テラーノベル
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闇と光が混ざり合い、輝きながら泡のように揺らめく。
周囲は深淵の黒で埋め尽くされるも、そこだけは彼らだけの空間だ。何者にも邪魔されることはない。
遥か彼方では数え切れないほどの星々が、己を主張するように煌めいている。
手を伸ばそうと、決して届きはしない。無数のそれらはその全てが何万光年も離れているのだから。
寂しいかい?
寂しくなんて、ない。
本当の意味で二人だけになってしまったが、それ以上を望むほど、傲慢ではなかった。
むしろ、それで良いと思っていた。
しかし、願ってしまった。
在りし日の思い出を形作りたい、と。
ならば、その願い叶えるために、二人きりの理想郷で準備に取り掛かる。
世界創造の始まりだ。
神はシンカイの扉を開く。神はシンカイの扉を維持する。
汲み取った無限エネルギーが形を成し、その世界は産み落とされた。
神は戦技を作る。神は魔法を作る。
ルールとも言うべき理が整った。
神は精霊を呼び出す。神は精霊に力を授け、進化を促す。
火、氷、風、土、雷、水、光、闇が出揃った。
神は生き物を作る。神は病を作る。
多種多様な生物が、大地や海を埋め尽くした。
こうして、世界は創造された。
しかし、人間はまだ生まれてすらいない。
ゆえに、神は新たな時代を築くため、力の行使を続ける。
神は最初の人間を作る。神は魔物を作る。
神は扉を施錠する。神は鍵を配置する。
神は人間を作る。神は知性を持った魔物を作る。
神は扉に罠を施す。神は生き延びたその人間に叡智の一部を与える。
神は戦技と魔法を使える新たな人間を作る。神はその人間に因子を植え付ける。
神はその人間に天啓をもたらす。神はその人間の魔源総量を拡張する。
神は共和国に科学技術をもたらす。神は魔法国に力を与える。
神は力を持たぬその女に、神の力を分け与えるだろう。
神は力を宿したその少女に、神の権限を与えるだろう。
世界の名はウルフィエナ。神々が作った理想郷。
もしくは在りし日の、忘れがたい思い出達。
◆
珍しく寝坊した理由は、疲労の蓄積が原因か。
そうであろうと問題ない。今日の予定は空白ゆえ、誰かに叩き起こされるまでは惰眠を貪れば良い。
柔らかな静寂に包まれたここは豪邸の一室。
大きなベッドと高級机、自然塗装の棚等々、金持ちであることを誇るように煌びやかな家具で溢れかえっている。
寝返りを打つ少年の名は、ウイル・エヴィ。この家の長男であり、灰色の短髪は寝癖だらけだ。
(う、二度寝しちゃったか、頭もだるい。そういえば、昨日は久しぶりに素振り忘れたな。まぁ、仕方ないか。死にかけたし……)
寝起きであろうと鮮明に思い出せる。
昨日までの一週間、ウイルは過酷な特訓を強いられた。
指導員は赤髪の魔女ことハクアであり、彼女は実力差を見せつけるようにこの少年を痛めつけた。
(白紙大典と一緒にいたいから、思いついたように僕を鍛えてくれたんだろうけど……。おかげ酷い目にあったな。最後まで触れることすらも叶わないなんて……)
散々な結果だ。
ウイルの猛攻は一度たりとも当たることなく、それどころか彼女の長すぎる髪にすら届かなかった。
少年はもう一度寝返りを打つと、薄眼を開けて差し込む陽射しを眺める。
(豪語するだけあって、確かにすごく強い。オーディエンとどっちが強いかなんて僕にはわからないけど、ハクアさんの実力は本物だ。それとも、僕が弱すぎる? そんなことはないと思うんだけどな)
ウイルは一人前の傭兵だ。その事実は揺るがない。等級は三に達しており、その数字は誇るほどではないものの、半人前を卒業していることを証明してくれる。
それでも、満足してはならない。目標は遥か彼方ゆえ、そういう意味ではスタート地点に立てたばかりと言えよう。
(最後は命の危険を感じて逃げて来ちゃったけど、まぁ、長居し過ぎたし……)
当初の予定では、滞在するとしても一泊程度のつもりでいた。
オーディエンと出くわしたこととエルディアに再会出来たことを報告しつつ、パオラという超越者について相談するつもりでいたのだから、一晩で事足りるという計画は間違いではない。
ウイルはベッドの中で、ゆっくりと左腕を摩る。
(まさか、ハクアさんのパンチ一発で片腕が壊されるなんて……。僕が泣いて苦しんでる間も、鼻で笑って見下すし、ほんと、あのおばさん怖すぎる)
その時の発言は今も耳にこびりついている。
目一杯手加減したのに、これ? 雑魚過ぎて話にならないわ。
(逃げても仕方ないな、うん)
その後、ウイルは回復魔法で手当を受けるも、恐怖の余り、全力で逃げ出してしまう。白紙大典に頬ずりしているハクアから、その本を取り上げたいという意地悪な感情が働いたということもあるだろう。
その晩、少年はボロボロになりながらもイダンリネア王国にたどり着き、浮浪者のような姿で実家に帰宅する。
それが昨晩のことだ。
久方ぶりのベッドはどこまでも心地よく、意識だけでなく体すらも溶けてしまうのではと錯覚しながら熟睡して今に至る。おかげで疲労はすっかり蒸発してくれたが、代償に寝過ぎてしまったため、わずかな罪悪感と頭の気だるさを感じてしまう。
そろそろ起きるか、このまま惰眠を貪るか、決めあぐねていた時だった。
小さなノック音に続き、カチャリと扉が開かれる。
「おにいちゃんおきてー」
「ウイル様、朝でございます」
二つの声を合図に、少年は目を見開かずにはいられなかった。
「お、おはよう。まさかパオラにも起こされるなんて……。そんなに寝坊しちゃった?」
ウイルが驚くのも無理はない。傭兵になる前もこうして起こされていたのだが、今回はメイドだけでなく小さな同伴者がトコトコと歩み寄っており、この事態は素直に驚きだ。
少女の名はパオラ・エヴィ。この家に引き取られた九歳の女の子だが、その姿はミイラのように痩せこけている。それでも出会った頃よりは正常に近づきつつあり、肌艶だけなら健康そのものだ。
瑠璃色の長い髪は両耳の近くでそれぞれ束ねており、小奇麗なロングシャツワンピースをまとっていることから、人形にように愛くるしい。
「いえ、普段通りでございます」
「もすぐあさごはんだよー」
つまりは、問題ない。学校に通っているわけではないのだが、それでも朝食が用意される以上、寝坊が許容されるとしてもこのタイミングで起床すべきだろう。
「シエスタはともかくパオラも早起きなんだね。えらいえらい」
ウイルは眠い目を擦りながら、寝間着のまま起き上がる。眼前には異性が二人いるのだが、もはや家族ゆえ恥ずかしがる必要もない。
メイドの名前は、シエスタ。住み込みで働く従者の一人だ。鉄仮面のように無表情だが、感情を表にあらわさないだけでエヴィ家の人間を嫌っているわけではない。
年齢は十九歳。童顔なウイルとは対照的に大人びており、セミロングな黒髪が肩を撫でている。その若さで白と黒を基調としたメイド姿が板についており、家事全般をそつなくこなす。
「パオラ様は早寝早起きです。ウイル様も見習ってください」
「あ、はい……」
冷え切った視線に晒されながら、少年は叱られた子供のように萎縮する。反論の余地はいくらでもあるのだが、ウイルはなぜかこの女性に苦手意識を抱いており、パオラに寝間着を引っ張られながら肩を落とすことしか出来ない。
「おーきーてー」
「起きてまーす。着替えるから先行ってて」
「わかたー」
九歳児に急かされた以上、ベッドの温もりとはお別れだ。退室した二人には目もくれずに、自身の鞄からシワシワな衣服を取り出し、手早く着替える。
(そういえば、昨日脱いだ服は自分で洗わなくて良いのか。実家だとそういうところも楽になるんだな。ありがたいありがたい)
傭兵であろうと、服が汚れたら着替えるべきであり、洗濯も自分達でするしかない。川でジャブジャブとこすり洗いするだけだが、しないよりは遥かに有意義だ。
しかし、ここはエヴィ家であり、長男は従者にそういった雑用を押し付けられる。
十二歳まではそれが当たり前だった。
以降の四年間がウイルという人間を大きく成長させたのだが、我が家に戻れた以上、子供らしく甘えられる。
その後、身だしなみを整えてから一階のリビングに移動するのだが、大きなテーブルには人数分の朝食が既に並べられていた。
大皿に乗せられた山盛りのロールパン。
それぞれの小皿にはスイートポテトやドレッシングのかかった赤色と緑色の野菜達。
スープカップからは湯気がゆらゆらと舞い上がっており、覗き込むまでもなく匂いからオニオンスープだとわかる。
その隣にはシチューも鎮座しており、品数としては十分だ。
普段より一人分多い理由は息子の帰還に起因しており、眠そうな子供の登場を受け、母親が我先に反応を示す。
「おはよう。よく眠れた~?」
マチルダ・エヴィ。平民出身ながらも貴族の家に嫁いだ女性だ。長い髪はウイル同様綺麗な灰色をしており、おしとやかな雰囲気とは裏腹に内面はやさしさと情熱を兼ね備える。
「うん、おはよう。こんなに寝たのは四年ぶりかも」
自室ゆえの安心感。
生クリームのように柔らかなベッド。
そして、最大級の疲労。
それらが化学反応を起こした結果、この少年は十時間近くも眠り続けてしまう。
ウイルにとっては他意のない返答なのだが、父親を驚かせるには十分だった。
「四年ぶり? あの日、ここを出て以来ということか? おいおい、そんなことはないだろう?」
堀が深い顔立ちの男はハーロン・エヴィ。この家の家長であり、茶色の髪にはいくらか白髪が混じっているが、年齢を考えれば不自然ではない。
早朝ながらも貴族らしい服を着ており、すぐにでも職場へ向かえる身だしなみだ。
「いつもは、朝陽が昇ると目が覚めるものなので」
「そ、そうか……」
「苦労したのね~」
ウイルの場合、夜が更けるよりも先に熟睡してしまう。疲労がそうさせるのだが、それゆえに睡眠時間は十分確保されていた。
土の上であろうと、地面が硬くとも、問題ない。その程度の障害は少年の安眠を妨げるには至らなかった。
「ウイルぼっちゃま、おはようございます。昨日のお召し物に血がついておりましたが、お体は大丈夫なのですか?」
ふくよかなメイドが、心配そうに眉をひそめながら現れる。
彼女の名前はサリィ。この家で二番目の年長者であり、ウイルにとっては二人目の母親と言っても過言ではない。黒髪は後頭部で束ねられており、歩く度にユラユラと揺れている。
「傷自体は回復魔法で治してもらったから大丈夫。あ、僕の洗濯物は自分でしまうから呼んで」
ハクアにしばかれた結果、体も衣服も見るも無残な姿に成れ果てる。そうであろうとローテーションに加えたい一着であり、マジックバッグにしまって次の出番を待ってもらつもりだ。
そんな淡い考えは、母親によってあっさりと打ち砕かれる。
「なーに言ってるの。あんなボロボロな服、捨てたに決まってるでしょ」
「えぇー⁉」
「驚きたいのはむしろこっち。あなた、本当にたくましくなったわね~」
椅子に腰かけながら項垂れる我が子を前に、マチルダは心の底から呆れてしまう。
「ウイルぼっちゃま。昨日の服は私やマチルダ様でも修繕は不可能かと思います……」
「う、うん。まぁ、そうだよね……」
サリィにすら諭された以上、納得するしかない。それでもウイルは心の中で涙を流す。
(うぅ、だったら買いに行かないと……。手持ちはギリギリあったと思うけど、また稼がないといけないな)
つまりは金欠だ。先の旅で遺品を持ち帰り、それを売ったことで一瞬だけ裕福になれたのだが、その金は手元になく、つまりは貧乏傭兵に戻ってしまった。
(フランさんに全額渡したのは失敗だった? いや、今後もバタバタしそうだし、悔いる必要なんてない。エヴィ家に戻れた以上、僕は食べるものに困らないけど、あの子達はそうじゃないんだから……)
境遇が変わったのはこの少年だけだ。
一方、イダンリネア王国が豊かな国だろうと、この地には雨水をすする者達が存在する。ウイルは可能な範囲で手を差し伸べているのだが、罪悪感のようなものを抱かずにはいられなかった。
そうであろうと、ここは貴族の家だ。二人目の従者が食後のデザートを届ける。
「苺とリンゴでございます」
その瞬間、パオラの瞳が輝きだすも、ウイルは平然と眺めてしまう。
(デザートなんて、ハイドさん達と活動を共にしてた時くらいだったな。三食、腹いっぱいに食べて、その上甘いもんを平らげれば、そりゃ太るってもんだ。パオラには必要なんだけど……)
こうして、食卓には全員が揃う。
家長のハーロン。
妻のマチルダ。
親子でこの家に仕えている、サリィとシエスタ。
新たな家族のパオラ。
そして、長男のウイル。
全員が揃うのは四年ぶりであり、少女の発声が開始の合図だ。
「いたたきます! はむぅ」
パンをついばむ姿はどこまでもかわいらしく、ハーロンとマチルダは我が子のように見守る。
「娘が出来たようでうれしいよ」
「私もよ。って、このやり取り何回目かしら?」
そして夫婦は笑い出すのだが、ウイルは切り分けられたトマトを飲み込みながら質問を投げかける。
「パオラ、良い子にしてた?」
「当然よ~。ご飯も残さず食べてくれるし、お勉強も少しずつだけど進めてるのよ。ね~」
「うん。おべんきょしてるー」
親子のように顔を見合わせる二人を眺めながら、本物の息子は胸を撫でおろしつつもパンをかじる。
(パオラは文字の読み書きはおろか、数字の概念すらも知らなかったしな。先は長いだろうけど、がんばってもらわないと……。あ、そういえば……)
ウイルは食事の手を一旦止める。この家の人間ながら、彼女が加わってからのことは何一つ知らないのだから、問わずにはいられなかった。
「体調とかは?」
「まだまだ痩せちゃってるけど、それでも元気よ」
「そっか、良かったです。人見知りとかは……、してなさそうですね」
母親の言う通り、少女は心底幸せそうだ。口元を汚しながらシチューを美味しそうに食しており、その笑顔は居心地が良い証拠だ。
「みーんなと仲良しよ。あ、誰に一番なついてるか、わかる?」
「え、母様とか?」
「はーずれ。正解はシエスタちゃーん! くぅ、悔しい~」
マチルダの言動が演技がかっていようと、ウイルは目を見開いて驚く。
シエスタは忠実なメイドながら、どちらかと言えば不愛想な人間だ。無表情かつ口数が少ないだけなのだが、それゆえに子供が寄り付くとは思えなかった。
「そ、そうなの?」
「恐縮ながら、そのようです」
思わず尋ねてしまうも、当人が否定しないのだから信じる他ない。
(僕がいない間に面白いことになってたのか。てっきり母様かサリィさんに懐くものとばっかり……。物静かなところが気に入られてるとか? 考えたところでさっぱりわかんないや)
パオラは親の温もりを知らない。そういった背景から父性か母性を求めると想像していたが、予想に反して十九歳のメイドが彼女の心を射抜く。
ウイルは困惑しながらもポテトサラダを租借するが、質疑応答はまだまだ終わらない。
父親がオニオンスープのカップから手を放し、ゆっくりと口を開く。
「傭兵の仕事は滞りなく片付いたのか? 一週間も出ずっぱりだったが……」
ハーロンは息子のことが誰よりも心配だ。妻の病を治すため、四年前はウイルに託すしかなかったが、王国法の改定も含めて全てが好転した以上、口には出さないが傭兵稼業からは足を洗ってもらいたい。
「はい。ミファレト荒野まで行ってきました」
その返答がハーロンおよび従者二人を硬直させる。あまりに非常識なことをさらりと言ってのけたからだ。
「ミファレト荒野? 遠方ゆえに行って帰ってくるだけでも一か月以上はかかるはずだが……」
その男の言う通りなのだが、傭兵に常識は通用しない。ましてやウイルは突風のような速さで野を駆けることが出来る以上、凡人とは旅の進行速度が根本から異なる。
ましてや、魔物という存在が障害になりえないのだから、目的地が百キロメートル以上離れていようと散歩のようなものだ。
「昔はひいひい言いながら旅をしてましたけど、今なら朝出発して夜到着です。疲れないと言ったら嘘になりますけど……」
「おにいちゃん、あしはやい」
「鍛えてるからね~。パオラもいつの日か、あれくらいの速さで走れるようになれるよ」
「ほんほ~?」
「本当だよ。先ずは元気になろうね」
パンを口に含みながら、少女は嬉しそうに話す。マナー違反ではあるが、パオラにそこまで求めるには時期尚早と言えよう。
その見た目は放置された死体のように干からびているものの、希少な才能を宿した天性の人間であり、だからこそ親の育児放棄にも耐えられた。
健康面だけなら問題ないレベルまで回復したが、運動に耐えられるかどうかは別問題だ。当面の間は、エヴィ家で養生するしかない。
それをわかっているからこそ、マチルダは母親として諭すように語り掛ける。
「お勉強もがんばりましょう。お兄ちゃん、とっても賢いのよ。見習わないとね」
「わかたー」
今から学校に通わせることは年齢的に難しいが、文字の読み書きや簡単な計算程度ならマチルダや従者達でも問題なく教えられる。
パオラがどのような道を歩むかはこれから次第だが、どのような生き方を選ぼうと教養を身に着けて損はない。
その後も他愛無い雑談を交えながら朝食は進むのだが、ウイルは思い出したように父親へ質問を投げかける。
「父様、僕も王国法を一つ変えたいのですが、光流武道会で優勝して女王様に訴えるのが一番の近道でしょうか?」
「ほう、何の条項だ?」
「魔女法です」
「ふむ……。ふむ? どう変えたいんだ?」
ハーロンが首を傾げるのも無理はない。
王国は魔女を巨人族の次に危険視している。人間の姿を模倣した魔物だと言いふらしているのだが、もちろん嘘以外の何物でもない。
「魔女が僕達と同じ人間だと認めてもらいたいんです」
「そ、そうか……。傭兵になって、自分の目で見聞を広めたのだな。確かに、不干渉法の時と同じ手は使えないだろう。貴族という地位が通用しない法だからな」
「だから大会で優勝して、直接訴えたいと思っています。聞き入れてもらえるかどうかまでは、わかりませんが……」
残念ながらその通りだ。
光流武道会。隔年で開催される大会なのだが、出場者のほとんどが軍人に限られる。
観客もまた軍人が多くを占めるのだが、貴族や金持ち、そして王族もまた、彼らの戦いに賛美を送る。
大会の優勝者には褒美が一つ授与されるのだが、金だろうと地位だろうと王族の許す範疇で与えられるのだから、出場希望者は後を絶たない。
もっとも、王国法の改定など前代未聞だ。そもそも優勝者自体が過去に一度も現れてはいない。
決勝戦の相手は四英雄から選出されるため、トーナメントを勝ち上がろうと必ずそこで負かされてしまう。
言わば、出来レースだ。忖度の類ではなく、凡人と英雄の間にはそれほどの差が存在しており、努力の類では決して埋まらない。
そうであろうと、今のウイルには諦められない理由がある。
エルディア・リンゼー。四年の月日を共に歩んだ傭兵仲間であり、彼女の瞳が魔眼へ変化してしまった以上、王国へ連れ帰るためには王国法の改定が必須だ。
魔女となり、彼女らの里へ連行された結果、母親との再会は果たされたが、一方で父親とは離れ離れになってしまった。
王族に魔女は人間だと認めさせれば、状況は変わるはずだ。
ウイルはそう考え、目標を立てるも、自分がいかに甘かったか、思い知ることとなる。
王国の民と魔女。両者を隔てる障害は法だけではない。
この少年の腕前は一人前かもしれないが、十六歳の若き傭兵ゆえ、社会人としてはまだまだ未熟だ。
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