた優しい声。だけど、観察するような鋭い眼差しでじっと見つめられる。
これは作家として自分の作品がリスナーにどう影響を与えたか知りたがっているのだろうか。
こうなるとおれは、自分の感じたすべてを彼に伝える使命感に燃えてしまう。
「初めて聴いたとき、すごく優しい歌声なのに切ない気持ちになったんだ。元貴が遠い過去を想い返しているのを想像して、その夏の光景をすごく愛しているんだなって思って。それで…」
「うん、それで?」
「…これはさっき気づいたんだけど、若井と過ごした子供の頃を想って歌ったものなのかな、って………若井ソングなのかなって…」
「うん。それで、苦しくなった?」
子供に話しかけるような優しい声に、また目頭が熱くなるのを感じながら頷く。
おれの両手を包む元貴の手に力がこもった。
「誤解せずに最後まで聞いて欲しいんだけど」
おれを見上げる元貴の眼差しに、何度かまばたきをして涙を追いやる。
「俺は、りょうちゃんに親友になってほしいとは思ってない」
グ、と喉が詰まる感覚がする。
「なんでかっていうと………俺はりょうちゃんのことが、親友とは違う意味で好きだから」
………?
違う意味とは?
あ、お兄ちゃんと思ってるのかな………???
「いま、家族とか思ってるでしょ?」
なんで分かったんだろう。
じゃあ違うってこと?
頭の中はハテナマークがいっぱいて、何も言えないおれを見て、はぁ、と元貴が息を吐く。
「やっぱりか。……いい?夏の影は恋の歌です。それは分かりますか?」
「はい」
「俺はこの歌詞を、誰を想って書いたと思いますか?」
「……若井?」
「なんでだよ!」
クソッと舌打ちをする元貴。
間違えたらしいが、そんな態度は良くないと思う。
「………りょうちゃんだよ」
「へ?」
「大森元貴が、藤澤涼架を想って書いた、恋の歌です」
へ????
コメント
2件
コメント失礼します🙇 お話読ませて頂き、フォローさせて頂きました! 続き、楽しみにしてます💕