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第5節 桐生百合香『その花を受け取ったら』―3―
「……もちろん簡単なことじゃないってのは……俺も分かってるんっすけど……」
ふっと堪えきれなくなったみたいに視線を逸らされて、百合香は胸を締め付けられる。
このままの状態が良くないことだけは、明白だった。
佐山に言われるまでもなく、それは自分も常に考えていたことだ――。
「……新しい恋、かぁ」
ぽつんとつぶやくと、百合香は窓の外へ視線を戻した。
流れていく景色が、ぼやけて見える。
「そんなの、今さら出来るかな……?」
「出来ますよ。百合香さんは……誰が見てもすっげぇ美人ですし……。それに……悲しいくらい気遣いのできる女性です」
佐山は、即答した。
「フリーになったら、絶対ほっとかれないと思います」
迷いなく。
「俺は……百合香さんにも幸せになって欲しいんっすよ。今のままじゃ、貴女も幸せになれない」
その言葉に、胸の奥が小さく痛む。
三井派の佐山だから当たり前なのだが、雪絵に新しい恋を……とは思わないんだろう。
あくまでも動くべきは百合香なのだ。
(もし、雄ちゃんと出会わずに生きてこられたなら)
(もし、別の人と普通の恋をして、普通に結婚していたなら)
そんな未来も、あったのだろうか。
(でも……もう、遅いよ)
そう思ってしまう自分がいる。
(雄ちゃん以外の人と恋に落ちる自分なんて、想像ができない)
(雄ちゃん以外を愛する私は、私じゃない)
百合香は、自嘲気味に笑った。
「……佐山くんって、案外お節介なんだね」
「三井のアニキにもよく言われます」
真面目な声で返されて、百合香は少しだけ吹き出した。
その小さな笑い声に、車内の空気がほんの少しだけ和らぐ。
けれど、胸の奥に落とされた言葉は、消えなかった。
――今のままじゃ、貴女も幸せになれない。
それはきっと、百合香自身が一番よく分かっていた――。
***
披露宴会場は、祝福の空気に満ちていた。
シャンデリアの光。
笑い声。
グラスの触れ合う音。
その中心で、相良京介と神田芽生が幸せそうに笑っている。
タキシード姿の相良は、昔みたいな張り詰めた空気を纏っていなかった。
代わりにあるのは、覚悟を決めた男の穏やかさだ。
すべてを捨ててでも、愛する女を選んだ男の顔。
その決意が、今の相良を支えているのだと分かる。
一方の芽生も、眩しいほど幸せそうだった。
純白のドレスを纏い、大好きな人の隣で無邪気に笑っている。
何も隠さなくていい恋。
誰かを傷つけることのない愛情。
(綺麗……)
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。
(羨ましいな)
誰かの幸せの上に立っている自分には、そんな感情を抱く資格すらないのに、そう思わずにはいられなかった。
「今日は……ありがとうございます、百合香さん」
披露宴の途中、小さく会釈してきた芽生へ、百合香は微笑み返した。
「ううん。こちらこそ、呼んでくれてありがとう」
本当は。
――私の分まで、幸せになってね。
そう言いたかった。
けれど、その言葉は喉の奥へ沈んでいって、どうしても言葉にできなかった。
代わりに、百合香はそっと芽生の手を握った。
小さくてふわふわした、温かい手だった。
皆に守られ、祝福されるに相応しい手。
#極道
鷹槻れん/鷹槻うなの

19,669
鷹槻れん/鷹槻うなの

21,373
#シングルマザー
水羽凛
1,182
#御曹司
鷹槻れん/鷹槻うなの

1,528
ここには来られないけれど、芽生と少なからず縁のあった佐山も、きっと彼女の晴れ姿を見たかったことだろう。
そう思った瞬間、車中で佐山に言われた言葉が脳裏を過ぎった。
――今のままじゃ、貴女も幸せになれない。
ぼんやりし過ぎてしまった。
「百合香さん?」
百合香の手をギュッと握り返しながら、芽生が小首を傾げる。
「ごめんね。芽生ちゃんがあんまり綺麗だから、見惚れちゃってた」
微笑みながらそう返して、百合香は胸の奥が静かに軋むのを、必死に隠した。
***
やがて、ブーケトスの時間が訪れる――。
女性たちが前の方へ集まり、楽しげな歓声が上がった。
百合香は、その輪から少しだけ外れた場所へ立っていた。
関係ないふりをしながら、それでも視線は自然と芽生の手元へ向いてしまう。
コメント
2件
ゆりかさんにも幸せになってほしいよー!
**みぅ🤍🥀** 百合香が「雄ちゃん以外を愛する私は、私じゃない」って思うところ、胸がぎゅっとなりました…。佐山くんの言葉も真摯で、彼なりの優しさが伝わってくるけど、百合香にはまだ遠い未来の話にしか聞こえないんだろうな。芽生の幸せそうな姿を「羨ましい」と認めつつ、自分は輪の外に立つ選択をする切なさがとても刺さりました…。れんさんの描く感情の機微が、本当に繊細で美しいです。