テラーノベル
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「安室さん、なんか疲れてない?」
「あぁ。物凄く疲れてるよ」
降谷は嘘をついても仕方ないので、深く頷きながらハンドルを握り直した。
ニトロは、1滴でそこを地獄にする…。
そうだとしたら、野放しにはできっこないから。
「それで?」と降谷はコナンを見る。
「名前さん」
ヴン、とエンジンが鳴る。やはりな、と思った。
「彼女…拳銃を普段から使うなにかに就いてるでしょ」
「なにかって?」
「とぼけないでよ」コナンは身を起こした。
「彼女、コップを出す手は右手。安室さんに抱き寄せられたとき、おぼんを左手に持ち直していたんだ」
利き手は、必ず開けておくのが…コナンが言いかけて、やめた。
「左肩が下がってたよ」
「え?」
「左肩が下がるのは、姿勢や歩き方もあるけど、そうじゃない。右利きが多いから、刑事さんたちは左胸に警察手帳をしまったり、拳銃を携帯する…なら、彼女の左肩が低い理由は?」
「考え過ぎだよ」降谷は風見の無様なようすを思いだし、肩をすくめる。武器なんて身体中に携帯できる。
「あと、きみにはまだ早い」
は?とコナンは素直に口走った。
「じゃあーー」
なんで名前さんと恋人のふりをしてるの?
キッ、と駐車場に着く。本当に雨が降りそうだった。
「ふりじゃないよ、本当に…」
「でも、名前さんはそうじゃないみたいだね」
しばらくエンジンが鳴ったままで、降谷はそれを切る。
「…さっきお皿が割れてたけど…なんかあったの?」
「何もないさ」降谷は笑う。「僕の不注意だよーー」
「でも不注意ってさ」
慣れてることをやるときに起こるんじゃないの?
しん、となった場所にポツ、と雨が当たった。
「割ったの、名前さんなんでしょ」
「コナン君」
「名前さん、どう見ても行動が不自然だよ。家にも上がろうとしなかったけど、それって、なにか…」
「この国を守るには、苦痛も伴うのさ」
わたしはーー安寧と苦痛をもたらす…
「さっき、名前さんが安室さんの胸元にすり寄ったとき、なぜ彼女を抱かなかったの?」
降谷は目を見開いた。「それは…」
「恋愛映画慣れしてる、歩実ちゃんでもわかりそうだけどね」コナンはばん、とドアを閉める。
コナンは想像した。蘭が、胸元に飛び込んできたらーーと。
必ず、受け止めてみせる。
「愛している人が胸元に飛び込んだら、すぐに、抱き返すのが普通じゃない?なのに安室さん、まるで」
コナンは言うのをやめた。「ありがとう、帰りは歩いて帰るから」
安室さん、腕がだらりとしていた。そのまま、顔色も変えないまま…
まるで、絶望にしがみつかれたように…
「スミス」
戻ると皿は片付いており、彼女の気配はどこにもなかった。だが冷蔵庫に、メモが貼ってある。
MILK
と。「あぁ…」降谷は暗い天井を見上げて力なく笑った。
「この度は…」目暮が頭を下げると、水がかけられた。
「帰っておくんなまし!この外道どもが!」雷のような声が、記帳場で響き渡る。
「おかんーー」
「妹はーー妹は!あんたら警察のせいで死んだのどす!」
「真下組の組長の行方は今もマトリが追っています…」白鳥が頭を下げながら言う。
「関係あらへん!」クラブのママーーもとい、栗林玲子の妹が指差した。
よく似ていた。佐藤も頭を下げる。
「潜入捜査?そんなもんはクソくらえや!半分も押収できなかったあげく…」うっ、うっ…と妹は娘になだれこんだ。
「夫にまで裏切られて…店で死ぬなんて…」ぎっ、と睨み付けるその目は、それだけで我々を仕留めそうだった。
「どれだけの妹のプライドが!!あんたら男にはーー国の言うことだけ聞いている犬にはわかりっこないんじゃ!!」
帰れぇえっ!!と周囲のものを投げる妹に、「お願いどす、お帰りくださいまし…」娘は泣き濡れる母親を抱き締めながら言う。
全員は再び頭を下げた。
あの女さえいなければ…。「はぁ」と目暮が濡れた箇所をぬぐうので、高木も白鳥もハンカチを探す。
「警部」佐藤が1番早かった。走り去った車の音に、佐藤は見覚えがある。
「あの車…たしか公安の」
「人使いが荒いんだ。降谷さんは」
はぁ、と風見はため息をつく。後ろにいるはずの部下からの声がない。「?」バックミラーを見ると、見覚えのある髪の色が起き上がり、「そのようだ…」あの低い声を出しながら、風見の頬に頬をつけた。一瞬で鳥肌が全身をかけめぐる。
「す、鈴木は?」
「そうか。鈴木というのか」カチ、とこめかみに分かりやすい音がする。
「鈴木が助かるかどうかは、お前次第だ。風見。お前の家へ連れていけ」
おうちに帰るだけだ、ぼうや。なぁんにも怖くなんてないだろう…
ちゅ、とスミスは頬にキスした。
「(降谷さんにっ…連絡しないと…っ!)」
「ああ、わたしだ、あぁ」
耳を押さえよく聞く。「連絡がつかない。わたしもだ、定例連絡が風見と組んでいる鈴木からもない」
「た、大変ですゼロ…!いまっ、動画を送ります!」
車を路肩に止め、スマホの動画をクリックする。
「これは…!」
動画には目隠しをかまされたーー「鈴木!」よく見れば、なにか液体で濡れている…降谷は叫んだ。
「すぐに場所を特定しろ!!まずい!塗られているのは……」
ぶあっ、と横を風が吹き抜けていくーー
レディーー…
「スミス!」風見が運転する車が通りすぎ、降谷は「くそ!」ただそれを追いかけていく。
メーターは上がりに上がり、もう免停の域だ。
「風見!」「っふ、降谷さん!」通じた声はひっくり返っていた。
「スミスーーもうやめろ!鈴木はどっ…」急ブレーキに降谷も同じようにし、スリップしかける。
「スミス!」あの声をだし、銃口を向ける。降りてきた風見は両手をあげ、スミスはなにもーー持っていない。
なにをする気だ?
「鈴木がいるのは、米花町の1の12番地、あとは探すんだな」
降谷はすぐ、インカムで伝える。
「あれをどこで…」
「ニトロか?」スミスはにやぁ、とする。「現職の警察官からくすねた」
「なんだって!?」
「驚くのか?」はははは!とスミスは笑った。「お前たち、自分たちが嫌われてるのを知らないのか?」
ぎり、と奥歯を噛むのは風見も同じだった。
我々はーー常に国家と日本人の安全のために動く。ひとりに恨まれても、国が救えるなら構わない……
つけこまれた。現職の警察官が公安を恨んでも、なにもおかしくはない。
「鈴木の元気な声が聞きたいか?」スミスはパソコンを叩く。
「ど、どこだここは!あぁ、助けてくれ!誰か…お願いだ!」
妻と娘だけでもーー!
風見は目を見開く。「動くな鈴木!じっとしてい…」「こちらの声は聞こえん。だが、この映像は見せておいてやろう」
スミス……ぐっ、とグリップを握り直す降谷に、風見はまたからだ中の毛が逆立つ。
あの人はーー自分をおそらく撃つ…それでも、スミスを止める……
「運転しろ!!」風見は言うとおりにした。またこめかみに銃口が当たる。
「そろそろかな…」
「!?」
「ラストシーンは重要なんだ」
家族を人質にとるのは…「卑怯か」とスミスに見透かされたように言われ、ふっ、と息を吸う。
「獲物を奪うのには誰の許可もいらない」
ビルの屋上は風が強く、しっかり腰を降谷は下げた。
目の前に、手足を縛られて座る風見と「スミス」
「ゼロ!」
その肩にヒールの踵を置くスミス。彼女が足を伸ばせば、風見はそのまま…
「っふ、降谷さん!来たらだめだ!こいつはーーこの女は……」
「なんだよ」スミスは風見を見下ろす。その目に光はない。
悪魔なんてかわいいもんじゃないーー地獄そのものだ……!
インカムから声がする。「ゼロ!鈴木の家に、妻と子は見当たりませんーー」「彼女らをどこへやったーー!」
「安全な場所さ」スミスは肩をすくめる。「は?」降谷は思わずそのまま言う。
どういうことだ?それから、ニトロなら、とスミスのパソコンを見る。
あんなに動き回って爆発しないだと?
スミスは風見の縄をときだした。
「何を…」
からんからん、と銃が目の前に落ちる。風見は矢のような早さでそれを取り、構えた。
「よせ風見ーー!彼女を撃つなーー!」
スミスはにっこりして両手をあげる。
「だめだーー!こんなーーこんなテロリストを野放しにはできない……!我々公安警察はっーー」
風見は両手で銃を持ち直す。ガタガタ震えている。
「風見ィ!!」風にかき消され、声がうまく届かない。
「ひとりの人間よりーー何十万人の日本国民の命を守るーー…!!」
降谷は走り出す。風が追い風になったとき、ほとんど吹き飛ばされるようにスミスに飛びかかろうとし、銃声がした。
「あぁぁぁっ…!」カラン、と銃が落ちていく。スミスに覆い被さり、ばっとスミスを見た。
ぽたぽた、と彼女の目の下に血が流れる。自分の頬をかすめたらしい。「お見事だ」スミスはにっこりした。
「ゼロ!」インカムから声がする。ばくばくとするからだで、何度も唾を飲んだ。「鈴木を見つけました!それから…」「ニトロじゃない」「え!?」下にいる風見が頭をあげる。
「ニトロじゃなかった。そうだろ」
スミスを見る。
「た、だだのローションです!それから、鈴木の家族は、警察から送られてきた招待券で、ホテルに現在滞在中…ぶ、無事です!」
ピッ、と通信を切り、古谷は立ち上がった。
「拉致監禁は問題だとしても…なにも公安刑事を液体まみれにしただけで、何も武器もないアメリカ国籍の一般人を撃ち殺せば…」
「戦争になるな」
スミスは頬の血を拭い、くっくっ、と笑った。「しかもそれが…日本の安全を担う公安刑事がやったことなら尚更だ」風見はくう、と首を垂れる。
「現職の警察の汚職も…」
「なんのはなしだ?」
降谷ははぁっ、と声をだしてどさっと座った。
ぱんぱん、と風見の足を叩く。「無事でよかった…」「古谷さん…わ、わたしは…」
「いいわよ、ギリギリだったけど、あなたはアメリカ人を殺さずに済んだわ」
スミスが顔を近づけると、風見は飛び上がって青くなった。
「スミス…君は本当に……」
試したのか、僕を。自分の命と引き換えに?
「ゼロ」
スミスは立ち上がる。
「あなたはわたしを、命がけで守ったわ。アメリカ人と、日本人のために」
ふぁっ、と膝の上が柔らかくなる。
あの瞳が、古谷を捉えて離さない。頬がぐっ、と拭われる。痛い。
「それでも、」風見はもう泡を吹きそうに見えた。スミスは古谷を抱き締める。あぁ、柔らかい……古谷は素直に、甘いミルクのような香りに顔を埋めた。
あなたを信じるわ、ゼロ……
意識が…だめだ…今ここでーーと思うが、「降谷さん!降谷さんーー!」もう、降谷にはなにも聞こえなかった。
「ん…」
「おはよう。ハニー」
焦点が合ってきて、古谷は飛び起きた。
「てっ」頬がびり、とするが手当てされていた。
「スミス…」彼女は勝手に出したのか、緩いシャツを1枚はおっている。
「んっむ…」
キスされたのはわかるが、からだの力が入らない。抵抗できずにそのまままた、枕へ逆戻りだ。
「大丈夫よ」スミスがベッドに座る。「あなたはするとしても餓死だから」
「だろうな」ふっ、と笑うと、インターホンが鳴りスミスは立ち上がる。
「おい」「は?」
そのまま出るつもりか、と言いたい自分が嫌だった。
「降谷さん」「風見ーー」鍵も閉めないで、と言いたいがいい匂いに何も言えなくなった。
「ビーフストロガノフです」
「あ、あぁ…なんか…どうだろうな」
古谷は首をかしげた。お粥とか…
「あの女にも?」という風見は至極嫌そうだ。「いや」というか、この部屋からいつのまにかいない。
「鈴木は?」
「大丈夫です。怪我もしていません。してるのは…」
風見は正座し、頭を下げた。
「おい…」
「降谷さんの怪我は、自分のせいですーー本当に……本当にっ…」
「ただのかすり傷だろ?大袈裟なんだ」
「危うく…」と風見が頭をあげ、ドアのほうを見た。スミスが爪を見ながら立っていた。
「【一般人】を殺しかけたしね?」
くす、と笑みを見せると、スミスはたったっと走ってきて「なっ」風見に抱きついた。わかりやすく赤くなっていく風見。
「よせ、い、いい加減にーー」
「大丈夫よ。わたしの計画を見抜けるやつはそうそういない」ちら、と古谷を見る。いったいどんな顔でいれば?
「あなたは幸運よ、風見刑事」と風見の肩に顎を置く。「わたしは裏切らないから」
自分をね……。
「それ、肉でしょ」スミスはすん、と鼻を鳴らす。
「に、肉とはなんだ!これはじっくりハーブで煮込んだ……」
「肉じゃない」
「一級の牛肉!」
ははは、と声を出して笑ってしまう。
「僕より風見についたほうがいいんじゃないか?」
するとスミスはベッドにのぼってきた。目の前までくると、「いやよ」あの色が瞬く。
「彼より、あなたのほうがーーゼロ。優しくない」
あの男は、いずれわたしが殺してしまう。優しいから…
「!」
にこっ、とする笑みに、胸が変なざわつき方をした。
抱きついてくるスミスを、降谷は受け止めた。背中に爪を立てる。
この女は鎖を引きちぎる。ライオンではないーーつないではおけない。「あいしてるよ…」風見を見ながら、その髪の香りを吸い込む。
きみはニトロ。心臓(国)の鼓動を一定値に保つため……必要なんだ。
命をかけても、離さない……。
「なんで」スミスはいつも不機嫌だな、と思う。
「ーーだから、」と風見が潮風を受けて腕を顔にかぶせる。風見がいると。
「中国とのこれは政治交渉なんだ、ぬかるなよ」
「ぬかるなよ?」はっ、とスミスは結んでいた髪をほどいた。「お、おい!せっかくセットさせたのに…」「ばかね」とスミスはようやくからだをこちらに向けた。わかりやすく胸元に穴が開いているチャイナドレスのせいで、プリンみたいな揺れ方をしたのがよくわかった。
はぁ、と古谷は下を向く。本能がいやになる。
「女ならみな、ドレスを着るなら髪をアップにするわ。そんなの国が違っても同じよーーわたしがそれで…目立つと思う?」
降谷は腕を組ながら頷いた。「一理ある」
ちょっと!と風見が古谷を見る。「さぁ、仕事だ」港にばかでかい船が到着する。夜のせいで、ほぼ漆黒だ。
階段が降りてくる。
「これはこれは…お待たせ致しました」
ぱん、と手を合わせてスーツの男は3人を見る。「…藤田議員はどちらで?」「彼は忙しく、わかっていただけると思いますが、衆議院選を控えております」す、と風見が頭を下げた。
「あぁ、そうですか。うーん」
「お通ししろ」
上から声がする。テレビで見る顔と同じだった。
「秀議員はーー」と公安刑事は声をあげる。画面には中国の国会議員。
北米でのヘイトスピーチにご関心らしい。回ってきた書類をスミスは風見の横から覗きこんだ。
妻はアメリカと中国のルーツか……
「本国でも世論の支持が高い!そして、日本の…」ぱっ、画面が切り替わる。「我が国の衆議院議員ーー村田まさし氏と国交が盛んだーー」
「国交だって」くっ、という笑みを風見に見せる。「ん」と彼は口を結んだ。黙れ、という意味らしい。
どうせ自分の権力の誇示のための仲良しこよしだろ。
「また」と公安刑事はいう。「村田氏は…黒田警視とも、親交がある!」
「あぁ、港までも時間がかかったでしょう」迎えの男はすっと握手しようとし、降谷もそうした。「迎えをやればよかった」と背中に手をやり、船へ歩く。「いいんですーーそれより申し訳ありません…藤田議員はーー」
「あぁ、連絡はきちんとあったよ」
君の秘書からね、と風見をちらと肩越しに見た。
手土産を持たせたとね。
さあ、と男に手を出されたので船に3人は乗り込んだ。
「すごいな」降谷は素直に驚く。ばかでかいシャンデリアの下にはーー「いらっしゃいませ…」大輪の花が首を垂れる。
絨毯はふかふかで、まるで高級ホテルだ。
「気に入った子を」選んで、と議員は微笑む。「なら彼女」と降谷はためらいもなく1番右を指差した。風見がぎょっとしたのを、スミスは肩で押す。
ああいうのは【おもてなし】っていうの。ほら、とスミスは顎でさす。
「さぁ…君も」「あ…で、では彼女…」と1番左をさす。議員は笑ってしまう。
「ははは!君は初めて見る顔だね」
「秘書の…あ、風見といいます、今度…」
「私が出馬しようとしようかと」古谷はかぶせる。「藤田議員には、たくさんお力になっていただいたので…」
ちら、とスミスを見て、招くように手を広げる。
コツ、とスミスは前へ出た。
「これはこれは…」大変な手土産だ、と議員は目を丸くした。
「気に入っていただけましたか?」
降谷は隣にくっついている女性の腕をとり、テーブルへ行く。風見の横の女性も、アッチ、と指差した。
予想どおり、女はみなお団子だった。
ぐい、と腰を引き寄せられ、スミスは思う。
中国人てのは結構強引なやつが多い。
「待ってーー」わたしはキスされそうになり、議員の唇を人差し指で押す。
「わたしは、妻がいる男性とは簡単に寝ない」
きらり、とシャンデリアに瞳が反射した。
「だけど……紹興酒の飲み方はーー知らないのよ……」
スミスはにやりとする。議員も同じ顔をした。
「んあぁっ…」スミスはごほ、と紹興酒を溢しながら喉をのけぞらせる。
あぁ、しばらく飲まない間に強いやつがだめになったな…と。だが、まだだ。
そうだろ、と降谷に目をやりたかったが、角度的に無理だった。
ぱた、と議員の胸元に寄りかかる。
なんとなく硬いものが、股がっていればわかった。髪を撫でられて、素直に気持ちよかった。
「オイシイデショ?コレハネ…」とお団子の彼女たちは出てくる豪勢な料理を説明しては、楽しそうにする。
うんうん、と降谷は同じように頷いてみせた。ちら、と風見を見れば「オニイサン、ヨッタノー?」と揺すられている。
固まっているのだ。目の前の光景に。
「君はーー」と胸元を揉みしだかれ、スミスは髪をあげた。背中のジッパーが下ろされる。溢れた胸に、議員は吸い付く。「【純血】の?日本人かね…」
スミスは大きな息を吸ってみせる。
「…その言い方は…好きじゃないわ」
「ほう?」ちゅ、と乳首から唇を離す議員は、スミスを見上げた。
「わたしは、【半分】じゃない」
古谷が目を向ける。
「わたしはーー日本人で、アメリカ人で……」
中国人。とスミスが呟けば、会場はみなスミスを見た。
ガチャ、とスミスは胸元を隠して立ち上がる。「トイレ」
「こちらです」
「ねぇ、あなたはアメリカに行ったことは?」
「え?」案内する男が振り向きざまに、スーツをめくられたと感じた瞬間ーー「これから行けるわ…最も」
歩いては無理だけど。
眉間にある銃口に、「なーー」顔色を変える暇もなく、足の甲に1発ずつ弾丸を感じた。
「んーー?」
議員はクエスチョンを浮かべた。「なんだ?今なにか…」はべらせている女がフルーツを口元に当てるのをやめさせる。
「議員」降谷は話しかけた。わざとだ。
「議員は国連のアジアのヘイトスピーチを受けて、差別を撲滅しようと」
「あぁ」かり、と梅をかじる議員。
降谷は肘を膝について座り直す。
風見にはわかった。降谷さん…怒ってるのでは?と。
「ならばなぜ……北朝鮮からの移民を受け入れなないのです?」
「は?」議員は眉をひそめ、降谷はどしっと背中をソファに預け、態度に唖然とした女の指ごと、フルーツを咥える。
「…表向きは……我々に従わせておいて…自らはなんの制裁もーー」
風見は悲鳴をあげたが、何より恐ろしいのは……
目の前に置かれた、ゼリーの中に入っている赤子の遺体ではない。
降谷零ーーこいつだ。
「動くな!!」ガチャン!と重厚な音と共に、団子頭の女がライフルを向けてきた。
きゃー!と叫ぶ他の女と、議員に駆け寄るSPが、中国語で言う。(銃をおろせ!)(撃つぞーー)
「それはわたしの国の言葉じゃない!」
女は目の高さにライフルを構える。
風見はとっさに思った。
まずいーーここは…日本と中国の国境境だーーこんな場所で、船内は中国だというのに、日本の議員ーー彼が違法な政治取引を行っているのが中国当局に通じれば……
風見はぞわっと空気が冷たくなったのを感じる。
戦争になる……間違いなく……!
喋る雰囲気ではなく、風見は降谷を目だけで見た。まるで一瞬も動いていないようだった。
なんだ…?なぜこんなに…
「お前は北朝鮮からの移民を受け入れる法案を揉み消したーー!わたしは、わたしは!北朝鮮から亡命してきた!砂漠を歩いて……」ガタガタと手が震えだす。目ならはぼろぼろと大粒の涙が溢れていた。
「ママはあとからくるはずだったーーなのに…なのにぃっ!!」
もう家族に会えないーー!
彼女は叫んで、ガタガタと指先をトリガーにかける。
まずいーーその瞬間だった。
どどん、と船が揺れ、頭上のシャンデリアが落ちるほど左右に揺れ、皿はがちゃがちゃ耳障りな音をたてる。「んあぁっ…」風見が床に投げ出され、はっ、と頭をあげる。
パン、パン、と2発聞こえた。テーブルの下から頭を出す。目を見開いた。
「ようこそ…星条旗の下へ」
ガチッ、とスミスはライフルを装填した。
「っふ、古谷さん!」
2発の銃弾は、SPの頭を撃ち抜いた音だった。悲鳴をあげる議員。
「こ、こんなことをして…無事でいられるとーー」
「だまれぇっ!」と銃口を向けた女に、スミスはすっと銃口の向きを変える。
(よせーー)風見は口走っていたが、あっけなく銃声は女を捉えた。血が床に広がっていく。
そんな……素直に風見は口走っていた。
「で?」スミスは議員に銃口を向ける。ひい、と大の男は縮み上がった。
「移民のおっぱいは美味しかったかしら…」
「ど、どういうことだ、これはぁっ!」
「政治交渉です」
降谷は呟き、立ち上がる。「ここは日本と中国の国境境ではなく、アメリカの領海内です」「は…」「船を移動させました」
「で、ではっ…」風見はスミスを見る。あの光のない目…
「我々日本は今夜、北朝鮮のテロリストが本船に乗り込む情報を得ました。そしてパーティーは開始、テロリストは死にましたよ。そして議員」
ぎっ、と睨み付け降谷は言った。
「あなたの命を守った」
「それがなんだというんだーーこんなことをして…今すぐぶっ潰してーー」
「もういい」
現れたのは、最初に出迎えた男だった。
「さすがだな…公安」とにやりとされ、「なぜ…!」風見はよろけて立ち上がった。
「やはりあなたのほうね」スミスは銃口を向けたが、古谷に下ろされ、不服そうにそれに従う。
「国を動かすフィクサーの人数は、少人数なのが国家の基本だからな。あんたが何者かは、我々もわからない」
「なぜわかった?」男は両手をあげる。
「…あなた、最初にこの」降谷を見る。「握手して彼の背中を撫で下ろした。背中を撫でるのは友好の証…そして」
「武器を携帯していないか、の確認だ」
「ふっ、そうか…」男は笑った。
「そのライフルも、うちのSPのものだ。そしてここはアメリカか。船内は中国、テロが起きたのは中国だが、アメリカの管轄内…」
降谷は肩をすくめる。じきに米軍がやってくる、その前に「テロリストを始末し、議員を守った…日本人を国に届けねばならんなーー」
「いいえ、わたしはアメリカと日本の二重国籍」
あなたたち中国は、アメリカ人に助けられたも同然……
「ほう…」男はスミスをじっ、と見た。
「わたしの国から、出ていって。クソ野郎ども。でもごめんなさい、あなた船の操縦はできる?操舵室、伸ばしてきちゃった」
港に船が停泊しても、何事もないように辺りは静まり返っていた。
びゅっ、と風が吹いた。「きみ」スミスは肩越しに振り向く。
「君にはいずれ…またたどり着くよ」
スミスは答えないが、階段を降りながら風見には聞こえた。
真実にねーー…
「これを」降谷は男にSDを渡す。「我々が掴んだテロリストの…いや」と歩いていくスミスの後ろ姿を見た。「お前たちが切り捨てた、移民の女性の情報だ」男はとろうとして、降谷はふっと1度手を引っ込めた
「いつまでも……日本が小さな島国と思わないでいろ…」
ゼリー漬けの赤子にびびりあがる議員なんぞ、とは思うが。
彼は、日本人だーー。彼は、我々が守らなければならない……。
どんなことをしても……
船が出港する音を背に、3人は歩き出した。
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