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野盗の馬車に積まれた荷物をアイテムボックスに入れて、ささっと撤収。
私たちは野盗たちが目を覚ます前に、無事にその場を去ることができた。
頂いた荷物には宝石類が多く、それ以外には高そうな調度品がいくつもあった。
私たちが必要としているもの……食糧や衣服は含まれておらず、特に実入りの無い結果になってしまった。
全てを売れば結構なお金にはなるだろうけど、お金には困っていないし――
……むしろ私たちは、お金を使う場所に困っているというか。
「――そういえば、さっきの野盗は私たちの顔を知らないようでしたね」
馬車を走らせながら、ルークがそう切り出した。
私たちには懸賞金が懸かっているのだから、知っていればきっと何かしらの反応があっただろう。
「手配書は出てるけど、全員が見ているわけではない……ってことかな?
野盗は野盗で、街の外にいることが多いだろうし……」
「全員が漏れなく目を通すには、手配書もたくさん要りますからね。
相手が手配書を見ているかどうか、何かしらで分かれば良いんですけど……」
「それだったらかなり楽になりますよね……」
鑑定スキルでどうにかならないかとは一瞬思ったものの、さすがにそこまでのことは出来なさそうだ。
手配書には似顔絵と大体の服装が書かれているから、そろそろ服の方も何とか変えたい。
それなりの距離を旅するのだし、長旅をしていても目立たない服を……街の外のどこかで、売っていないものだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――昼過ぎ。
焚き火の周りで食事をとっていると、遠くの方から馬車の走る音が聞こえてきた。
少し奥まった道なのに、まさかこんなところに誰かが来るなんて……。
しばらくすると、1台の馬車が現れた。
御者は兵士の格好をしている。馬車の中に見える何人かも、兵士の格好をしているようだ。
「あちゃぁ……。追手なのか、偶然なのか……」
追手であれば、即戦闘。
偶然であれば、状況次第だ。できる限り、戦闘は避けたいところだけど――
「――おい、お前たち! こんなところで何をしている!!」
うわー。最初から高圧的ぃ……。
しかしまぁ、ここは我慢、我慢。
「兵士様、お仕事お疲れ様です。
私たちは旅の者。ここで休息をとっておりますが、何か御用でしょうか」
「うむ、この辺りに野盗が逃げたと聞いている。
すまないが馬車を|検《あらた》めさせてもらうぞ!!」
「そうでしたか。どうぞ、ご覧ください」
近付いてきた兵士たちを、私たちの馬車に案内する。
基本的に荷物はアイテムボックスに入れているが、こういうときのために、多少の荷物は馬車に乗せていた。
ここで馬車の中がガラガラだと、かなり怪しく見えちゃうからね。
「……ふむ。特に問題は無いようだな。
それでは念のため、身分証の提示をお願いする」
「えっ」
「ん? どうかしたのか?」
この兵士は私たちと普通に話しているのだから、おそらく手配書は見ていないのだろう。
ただ、顔は手配書を見なければ分からないが、名前は誰かに聞いていれば分かってしまう。
……仮に名前だけを知られていたら、身分証を見せた時点で即バレだ。
野盗と同じように気絶させて逃げたとしても、起きたあとには怪しい連中として認識されてしまう。
本物のアウトロー集団であれば、兵士たちを皆殺しにして逃げるところだけど、私たちはそんなのでは無いから――
「えぇっと……。身分証は、道中で盗まれてしまいまして……」
「む、そうなのか? それはいつの話だ?」
「2日前のことなのですが、馬車に物盗りが忍び込んできて……。
気が付いたときには遠くまで逃げられていて、取り戻すことができなかったのです」
……もちろん、嘘である。
「それは災難だったな。
ふーむ、しかし困ったなぁ……。こっちも仕事だからなぁ……」
そう言いながら、その兵士は右手を軽く上げた。
それを見た他の兵士たちは、彼らの馬車へと戻っていく。
――まぁ、その手の動きですぐに察してしまうわけだけど。
「……私たちはこれからミラエルツに行く予定です。
そこで身分証の再発行をお願いしようと考えています」
「そうかそうか、ミラエルツか。
しかし俺たちは今、野盗を追っているわけだからな。怪しいやつを見逃すわけには――
……お?」
兵士がとぼけたことを言う中、私は彼の右手に金貨を握らせた。
いわゆる袖の下……というやつだ。
「今晩の酒代にでもしてくださいな。
いつもお仕事、ご苦労様です」
「そ、そうか? ……まぁそこまで言うのなら、うむ」
兵士は言葉こそ抑えているが、表情はとても嬉しそうだ。
渡した金貨は5枚。兵士1人あたり、金貨1枚。……袖の下としては、かなりの破格。
これだけあれば、酒場で豪遊するも良し、夜の街にしけこむのも良し……そんな値段設定だ。
一発勝負だったので、ケチることはやめておいた。
「ところで兵士様たちは、メルタテオスに行くのですか?」
「うむ。我らはそこに詰めておるのでな。
まぁ、野盗のことは我らに任せておくが良い」
「はい! 頼りにしてます!」
私が満面の笑みを送ると、兵士は機嫌が良さそうに馬車に戻っていった。
そのあと、他の兵士たちも馬車から顔を出して手を振ってくれた。
――お金の力、恐るべし。
「……アイナ様、さすがです」
兵士たちを見送ったあと、ルークがそんなことを言ってきた。
「ここで、さすがと言われても……」
「いやいや! さりげにアイナさんって、ああいうの得意ですよね。
以前もメルタテオスで、袖の下を渡していましたし」
「えぇーっ!? 袖の下が得意とか、そんな設定は嫌なんですけど……!?」
「しかしあの様子ですと、彼らから情報が漏れるとしても数日後でしょうね。
メルタテオスに戻るという情報も引き出せましたし、今の内に距離を稼ぐとしましょう」
「そうだねぇ。ミラエルツに行くっていう偽情報も出しておいたけど……。
このまま上手くいけば良いなぁ」
今回は戦闘を回避できたけど、素直に街に帰したことが、今後の致命傷にならないことを祈っておこう。
袖の下以外の方法では、私には『戦う』という選択肢しか浮かんでこなかった。
私たちはそもそも悪く無いはずなのだから、可能な限り穏便に、他の人に危害を加えること無く進まなければ……。
……とはいえ、当然のことながら一方的にやられるつもりも無い。
戦闘になってしまうのであれば、私も精一杯、全力で戦おう。
平穏と戦闘――
その両方を考えていると、私の価値観や倫理観が大きく揺さぶられているのを感じてしまう。
……何が正解なのか、自分でもいまいち分からないというか……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――夜。
馬車の中で毛布に|包《くる》まるも、すぐに冷えてきてしまう。
ルークが夜番で焚き火を世話しているから、幾度となく温まりに行ってはいるのだが……そのおかげもあって、なかなか寝付けないでいた。
眠れないのは困るし、眠れてしまうのも悪夢を見るから正直嫌だ。
結局はどちらもダメなのだから、それならさっさと眠れてしまう方がまだマシか。
王都にいた頃は、眠れない夜にはお屋敷を散策したり、錬金術で色々とやっていたものだけど――
……今さらながら、あの生活が何とも恋しい。
王都から逃げ出して、すでに2週間以上が経過している。
みんなはどうしているのかな……。そんな思いが頭をもたげる。
私の横では、エミリアさんが寝息を立てている。
反対側では、リリーが静かに黙って揺れている。
馬車の外では、ルークが夜番をしてくれている。
寂しさと、ありがたさと、申し訳なさと、何だかその他が諸々と。
……様々な感情を胸に抱きながら、私は暗闇の夢に落ちるのを静かに待ち続けた。