テラーノベル
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(コイツ……本気で女だと思ってんのか?)
身長一八〇センチ越えの大女なんて可愛いわけがない。
骨格だって完璧に男だし、胸だって詰め物で誤魔化しているだけだ。見る人が見れば一発で分かるはず。
気付いた上でからかっているのか? それとも本気で節穴なのか――あるいは、ただの女たらしか。
「すみませんが、ツレを待たせているので」
いっそここでカツラを取ってしまおうかとも思ったが、それはそれで妙な趣味だと思われそうで、やんわりと断る。
「お連れの方がいるのですか? なら尚更一緒に――」
「――何やってるんですか。行きますよ、御堂さん」
「あっ、そうだね。……すみません、急いでいるので」
狙ったかのようなタイミングで弓弦に声を掛けられ、蓮はにこやかに立ち去ろうとする。
「あっ! 待って下さい。これ、俺の名刺です。連絡待ってますから」
「えっ、あっ! ちょっと!」
名刺を押し付けられそうになり、蓮は焦った声を上げたが――「お連れの方がいるんでしょう?」と、男はニッコリと微笑むとその場を離れていってしまった。
「……」
蓮は受け取った名刺を手にして立ち尽くす。
チラリと確認した名前に、息が止まりそうになった。
そこに記されていたのは――「塩田光彦」。
その苗字には見覚えがある。
いや、忘れたくても忘れられない名前。
(いや……まさか、な)
こんな場所でアイツに出会うなんて有り得ない。
蓮は頭を振ってその名を振り払うと、足早に弓弦の元へ駆け寄っていった。
彼は何故、あんな場所に居たのだろう?
偶然か、それとも狙って――?
東雲や兄の情報が正しければ、ヤツは番組を壊したいと願っているらしい。
だとすれば、自分たちがここにいることを事前に知っていた可能性もある。
昔スタッフとして働いていたのなら、撮影班に知り合いがいても不思議ではないだろう。
……いや、でも。いくらなんでも考えすぎか?
撮影場所が特定されるような情報の漏洩は、出演者を守るためにも固く禁じられている。それを破れば当然解雇だ。
となると、やはり偶然会ったと考えるのが自然か。
そもそも、全くの赤の他人だったという可能性だって――。
「……どうかしたんですか? 顔色が優れないみたいですが」
厚塗りのメイクを落とし、私服に着替えている最中に、視線を感じて振り返ると弓弦がそんなことを聞いてきた。
「え? いや……何でもないよ」
弓弦は事件のことを何も知らないはずだ。
言ったところで信じてもらえるはずもない。
「そうですか?」
「うん。大丈夫」
蓮はぎこちない笑みを浮かべ、脱いだばかりの衣装をハンガーに掛けて立ち上がる。
弓弦や美月、そしてナギたちは、言ってしまえば巻き添えを食らった被害者だ。
確証もない情報で混乱させるわけにはいかない。
……いや、せめてナギだけには教えておくべきか?
それとも、不安を煽るだけだろうか。
蓮は首を捻りながら私服に袖を通し、ファスナーを首元まで上げた。
鏡に映るのは、可愛らしさなど微塵もない、どこからどう見ても男の自分。
――塩田に出会ったのが女装姿でよかった。
しかも気付かれていなかったようだから、まだ好都合だ。
もし素の姿で会っていたら……考えるだけでゾッとする。
「さっきの人、御堂さんのこと、随分と熱心に口説いていましたね」
鏡越しに聞こえてきた声にギクリと肩を揺らす。
動揺を悟られまいと、振り向きざまにわざとらしく肩を竦めてみせた。
「中身が男だと見抜けない時点で、彼はモテない残念な人なんだろうね」
そういえば――奈々さんはどうしたのだろう。
彼女と一緒に来ているわけではなかったのか?
もし居るのに自分に声を掛けてきたのなら……ヤツは相当の浮気者に違いない。
「……まぁ、確かに。女性と勘違いしていたとしたら、かなりおめでたい頭してますよね」
「ははっ、だよね。僕が本当に女性だったとしても、いきなりあんな古典的な誘い方してくる男は御免だと思うな」
「私もです。あんな下心丸出しで近付いてくる男性なんて、願い下げです」
冗談めかして笑い合う二人。だが、蓮の内心は決して穏やかではなかった。
――もし、あの男が本当に“塩田”だとしたら。
早急に対策を練る必要がある。兄の耳にも入れておくべきだろう。
「草薙君、悪いんだけど……用事を思い出したから先に出るよ。夕食の時間には戻るから、皆にはそう伝えておいてくれる?」
「えっ? 蓮さん、ちょっと!」
引き止める弓弦の声を背に、蓮はひらりと手を振って部屋を後にする。
――ついさっきの出来事を東雲に送信しながら、兄の姿を探した。
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