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カーテンの隙間から、朝日が差し込む。
今日は休暇最終日──
昨日はペトラと街へ出て、久々に買い物を楽しんだ。
レイは寝台から身を起こし、両腕をぐっと上へ伸ばす。
(ここ3日、久しぶりにゆっくり眠れたからか……身体が軽い)
小さく息を吐き、手早く身支度を整える。
「ペトラ、朝だよ」
すやすやと眠る彼女の肩を軽く揺する。
「……ん〜、レイおはよ〜」
まだ夢の中の声。
だが次の瞬間、ふと鼻をひくつかせる。
「……ん? なんか甘い匂いしない?」
キッチンの方から、香ばしい甘い香りが漂ってくる。
「何だろうこの香り、バター……かな?」
「分かんないけど、とにかく美味しそうな香り!レイ、行ってみよう!」
ペトラに手を引かれ、二人はキッチンへ向かった。
⸻
「あら、2人ともおはよう。よく眠れたかい?」
ペトラの母が、笑顔で迎える。
その手には、焼きたてのクッキー。
「クッキー!?」
ペトラが目を輝かせた。
それもそのはず、
壁内において、砂糖はかなり貴重。
お菓子などは、特別な日に作られる、ご褒美的存在だ。
「どうして急に?」
レイが不思議そうに尋ねると、母は当然と言わんばかりに言った。
「今日兵舎に戻るんでしょう? 見送りの時くらい奮発しなきゃね!」
またいつ帰ってこられるか分からないのだから、と。
2人は顔を見合わせ、声を揃えた。
「「お母さん、ありがとう!」」
⸻
焼きたてのクッキーを見つめながら、レイはぽつりと言う。
「……私も、作ってみたい」
「えっ、レイがお菓子を?」
ペトラが少し驚いたように聞く。
「3日も休暇をもらったから、班の皆さんにお礼を…と思って。」
ペトラと母は目を見合わせる
「あ……もちろん、材料費は払う」
慌てて付け足すと、2人は笑った。
「材料費なんて、そんなのいいのよ!」
「私も同じ班の人達に作る!だからレイ、一緒に作ろ!」
こうして、3人のクッキー作りが始まった。
⸻
そして――
「……」
レイは、無言で“それ”を見つめていた。
歪な形。
ところどころ焦げていて、
紅茶の葉が偏っている箇所もある。
レイの作ったクッキーは、
お世辞にも美味しそうとは言えない
仕上がりだった。
「味は美味しいよ……!」
「これも愛嬌よ、愛嬌!」
2人の必死のフォロー。
しかしそれも虚しく……
「……大丈夫。見れば分かる」
深くため息をつく。
「これじゃ、兵長や他の班員には渡せない」
「いやいや……!レイが必死に作ったんだから、きっと喜んでくれるよ!ねっ?」
ペトラは、落ち込むレイの背中を撫でながら
明るく言葉をかけた。
「……ペトラの方はすごく美味しそう」
ナッツクッキーをちらりと見る。
「レイのもすごく美味しいよ?紅茶の香りもちゃんと残ってるし!」
「……ありがと」
そしてふと、ペトラが首を傾げる。
「それにしても、どうして紅茶クッキーにしたの?普通のクッキーより、温度管理とか香りの出し方とかが難しいのに。」
「……兵長が紅茶好きだから」
ゴトッ。
ペトラの手から、ヘラが落ちた。
「ペトラ……?大丈夫?」
突然ペトラは固まる。
しかし、次の瞬間にはレイの手を握り
グイッと距離を詰めた。
「レイって、兵長のこと好きなの!?」
「……?兵長の事はずっと尊敬してるけど」
「あー……自覚なしね」
「?」
「ううん、なんでもない!
でも私、レイのこと応援してるから!」
言葉の意味を理解できないまま、レイは首を傾げた。
「とにかく!クッキーも全部出来上がった事だし、袋に詰めて持って帰る準備しよう!」
「う、うん。」
「まぁまぁ、青春ね〜」
2人のやり取りを、
ペトラの母は微笑ましそうに見つめた。
⸻
「それじゃあ、お父さん!お母さん!」
「行ってくるね!」
「本当に楽しかった、色々とありがとう」
2人は荷物を持ち、感謝を告げる
「また休みになったら帰っておいで!」
「とにかく2人とも、体調には気をつけて達者でな!」
ペトラの両親も、
“娘2人”を温かい言葉で見送る。
そして2人は 実家を後にし、
兵舎への帰路に立つのであった──
⸻
扉の向こうから、
リヴァイ班員の声が聞こえる。
レイは兵舎に戻った後、
ペトラと別れ、リヴァイ班の集まる部屋に来た
扉を軽くノックし、部屋に入る。
「ただいま戻りました」
視線が一斉に彼女へ向く。
その中に、紅茶を飲む兵長の姿。
ふと、リヴァイとレイの目が合う。
「……ふん、しっかり休めたようだな」
「はい、おかげさまで」
短いやり取り。
たった数日なのに、
随分と懐かしい感じがした。
「レイ、しっかり休めたか?配属されてから兵長に付きっきりで、いつか倒れるんじゃないかって心配してたんだぞ。」
班員の1人が冗談交じりに彼女を労り、
続いて他の班員も優しくレイを迎えた。
「ところで、その紙袋はなんだ?」
「クッキーです。休暇を頂いたお礼に」
「同期の家で作らせてもらいました。」
「「クッキー!?」」
目の色が変わる班員たち。
「そんな高価な菓子を貰って良いのか!?」
「はい。でも、私のは上手く出来なかったので、ここにあるのはほぼ全部ペトラが作った物ですが……」
結局あの後、
レイは自分のクッキーでは申し訳ないと、
ペトラに頼み込んでナッツクッキーを
いくつか分けてもらっていた。
ペトラは……
「せっかくレイの気持ちがこもってるクッキーなのに〜」
と言いながら、渋々分けてくれた。
「確かにレイ、あんまり料理得意そうじゃないしな!」
「ペトラって、あの優秀な女兵士だろ?」
「料理も出来るなんて……惚れる」
一瞬、レイから殺気が漏れ出す
「やめとけ、レイに殺られるぞ」
他の班員が制し、
その場が血に染まる事はなかった。
⸻
「んじゃ、ありがたく頂戴するな!」
そう言って、
班員達は次々にクッキーを手にした。
だがレイの手には、もう一つ小さな袋。
それは──
レイ自身が焼いた、紅茶クッキーだった。
「兵長にだけは、絶対にレイの渡すんだよ!」
と、ペトラに強く言われ
レイが丁寧にラッピングした。
(……やっぱり渡すべきじゃない気が)
その時。
「それは、俺がもらう」
袋が奪われる。
「……兵長!?」
レイは、
執務室へ戻る背中を慌てて追った。
リヴァイは足早に執務室の中に入り、
レイも続いて入室した。
リヴァイはドカッと椅子に座り、
レイのクッキーを取りだした。
「……兵長、それはクッキーとも呼べない”何か”ですので、こちらと交換を……」
そう言って、
ペトラ作のナッツクッキーを差し出す。
しかし、
「俺は甘いのは好かねぇ」
そう言って、一つ口に入れる。
「……」
(やっぱり……口に合わなかったかな)
レイは、視線を下に落とした。
だが、
「……見た目はあれだが、味は悪くねぇ」
「え……」
予想外の言葉に、顔を上げる。
「なんだ、その有り得ねぇって顔は」
「あ、いえ……」
レイは驚きのあまり言葉を失う
「なんだお前、人にやるのに味見もしてねぇのか」
リヴァイは立ち上がり、 レイの方へ近づく。
「ちっ…無駄に身長が高ぇな」
軽く悪態をつきながら、
レイの口にクッキーを突っ込んだ。
「……!」
「味は悪くねぇだろ」
レイは慌ててクッキーを飲み込んだ。
「味はマシですが、見た目が……」
レイの声を遮り、リヴァイが続ける。
「次は焦げないように作れ、いいな?」
( “次”は…… )
その言葉に、胸が跳ねる。
「とりあえず、ありがとうな」
そう言って――
ぐしゃ、と。
少し乱暴に、彼女の頭を撫でた。
その瞬間、
心臓が大きく音を立てる。
(……なに、これ)
理解できない熱が、胸の奥に広がる。
原因不明の症状に焦りつつも、
レイは言葉を返した。
「次は、もっと美味しく作れるよう精進します」
リヴァイは自席に戻り、また紅茶を口にした。
「明日からはまた忙しくなる。さっさと自分の部屋に戻って体を休めろ。」
そして、紅茶に視線を落としたまま続ける
「俺の隣で戦いてぇならの話だが」
その言葉で、
取り乱していたレイの背筋が伸びた。
「また明日から、よろしくお願いします」
リヴァイに軽く礼をし、
そのまま執務室から出た。
扉を閉め、レイはその場で止まった。
(……そうだ、浮かれたり取り乱してる場合じゃない。)
「……私は、あの人の隣に立ち続けられるよう
努力をするだけ。」
彼女は大きく息を吐き、
浮ついた感情を押し込める。
そして 兵士の目つきへと戻った彼女は、
気持ちを新たに、
自室のある兵舎へと向かった──