コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
2人が走り始めて少し経った頃、どこかから地鳴りが聞こえてくる。
いち早く気づいた猫咲が後輩の動きを止め、しばし耳を傾けた。
「今の音…雪崩かな。」
「だろうな。音の感じ的にでかそうだから、誰か巻き込まれたかもな。」
「ヤなこと言わないでよ〜」
「こんなとこで修行させてんだ、そのぐらいは想定してるだろ。」
「…修行の1つってわけね。」
「そういうこと。ほら、行くぞ。」
「あいあい」
生徒たちの無事を祈りながら、鳴海は猫咲の背中を追いかけるのだった。
雪崩発生から30分程が経過した時、不意に猫咲が足を止める。
あまりに急ブレーキだったため、その背中に激突した鳴海が声をかければ、後輩は口元に笑みを浮かべていた。
「いでっ!ちょっと猫ちゃん、急に止まらないでよ~」
「あー悪ぃ悪ぃ。」
「もう~…って、何で笑ってるの?怖っ」
「ん?…獲物見っけた。」
「へ?」
「鳴海、お前はこのまま進め。」
「言われなくても進むけど…猫ちゃんは行かないの?」
「俺はちょっと行くとこがある。あとで合流するから、あいつらのこと見失うなよ。」
「任せとけって」
「またいつ雪崩が来るか分かんねぇから、十分気をつけるよーに。」
「猫ちゃんも気ぃつけてね〜」
鳴海の言葉に”誰に言ってんだ”と笑みを見せた猫咲は、ポンと彼の頭を撫でてから一瞬で姿を消した。
後輩が向かったであろう先に、一筋の煙が立ち昇っているのが見える。
一抹の不安を感じながらも、鳴海は再び皇后崎たちを追って走り出した。
辺りはだいぶ暗くなり、吹雪も止むどころかますます激しさを増していく。
視界が悪い中、目を凝らして進む鳴海の元に、彼の血を使った手段で連絡が来た。
「無人くん?」
『鳴海、雪崩は大丈夫だったか?』
「平気〜。無人くんも無事、だよね?」
『あぁ、俺は問題ないが…四季と屏風ヶ浦が巻き込まれた。』
「えっ!?」
『落ち着け。京夜には連絡済みだし、もしもの場合は俺も動くから心配するな。…ここがあいつらのふんばり所だ。』
「ふんばり所…なら、大丈夫か。2人とも強くて優しい子だから。」
『そうだな。ところでそっちの状況はどうだ?』
無陀野からの問いかけに、鳴海は簡潔にこれまでの経緯を伝える。
皇后崎が矢颪を迎えに来て、猫咲と一戦を交えたこと。
そして彼を撒いて、今2人でゴールに向かっていること。
途中離脱した猫咲に代わり、自分が皇后崎たちを追っていること。
静かに話を聞いていた無陀野は最後に、任せていた彼のことを尋ねた。
『矢颪は変わらずか?』
「そうなんだよね…来てくれた迅ちゃんにも反抗的な態度でしたし、そもそもここでやってる修行や訓練に疑問を持ってるみたい。」
『疑問ね。』
「こんなことやってても桃太郎には勝てないって…だから1人で強くなるって言ってた…」
『…分かった。引き続き頼む。』
「はぁい。」
『だいぶ暗くなってきたから、気を抜かず慎重にな。』
「らじゃ!」
無陀野との通話を終えると、鳴海は今一度矢颪の言葉を思い返した。
1人でやれることには限界がある。絶対に苦しくなる瞬間が来る。
そうなった時、鳴海としては何とか助けたいと思っている。
でも彼にとっての仲間は別にいて、自分たちはあくまで入学したのが同じタイミングだっただけの関係。
そんな関係性の自分に、果たして本当の意味で彼を助けることはできるのだろうか…
思えば、矢颪について知っていることはほとんどない。
「(この修行が終わったら、ゆっくりいろんなこと話してみたいな…)」
まずは相手を知ること。そして自分を知ってもらうこと。
より良い関係性を築くには、まずそこからだ。
大丈夫。時間はたっぷりある。
この時の鳴海は、そう信じて疑わなかった。
まさかあんな別れ方をするなんて、誰が想像できただろうか。
モヤモヤする気持ちを打ち消すようにフーッと大きく息を吐いた鳴海。
前を見据えた表情は、いつもの明るく穏やかなものに変わっていた。
「(今はとにかく目の前の修行をしっかり見届けないと…!)」
そう決意して走り出した彼の元に、またしても例の手段で連絡が届く。
相手はゴールで待機中の保険医だった。
『なるちゃん~聞こえる~?』
「聞こえてるよ〜」
『へぇ~こんなにハッキリ聞こえるんだ。長い距離もいけそうだし、いい感じだね!』
「うぇーい!褒められた〜!」
『ふふっ。…あ、そうだ。1つ伝えたいことがあって連絡したの。ダノッチから四季君たちのことって聞いてる?』
「聞いたよ。雪崩に巻き込まれたって」
『その2人が今さっき無事にゴールしたよ。』
「本当!?良かった…!」
『四季君は雪崩をモロに食らって高熱出してるけど、鬼神の子だからね。俺もいるし、すぐに復活すると思う。』
「帆稀ちゃんは?どこかケガしたりとか…」
『足の骨折だけで、あとは元気そのものだよ。最後は彼女の血蝕解放で四季君を連れて来てくれた。』
「すごい!帆稀ちゃん、ちゃんと血を扱えるようになったんだ!」
『うん。すっごくいい表情してるから、あとで見てごらん?』
花魁坂からの嬉しい連絡に、鳴海の顔は笑顔でいっぱいになる。
守り守られる立場が思い描いていたのとは逆だったが、一ノ瀬の想いが屏風ヶ浦に届き、それを受けて彼女は同期のために頑張った。
その結果、あれだけ苦しんでいた自身の能力を見事に扱えるようになったのだ。
きっと彼女はこれからもっともっと強くなる。
だが屏風ヶ浦の成長に喜ぶ反面、鳴海の心はまたしても彼の方へ向いていた。
「(やっぱり1人じゃ無理だよ…碇ちゃん…)」
『…なるちゃん?どうしたの、大丈夫?』
「んーん!大丈夫!2人にお疲れ様って伝えて!」
『オッケー!なるちゃんも気をつけてね。ゴールで待ってる。』
「はいよぉー」
それからまたしばらく2人を追っていた鳴海だったが、皇后崎への心配度がいよいよ限界に達しそうだった。
一歩ごとに足が埋まるような雪道を、気絶している人間に肩を貸しながら歩くのがどれほど大変か。
スタート直後からリーダーシップを取って指示を出し、常に自分が一番大変な役回りを引き受けてきた。
目まぐるしく変わる状況に対応するため、気力もかなり消耗しているだろう。
自分が行ったところで勝敗が目に見えてわかるの。でも彼と2人で矢颪を運ぶことはできる。
すぐに無陀野へ連絡を入れ、鳴海は皇后崎を手伝いたい旨を伝えた。
「ねぇ〜ダメ〜?」
『皇后崎に手を貸せば、お前も波久礼たちの攻撃対象になる。それを理解した上で言ってるんだな?』
「う…分かってるけど…」
『お前一応教員だからな?』
「お、俺も参加したい!!!近くで応援したい!!」
『…分かった。許可する。』
「ありがとう!ワガママ言ってごめんなさい。」
『いや、鳴海ならどこかでそう言ってくるだろうと思っていた。』
「!」
『もう前線で動けるレベルまで鍛えてきたつもりだ。やるからには本気で行けよ。』
「わかった!行ってきます!」
『本気じゃなかったらお前の嫌いなアレするからな』
「それだけは嫌だ!!!!」
もう30分以上、矢颪を連れて歩いている皇后崎。
気力も体力もかなりギリギリな状態であることを、ここに来て嫌でも実感する。
前に出す足が重い。次の足はもっと重い。さっきからそれの繰り返しだった。
と、不意に自分の右半分…矢颪を抱えている側の重さが急に軽くなるのを感じた。
驚いてそちらに顔を向けた皇后崎は、矢颪を挟んだ反対側に愛しい彼の姿を捉えた。
「鳴海…何でいんだよ!お前、見守る側だろ…?」
「?最初からずっと頑張りっぱなしの迅ちゃんがこんな状況になってて、ほっとけるわけないじゃん。」
「!」
「大丈夫、ちゃんと許可もらってるから。ここからは一緒に頑張らせて?」
「(あーヤバイ…めちゃくちゃ嬉しい…けど顔に出すな、耐えろ!)…おぅ。ありがとな。」
「うん!ねぇ、休まなくて平気?」
「大丈夫。暗くなってきてるし、今は先を急いだ方がいい。それに…」
「ん?」
「鳴海の顔見たら元気出たから、まだいける。」
「おっ、言うじゃ〜ん!でも援護部隊として、危ないと思ったら意地でも休ませるからね!」
「ふっ、了解。」
ほんのり赤くなった想い人の顔を見て、皇后崎の表情も思わず緩む。
隙ができると思い、感情を出さないように努めていたのに、それがいとも簡単に崩れてしまった。
自分の鳴海に対する想いの強さに苦笑しながら、皇后崎はまた一歩足を前に出す。
その足は、笑いそうになるほど軽かった。