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第5節 桐生百合香『その花を受け取ったら』―4―
淡いピンクのチューリップが九本。
――永遠に、一緒に。
花は、本数でも意味が変わるらしい。
以前、雄二が珍しくそんなことを調べている姿を見掛けたことがある。
そのときは、何を調べているんだろうと思っただけだった。
けれど――ついさっき、その理由が分かった。
相良が、照れを隠したいみたいにわざとムスッとした顔で話してくれたからだ。
『芽生との結婚の知らせが新聞に載ってすぐの頃にな、千崎のやつが〝ブーケは九本がお勧めだ〟って言ってきたんだよ』
芽生は、日本屈指の大企業『さかえグループ』会長・田畑栄蔵の孫娘だ。
さかえグループは、メガカンパニーでありながら首都に本社を置かず、地元に根差した経営を続けていることで知られている。
そのため地元での人気と影響力は絶大で、さかえグループに関する話題ともなれば、地方紙でも大きく取り上げられることが少なくない。
雄二はきっと、その記事を見て色々調べた挙句に電話を掛けたんだろう。
それ以外のことは何も言わず、用件だけ告げると、電話はぷつりと切れてしまったんだとか。
『千崎らしい、回りくどい祝福だろ?』
クククッと喉を鳴らすように笑う相良を見て、百合香も(雄ちゃんらしいな)と思った。
雄二のことだから、きっとさぞや無愛想な声音でアドバイスをしたことだろう。
それでも雄二は、もう会うことは出来ない相良と芽生が、これから先もずっと一緒にいられるよう願って、その本数を勧めたに違いない。
だからこそ――。
(私なんかが、受け取っちゃいけない花束だ)
そう思う。
永遠に一緒に、だなんて。
そんな純粋な願いを許される立場じゃない。
百合香は、雄二の正妻とお嬢さんの幸せを踏み躙る立ち位置にいる女なのだから。
それでも。
(もし、それでも……あのブーケが私のところへ来たら――)
そのときは、逆の意味として受け取ろうと思った。
永遠に一緒に、ではなく。
永遠にさよならをするための花束として――。
(雄ちゃんから離れる)
佐山が言ったみたいに、全く別の場所で、新しい人生を探してみるのもいいのかもしれない。
逆に、来なければ――。
百合香はこれからも日陰の女として、ずっとずっと雄二のそばにいる。
一生そのままでもいい。
そんなことを思いながらも、心の奥底では佐山が言ったような〝人並みの幸せ〟に憧れている自分がいるのもまた事実だった。
今さら、雄二との間に子供を持つことは出来ないだろう。
それでも、もしかしたら……別の人となら――。
最悪、子持ちの男性と結婚して、その人の子を我が子みたいに可愛がる未来だって、いいんじゃないだろうか。
無理矢理そう思おうとして、ズキリと胸が痛んだ。
子供はともかく……雄二以外の男性を愛せるとは思えなかった。
(雄ちゃん……)
百合香は、雄二との間に子を為せた雪絵のことを、心の底から羨ましく思う。
(私も……雄ちゃんとの間に、子供欲しかったなぁ……)
その望みさえ叶っていたら、一生日陰の女だって今ほど辛いと思わなかったはずだ。
雄二に抱かれながら、その想いを表へ出さないようにすることが、辛くなかったといえば嘘になる。
(でも……)
結局どちらへ転んでも苦しいなら……。
ここらで一度、雄二の家庭を壊さない選択肢を用意するのもきっと、ありなのだ。
(でも……やっぱりしんどいな)
雄二から離れる。
そう考えただけで、半身が引き裂かれるような気持ちになってしまう。
それでも――。
他力本願でずるい決め方だけど、自分ひとりでは決断出来ない事柄は、時にこういう岐路の定め方をしてもいいだろう。
芽生が、こちらを振り返る。
一瞬だけ、視線が合った。
その笑顔が、あまりにも眩しくて、百合香は瞳を細めた。
次の瞬間。
淡いピンクの花束が、ふわりと宙へ放たれる。
(……ダメ、来ちゃう)
そう思った。
いや、分かってしまった。
あのブーケが、真っ直ぐ自分の方へ向かってきていることに。
コメント
2件
受け取ったら…幸せになれるはずのブーケかのに。
うわぁ……この回、胸に迫るものがあったな。百合香の「永遠に一緒に」のブーケを「永遠のさよなら」と裏返して受け取ろうとする覚悟、切なすぎる。花の本数のエピソード、雄二の絶妙に不器用な祝福の仕方にもじんとした。あのブーケが真っ直ぐ自分に来る予感——次が気になって仕方ないです。れんさんの心情描写、本当に繊細で美しかった…!