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第二十九話 ファインダーの向こう側
「一枚の写真に写るのは、景色だけじゃない。その人が見てきた時間も写る。」
五月も終わりに近づいていた。
フォトコンテストの締め切りまで、あと一週間。
写真部の部室には、静かな緊張感が流れていた。
「神崎先輩。」
新入部員の一人が声をかける。
「応募する写真、決まりましたか?」
湊は少し笑って首を振った。
「まだ。」
パソコンの画面には何十枚もの写真が並んでいる。
夕焼け。
桜。
笑顔。
雨上がりの街。
どれも大切な一枚だった。
だからこそ、決められなかった。
*
放課後。
湊はカメラを持って、いつもの河川敷へ向かった。
風が草を揺らし、川面には夕日が映っている。
シャッターを切ろうとしても、指が動かない。
「何を撮ればいいんだろう。」
思わずこぼれた独り言は、風に流された。
コンテストだからと意識しすぎていた。
気づけば、「いい写真」を撮ろうとしていた。
でも、本当に撮りたかったのは——。
*
その夜。
紬からビデオ通話の着信が届く。
画面には、見慣れた笑顔が映っていた。
「元気?」
「うん。」
「神崎くんは?」
「元気。」
少し照れくさくて、二人とも笑う。
「写真、決まった?」
紬が尋ねる。
「まだ。」
「朝比奈は?」
「私も。」
お互い、同じだった。
「先生にね。」
紬がゆっくり話し始める。
「『上手な写真じゃなくて、あなたにしか撮れない写真を撮りなさい』って言われた。」
その言葉に、湊ははっとする。
自分にしか撮れない写真。
それは技術じゃない。
自分だから見つけられる瞬間。
自分だから残したいと思える景色。
「ありがとう。」
「え?」
「なんか、分かった気がする。」
紬は嬉しそうに笑った。
*
翌日の放課後。
部室を出ようとした時だった。
廊下の窓から、中庭が見えた。
新入部員たちが、
撮った写真を見せ合いながら笑っている。
「それ、いいじゃん!」
「いや、こっちの方が好き!」
無邪気な笑い声。
その中心には、去年の自分はいなかった。
でも今は。
その笑顔を見守る立場になっていた。
自然とカメラを構える。
誰も気づいていない。
だからこそ、本当の笑顔だった。
カシャッ。
画面に映った一枚を見た瞬間、
湊は小さく息をのむ。
飾らない笑顔。
何気ない日常。
でも、それこそが——
自分が撮りたかった写真だった。
*
帰宅すると、一通のメッセージが届いていた。
紬だった。
《写真、決まった?》
湊は撮ったばかりの一枚を見つめる。
そして返事を送った。
《うん。やっと見つけた。》
すぐに返信が届く。
《完成したら、いつか見せてね。》
湊は静かに微笑む。
「もちろん。」
その一枚は。
誰かに評価されるためではなく、
自分が心から「残したい」と思えた景色だった。
📷 Photo.029『ありのままの瞬間』
撮影日:5月26日
特別な景色じゃなくてもいい。
心が動いた、その一瞬を。
ファインダーの向こうには、
いつも本当の物語がある。
コメント
1件
いやー、今回も良かったわ…!「上手な写真じゃなくて、あなたにしか撮れない写真を撮りなさい」って先生の言葉、めっちゃ刺さった。湊が新入部員たちの自然な笑顔をファインダーに収めた瞬間、こっちまで息をのんだ。ファインダーの向こう側にある“本当の物語”、その言葉に全部集約されてるなって思った。