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「おや、甲斐田さん。こんな辺鄙な屋上で一人なんて、珍しいですね。」
そう言って、加賀美さんは静かなマンションの屋上を訪れた。
「そういう社長も、こんなところで何してるんですか?」
僕が加賀美さん問いかけた。さすれば10秒としないうちに答えが返ってきた。
「えっと…、気分転換…ですかね?」
その答えに、僕は自分の目を少し見開いていた。
「社長って気分転換するんですね…、しかもこんな少しボロいマンションの屋上で。」
「そりゃあ、私も人間な訳ですから。気分転換ぐらいしますよ。」
それはそうか。流石の彼にも休息は必要だ。いくら無敵と揶揄われていても、体の疲労は来るからな。と、僕は勝手に一人で納得していた。
ただしそこで一つの疑問が浮かんだ。
「あれ、そういえば社長に僕のマンションの場所って教えましたっけ?」
「あぁ、不破さんから聞きました。勝手に入ってきてしまい、申し訳ございません。」
あ、いえ、全然大丈夫ですよ。と、返すと同時に、あのホストの顔が頭に浮かんだ。何をしてくれているんだ、全く。
せめて僕に家を教えたことぐらい教えてくれたっていいじゃないか。そんなことを思っている間に、
加賀美さんこと社長は、僕の左隣に腰を下ろし、夏の星空を見上げていた。そして、こんなことを言う。
「ここの景色、思ったよりも綺麗で驚きました。こんなにいい景色なら、皆さんにも見てもらいたいです。」
そう言った彼の横顔は、とても美しかった。どこか儚くて、でもどこか嬉しそうな、そんな眼をしていた。彼の優しい色をした、ミルクベージュの髪が、風と共に揺られる。それに釣られる様に、僕の目は彼に惹きつけられた。
「…?甲斐田さん、私がどうかしましたか?」
そう言われて初めて、自分が無意識のうちに彼を見ていたことに気づく。
「…っあ、いえ、何でもありませんよ。」
「…ふーん…」
「…?」
彼が僕の瞳を、あまりにも真っ直ぐ見つめるものだから。僕は少し目を泳がせ、聞いた。
「な、何ですか?」
「…いえ、なんでも」
そう言っていた彼は、少し頬を緩ませ、はにかんでいた様な気がする。
僕は内心、少し嬉しくなっていたのかもしれない。貴方と共に、少しでも時間を過ごせたことが。
その時、加賀美さんは思い出したかの様に、僕にこんなことを言ってきた。
「もうそろそろ、剣持さんと不破さんがくると思います。それまで二人で待っていましょうか。」
「え、二人とも来るんですか?」
「はい。星空を見ていたら忘れていました。」
彼はそう言う。そしてまた、満天の星空へと、そのグレーの輝かしい瞳を向ける。
僕はそんな彼と一緒に、同じ場所、同じ時を過ごし、二人が来るのを静かに待っていた。