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線上のウルフィエナ

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線上のウルフィエナ

12 - 第十二章 傭兵と少女と傭兵

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27

2023年10月28日

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その森は日中も薄暗い。針葉樹が肩を並べるように茂っており、それらの枝葉が日光を遮ってしまう。

 そうであろうと灯りの類は必要ない。進むべき方向がわかっているのなら、木漏れ日で十分だ。

 灰色の髪をなびかせながら、ウイルは真っすぐな瞳で周囲を警戒しつつ、木々の隙間を駆け抜ける。


(このまま北へ一直線だ)


 この突風に迷いはない。

 広大な森の中から死体を探すとなると、途方もない重労働だ。徒歩での横断となれば二日ないし三日はかかってしまうほどの面積ゆえ、視界の悪さも相まって探索は困難極まる。

 それでも今回はある程度予想可能だ。彼らの目的地がわかっているのだから、手がかりが無いわけではない。

 確率だけで語るなら、希望は持てないだろう。この地は魔物の住処であり、ましてやどの方角を眺めようと樹木で溢れている。

 真っすぐ進むことなど不可能だ。

 右へ、左へずれながらの移動となることから、死体探しは難航するに決まっている。

 そのはずだった。


「う……」


 視界に異物が映り込んだ瞬間、ウイルは顔をしかめながら急停止する。

 違和感と嫌悪感を噛みしめながら前方を凝視するも、熟考するまでもなかった。


(間違いない……)


 嬉しい誤算だ。それでも、素直に喜ぶことは難しい。

 ジレット監視哨を出発してまだ数時間。昼食を挟んだことから移動に費やした時間はもっと少ない。

 それでも、出会えてしまった。

 見つけてしまった。

 土と草と木々の湿った匂いに包まれながら、少年は恐る恐る歩き出す。


「おしっこ?」

「ううん、そうじゃなくて……」


 腕の中のパオラが不思議そうに問うも、正解には程遠い。

 正面を見せるだけで理由を教えることは可能だが、ウイルは一瞬迷うも一先ず伏せることを選ぶ。

 隠し通すつもりはない。その中に少女の父親が含まれるかどうか、確認するのが先だ。


「僕がいいって言うまで目を閉じてて。あと、変な匂いがすると思うけど我慢してね」

「うん」


 子供には見せたくない光景だ。土色の大地に、人間の形を保てていない死体が複数転がっている。

 近づくことで状況がより鮮明になるも、このタイミングで傭兵は異変に気付かされる。


(あれ、二人分しか……ない?)


 上半身と下半身とで分断された、無残な残骸。着ている鎧は白金ゆえミスリル製のはずだが、上半身側は鎧ごと野菜のように切り刻まれている。

 もう一つは真紅のクロークをまとった女性のようだが、こちらは頭部が見当たらない。

 両名とも腐敗が進行している。死後、胃液が内臓を溶かしてしまい、見るも無残な姿に変えてしまうからだ。

 ほのかな甘い香りと刺激臭が混ざり合い、その場にいるだけで吐き気を催してしまう。

 それでも、ウイルは逃げ出さない。死体との対面は一度や二度ではないため、多少なりとも免疫がある。

 ましてや、このためにここまで来たのだから、違和感を払拭するためにも確認作業を継続する。


(そう……か。この人達を殺した後、刀を奪って死体で切れ味を試したんだ。だから、バラバラに……。この人がリーダーのハルト。こっちの首無し死体がシルフェン。他の二人は……どこ?)


 彼らはユニティを結成した四人組の傭兵だ。傭兵制度初の等級六に上り詰めた生きる伝説であり、だからこそウイルも名前を憶えていた。

 しかし、ここに転がっている死体は二人分だけ。

 残りの方に本命が含まれており、この状況はただただ不気味だ。


「くちゃい」

「もうちょっとだけ……、我慢してね。すぐ移動するから」

「うん」


 パオラが嘆くのも無理はない。二つの亡骸は目と鼻の先に転がっており、立ち込める異臭は目に染みるほど濃密だ。

 それでもしばらくは辛抱してもらう。ロストン・ソーイングの死体が見つからない以上、手がかりを得る必要がある。


(この人達も相当な実力の持ち主なんだし、ましてや四人組。おそらくは一人ずつ殺されたってとこだろうけど……。だとしたら?)


 足元の二人から殺されたのか?

 ここにはいない二人から殺されたのか?

 現状では皆目見当がつかない。

 どちらであろうと彼らが個別に殺されたことだけは間違いない。魔物は一体だけのはずゆえ、四人同時の抹殺は奇襲であろうと困難極まる。


(あ、首があんなところに……。ピンクの髪だし、考えるまでもなくこの人のか。ガダムさんが言ってた通り、黒い魔物は相当に強敵だぞ、これ。う、顔が微妙に潰れてる……。殴られたのか、もぎ取られたのか、どっちにしろ、一瞬で殺されたなんだろうな)


 一方的な殺戮だ。戦いという様相とは程遠い。イダンリネア王国において最強を名乗れる傭兵達が、見るも無残に殺されている。

 ウイルは驚きながらも周囲の観察を怠らない。天技は現在進行形で魔物の存在を感知しているも、そのどれもが遠くに位置しており、少なくとも新たな人間の訪問に気づけてはいない。

 森の中ゆえ当然だが、どの方角を眺めようと針葉樹が立ち並ぶ。

 だからこそのジレット大森林であり、動物や昆虫、そして魔物の多さは緑の多さに裏付けられたものだ。


(ん? あっちか)


 ここが戦場と化したことは間違いない。二つの死体がそうだと物語っている。

 その中心で、少女を腕に抱きながらゆっくりと歩き出す傭兵。亡骸は何も語ってはくれないが、この地がヒントを提示した。

 ウイルが進む方向の木々だけが、折れ曲がるように倒木している。何かが吹き飛び、樹木が巻き添えを受けた結果だ。

 慎重に歩くこと数分。

 そこには、赤い革鎧をまとった女の死体が、苦悶の表情を浮かべながら転がっていた。


(えっと、ガーベラ……だったかな? スコルピハーネスが凹んで……、お腹を殴られたか蹴られて、即死ってところか。すごい馬鹿力……)


 その結果、ここまで吹き飛んだ。針葉樹にぶつからなければ、もっと遠方まで飛ばされていただろう。ウイルは今朝の模擬戦でガダムに同じようなことをされたが、飛翔距離はこの死体が上回っている。

 気を引き締めながら周囲を見渡す理由は、四人目が見当たらないからだ。

 その男こそがパオラの父親であり、端的に言えば他の三人はどうでも良い。


(いない……。やっぱり、さっきの場所で戦いは終わったとしか思えない。だとしたら、もしかして……)


 新たな可能性が脳裏に浮かぶ。

 つまりは、瀕死ながらも生き長らえ、どこか別の場所で力尽きたということだ。

 少なくとも、今も生きているという事実だけは切り捨てられる。ロストンが未だにジレット監視哨へ帰還しないことがその証拠だ。


(くぅ、見当もつかない。ふりだしに戻っただけなんだけど……)


 頭を抱えながらも思考を巡らせる。


(そう遠くには……、いや、ううん、どうなんだろう、わからない)


 魔物が見間違うほどには深手を負ったはずだ。死んだ振りで誤魔化せるとは思えず、致命傷ながらも即死は免れ、気絶したと考える方が妥当だ。

 その後、目覚めたロストンは痛む体を引きずりながらこの場を離れるも、どこかで息を引き取った。

 その場所が、わからない。

 悩むウイルだが、腕の中のパオラが声を漏らす。


「おとがする」


 言われた通りに瞳を閉じているのだが、その結果、聴覚が普段よりも研ぎ澄まされた。

 ゆえに、忍び寄る足音を鋭敏に感じ取ってみせる。


「本当に耳良いね。右の方から近づいて来てる。多分、黒虎かな。大丈夫、お兄ちゃんの敵じゃないから」


 言われるまでもない。少年の天技は既に接近する存在を感知済みだ。

 木々の隙間から現れた、四足歩行の真っ黒な大虎。鼻の先から尻尾まで、全身が黒一色に塗られており、全長はパオラはおろかウイルすらも上回っている。

 予想が的中した瞬間だ。

 ジレットタイガー。この森を縄張りとする凶暴な魔物の一種。筋肉質な体つきははったりではなく、鋭い爪で人間の肉を切り裂くことなど造作もない。俊足ゆえ追われたら最後、この世界が弱肉強食であることを瞬く間に思い知らされるだろう。口の中に納まらない牙は立派という他なく、これの収集は傭兵にとってのメジャーな金策の一つだ。黒虎という呼び名もそういった結びつきの強さから自然発生しており、ウイルはエルディアと共にこの魔物を数え切れないほど狩ってきた。


(黒虎に襲われるのは想定内だけど、ここまで巨人族と出会うことはなかったな)


 道中、いくつもの敵影をジョーカーが察知し続けるも、見かけたのはジレットタイガーだけだった。それこそがジレット大森林の日常であり、そういう意味では正常なのだが、ガダムの言い分と食い違う。


(他の魔物と違って奴らも有限なんだし、進軍してきた分はほぼほぼ倒されたのかな? だとしたら、ガダムさん達はやっぱりすごい)


 魔物は二種類に分類可能だ。

 魔法のように無から自然発生する種族と、人間や動物同様、繁殖によってその数を増やす種族。

 眼前の虎を含むその多くが前者なのだが、巨人やゴブリンは人間と同じように、出産および子育てという過程を必要とする。

 生物としてはそれが自然だ。何もないところから湧き出る魔物が異常でしかないのだが、事実そうなのだから受け入れるしかなく、イダンリネア王国は仕組みの解明に取り組むも、依然として謎の解明には至らない。


(なんにせよ……)


 今すべきことは脅威の排除だ。大型の虎が威嚇するように唸り声をあげながら、身構えつつも忍び寄っている。飛び掛かる準備は既に万端だ。

 それならそれで対処出来るのだが、ウイルは別の選択肢を選ぶ。抱えているパオラの安全を考慮するならば、後手よりも先手を選びたい。

 ゆっくりと、しかし迷うことなく、腰を落とす。それと同時に少年の右手が死体から短剣を回収、それだけで準備は完了だ。


「必殺……」


 中腰から直立へ移行し、スチールダガーを逆手に握り直した瞬間、ジレットタイガーが先に動き出す。

 前足の爪で切り裂くために。。

 脆弱な人間を殺すために。

 四肢で地面を叩き、距離を詰めようとするも、今回ばかりは相手が悪かった。

 黒色の巨躯が駆けた刹那、ウイルは圧倒的な速度ですれ違う。魔物の真横を通り過ぎるためではない。それを完膚なきまでに殺すためだ。


「ヴィエン・サレーション」


 その瞬間、ジレットタイガーが悲鳴すら上げられずに絶命する。一瞬の内に体を切り刻まれ、全身を細切れにされたのだから当然だ。

 体の身軽さから生み出された瞬発力。

 日々の素振りがもたらした、目にも止まらぬ斬撃。

 それらを組み合わせたこの攻撃をヴィエン・サレーションと名付け、ウイルは必殺の手段として使いこなす。

 いくつもの肉片が大地を赤く染める中、勝者は余韻に浸ることすらせず、そそくさを行動を開始する。

 ガーベラの遺体からギルドカードを回収、先ほどの場所まで戻り、そこでも二人の荷物を漁ればここでの用事は終了だ。

 三人のギルドカードをジレット監視哨もしくはギルド会館へ届ければ、それが死亡届として受理される。傭兵が同業者の遺体を見つけた際の慣習であり、義務ではないのだがよほどの理由がなければ果たすべきだろう。


(死体漁りのようで気が引けるけど、もらっていきます)


 身分証とは別に、彼らの武器を拾い上げる。死体が所持していても意味がなく、ならば生き残った者が使うべきだ。

 今回はユニティが全滅したことから、赤の他人が回収しようと道徳的には問題ない。


(杖のことはよくわからないけど、確か高級品だったはず。ミスリルソードも使い込まれてはいるけどまだまだ大丈夫そう。売れればあの子達を当面食わせていけそうだ)


 なにより、スチールダガーを得られたことが喜ばしい。三か月前まで愛用していた短剣が、こんな形で手に入るとは思ってもいなかった。

 武器や防具の性能は、用いられる素材のランクによって大きく左右される。

 ブロンズ。

 アイアン。

 スチール。

 ミスリル。

 ブロンズ製が最も安値だが、切れ味や耐久性もそれ相応だ。

 アイアン鉱石から作られた武器なら申し分ないのだが、それでも武装するゴブリンを筆頭に相手を選ばざるをえない。

 スチールならば合格だ。巨人族にさえ通用する。

 ミスリルとなると、もはや高嶺の花だ。傭兵のほとんどが、それを手にする機会さえ得られない。それほどに高額であり、ウイルが拾ったミスリルソードは六百万イールもの値を付ける。普通に働いた際の年収が三百万イール前後なのだから、武器一本にその金額を支払える者はどれほどか。


「もう大丈夫だよ」

「くちゃかった」


 少年は走り出す。

 携帯する武器は一本から二本へ。愛用していたアイアンダガーに加えて、ついにスチール製の短剣も入手出来たのだから、戦力という意味では過去最高だ。これらとは別に長杖と片手剣、そしてガダムから譲り受けた刀はマジックバッグにしまっており、出番は来ないだろうがいつでも取り出せる状態にはなっている。

 もとより素手で巨人族を倒せるのだから、警戒すべきは黒い姿の魔物だけだ。遭遇しないことを祈りながら、ウイルは周辺の探索を決意する。


(パオラの父親だけいないなんて思ってもみなかったな……。とりあえず、このあたりをぐるっと探してみよう)


 遠くまでは移動出来ないはずだ。いかに傭兵の生命力が人並み外れているとしても、致命傷を負っているのならば話は別だ。

 そう推測し、走り出すも、二人は無駄な時間を過ごすことになる。

 二人の死体を基点とし、東西南北をくまなく探索するも、四人目はどこにも見当たらない。死者はおろか生存者とすら出会えないのだから、三時間が経過した頃合でウイルはついに音を上げる。


「さすがに、ハァ、疲れちゃったな……」

「あせ、すごい。ほかほか」

「近くの湖に移動するから、もうちょっとだけ我慢してね」

「うん」


 体力の限界だ。

 魔物と樹木を避けつつ、変わり映えしない風景の中から落下物を探す。それを全速力の一歩手前で継続すれば、いかに傭兵と言えどもスタミナが底をついてしまう。

 一休みするためにも、汗を洗い流すためにも、北西の湖を目指すことにする。

 歩きなら数時間はかかる道のりだが、オオカミはおろかジレットタイガーすらも圧倒する速度で走れば、ものの数分で到着だ。

 海のような水たまりが眼前に広がる。水辺に立てば足元はまだまだ浅いが、中心に進むにつれ、あっという間に底は視認出来なくなる。

 当然ながら、そこだけは樹木とは無縁の世界だ。湖の周辺では生い茂っているものの、水面の上はぽっかりと空間が広がっている。


「魔物はいないから安全だけど、水の中には落ちないでね。あ、一緒に水浴びする?」

「する」


 湖のえりに立つ二人。大森林に存在する巨大な水たまりはどこか幻想的ではあるものの、泳げないのなら注意は必要だ。


(いないとは言ったけど、あっちこっちにカニがいるな。森の方にも黒虎っぽいのが……。まぁ、問題なさそう)


 ジョーカーが魔物の位置を捉えてくれるため、過度に神経をすり減らす必要はなく、ウイルはパオラと共に手早く汗を洗い流し、その後、小休憩も兼ねて水面の波紋を眺め続ける。


「あ、サンドイッチ食べよっか」

「たべる」


 ジレット監視哨にて食糧を購入することが出来た。隊長の奢りというわけにはいかなかったため、しっかりお金は取られたが、それでも食事の変化はありがたい。

 パオラにとっては大事な間食であり、卵サンドで口元を汚しながら必死に食べる。その姿は紛れもなく子供なのだが、極限までやせ細っているという事実がその光景に悲壮感を生み出してしまう。


「体は大丈夫? 苦しいとか、痛いとか無い?」

「だいじょぶ。おなかいっぱいになた」

「それは良かった。夜は……、どうしようかな」


 この旅はまだまだ終わらない。どこかで朽ちているロストンを見つけ、パオラに別れを告げさせることがゴールなのだから、様々な可能性を考慮しつつ、予定を組む必要がある。

 今日という一日は続くも、数時間も経てば太陽が西の地平線へ沈んでしまう。その時点で探索は中断だ。

 そのタイミングで夕食を済ませ、この少女を早々に寝かしつけなければならない。

 ゆえに、残された時間を探索に費やしながらも、寝床の確保も必要だ。

 傭兵としてのセオリーなら、この場所だろう。

 湖周辺にも魔物は生息するが、その数は森の中よりも幾分少なく、危険度で言えば低い。


(もしくは、水の洞窟まで行っちゃうってのもありなのかな? ロストンの死体が見つかるかもしれないし……)


 そう思う根拠は、想定していなかった可能性が頭に浮かんだからだ。

 ネイグリングの四人組が謎の魔物に襲われたことは間違いない。その結果、四人中三人が惨殺され、ロストンも致命傷を負った。

 しかし、運よく生き長らえ、その場から逃亡する。

 ここまではウイルもすぐに思いついたのだが、そこから先を読み間違えたと考え始める。

 瀕死ゆえに長距離の移動は不可能だと思ったが、そうではない。

 魔法のように傷を治せる薬品、エリクシルを服薬した可能性があるということだ。


(そうだとしても、エルさんの時がそうだったように、ほんのちょっとの延命が限界なんだけど……。だから、どこかで死んでるのだけは間違いない……と思う)


 回復魔法も、錬金術の薬も、万能ではない。一回ないし一本では、あまりに深い傷は復元されず、出血量がわずかに軽減される程度だ。それでも命が繋がることには違いないが、さらなる治療がなければ時間稼ぎにしかならない。


(ロストンの戦闘系統は魔療系や支援系ではなかったはず。槍使いだし、戦術系か技能系あたり? エリクシルがなければ傷の手当は出来やしない。それだって持っててせいぜい一本だろうし……)


 考えはまとまった。

 死体探しを継続する。目的地は当初の予定通り、水の洞窟だ。

 しかし、不気味な疑問が未だ拭えていないのも事実であり、水洗いしたばかりの衣服に包まれながら、曇った空を眺める。


(もし、傷ついてもなお洞窟に向かったとしたら、その理由は? 普通なら、やっぱり監視哨に戻りたいはず。手当もしてもらえるし、なによりそこが一番安全なんだから)


 そのはずだが、ロストンの足取りは掴めない。探した範囲では見つかっておらず、消去法で水の洞窟方面が有力だ。

 傭兵らしくない行動だ。非効率という話ですらない。

 何をしたいのか。

 何をしたかったのか。

 想像すらも困難だ。

 どうであれ、今は探し続ける。隣に座る少女と約束したのだから、父親探しの中断だけはありえない。


「まだお腹いっぱいかもだけど、出発しようか」


 ウイルは急かすように立ち上がる。体力は幾分回復し、目的地を目指すだけなら申し分ない。

 パオラは今まで通りに持ち上げられ、少年に抱えられるも、その瞬間、眉間にしわを寄せてしまう。


「つめたい」

「あ、そっか……。着替えるね」


 この少年は既に壊れている。湖に浸した服をそのまま着なおしたのだが、本人としては多少の気持ち悪さは感じるものの、寒いとは微塵も思わなかった。

 魔物を倒し続けた弊害だ。

 体の丈夫さは凡人を遥かに凌駕しており、気候の変化や水に濡れたところで暑さや寒さはほとんど感じなくなってしまった。

 頑丈さを得た結果ではあるのだが、人間の姿をしていながらもはや別種の生物のように振る舞えている。

 心も既に狂っている。どれほどの魔物に刃を突き刺そうと、良心が痛むことはない。

 そうでなければ務まらない職業だ。傭兵が外敵を排除するからこそ、王国の民の安全は確約される。

 生きるためには殺すしかない。それが、この世界のルール。

 残念ながら、逃げるという行為に意味はない。どこへ行こうと魔物は配置されており、選択肢は戦って生き延びるか、戦って死ぬかのどちらかだ。


「お待たせ。さぁ、行こう」

「うん」


 砂色の衣服を着なおし、革鎧を装着すれば準備完了。ウイルは既に進むことを選んでおり、赤ん坊のように軽いパオラを左腕で抱きかかえながら、北を目指す。

 巨大な湖を右手に眺めつつ、早歩きのようなリズムで水辺を歩く理由は、満腹な少女を考慮してのことだ。


「おー」


 翡翠色の瞳が、広大な水面を眺め続ける。大自然が作り出した貯水湖であり、その水量は二人だけでは到底飲み干せない。


(見るもの全てが新鮮に映ってるんだろうな。昔の僕みたいだ。ケイロー渓谷やミファレト亀裂を見たらどんな反応するんだろう。あー、エルさんもそんな風に色々考えてくれてたのかな?)


 何も知らないのなら、教えるまでだ。年長者としてそう考えるも、その立ち位置が自身とエルディアの関係性と重なる。

 ウイルにとって、それほどに彼女は大きな存在だった。

 依存さえ、していた。

 しかし、今はいない。

 ならば、パオラに手を差し伸べるのは自分なのだと改めて気づかされる。

 そのための第一歩が、この旅だ。

 父親の死体を見つけ出し、見捨てられた少女に別れを告げさせる。

 儀式のような行為だが、事実そうなのだから仕方ない。

 パオラを呪縛から解き放つために。

 新たな絆を紡がせてあげるために。

 ウイルは前だけを見据え、水の洞窟に向かう。

 そんな矢先だった。少年の天技が異変を感知する。


(あれ? 魔物の反応が一つ消えた。多分、ジレットタイガー、森の中だったし……。だけど……)


 進行方向のやや東よりの方角で、魔物が突然息絶えた。ジョーカーは生きている存在しか捉えることは出来ず、死体には無反応ゆえ、そう結論付けることが可能だ。


(巨人がジレットタイガーを? いや、そうじゃない。反応は一つだけだった。だとしたら……)


 誰がそれを殺した? ウイルも状況は飲み込めておらず、湖と別れを告げ、慎重に森の中へ足を踏み入れる。

 通常、魔物同士で争うことはない。彼らの標的は人間であり、仲間割れを起こす利点がないためだ。

 しかし、巨人族だけは他の魔物を襲う。食べるためであり、そういった点も人間に近い存在と言えよう。

 そういった背景からその可能性を思い浮かべるも、即座に切り捨てる。ジョーカーは巨人族もまた感知してくれるのだが、死んだ魔物の周辺には他の敵影が見当たらない。


(軍人さんか? いや、その可能性は低いはず……。今はジレット監視哨で守りを固める段階なんだし……。だとしたら、傭兵以外にありえない。傭兵、傭兵……、まさか⁉)


 ジョーカーの射程は広範囲だ。それを裏付けるように、倒された魔物まではまだまだ離れている。

 だからこそ、この状況はウイルにとって都合がよい。少なくとも、謎の第三者にこちらの存在を気取られている可能性は低い。


「合図するまで、しゃべらないでね」

「わかった」


 立ちはだかる木々を避けながら、ゆっくりと走る。

 静かに落ち葉を踏みしめること数十秒、少年の瞳は驚きの光景を目の当たりにする。


(や、やっぱり……)


 忍び足は終了だ。二人はついにたどり着く。

 鬱蒼と茂った木々の中心で、その男は一人ポツンと立っている。

 しかし、直立しているわけではなく、足元に横たわる黒い大虎を右手の槍で何度も何度も繰り返し串刺しにしている最中だ。

 儀式のように。

 とりつかれたように。

 細い目で怯えるように見下しながら、その傭兵は息絶えた魔物に必要以上の追撃を試みている。

 ウイルが息を飲んだ理由は二つ。

 その行為を理解出来なかったから。

 そして、この人間を知っているから。


「もう大丈夫だよ。ここからは、一緒に歩こう」

「うん。おさんぽ、たのしい」


 旅が終わる。

 なぜなら、目的地はここだからだ。


「ロストンさん……ですね」


 相手に気づかれるよりも先に、ウイルは言葉を投げかける。

 ジレットタイガーをめった刺しにしている光景は不気味だ。

 それでも、立ち止まっている場合ではない。たどり着いたのだから彼女と共に踏み出すことから始める。

 その瞬間、親子は同時に息を飲む。両者共、心の底から驚いており、少女が反射的に口を開くのは必然だった。


「おとうさん……」


 再会だ。

 長身の男は娘同様、水色の頭髪を生やし、その長さはこの中の誰よりも短い。

 老人と呼ぶには早いものの、細い両目の周りには苦労を物語るようなしわが健在だ。

 銀色の鎧はあちこちが汚れているのだが、首元から下へ大きく引き裂かれしまっている。ひび割れのようにも見えるが、そうではない。鋼鉄よりも頑丈な装甲を、いともたやすく切り裂ける存在がいるということだ。

 右腕は黒色の槍を掴んでおり、今なおその先端を眼下の魔物へ突き刺したまま。

 この男を注視した際、最も目を引く箇所は左腕だ。肩から先が存在しておらず、切り落とされたのか、噛み千切られたのか、どちらにせよ、左腕は既に失われている。

 ロストン・ソーイング。ネイグリングに所属する傭兵だ。等級六に至った四人の内の最年長者であり、謎の魔物に殺されたと思われていたが、そうではなかった。


「パオラか? それに、おまえは誰だ?」


 第一声は驚きをもって返される。

 当然だろう。家に閉じ込めていた我が子がこんな場所に現れたのだから、目を疑っても無理はない。


「僕はウイル・ヴィエン、等級三の傭兵です。先日、この子を保護しました。そして、治療を受けさせてから、あなたを探しにここまで来ました」

「おとうさん……」


 二人と一人が、離れた位置ながらも視線を交わらせる。空気はわずかに凍り付いており、その理由は無残に痛めつけられた死体のせいか、森の不気味さがそう感じさせるのか、今のウイルには想像すら出来ない。


「ここに私がいると、どうやって知った?」


 細い眼光が少年を睨みつける。関心はジレットタイガーからウイルへ移っており、槍は静止したままだ。


「あなた達が水の洞窟に向かったという情報から、ルートを予想しました。先ほど、お仲間の死体を見つけましたが、あなただけは生き残れたようで……。無傷とはいかなかったようですが……」


 胸中は複雑だ。それでも声を絞り出す理由は、パオラのためであり、相手の出方をうかがうためだ。


「ふん、まだ生きていたとはな」


 男は真っ黒な槍を死骸から引き抜きながら、愚痴るように言い放つ。

 それが、合図となった。

 ウイルは一瞬我を忘れるも、斬りかかりたい欲求をぐっと抑え、震えながら食い下がる。


「あなたはこんなところで何をやっているんですか⁉ 子供を飢えさせて、見捨てて……、なぜ、なぜですか⁉ 生き延びたのなら仲間のギルドカードだけでも持ち帰って、何があったのかを報告すべきだ! そんなことも出来ないなんて! それでも……、傭兵ですか⁉ 父親ですか⁉」


 叫び声が森の中を駆け巡る。何を言いたいのか考えがまとまらない以上、浮かんだ言葉を順に吐き出すしかない。


「雑魚のくせに出しゃばるな。二人共、殺してやる」


 男の発言が、少年を唖然とさせる。

 ウイルがロストンを殺したい理由はあるのだが、その逆はないはずだ。出会ったばかりの間柄ゆえ、殺意を向けられる道理がない。

 しかし、隻腕の傭兵は言い放った。

 殺す、と。その上、標的な訪問者二人共だ。

 意味がわからない。ウイルは小さな手のひらを握りながら、噛みしめるように反論を開始する。


「な、なぜ、そんなことを平然と言えるのか、僕にはわかない。この子は! パオラはあなたの子供でしょう⁉」

「ふん、気持ち悪い。生まれて来なければよかったのに」


 話し合いなど不可能だ。ロストンに父親としての自覚はなく、パオラを娘として扱うつもりはない。

 それどころか邪魔者として切り捨てようとしているのだから、少年は怒りに打ち震える。

 その反応は至極当然だが、一方で当事者は全く別の感情に飲み込まれてしまう。

 唯一の肉親ゆえに、探していた。

 すがってさえいた。

 満足に食事を与えてはくれなかったが、それでも父親は父親だ。子供にとっては、かけがえのない存在だった。


「わたしは……、いらない?」


 小さな声が、静かに響き渡る。澄んだその声は今にも消え去りそうだが、ウイルを正気に戻すには十分だ。

 繋いだ手を離さずに、少年は腰を落として少女と向き合う。


「パオラ……、僕でよかったら一緒にいてあげる。知り合いや友達もきっと増えるはず。だから、大丈夫。大丈夫だよ」


 あの男はもはや父親でもなんでもない。それを理解したからこそ、ウイルがパオラに居場所を与えることから始める。


「うん。う、うぅ……」


 泣き始めたその顔は、ぐしゃぐしゃだ。大粒の涙が痩せこけた頬を滑り落ちるも、それらは地面に落下せず、少年の衣服が受け止める。

 抱きしめ、包み込み、温める。ウイルに出来ることはそれだけであり、泣き止むまでそうするつもりでいた。

 その男が、当然のように口を挟む。


「くだらないことを。お前達は今から殺される。そうでなくとも、私達はあの魔物に殺される。早いか遅いか、それだけのことだ」


 まるで茶番だと嘲笑うように。

 人間の命を軽んじるように。

 ロストンは殺気をたぎらせながら、二人をどこまでも見下す。

 直後に、血に濡れた槍の先端で半円を描きつつ、担ぐように構え直し、右肩をトントンと叩く。こちらはいつでも襲いかかれるぞ、という意思表示の表れだ。

 その結果、三人しかいないこの場所に、怒り狂った四人目が前触れもなく割って入る。


「も~、我慢ならん。ウイル君、こいつぶっ殺しちゃって。お姉さんが許す!」


 苛立っていてもなお、鈴のような声。

 発生源は純白の本だ。少年の隣でふわふわと浮かんでおり、表紙や裏表紙はおろか、背表紙にすら文字の類が見当たらない。

 完全に真っ白な古書。汚れてはいないが歴史を感じさせる理由は、実際に長い年月を生き抜いているためか。


「なんだ、それは? 女の声?」

「クソジジイは黙ってて。ほらほら、どのみち殺すつもりだったでしょう? こんな奴、生きてる価値ないって。さっさとやりましょう」


 ロストンにこの状況を理解することなど不可能だ。黙れと言われてしまった以上、男は後手に回るしかない。言葉を話す本について何一つわからない以上、迂闊な行動は避けなければならず、大人しく相手の出方をうかがう。

 もっとも、苛立つという意味ではその少年も同じだった。


「白紙大典、余計なことは言わないで。ここは僕が何とかするから……。邪魔するんだったら、ハクアさんに三日間ぐらい預けるよ」

「ちょっ⁉ 涎まみれになっちゃう! で、ではでは、お姉さんはこれにて」


 説教が終わると同時に、真っ白な本が手品のように消える。それは出し入れが可能なだけなのだが、事情を知らぬ者からすればそのやり取りすらもどこか不気味だ。


「今の本は、何だ?」


 ロストンは苛立ちながらも問いかける。返答次第ではすぐに殺す。そうでなくとも、そう遠くない内に少年と娘を殺すつもりでいる。


「白紙大典、そういう名前の魔導書です。僕がこうして傭兵になれたのは、彼女のおかげでもあります。嘘みたいな話ですけど、本当です」


 パオラを受け止めながら、ウイルは顔だけを向けて説明を終える。言葉足らずではあるのだが、いがみ合っている傭兵同士ゆえ、これ以上は時間の無駄だと判断した。


「魔導書……、魔道具のようなものか。随分と生意気ではあったが」

「そうですね。普段は大人しいんですけど、時々一人で盛り上がることがあって……。それじゃ、僕からも質問させて下さい。あなたはなぜ、仲間が殺されても帰国しなかったんですか?」


 つまらなそうなロストンを他所に、ウイルは未だぐずり続けるパオラを左腕だけで抱き上げる。

 最も知りたい疑問点は別にあるのだが、それはロストンのアイデンティティに関わるだろうと判断し、あえて先送りにする。

 ゆえに、この問いかけだ。魔物に襲われ、ユニティが壊滅したのなら、生存者は避難のためにも軍事拠点へ戻るべきなのだが、目の前の男はそうしなかった。傭兵らしくない行動であり、ウイルはその背景を測りかねている。想像すらも困難なほどだ。


「帰国ぅ? そんな危険なことが出来るか」

「危険……? 危ないってこと、ですか? どういう……」


 返答がさらに少年を混乱させる。安全地帯への避難を否定し続けるという意味ではその言動に一貫性はあるのだが、その動機がわからないのだから、眉をひそめずにはいられない。


「あの魔物は言っていた。人間を狩りたい、と。そして、こうも言っていた。どこに行けば狩れるのか、とも……。つまりはそういうことだ! 監視哨へ戻ろうものなら、今度こそ奴に殺される! 軍隊なぞ相手にもならん! 等級六の私達でさえ手も足も出なかったんだぞ! 監視哨も全滅だ! 間違いなく! その後は王国が滅ぼされる! あいつに! たった一体の魔物に! それが真実だ! この世界の勝者は人間じゃあない! 魔物なんだ! 人間は滅ぼされるだけの弱者……なんだ……」


 悲鳴のようなロストンの主張が、薄暗い森を騒ぎ立てる。

 それは感想であり、実体験であり、拭いきれない恐怖そのものだった。だからこそ、パオラは泣き止み、父親の怯えるさまを腫らしたその目に焼き付ける。

 そんな中、冷静な人間が一人。少女を抱えながら、心の中で分析を開始する。


(黒い魔物も言葉を話すのか。ますます、奴に似てる……。この人が帰国しなかった理由もわかったけど、おおよそ的外れと言うか……、頭が悪い。いや、自分が混乱していることに気づけないほど追いつめられてる、ってことなのかな。仲間が三人も殺されたんだから、無理もないか)


 死を免れたロストンに提示された選択肢は二つ。

 監視哨へ退避し、今度こそ黒い魔物に殺されるか。

 人間がいない方角へひっそりと逃げ、息を殺して生き続けるか。

 男は後者を選んだ。それだけのことであり、ウイルがどれほど推理しようとも答えにたどり着けるはずもなかった。


(ジレット監視哨はここから南、だからこの人は北へ向かった。そして、唯一の水場でもあるこの湖に身を寄せて、今に至る……と。食べる物は、足元のひき肉で事足りるよね。うん、一つ謎は解けた。後は……)


 生き延びたロストンの現在に至るまでの足取り、およびその思考についての考察は完了だ。ならば、ここからは一歩踏み込む。


「あなたの置かれた状況については察しました。苦労されたようですね……。もし良ければ、もう少しだけ教えてください」

「……なんだ?」

「あなたはなぜ、この子を……、自分の子供を虐げるような真似を?」


 育児放棄ですらない。殺意の元で行われた監禁だ。

 ロストンとパオラ。

 父親と娘。

 その関係性を疑いたくなるほどの悪質な行為だ。

 本来ならば被害者の前で尋ねるようなことではないのだが、この状況ではそうするしかなく、ウイルは腹をくくって問いかける。


「そいつのせいで妻は死んだんだ。そいつが生まれてこなければ、あいつは……。私よりもずっと才能に恵まれていたんだぞ! 間違いなく、一流の傭兵だった……。誰もが認める女だった! それなのに! そいつを産んでからは日に日に弱っていき……、今のそいつのようにやせ細って最後は息を引き取った。だったら! 悪いのはそいつだろう! なぁ、私が間違っているのか⁉ 教えてくれ!」


 まるで癇癪を起こした子供のように、ロストンは訴えかける。

 娘のせいで妻が死んだ。そう主張しているのだが、ウイルは否定することが出来ない。

 なぜなら、その可能性が非常に高いからだ。


「その、パオラは……、生まれながらの超越者……です。だから、あなたの奥さんが亡くなられたのは、どうしようもないことで……」

「ちょうえつ……しゃ? そいつが?」

「赤ん坊が超越者だった場合、母親は出産時に命を吸い取られて……、結果、その直後に、もしくは長くても一、二年で死んでしまいます。これはどうしようもない摂理です。王族や四英雄が子孫を多く残さない理由がまさにこれで……。だから、あなたの奥さんが亡くなってしまったのも、やむを得ないと言いますか……、その……」


 教養のある人間ならば常識のようなものだが、庶民の多くはこのことを知らない。階級制度の弊害なのだが、人為的にそう仕組んでいるのだから、目論見通りとも言えよう。

 知識と資産を持つ者が上に立ち、愚か者達は未来永劫支配され続ける。この状況を維持するためには、貴族以上の子供達だけを教育機関に通わせ、そうでない者達には知恵を持たせない。

 それが最も楽なやり方であり、ロストンは残念ながら持たぬ側の人間だ。

 ゆえに、知らなかった。妻が死んだ理由はパオラのせいだと思い込み、虐待を続けていたのだが、実際にはその通りだった。

 だからこそ、男は顔を引きつらせながら笑うしかない。


「はは、ははは! 私は間違っていなかった! やはりそいつは殺さなければならなかった!」

「違う! パオラに八つ当たりすることが間違っている! そう言ってるんです! この子だって被害者なんです! 母親を失ったんですから! なぜ、それがわからないんです! 悪いのはこの世界の仕組みで、僕らは被害者だ! それをわかってください!」

「他人がとやかく言うことか! 父親は私だ! だから、好き勝手にして何が悪い!」

「児童虐待も! 育児放棄も! どちらも犯罪です! 王国法にそう記されています! 親は自分の子供を育てる義務があるんです! か、悲しみをパオラにぶつけるな!」


 平行線だ。そもそも立ち位置が異なるのだから、主義主張が相手に刺さるわけがない。

 愛する者を失い、狂った者。

 つい先日、パオラに出会っただけの少年。

 置かれた状況が似て非なる以上、叫んだところで互いに体力を消耗するだけだ。

 それをわかっているからこそ、ロストンは殺意をたぎらせながら槍を構える。


「子供の分際で知った風な口を……。無駄な時間だったな、おまえ達を殺して終わりだ」


 話し合いは一方的に切り上げられる。

 傭兵である以上、討論よりも殺し合いが本業だ。今回は殺す相手が魔物ではなく人間だった。それだけのことなのかもしれない。

 そうであろうとなかろうと、少年は未だに武器を構えない。パオラを大事そうに抱えながら、質疑応答の継続を要求する。


「訊きたいことはまだ……」


 ウイルが言い終えるよりも先に、眼前の傭兵がその場から姿を消す。

 その瞬間、雷のような突風が吹き抜けるも、それは少年の真横を通り抜けるだけに終わった。


(避けただとっ⁉)


 ロストンは最短距離で突き進み、漆黒の槍で標的を貫こうとしたが、穂先は空を切る。寸でのタイミングで獲物が動いたのだから必然の結果だ。


(偶然か? ならば……!)


 獲物とはすれ違ったばかりゆえ、裏を返せば逃げられてはいない。殺意を向ける相手がそこにいるのだから、追撃は可能だ。

 真後ろへ方向転換すると、そこには棒立ちの少年。隙だらけなその立ち振る舞いは、傭兵とは似ても似つかない。ミイラのような少女を抱えていることも、そう思わせるのかもしれない。

 そんな思い込みは、視線が交差した瞬間に弾け飛ぶ。


(くっ、見切られている⁉)


 ロストンは踏み込む足を硬直させ、立ち止まる。

 なぜなら、小さな傭兵が即座に振り向き、自身を威嚇してきた。

 初手の突きはたまたま避けられたのではない。小さな傭兵が実力で成したのだと、この瞬間に理解する。


「ただの……、雑魚ではないな?」

「あなたも相当なやり手のようで……。今の突進はヒヤリとしました」


 等級六は伊達ではない。ウイルは実感と共に噛みしめながら、少女の父親を睨みつける。

 心中は複雑だ。ロストンを殺すつもりでいるのだが、腕の中にはパオラがいる。殺すという目的にためらいを覚えるのは当然のことだった。

 それでもやるしかない。パオラが人間らしく生きていくためには、この男から解き放つ必要がある。

 いつの日か、ロストンが更生する可能性は残されているのかもしれない。

 しかし、そんな選択肢は与えない。

 ウイルの中には純粋な殺意が満ちており、煮えたぎる怒気は本物だ。それはロストンの死でしか晴らせない。


(だけど、この子にその瞬間を見せるわけにはいかない。それに、知りたいことはまだある)


 殺し合いの継続は願ったり叶ったりだ。

 一方で、決着をつけるにはまだ早いと自分勝手に判断しており、回避に徹することで時間を稼ぐ。

 そんな甘い考えを吹き飛ばすように、ロストンは笑いながら再度そこからいなくなる。


「脚力向上! 目で追うことすら出来まい!」


 その発言は見栄でもなければ嘘でもない。突如として、ウイルの周辺に嵐が発生する。それほどの速度で駆け回っているということだ。


(なるほど、この人の戦闘系統は強化系……。負った傷もマントラで治せたってことか。おかげで謎が一つ解けた)


 ウイルの憶測は正しい。

 強化系。戦技によって腕力、脚力、打たれ強さのどれかを高めることが可能な戦闘系統。一度に強化出来る部位は一か所に限定されるため、状況によって戦技を使い分ける必要がある。マントラは会得者が少ない上級の戦技であり、疲労だけでなく負傷すらも癒すことが可能だ。

 ウイルが抱いていた疑問の一つがロストンの延命方法だったが、強化系という事実が答えを提示してくれた。


「これが私の実力だ!」


 老兵は目にも留まらぬ速さで走り回るだけでなく、周囲の樹木を利用し、立体的な包囲網を形成し始める。

 死角への移動を交えながら、跳ね上がり、針葉樹を足場にして次の地点へ。獲物を翻弄し、必中のタイミングをうかがう算段だ。


「こわい……」

「大丈夫。お兄ちゃんが一緒にいるから。だから……」


 四方から押し寄せる爆音。地面が爆ぜ、木々が震えるのだから、身が竦むほどの大音量だ。

 パオラは恐怖しながら、自分の置かれた状況に困惑し続ける。

 この状況、九歳の少女には理解不能だ。

 なぜ、父親に殺意を向けられているのか?

 なぜ、二人が喧嘩をしているのか?

 今、何が起きているのか?

 わからない。

 何もかもがわからない。

 ゆえに、しがみつく。少年の温もりに救いを求めることしか出来ないのだから。


「魔物の代わりに、私が殺してやる!」

(意味がわからない。この人はもう……)


 ウイルは声の方へ振り向くも、そこは無人だ。足の立ち位置を変えながら前後左右へ首を向けるが、長身の傭兵に追いつくことは出来ない。


(死ね!)


 その瞬間が訪れる。

 隙だらけなその背中は、まるで突き刺せと誘っているようでさえあった。もちろん、ウイルにそのような願望はないのだが、好機を見逃すほど、ロストンの細い目は節穴ではない。

 立ち尽くす後ろ姿に、長槍が牙をむく。真っ黒な先端が迫るも、小さな傭兵は動くことすら出来なかった。


「無駄ですよ。あなたは確かに速い。だけど、僕の知る限りだと、五番目にすら届かない」


 動けないのではない。

 動く必要がないのだから、ウイルは冷静にその場で立ち続ける。


「な……に……?」


 二度目の突き攻撃も不発に終わる。標的まで後わずかというタイミングで、ロストンの直進が阻止されたからだ。

 動けない。

 体の大部分は稼働するも、両足だけが地面に縛り付いて動いてはくれない。

 右腕を前へ伸ばし、槍先だけも突き入れようとするも、無駄な努力だ。数歩、前へ進めれば届くだろうが、その距離が今は遠すぎる。

 ウイルはゆっくりと振り返り、銅像のような男へ言い放つ。


「グラウンドボンドです。ここからは質疑応答の時間です」


 グラウンドボンド。弱体魔法に分類される魔法の一つ。最大で三十秒間、対象をその場に縛り付けることが可能だ。必ず成立するわけではなく、成否は詠唱者と標的の魔力によって左右される。


「わ、私に弱体魔法を当てた……だと? ありえない⁉」

「確かに、僕の魔力では失敗していたかもしれません」


 魔力とはつまり、魔法を行使する際の指標だ。高ければ高いほど、魔法の威力は向上する。

 相手を傷つけない弱体魔法の場合、その効果が適用されるかどうか、また、その効果時間を決定づける。


「私の方が格上なんだぞ!」

「それについては賛同しかねますけども、仮にそうであっても僕はあなたを拘束出来ます」


 少年の発言は証明済みだ。事実、ロストンの両脚は地面に貼り付いており、進むことも退くことも許されない。


「ぐ、偶然だ! すぐにでも解除されるはず!」


 男の主張は、通常ならば正しい。

 弱体魔法の効果時間は、両者の実力によって変動する。

 グラウンドボンドの場合、詠唱者の方が強者ならば最長で三十秒間相手を縛ることが可能だ。

 一方、狙われた方が高い魔力を有する場合、仮に魔法が成立したとしても最大時間の半分かそれ未満で解除されてしまう。


「残念ながら、それはないんです。あなたはもう、そこから動くことは出来ない。最後まで……、その瞬間まで……」


 ウイルとロストン。どちらの魔力が勝っているのか。実は、現状だとわからない。魔法を行使する際は詠唱者の魔力を参照するのが一般的だが、この少年にはその法則が当てはまらないからだ。


「くそっ! 動け!」


 切り裂かれた白金の鎧をカチカチと鳴らしながら、男は上半身だけを暴れさせる。

 しかし、期待とは裏腹に魔法の効果は継続中だ。

 そして、非情な現実が突きつけられる。


「無駄です、グラウンドボンド。上書きしました」


 ウイルの体から泡のような揺らぎがいくつも湧き上がり、それらが霧散する頃には詠唱は終了する。

 グラウンドボンドの効果間は三十秒。その時間が過ぎ去るよりも先に二回目を撃ち込めば、拘束の延長は完了だ。

 それを裏付けるように黄色い輪っかがロストンの足元に出現、それは一瞬で縮こまり、点となって消滅した。この魔法が成立した瞬間だ。

 この状況が傭兵をうろたえさせる。侮っていた子供に戦況を支配されているのだから、砕けていたプライドはさらに欠けてしまう。


「おまえは……、何なんだ?」

「この子を保護した傭兵です。質問に答えてもらう前に、僕からも情報を提供します。例の魔物ですが、確かにジレット監視哨を襲撃しました。でも、常駐する部隊によって追い返されましたよ。死傷者はかなり出てしまいましたが、そいつに手傷を負わせることには成功したようです。これが……、その証拠です」


 ウイルが背負い鞄から取り出したそれは、黒い鞘に収まった刀だ。見た目よりもズシリと重く、その長さは片手剣よりもすらりと長い。

 ロストンはこれを知っている。所属するユニティのリーダーが女王から譲り受けた一品物の刀ゆえ、見間違うはずがない。


「ハルトの刀……」

「そうです。黒い魔物があなた達を壊滅させた後、この刀に興味を持ったらしく、ジレット監視哨に現れた際、所持していたそうです。隊長が奪い返したそうで、縁あって今は僕の手に……」

「ふん、おまえがハルトの死体から回収した可能性もある」

(う、それを言われると反論出来ない……)


 魔物を追い払うことに成功した。その証拠として刀を提示するも、その試みは失敗だ。ロストンの言う通り、死体から盗むことが可能な以上、説得力を伴わない。


「私達でさえ敵わなかった相手に、軍人程度が太刀打ち出来るはずもない。監視哨は全滅したのだろう? あれは常軌を逸した強者だ。この世の支配者は魔物だと気づかされた。だったら、私は見つからないよう、ひっそりと生き延びてみせる。そのついでに人間狩りを手伝おう。あれもきっと、王国民の掃討に忙しいだろうからな」


 ウイルの言葉は届かない。恐怖に飲まれ、正気を失っているのだから、この男は壊れながらも身勝手な理論で武装し、黒色の槍を二人に向ける。

 話し合いは終了だ。意思疎通が不可能なのだから、殺し合う他ない。

 もっとも、ウイルは初めからそのつもりだ。パオラをギルド会館で保護してから、父親への殺意を胸に、手がかりを探し続けた。

 誤算は二つ。

 パオラが同行したことと、ロストンが生存していたこと。

 片方なら問題なかった。両方が同時に起こったことが、少年を悩ませる。

 それでも、立ち止まらない。

 グラウンドボンドの延長を淡々と実行しながら、ウイルは最後の質問を投げかける。


「これだけは……、教えてください。あなたはなぜ、この子にパンを与え続けたんですか? 言っていることとやっていることがちぐはぐです。少なくとも僕にはそう思えてしまいます」


 ロストンは娘を恨んでいる。殺したいほどに排除したがっている。

 しかし、量は少ないが食事を与え続けた。

 ひと月に、パンを一つないし二つ。

 硬いそれに十分な栄養はないものの、この少女は生まれながらの生命力だけで命を繋ぎ続けた。死体よりも痩せこけてしまったが、九歳までは延命を可能とした。

 残酷な事実だが、父親のおかげだ。百イールにも満たない質素なパンだったが、それでも娘を生かしたのだから、殺したいと言っておきながら行動としては矛盾している。

 ウイルはその動機を、わからないなりにも予想している。

 わずかに残った親心がそうさせたのだろう、と。

 そうとしか思えない。食事としては全く足りていないが、それでも餓死させたいのなら何一つ与えないはずだ。

 そうあって欲しいと願いながら問いかけるも、返ってきた答えは全くの別物だった。


「面白いからに決まっているだろう」

「なっ……」


 明かされた真実が、少年に眩暈を起こさせる。

 一方、ロストンは心底楽しそうだ。青ざめる獲物を眺めながら、本心の吐露を継続する。


「何日も、何十日も帰らずに、久しぶりに自宅へ戻ってみれば、そいつは死にそうな姿でまだ生きてやがる。そして、すがるような目で私を見るんだ……。こんなに面白いことはない! なぁ、そうだろう!」


 男は声高々に笑い続ける。

 発言内容は本心そのものであり、だからこそ、その表情は満面の笑みだ。

 この状況において、ウイルに出来ることは何もない。震える両手でパオラを抱きしめながら、涙を浮かべてしまう。

 これほどとは思わなかった。

 想像以上の絶望だった。

 救いなど、ない。パオラにも、ロストンにも。


「父親だろ……。なんでそんなことを……」

「嫌いだからに決まっている! 殺したいのだからそうする! 私は父親なんだ! 好きにしていいだろう!」

「そんなの幻想だ! 何度言えばわかる!」


 先ほどの繰り返しだ。両者は訴えるように叫ぶも、建設的な話し合いには発展しない。

 ウイルはパオラをそっと下ろす。彼女はこの場における最も悲痛な被害者であり、今も心を痛めながら涙を流している。


「そいつを差し出したところで、もう遅い! おまえも必ず殺す! 逃がしはしない!」


 狂気に飲み込まれたロストンには、眼前の二人が獲物にしか見えていない。

 ゆえに、その仕草の意味など理解不能だ。

 一方、ウイルは騒がしい敵を無視しながら少女と目線の位置を合わる。

 涙ごしに映る少女の顔は追い詰められた人間のそれだ。誰かが救わねばならず、ゆえに、少年は泣きながらも笑顔を向け、偽りない本心を口にする。


「僕が、新しい家族になるよ。僕のお父さんとお母さん、それと、メイドのサリィさんとシエスタも」

「かぞ……く?」

「うん、いっきに六人家族だね。今日から君の名前は、パオラ・エヴィ。僕の妹だ。新しいお父さんとお母さんも、きっと優しくしてくれるよ。一番優しいのはサリィさんだけどね。シエスタは……、無口で何考えてるかよくわからないけど、まぁ、君になら笑顔で接してくれ……、シエスタの笑顔見たことないや」


 顔をしかめながら、ウイルは包み込むように話しかける。

 ウイル・ヴィエン。今はもう貴族ではないため、エヴィ家には帰ることが出来ない。それでも、パオラにはその名を与えるしか方法が思いつかず、もちろん両親への根回しなど済んでいないのだから、実現性は曖昧だ。

 それでもためらうことなく、言ってのける。後先を考えている場合ではないと承知してのことだ。


「パオラ・エヴィ?」

「うん、新しい名前。お兄ちゃんと……、お揃いではないけど、それはまぁ、追々教えるから安心して。だから……」


 少年は少女の手を取りながら、すっと立ち上がる。

 正面には心を壊された傭兵が立っており、実は今のやり取りの最中でひっそりと自由を取り戻していた。


「今から殺される人間が、おままごとだと? 笑わせてくれる」


 見下すように、ロストンは嘲笑う。つまらない演劇に辟易しており、同時にグラウンドボンドの消失を好機と捉え、飛び掛かる機会をうかがっている。


「パオラ、今までのお父さんとはここでお別れになるから、さようならって」

「うん、おとうさん、さようなら」

「ふざけるな! そんなこと認めないぞ! パオラは私の娘だ! 私が殺すんだ! おまえが決めるな! 殺されるだけの弱者の分際で!」


 ジレット大森林の中心で、三人は向き合う。

 傭兵は遂行するために。

 少女は別れを告げるために。

 傭兵は何のために?

 広大な世界で、三者は一瞬ながらも交わった。

 その邂逅はパオラにとって人生の岐路となる。

 パオラ・ソーイングからパオラ・エヴィへ。名前が変わっただけではない。偽物の肉親から隔離され、本当の家族と出会うための通過儀礼だ。

 ウイルは左腕だけで妹を抱き抱え、最後の用事に備える。


「一瞬で終わらせる」


 挑発じみた発言だが、本心そのものだ。

 支離滅裂な主張は聞き飽きた。

 大人げない殺意は単なる毒だ。

 それらの原因である眼前の大人を殺すため、なにより新たな家族を救うため、ウイルはスチールダガーを右手に構える。

 その時だった。

 パオラを抱える少年の周辺に異変が起こり始める。グニャリと湾曲する空間は周囲の景観を歪めるも、ウイル自身は灰色の短剣を構えながら動こうとはしない。

 一方、今のロストンは冷静さを失っており、異常現象を当然のように見落とす。殺す相手を睨んではいるが、頭に血が上り、視野は極端なまでに狭まっている。 


「子供が戯言を!」


 獣のような叫び声だ。

 己を見失い、先ほど同様に標的の周囲を疾走するも、この男は二つの事実を見落としている。

 超高速の移動で翻弄しようとしても、グラウンドボンドの前では無意味でしかない。

 ましてや、ウイルには初めから通用しない。

 それを、敗者は身をもって知ることとなる。


「朽ちろ!」


 小さな背中に狙いを定め、突き進む黒色の刃。布地、皮膚、臓器の順に貫くはずだったそれは、またも無人の空間にて素振りに終わる。


「消え……た?」


 直前までは確かにそこにいた。だからこそ、殺すつもりで距離を詰めたのだが、自慢の槍が人間を貫通するよりも先に、ウイルの姿はそこからいなくなる。

 これが実力の差だ。ロストンの動体視力では追い付けない。つまりはそういうことだ。

 そして、その瞬間が訪れる。


「必殺……」


 冷え切ったその声は死の宣告だ。

 それをわかっているからこそ、ロストンは声のする方へ慌てて振り返る。

 だが、間に合わない。その動作すら置き去りにして、漆黒の旋風が男の真横を通り抜ける。


「ヴィエン・サレーション……」


 すれ違う刹那、雌雄は決した。

 勝者が短剣を鞘にしまうと同時に、敗者の首が胴体から転げ落ちる。その後、ワンテンポ遅れてドシンと騒音が鳴り響くも、ウイルは音の鳴った方へ振り向こうとはせず、腕の中の少女へやさしく語りかける。


「さぁ、帰ろうか」

「うん」


 決着だ。

 傭兵と傭兵。壊れた者同士の戦いは、パオラの幸せを願った者に軍配が上がる。

 彼女は父親を失った。

 しかし、それ以上の家族を得たのだから、旅の目的は果たされたのかもしれない。

 生まれ、見捨てられ、そして救われた。ゆえに、ここからは当たり前の幸せをその手に掴み、長い道のりを歩むことになる。

 その隣に立つ少年の名は、ウイル・ヴィエン。用意された舞台の上で、主役に抜擢された非力な少年。

 観客はこの結果に満足げだ。森を眼下に見下ろしながら、それは人間同士の殺し合いを満面の笑みで眺めていた。

 喜ばずにはいられない。選んだ人間の成長速度が予想を上回ってくれたのだから、燃え滾る体はなおさら揺らいでしまう。

 大空に浮かぶ、二つの太陽。片方は大陸の西側で一息つこうと沈み始めてみる。

 今日という一日はまだ終わらない。

 まだ終わってはくれない。

 空の色が淀むまでそう長くはかからないが、彼らには十分だ。

 同時刻。殺風景なその部屋で、鎧から軍服へ着替えた男が部下からの報告に耳を傾ける。


「斥候からの報告は以上です!」


 椅子と机と棚だけが設置された石造りの部屋。軍事基地の上階に存在する隊長室で、部屋の主は瞳を閉じながら背もたれに体を預ける。


「わかった。おまえ達はそのまま待機だ」

「了解です! 失礼致します!」


 部下が足早に去ると、入れ替わるように静寂な空気が訪れる。

 ふぅ、とため息をつきながら、男は天井を見上げるもそこに答えは書かれていない。

 ガダム・アルエ。第三先制部隊を統べる隊長だ。ジレット監視哨で魔物との小競り合いの真っ最中なのだが、新たな頭痛の種が舞い込んだことから、顔をしかめつつもモシャっとした茶色い髪をかきむしる。


(一昨日に引き続き、今日もこの森に魔女が現れた……だと? しかも三人。合計で四人も……。大森林に何が起きている? 全て偶然なのか? それとも……)


 軍人であろうと、そして隊長であろうと、わからないものはわからない。

 この何日かの間に、ジレット大森林では様々な出来事が次から次へと発生した。

 黒い魔物の出現と監視哨への襲撃。

 それに連動するように、巨人族の進軍。

 制度初の等級六に至った傭兵達が行方不明。

 そして、父親を探すために現れた二人の子供。


(巨人族の掃討は順調だ。ならば、このタイミングで打って出るしかない)


 ガダムは半数近くもの部下を謎の魔物に殺された。この状況ではジレット監視哨の防衛すらままならないが、救援要請を受けた援軍がもう間もなく到着する。

 第三先制部隊はその際に王国へ引き上げるのだが、この男は滞在していられる残り時間を有効活用するつもりだ。


(周囲に戦いの気配は感じない。ウイル君の旅も順調なはず。ならば……!)


 椅子から立ち上がった理由は、出発準備のためだ。

 ここを守るためだけでは足りない。直感的にそう理解し、ジレット大森林へ出向くことを決意する。

 狙いは、魔女と呼ばれ忌み嫌われる彼女らの動向だ。

 軍務を全うするのなら、ジレット監視哨の防衛に努めるべきだろう。

 そうしない理由は、とにもかくにも直感でしかない。

 ガダムは預言者のように感じ取っている。ジレット大森林を舞台に、大きな何かが起きるということを。


(この胸騒ぎは何なんだ? 例の魔物が現れた時以上だ……)


 不安。

 恐怖。

 そして、希望。

 それらが混ざり合うことなど無いはずだが、事実そうなのだから男は己の目で確かめるしかない。


(勘の良さが吉と出るか凶と出るか……。そこまでは見通せないのだから、天技ではないのだろうな)


 ガダムは単なる軍人ではない。人よりも鋭敏な感覚を持ち合わせており、離れた位置から他者の恐怖心や高揚感を感じ取るばかりか、勘そのものが非常に鋭い。

 その直感が告げている。

 このタイミングで現れた魔女について調査すべきだ、と。

 魔女。人間の姿を獲得した魔物の一種。見分け方は簡単だ。眼球に独特な外見的特徴が存在しており、一目見れば判別出来る。

 軍隊の主な役割は、巨人族と魔女から王国を守ることだ。

 そういった背景から、ガダムは本能的に彼女らを警戒しようとしているのかもしれない。

 そして、居合わせた者達は知ることとなる。

 これから起こる出来事は、大きな争いの序章だということを。

 その中心には、一人の少年。灰色の髪は短く、幼い顔と低い身長が実年齢よりも若く見せる。左目の泣きボクロを本人は気にしているのだが、決して不釣り合いではない。

 こじんまりとした庶民着とその上にはチープは革鎧を身に着け、傭兵らしく二本の短剣を携帯している。

 光流暦千と十五年。

 コンティティ大陸という舞台上で、三人はついに巡り会う。

 観客達は、その瞬間を特等席から目撃する。

線上のウルフィエナ

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