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今日も今日とて馬車は走る。
野盗や兵士たちに出くわした日から、また3日が経っていた。
あれからは平穏に進めているけど、何かが起こるとすれば、まさにこういうタイミングになってしまうわけで。
「……む。アイナ様、この先で検問をやっていますね……」
馬車の行く先を見てみれば、遥か彼方には人が集まっている。
遠くてよくは見えないけど、突貫で作ったような柵が道を塞いでいるようだった。
「うーん……。他の道はどうかな?」
「恐らく、他でも検問はしているかと思います。
メルタテオスとミラエルツを繋ぐ道はいくつもありますが、こんな道で検問をしているのであれば……」
私たちは基本的に、人通りの少ない道を選んで進んでいる。
ここより人通りの多い道であれば、当然のことながら、そこでも検問をしているだろう。
「……というと、私たちがこっちの方角に進んでいるって情報はあるんだね……。
もしかしたら、全ての道でやってるかもしれないけど」
何せ相手は王様だ。
生きているか死んでいるかは分からないけど、その命令の下に行われているのは間違い無い。
「さて、どうしましょう。
他の道を探すか、強行突破をするか、しばらく待つか……。
あるいは普通に通るか――」
「普通にって、身分証明が要るよね?
……要らなくても、手配書がまわってればバレちゃうけど」
「はい。なので、それは無しですね」
「強行突破は、私たちの場所が特定されちゃうから……。
しばらく待つにしても、終わるまではずっと通れないことになるし……。
他の道を探すのが、一番現実的?」
「他の道となると、山を抜けるルートしかなさそうです。
あまり高い山ではありませんが、しかし馬車が一緒となれば難しいかと……」
私たちだけであれば、山を越えるのは頑張ればできるかもしれない。
しかし馬車ごと……というのは、なかなか難しそうだ。
この検問を通り抜けても先はまだ続くのだから、今ここで馬車を失うのは痛いし――
「……馬車は何とかなりますけど、問題は馬ですよね……」
私とルークが話しているところへ、エミリアさんがそう言ってきた。
「え? 馬車は何とかなっちゃうんですか?」
「だって、アイナさんにはアイテムボックスがあるじゃないですか」
「アイテムボックス?
馬車を……おぉ!」
そういえば私には、とっても便利なアイテムボックスがありました!
高さ2メートルのガルルンの巨大ぬいぐるみが入るのだから、きっと馬車も普通に入るだろう。
何ともそこは、盲点だった。
「……でも、確か生き物は入れられないんですよね?
だから、馬とリリーのことは考えなければいけませんけど……」
確かにリリーはスライムだから、普通には連れていけなさそうだ。
まぁ、鞄になら入れることは出来るかな。
「んんー……。さて、どうしたものか……」
不幸中の幸いとしては、検問にあたっている兵士が少ないということだった。
そもそも人通りが少ない道なのだから、そこまで人員を割けなかったのだろう。
……そうは言っても、10人ほどはいるわけだけど。
「――全員、気絶させたらどうなるかな?」
「定刻に別動の兵士が様子を見に来ると思うので、そこでバレてしまいますね。
日中なら、3時間も間隔が空けば良い方かとは思います」
「うぅーん……。3時間かぁ……」
一見すると長いように思えるけど、逃亡中の3時間なんて有って無いようなものだ。
「……それと、見張りの中には『斥候』スキルを持つ者がいるかもしれません。
夜は夜で、やはり見つかってしまうかと思います」
むぅ……。私はスキルを使って日々を快適に過ごしているけど、スキルなんていうものは、敵にまわすと厄介なものでしかない。
向こうからすれば、私のスキルも色々と厄介なんだろうけど……。
さすがに検問をしている兵士を買収なんて出来ないだろうし、できれば強行突破もしたくはない。
しかし、何かしらで通り抜けなくてはいけないわけで――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくうんうん唸って考えていると、後ろの方から馬車がやってきた。
その馬車は私たちの横で止まり、御者の大男が声を掛けてきた。
「おおぃ、あんたら! こんなところでどうしたんだ?」
「え? こんにちは。えぇっと――」
さてどうしたものかと思っていると、大男は遥か先の道を見て言葉を続けた。
「……ああ、検問をやってるのか。
あんたら、何か問題のあるブツでも運んでいるのかい? それとも――」
その言葉に、私たちはついつい身構えてしまった。
問題があるのがモノではないなら、問題があるのは本人たち……ということになる。
「へへっ。そうかいそうかい、なまっちょろい顔して、何かやっちまったのか。
……まぁまぁ、俺もそんな連中は多く見ているから、珍しくもないやね」
この大男、発言のいちいちが肯定も否定もしづらい。
ただ返事をするのにも、何だか困ってしまう……。
「ところであなたは……?」
「俺か? 俺は奴隷商のクライドっていうモンだ。
メルタテオスまで取り引きに行っていたんだが、今はミラエルツに戻るところなんだよ」
「奴隷商……」
「そうだなぁ……。あそこの検問を通りたいっていうなら、『奴隷として』乗せてやってもいいぜ?
3人まとめて金貨10枚でどうだい?」
金貨10枚……。
これはとんでもなく足元を見られている金額だ。
しかしある意味、願ったり叶ったりの展開かもしれない……?
「馬も連れて行けますか?」
「馬? 馬ならまぁ……俺のトークで誤魔化すことはできるだろう。
しかし馬車まではなぁ……」
「あ、馬車は大丈夫です。馬だけ連れていければ」
「そうなのか……?
まぁいいさ、それじゃその服……ちょっと着替えてくれるか?
後ろにそれっぽい服が入っているから」
クライドさんの馬車を覗いてみると、落ち込んだ雰囲気のみすぼらしい少女が2人と、強そうな老年の男性が1人乗っていた。
恐らくは奴隷の2人と、用心棒の1人だろう。
馬車の荷物を軽く漁ると、服が入っている箱を見つけた。
奴隷の少女たちの視線を受けながらその服を出してみると……彼女たちの着ているような、みすぼらしい服だった。
手配書の記述とイメージを変えるために、違う服は欲しかったところだけど……流石にこれでは、旅は続けられない。
今だけは我慢して着て、検問を通り抜けたら元の服に着替えることにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――おう、お帰り! ははは、どこからどうみても奴隷だな!」
私たちの姿を見ると、クライドさんは大きく笑った。
確かにみすぼらしい姿だけど……。私はもっと、使用人たちを大切にしていたけどなぁ……。
「馬車はここに置いていくので、馬だけお願いしますね」
私がそう言うと、ルークが馬の手綱をクライドさんに渡した。
ちなみに私たちの馬車は、クライドさんの死角できっちりアイテムボックスに収納済みだ。
「……ところで、その鞄は何だい?」
クライドさんは私が抱えている大きな袋を指差して聞いてきた。
「えぇっと、お財布とか……服とかです」
本当はリリーが入っているのだけど、それは内緒だ。
それ以外のものはアイテムボックスに入れているから、どうかどうか、この袋の中だけは見ないで頂きたい。
「ふーん? むしろ荷物はそれだけしかないんだなぁ……。
あ、そうそう。本当は奴隷を5人連れて帰るはずだったんだが、ちょうど3人キャンセルを食らっちまっていてな。
その代わりとして乗ってもらうから、奴隷紋を入れさせてもらうぜ?」
「えっ」
さすがにそれは――
「ああ、大丈夫だ。
奴隷紋はただのインクで描いてやるから」
「そ、それなら……。
二人も良いですか?」
「ふむ……。仕方がありませんね……」
「は、はいー……」
私たちの返事を受けて、クライドさんは荷物の中からインクを取り出した。
確か奴隷紋を刻むには、特殊なインクが必要になるはず……というわけで、一応かんてーっ。
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【黒インク】
筆記や描画をするための黒色の液体
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……うん、ただのインクみたい。
これなら問題は無さそうだけど……。
……しかし奴隷紋を自分の身体に入れるのって、とんでもなく拒絶感があるものだなぁ……。