テラーノベル
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じゃあ、私のこと殺しなよ。
ふんだんに載せた悪意は高い攻撃性を含み、効率的に君を刺すこと。私は知ってる。
純粋な善意を装い、あくまでも自然に。ただ最適解を思いついただけといった調子で放ったせりふで、想定どおり、君の双眸が激しく揺れる。零れ落ちてしまうんじゃないかと、うっかり危ぶむほどに。
「なん、なんでっ……!」
弛む網膜で衛星の数粒が公転のように舞っている。瞳の中央にはひときわ大きな一等星が据えられている。これは比喩のようなつまらないものではなく、正真正銘本物で、実物の満天より途方もない。私の宿す空が君の美しさに呼応し、爛爛と燃え盛っているのを感じる。 私の身に宿る星屑が。
二人はお揃いの眼を合わせながら、正反対の情意を構えている。私の心は鎮まっていた。儀式を執り行う司祭のように粛々と。
君には理解できないだろうと諦めていた全てを、いまから私は文字どおり、命をもって搾り出す。
冴え返る月の光が、鉄格子の隙間から牢内に流れ込む。立方体の夜を満たす。
「一叶は死にたいの?」
違うでしょ?
土や枯れ草の散らばるなか星空を背に佇む君は、触れるのが惜しいほど清らかで。また掃き溜めのような此処は、あまりにも君と釣り合わない。
いたいけな異分子が、ちぎれそうな勢いで首を振りたくる。
「いやっ、死にたくない、死にたくないよ……でも!」
「ほら。」
「でも、夢由ちゃん、がい、いなくなるなんてやだ、やだぁっ……!」
おそらく此処が寒いせい。君の痙攣は細かにその身体に巡り、やがて私にも伝播する。
君の弱々しさも、仕草も台詞も、じつは演技で狡猾な罠なんじゃないの。勘繰ってしまう私が悪い? 全て私が悪いとするの? 汚れも穢れも私に促しておきながら流す君のしらじらしい涙は、いったい何に対してのものなんだろうね。
華奢な肩を引き寄せるのはいとも容易く、為す術なく俯く君を私は抱き締めた。ありとあらゆる複雑さを、擦り付けるように。
瞼の裏で計画の順序を丹念になぞる。スイッチを切り替え、縋るようにこえを発する。
「ねぇ一叶。私、一叶の為なら何でもしたいの。命だって捧げてもいいの。欲しいなら全部、あげる……。」
「なんで、」
「好きだからよ。散々伝えてきたじゃない。嘘だと思ってるのね、嫌だなぁ。一叶。」
いちか。
三文字に込めた呪文が君に憑く。
「信じて? 私は一叶のことだけを想ってる。一叶が幸せならよすぎるくらいに、かまわないと思ってるのに……!」
「……夢由ちゃん、わたしはっ」
「うん。うん、だいじょうぶだよ、ありがとう。もう一度訊くから応えて。」
「一叶は生きたい?」
吸って吐くことさえままならない一叶。一叶の中に初めて産まれた感情は、一叶のことを切り裂かんとばかりに暴れているんだろうな、あぁ、かわいそう。わかるよ一叶、心の底から愛おしくて憎らしくて堪らない人。
君が頷いた。
「──いいこ。」
冷え過ぎた指が強ばりつつも私の首を包んでる。
幾ら望み焦がれようとも絡めることのなかった、
君の、指が!
いまは私の肌に触れてる。
頸動脈を押さえきってくれさえすれば、博愛主義の君は漸く天使に成れるのね。恍惚とした。君の羽と輪を装ってやるのが、私であるという完璧な脚本に。
「ねぇ、夢由ちゃん。」
「何?」
「夢由ちゃんの星は、そこにあるんだよね……。」
「そう。一叶と同じ。」
「私がやったら、ほんとに、」
「幸せになりたければ、これが正しい選択なのよ。」
「こんなことしても、神様、ゆるしてくれるかなっ……?」
「なに躊躇ってるの? 生きたいんでしょ? 死ぬのが嫌なら、できるはずでしょ。」
罪悪感を煽るようなことばかり言ってやる。私は君を放っておけないから、つい背中を押すようなことばかりを。
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人間の身体には星が宿っている。
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第五次世界大戦が始まって二年余り。荒廃した世界から希望が言葉ごと潰えた。その惨劇を見かねた神とやらが慈悲でもくれたか、私達は天使になれる権利を授かってしまった。
体に現れた一粒の【星】。他人の星を奪えば助かる。命を潰し、星の宿る部位を食べれば救われるというシステム。放っておかれれば星は次第に斑点となって体を飾り、やがて表皮から順に身を焦がす。タイマーが隠された起爆装置に括り付けられたようなもの。
殺さなければ生きられない。
【星】 がなんなのか、何処にも証拠なんかないから真実は存在しない。都市伝説みたい。『天使化』だなんて。ただの新興宗教や身体に現れた病気を受けいれるための嘘の設定や、だれかのつくりばなしに過ぎないのですよ。とささやかれたって私には反論できない。
地球が狂気に支配された。おかしな社会は一般市民を十数人単位で捕らえ、狭い牢獄にぶち込み、多くの人間が星を求めて殺し合い、やがて私と君も、二人は支え合って最後まで残ったけれど、 とうとう訪れた限界点が、いま。
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敢えて鋭い棘を紡げば、無垢な花に罪悪感が編まれる。自覚症状ほど君を苦しめる重い毒はない。改めて、数ヶ月前から準備してきた反撃がこれほどまでに簡単なことだったなんてと、さっくり拍子抜けた。
何もかも皆に与えられるばかりのかわいらしい人形が聖人でいられるだなんて不均衡、私には看過できなかった。清廉な君が過ちを冒して壊れるさまに救われたかった。一種の破滅願望。偶像だって罰を請け負わなければならないのだからと、現実を突きつけてやりたかった。全人類が共犯ではない不公平な世界なんか必要ないもの。でしょう?
君を積極的に助けた。君の周りに盾を築いて閉じ込めたのは私。こうなることも予めわかってる。なぜってこれは計画的犯行で、用意周到な復讐だから。
「ごめ、なさいい、ひ、ごめんなさいっ……。」
君の涙が降りしきる。喉奥に滑る。咳をしても塞がれる。噎せる。喘ぐように呻き続けた。叫んでいるからさっさと済んでよ。
泡みたいにくぐもって、他人事みたい。
痛みではなく快い温かさによって、
白く。
滲む。
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夢?
私は終に、桃源郷に辿り着けたの?
…………
違うかぁ。
「できないの! できなかった! 夢由ちゃんわたしやっぱり……!」
あらら。あなたって本当、何もできないんだ。
視界の端に、月光を跳ね返す鋭いものが見えた。私のポケットナイフ。 もしかしたらと忍ばせておいた凶器。
これを君に渡しておけば私は、とっくに地獄へ堕ちていたはずなのにな。だけど本能は誤魔化せないな。
生きたい生きたい生きたい! 死にたくない!
……ほらね。星屑がわめいてる。
無菌室で育てられた箱庭の人形ごときに殺されてたまるかよ。
執着を振りかざそうが断頭台にはなれないんだから。
君の偶像になんて到底なり得ないんだから、私が罰をくだせるはずないじゃない。
私、這いつくばる権利を得たんだね。
「ありがとう。一叶。」
「え……?」
「ううん。もういいよ。」
私が代わりに貰ってあげる。
煌めく刃を拾う。眩しいはずの君がもはや霞んで見える。君は人間にならなくていいや。
数分前の未遂のせいで、倒れそうになる体をどうにか立たせる。左手に滲んだ汗を裾で拭く。君は私の挙動に気づきもせず、整った形相を涙に浸していた。
なんて、なんて、なんて滑稽なの。悲嘆に暮れる麗しいお友達。
一叶。
私貴女のことが好きだったんだよ。だけど所詮恋心だった。しかたないみたい。ごめんね。形だけでも謝っておくね。赦してね。許さなくてもいいけど。
私の殻が剥がれ落ちたことを察知したのか、君がはっと顔を上げた。最期に働く野生の勘かしら。躙り寄る私をまるで、恐れる? 驚く? とでもいうかのように、星を宿す眼をたっぷりと開いて。
右腕を振り下ろした。 私の思惑くらい、君もわかるんでしょ、無防備に垂らしてみせた左腕の……ね、気づいたでしょ、だからか君は無抵抗だった。
「二人で死のうって、思ってくれなかったの……?」
「諸共堕ちるくらいなら、たとえ一人でも勝ちたくなっちゃったんだ。」
私のは恋だから。
そういえば、君の涙は淡いあじがした。にがいどころかむしろちょっぴりあまかった。きらきらまたたく一叶の一部。光源の粒子がちゃあんと、溢れるほどに含まれていた。
塩辛い涙は、酷く苦しいときしか流れないらしい。君は既にわかっていたのか。総て諦めてたんだ。知ってたんだ。まぁべつにもうどうだっていいや。感謝するね。
私なんかを、愛してくれてありがとうね。
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空を仰げば星々が、遥か遠い宇宙に浮かぶ只の塵がつたっていた。あれは屹度きみの残滓。まるで線を描くように藍を流れるあれらはきみの……。
なんだか全身がいたい。生きたいとほざいておきながらわたしは逝ってしまうのだ。皮肉なものね。
ひた走り、坂の頂上へ。辿り着いて止まる。 数歩先は昏い崖。
左親指、爪のなか。
煌煌とわらう星屑を、長いこと眺めた。
嘘をつくのは汚いね?
おまえなんかに諭されてやるかよ。
噛みちぎる。固い。まずい。血液のくせに果汁みたい。
星屑は食道を転がり落ちながら、いつまでもわたしを愉しんでいた。咥内に触れる粘っこさがきもちわるい。痺れて跳ねる。星屑の幻肢痛。
「さようなら」
わたしは跳んだ。するとたちまちふわっと飛んだ。
いつしかはえていた、羽根。翼の操り方は学んでこそいないけれど、知らなくても進んでいける。
そうして未だにきみが好き。
いまや模型のような地上も、回想に成ればそれなりによかったと感慨に浸れる程度の深さはあるはず。
嵩を増して膨らむ風船のごとき、このきもちは、まさか慈愛? 天使になるから悟っているの? むしろ天使化によって酔っ払っているだけかも? 最大級の多幸がわたしに纏う。よい調子、あたためつづけて。
ながれぼしと幾つもすれ違い、宙を昇る、 わたしはうかびぼし。
階段を駆けても疲れない。正常な拍を踏んだまま。天道は高く遠く、先まで輝く。歩くだけでもひどく楽しく、笑っちゃう。
雲の上の国でわたしは、天使へと変貌した。 憂鬱も絶望も怨念も捨て去りわたしは、光る。 太陽と似ている。まばゆくて、想像よりもっと悲しくてずっと幸せで満たされていて、それきり。ひとりきり。 人類が無意識に崇拝している幻影とは全く異なる別世界。天国とは空間にすぎないのです。
横たわる遺体の君、天からは到底見えそうもない。忘れてた。君には再び会えやしないの。わたしに嘘が無ければ、闇鍋のように歪んで煮詰まる彼処に居たかった。でも全部遅い。何もかも無駄なのね。
あぁ、いたい。痛い痛い痛い。
脳か、喉か、胸からか、掻きむしっても治まりそうもない強い刺激が鼻腔を通り頬をつたった。涙と呼ぶにはおこがましい。星を抱くきみとは比べ物にならないほどに。おぞましい、これは只の塩水だった。透明な錆びあじは狡猾な泥棒にぴったり。
わたしは垂れるままにする。きみへの想いを舐め尽くすまで、けっして拭いてはやらないの。
色褪せない返り血の跡だけが、完璧なわたしの引き受けられる、唯一つの贖罪でした。
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数年前に投稿した『星を盗む世も末』を書き直しました★★★★★