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「では、これで失礼いたします」
「大変お世話になりました」
町の北門の前で、アリス様、ニコル君がそろって
頭を下げる。
しかし、何というか……
やたらベタベタするようになったと思うのは
気のせいだろうか?
少なくとも人前で、こんなに密着する事は
なかったような。
「……世話になったな」
シーガルがボソッと感謝を口にする。
ビジュアル系バンドの化粧のような顔は
そのままだが、さすがに態度はしおらしく
なっていた。
「お体の方はもう大丈夫ですか?」
「ああ、おかげさんでな。
……王都に戻ったら、親父にも伝えておくよ。
礼は期待していてくれ」
アリス様が町に来てから10日後―――
シーガルの具合が回復したのを受けて、
その医師団や付き添い、またアリス様、ニコル君も
いったん王都へ帰還する事にしたらしい。
「ラッチ~♪
また会いに来るからね!」
「ピュピュィッ!」
アリス様はドラゴンの子供を抱きしめると、すぐに
母親であるアルテリーゼの元へと戻す。
それが合図であるかのように、ニコル君がペコリと
頭を下げ―――
「お土産もたくさん頂いて、申し訳ありません」
「えっとさ……パックさんは?
ここを出る前に、礼を言いたかったんだけどよ」
シーガルが、もう一人の命の恩人について
聞いてくる。
事実、パックさんは毒の治療までは出来なかった
ものの―――
付き添いの医師団によると、私が駆け付けるまでに
比較的安定した容態にまで浄化したらしい。
それまでは付き添いの医師団の方々が、
代わる代わる浄化魔法をかけて、やっと
安定させていたような状態だったという。
「急病人が出たとかで、そちらに急遽向かう
との事で……
後で彼に伝えておきます」
「ああ、お願いする。
それと……あのコメってのか?
出来れば量産して王都まで送ってくれねーか?」
病人食としてのお粥の後、米を炊いて提供して
みたのだが―――
シーガルは思いのほか気に入ったらしい。
ちなみに米は、冬の間は収穫こそ出来なかった
ものの、生育は確認出来たので、現在、南側の
農業地区を拡大させて栽培を開始している。
「また来てねぇん♪」
「そこそこ楽しめたぞ。
また腕を上げて来るがよい」
妻2人の言葉に、シーガルはばつが悪そうに
視線を反らす。
3日ほどで起き上がれるようになった彼は、
一週間もすると本調子を取り戻し―――
リハビリを兼ねて自分を鍛え直したいと、
この町のギルド支部へ訓練を申し出た。
要は対戦相手が欲しいとの事だったが……
私やジャンさんとは実力が開き過ぎており、
また病み上がりでは加減も難しく、せっかく
治った相手にケガをさせるのも後味が悪い。
という事で、シルバークラスに昇格したばかりの
メルとアルテリーゼに白羽の矢が立ったのである。
ちなみにレイド君も手合わせを願い出たが、
それを聞いたミリアさんがヘッドロックの
ようにして連れ去ったため、物理的に却下された。
そして試合の方はというと―――
アルテリーゼの影響で、魔力の底上げが
あったメルは、水魔法でシーガルを圧倒。
もっともこれは、私の入れ知恵というか……
細く圧縮して水鉄砲のように打ち出す、
上空に予め大量の水を待機させ、ゲリラ豪雨の
ように落とす事などを、アドバイスしたからと
いうのもある。
さらに1日置いてアルテリーゼとも対戦が
行われたが―――
人の姿のままで、身体強化のみで戦っても
ドラゴンはドラゴン、という強さを再認識した
だけだった。
だが、久しぶりの試合という事もあって、
町は活気付き、盛り上がりを見せた。
ともかく、こうして来客は去り―――
町の日常が戻ってきたのである。
「ねー、シン。
今日はこれからどうするの?」
貴族さまたちを見送った後、ホッと一息
つきながら、メルが話しかけてくる。
「暖かくなってきたし―――
狩猟は本格的にやるようになって来てるから、
また魚と鳥を獲ってこようかと」
「鳥はともかく、魚は必要か?」
アルテリーゼの問いに、私は額に人差し指を
あてて、んー、とうなる。
「確かに、メルの水魔法で育てればそんなに
必要は無いんだけど……
あれじゃ一夜干しには出来ないから」
ドーン伯爵様との取引が続いている以上、
何匹か卸さなければならないし、何より
一夜干しは伯爵様に取っても、重要な収入源で
あるのだ。
切り身にして一夜干しにすれば……とも
思った事があるが、それが王都で売られた
時にどうなるか―――
急に大きなサイズになった事だけでも
目立つのに、これ以上騒ぎを起こすような
真似は避けたかった。
「んじゃ、私とアルちゃんはこのまま
お肉探しに行ってくるねー」
「すっかり春になったのか、動物も魔物も結構
見かけるようになってきたからのう」
そこで私は妻たちと別れ―――
ひとまず、孤児院へラッチを預けに行く事にした。
「あら、シンさん!」
「どうも……
またラッチを預かって欲しいんですが」
と、院長先生であるリベラさんに挨拶した
その時―――
風がその間を通り抜けるようにして、ラッチの
姿が消えた。
「ラッチー! こっちー!!」
「あー! ズルい!
今日は女の子の方と遊ぶって決めたじゃん!」
集団となったお子様たちにさらわれるようにして、
ドラゴンの子供の姿は遠くへと―――
「はぁ……まったくもう」
「ははは、げ、元気があるのはいい事ですよ。
それより、また増えてません?」
増えている、というのは子供たちの人数の事だ。
町の住人が、親戚や知り合いを呼び寄せる事が
増え、そうなれば当然、幼い年齢層の人口も
増加する。
それならまだいいのだが、問題は―――
『それ以外』の子供たちだ。
この町の発展の噂を聞きつけて、貧しい層の親が
捨てたり奴隷にしたりするくらいならと……
孤児院へ子供を置いて行こうとするのだという。
そこでリベラさんや、孤児院出身のギル君、
ルーチェさんあたりが、親を『説得』している。
あくまでも『預ける』だけにする事―――
なるべく仕事を回すので、町への移住を推奨、
今は東西の新規開拓で人手も不足しており、
さらに西側の富裕層向けの地区が完成すれば、
それ相手の雇用も期待出来る。
遠い土地で引っ越せないのならば、最低でも
半年に一回は顔を見せる事―――
との条件を出していた。
問題は、子供たち同士が仲良く出来るかどうか、
という事だったが……
「ええと、子供同士でのトラブルとかは」
おずおずとたずねると、リベラ先生は
複雑そうに苦笑し、
「子供は、そういうのに敏感ですからね……
飢え死にや奴隷になるよりはマシだと思う
でしょうし―――
孤児院へ手伝いに来てくれるブロンズクラスの
方々も、優しくしてくださいますから」
考えてみれば妻のメルだって、冒険者になるしか
選択肢が無かった一人だ。
そういうケースはごく身近にあり―――
『明日は我が身』というのは、この世界では
子供心にも身に染みて理解しているのだろう。
そんな中、少なくとも衣食住が保証されている
状況下で……
いがみ合うようなマネはしないという事か。
「あ、シンさん!」
「今日も行きますか?」
奥から、同郷3人組のうちカート君と
リーリエさんがやってきて―――
「あ、あの~……
そろそろお仕事に行くから、離して」
と、大小様々な女の子に抱きつかれ、
しがみつかれたバン君も出てきた。
それを慣れた手付きでリベラ先生が引きはがし、
ヨロヨロと彼がこちらと合流する。
「毎度の光景だけど―――
日を追うごとにすごくなっていくな」
「モテるのも考えものね」
そこへギル君・ルーチェさんのコンビも現れ、
また新規のブロンズクラスの人も何人か集合し、
ギルド支部へ向かう事になった。
「おう、シン。来たか」
「あの3人は、もう町を出ましたか?」
ギルド支部に到着した私は、孤児院から来た
メンバーを1階に残して2階へ上がり、
支部長室に入ると―――
そこには、テーブルを挟んで向き合うギルド長と
パックさんがいた。
「はい、大丈夫です。
それとシーガル様ですが、パックさんに
くれぐれも感謝を伝えてくれと」
そこで彼はホッ、と安心したかのように一息つく。
「……何で、ウソまでついて見送りを
しなかったんだ?」
テーブルから視線を上げずに、ジャンさんは
対面の相手にたずねる。
「シーガル様はともかく―――
付き添いの方々から、『ぜひ王都へ』っていう
勧誘がすごかったんですよ……」
パックさんも、テーブルの上を見つめたまま、
ギルド長に回答する。
「あのお二人とも?
そろそろッスねえ」
「いい加減、手を止めたらどうです?」
そこで同室にいたレイド君とミリアさんが、
対峙した2人に半ば呆れながら声をかける。
「も、もうちょい! もうちょっとだから!」
「あと数手で終わるんです!
それまでどうか待っててください!」
私は頬をポリポリとかいて、その光景を
ながめる。
ジャンさんとパックさんが集中しているのは―――
異世界ものの定番、リバーシだ。
事の発端は、人口増加により公衆浴場の利用客も
増えて、足踏み踊りのお客も順調に増えていたの
だが―――
当初6つあったマッサージ用の小部屋を10に
増築しても、まだ満員御礼状態が続き……
すなわち待ち時間がかなり長くなってしまった。
当然それは不満に直結し―――
今のところ目立ったトラブルは無いが、子供たちの
安全も考慮し、その問題解決が急務となっていた。
そこで考えたのが『娯楽』である。
待ち時間を無くす事は出来ないのだから―――
その間、何か遊ぶものを提供出来ないかと考え、
可能な限りの知っている遊び道具を再現して
もらったのだ。
リバーシの他にトランプ・スゴロク……
サイコロに似た物はこの世界にもあったし、
カード自体もあるにはあったのだが―――
「そういや、シンさんの考えた『とらんぷ』
ッスか?
ポーカーとか下の階でスゲェ人気ッスよ!」
「カードはこちらの世界でも、白黒2種類
10枚ずつの物がありましたけど……
シンさんの『とらんぷ』の方がいろいろと
遊べるし面白いです」
「自分が考えた物では無いんですけどね。
好評なら何よりです」
そして、リバーシ対戦中の2人からも感想が
語られる。
「カードの方は数字が単に増えただけだが……
重要なのはアレで出来る遊びの種類だな」
「ポーカーの他にも、神経衰弱や七並べ、
ブラックジャックにババ抜き―――
あれを知ったら、もう普通のカードには
戻れませんよ」
リバーシはともかく、トランプの方は52枚+
ジョーカー2枚で……
量産が厳しいかとも思われたのだが、冬場で
ヒマなブロンズクラスも多く、職人さんたちの
ところへ手伝いに向かわせた。
その甲斐あって、今は少し高めの宿屋や
飲食店にも広まっている。
「『しょうぎ』は試作品が出来たと聞いたが、
『まーじゃん』はもう少しかかると……
うおっ!?」
「はい、これで私の勝ちですよギルド長。
3勝3敗、追いつきました!」
「あっちゃ~、やられた!」
そこでようやくリバーシの決着がついたようだ。
つーかもう6回対戦してたのか。
「しかし意外ッスね。
おっさ……ギルド長がゲームで五分五分なんて」
「真偽判断が使えるんだし、こういうゲームでは
無敵かと思ってました」
彼に取って息子・娘のような2人が
感心していると、
「俺の真偽判断は考えまでは読めねえよ。
あくまでもウソかホントかがわかるだけだ。
特にこういう、相手が打った手に対して
対応しなければならないのは、純粋に
ギャンブル要素が必要で楽しめるぜ」
「私もいい頭の運動になりますよ。
攻撃や戦闘の方はからっきしなので」
そこでようやく2人が頭を上げて、こちらを見る。
「あれ、でも……
パックさんって浄化魔法の他に、火・水・
風・土と魔法は一通り使えるんですよね?
シャンタルさんと結婚した事で、浄化魔法の
威力も上がったんですから―――
他の魔法も同じくらいになっているんじゃ」
確かその他にも、氷や熱湯まで作れる、いわば
超希少なオールラウンダーだ。
ただ魔力が微小過ぎて、限定的な用途にしか
使えなかったと記憶しているが……
「おう、それなんだがな。
シンに相談したい事があってよ」
「多分―――
シンさんにしか協力を頼めない事ですから。
今の私の魔法について……
あ、お仕事が終わってからで大丈夫です」
「?? 私に、ですか?」
レイド君とミリアさんの顔を見ると、どうやら
何らかの事情を察しているようで……
ただ彼らの事は信頼しているし、こちらに
敵対する事ではないだろう。
ひとまず私は、漁と猟のため―――
1階へと戻っていった。
「戻りましたー」
「ただいまー」
「ふー、今日も疲れたー」
宿屋『クラン』へ戻ってきた私たちは、取り敢えず
今日の獲物を女将さんへ渡す。
今日は川魚が20匹ほど。
10名弱で行動してきた割には少ないが―――
これには理由がある。
伯爵家に卸す一夜干しは、だいたい一ヶ月で
120匹ほどだったが……
今は1匹あたりの大きさが倍化しているので、
週20匹ほどに抑えてもらっている。
ただ単価は増えているので、利益は確保出来て
いるとの事。
またメルの水魔法で出した水さえあれば、
巨大化出来るので、資源確保・維持の観点から
極力制限しているのである。
獲ってきた魚はまず通常の水路に放し―――
ある程度大きくなったところで、15匹は
一夜干しに。
残り5匹は西の開拓地区に新たに作られた
養殖専用の池へと移され……
1メートル以上になったところで、食用として
水揚げされる、というサイクルになっていた。
ちなみにナマズは、
・たんぱく質確保が困難な冬季の場合
・もしくは何らかの食料危機に陥った時
を除いて禁止令が出た。
巨大化するだけならともかく、魔物化する可能性が
あるとなると仕方がない。安全第一。
「それにしても、鳥はもったいなかったのう」
「あー、でも帰りに見ちまったもんな」
ダンダーさんとブロックさんが残念そうに話す。
「すいません、せっかく運んでもらったのに」
私が頭を下げると、2人は首を左右にブンブンと
振って、
「いやいや、そういう取り決めじゃったし」
「アレの後じゃ、仕方ねえですよ」
彼らと話しているのは―――
野鳥は一応15羽ほど確保出来たのだが、帰りで
全部放してしまった事だ。
これも理由があり―――
メルとアルテリーゼのコンビで、多少離れた
場所で狩りをしてもらっているのだが、
彼女たちが何らかの獲物を持ち帰ってきた時は、
捕獲してきた鳥は放す事にしていたのである。
そして今日は……
帰りがけに、何かを抱えて町へ飛んでいく
ドラゴンの姿を目撃してしまい……
「あの2人が狩ってきたのは―――
確か何とかバッファロー?
とか言ってたっけ。
その解体と調理でみんな大忙しさ。
とてもじゃないが、鳥にかまっている
ヒマなんて無いさね」
クレアージュさんが忙しそうな中、
説明してくれる。
鳥小屋に一時保管する事も考えたが、
今は2つ首の魔物鳥『プルラン』専用に
なっているし……
何より他に獲物がいれば、資源保護のために
自然に還す方針で動いていた。
ただし、現状の収穫量イコール仕事量が
落ちているのは確かで……
「んー、でも……」
「俺たちはいいですけど、こう手ぶらだと何か」
狩猟メンバーの中には仕事が無くなるかも、
という不安も広がっているようだ。
そこで私は彼らに声をかけ、
「確かに、鳥や魚を獲る量は減ってますが……
建築素材や食べられそうな野草・果物―――
あと薬草の確保はそれぞれの季節を通じて
必要ですからね。
開拓が終わって人が増えれば、需要はますます
増えると思われますので、周辺の調査も兼ねて
今後ともお願いしますよ」
安心させるためというのもあるが―――
人が増える以上、消費される素材や資源の需要は
うなぎ登りになるのは間違いない。
私の言葉に、何人かのメンバーはホッとした
表情を見せる。
そこへさらにもう一人、見知った茶髪の女性が
加わった。
「あ、シンさん~……
ただいま戻りましたぁ」
「ファリスさん!」
そこに現れたのは、氷魔法の使い手である
ファリスさんだった。
本格的に暖かくなる前にと、東の村へ氷室を
作りに行ってもらっていたのだ。
「お疲れさまです。
どうでしたか、東の村は」
「あっちにも、ここと同じお風呂とトイレが
あったので助かりましたよぉ~。
あ、そうだ。
仕事は言われた通り、純粋に氷を溜める
用途のものと―――
食糧貯蔵用のものを別々に作りました」
あっちでも魚や鳥が獲れ始めるようになったら、
保存は必要だしな……
間に合って良かった。
しかし、本来ならこの町のバックアップにと
東の村の開発を行ったはずなのだが―――
冬の間はこちらから、魚や肉の搬送を何度か
行ったし、なかなか想定通りにはいかない
ものだ。
「今日はちょうどお肉も獲れたみたいですので、
いっぱい食べてお休みください」
「ホントですかあ!?」
その丸顔を輝かせるように喜びの笑みを
浮かべ、みんながそれを見て笑顔で応える。
その雰囲気の中で、狩猟隊も解散となった。
「う……っ、まだ寒いですねえ」
「すまんな。
こんな事に付き合わせて―――」
その日の夜……深夜と言ってもいい時間帯。
私とギルド長は、町から南へ、ドラゴンの
飛行時間で1時間ほど離れた距離の所にいた。
「開けた場所がなかなか無くて……」
「念のため、万が一の時―――
被害を出しても構わない場所にしなければと」
パックさんと、ドラゴンから人の姿になった
シャンタルさんが、周囲を見渡しつつ声を
かけてくる。
「確かにだだっ広いッスねえ。
ここなら、何をぶっ放しても問題無いっしょ。
周囲には何も無し、と」
レイド君が、範囲索敵を使いながら
周囲を確認し、
「では、シンさん、パックさん―――
準備はよろしいですか?」
続けて、ミリアさんが私たちに確認してくる。
準備とは……
パックさんの『魔力測定』である。
シャンタルさんと結婚し交わった事で―――
パックさんの魔力は桁違いに跳ね上がったと
推測される。
浄化魔法を見てもそれは明らかで、ギルド長と
主要メンバーは、その確認と把握が必要と判断。
ただパックさんは冒険者ギルド所属ではなく、
また訓練場で測定を行わせても破壊力・規模が
予想出来ず、
自分がいればほぼ無効化は出来るだろうが、
この能力は基本的には隠しているものなので、
あまり派手に人前で使うのはばかられ……
それらの理由から、人気の無い場所での測定を
行う事になったのである。
「すまんな、パックさん。
冒険者でもないのに」
「いえ、むしろ感謝しております。
自分でも今の力は、把握しておかねばならないと
思っていましたから―――」
ギルド支部の最高責任者が頭を下げ、薬師も
謙遜してそれに答える。
「じゃあ―――
シャンタルさん、そしてレイドにミリア。
一応離れていてくれ。
シン、よろしく頼むぞ」
こうして私とパックさんを残し、他の4人は
距離を取った。
ちなみに私の嫁2人は、防衛のために留守番として
町で待機している。
「よし、始めよう。
パックさん、火魔法から使ってみてくれ」
「は、はい!」
そして対戦―――というか、彼の発する魔法を
無効化する作業が始まった。
「シンさん、いきますよ」
「ええ、いつでもどうぞ」
と、その途端―――
地響きと空気の振動がビリビリと伝わってきた。
「シン!
ヤバいと思ったらすぐに無効化しろ!!」
ジャンさんの怒鳴り声に思わず身構える。
魔力など自分にはわからないが―――
今までのどの対戦相手よりも異様な気配が
パックさんから感じられる。
「火―――」
月明りの下、彼の手が暗闇の中で光ったかと
思うと―――
まるで爆発を思わせるような火球が出現した。
「うお!?」
「うわ!!」
それを見ていたレイド君とミリアさんも
驚きの声を上げるが、当の本人も予想外だった
らしく、
「う、うわわっ!
シンさん!!」
「……っ、魔力による炎など
・・・・・
あり得ない!」
その途端、巨大な炎は消え……
辺りに静寂が戻る。
「い、今のは全力で?」
私の質問に、パックさんはしばらく自分の手を
見つめていたが、
「は、はい。
ですが、次からは注意した方が
良さそうですね……」
良かった、強弱の制御は可能なのか。
「そうですね。
ただそれでも無効化は可能だと
わかりましたので……
一応、もう少し距離を取りましょうか。
引き続き全力でお願いします」
こうして、魔力測定は継続され―――
水魔法は津波を、風魔法は竜巻のごとく、
土魔法は巨岩の雨を降らせ、
ギルド支部の面々は、その実力を思い知ったので
あった。
「では、最後に氷魔法ですが……」
「はい、お願いします」
ギルド長に言われた通り―――
自己判断で、危険を感じたら即無効化させては
いるが……
その大地に残る爪痕は、完全に自然災害の
それであり、ジャンさん・レイド君・ミリアさんの
3人は、固唾を飲んで見守っていた。
「正直ここまでとはな。
王都にいる本部長に匹敵するぞ……」
「つーかシンさんいなかったら、
俺ら死んでねえッスか?」
「アレ全部無効化する、
シンさんもシンさんですねー……」
しかし、ギルド3人組をよそに妻である
シャンタルさんは、
「さすがは、わたくしの夫です♪
パック君は何でも出来てすごいのですよ♪」
まだまだ新婚さんなのでテンション高いな。
それは自分も同じだけど、外からだとああ見えて
いるのだろうか。
だとするとちょっと恥ずかしいな……
と、集中しなければ―――
無効化は出来るが、かつてのシーガルとの
戦いの時は、タイミングを逸して直前で
熱風を浴びたし。
気を抜けば大怪我では済まないだろう。
さて、パックさんの『氷魔法』は何がくるか。
ブリザードかツララか、それとも―――
「氷―――」
その腕を、天を指し示すように上げる。
なるべく体から遠く離れた位置で、魔法を
出現させるように。
と、そこへ―――
パックさんの周囲に、白いモヤのようなものが
見え……
「……雪?」
と思った瞬間、それは自分の周囲の景色を
一気に変貌させる。
「なっ、雪崩!?」
足元が冷たくなったかと思うと、当然視界が
真っ白になる。
「……ま、魔力による雪崩など
・・・・・
あり得ない!」
思わず無効化を発動させると―――
恐らくは私の身長を上回るであろう、膨大な量の
雪がかき消えた。
「だ、大丈夫でしたか、シンさん!?」
両手を地面につく私に、パックさんが
駆け付けてくる。
「きょ、距離を取っておいて正解でした」
それを見ていた周囲の面々も―――
ホッと安心した表情を見せる。
うかつだった。
吹雪みたいなものが来るかと想定して
いたのだが……
考えてみれば水魔法は津波になったし、
その物量そのものが危険と化す事もあるのだ。
「やれやれ―――
これでやっと終わりか。
熱湯はやらなくていいだろう。
津波でこられたらシャレにならん」
「しっかし、冒険者登録したら……
その日のうちにゴールドクラスッスよ、
こんなの」
ギルド長と次期ギルド長が、感心したような
呆れたような感想を述べ、
「はぁ~……
お疲れ様でした。
パックさんも、シンさんも」
「早く帰りましょう、パック君」
女性陣2人も測定の終わりと帰還を促し、
私たちは町へ戻る事にした。
「……すいません、こんな運び方で」
「いえ、大丈夫です。
少しの間だけですし」
シャンタルさんの上に乗っているパックさんが、
申し訳なさそうに聞いてくる。
もちろん、帰りもドラゴンに頼んで飛んで
もらうのだが……
さすがに5人は乗れず、3人が限界との事で、
背中にはパックさんとミリアさん、そして
レイド君が―――
そして私とギルド長はシャンタルさんに
『持たれて』の移動となっていた。
そうなった基準は言ってしまえば『体重』。
軽い順に背中に乗ってもらい―――
私とギルド長は人形を握り締めるようにして
運ばれる身となったのである。
身長の割にレイド君軽かったのね……
「浴場はもうやってねえだろうし、
帰ったら一杯ひっかけて寝るか」
ギルド長が独り言のように語ると、
「あ、良ければ私がお風呂沸かしますけど。
ウチに寄りますか?」
パックさんが気を使って提案してくるが、
「新婚さんの家に上がり込むほど
ヤボじゃねえよ」
下からは、パックさんの表情もドラゴンの顔も
わからないが―――
恐らく、2人とも顔を赤らめているだろう。
「そういえば、これでパックさんの―――
火・水・風・土・氷の確認が出来たわけ
ですけど」
ふと、上からミリアさんの声が聞こえ、
「そうだが……何だ?」
「いえ、あと―――
雷撃系の魔法とかあったら、攻撃に関しては
揃ったのに、と思いまして」
ギルド長と秘書のやり取りに、次期ギルド長も
加わり、
「そーいやパックさん、ソレは
出来ないンスか?」
「パック君、やってみたら?
案外簡単に出来ちゃうかもしれませんよ?」
そして妻の勧めもあって、
「ハハハ……それじゃ、
雷―――」
と、彼がふざけて空中へ手を伸ばしたであろう
瞬間、
まず、一面真っ白になるような輝きが
視界全体を覆い、
次いで薄闇が戻ってきたかと思うと、
いくつかの枝分かれした光が一直線に
なって現れ、
「―――!!」
それが消えると同時に轟音。
そして眼下を見ると……
煙、そしてわずかだが火によるものと思われる
光がチラホラと見えた。
「どうぅえぇえええ!?」
「お、落ち着くッス! ミリア!」
上の方で、レイド君とミリアさんの困惑する
声がして―――
「う、うわあ……!
まさか本当に出るなんて思ったり
思わなかったり」
「お、落ち着いてパック君!
こういう時は、そ、そう……
目撃者を消すのよ!!」
さらに夫婦は混乱し、そこへジャンさんの
怒鳴り声が飛ぶ。
「あの程度の火なら、パックさんの水魔法で
何とかなるだろ!」
「そ、そうですよ!
とにかく地上へ降りましょう!!」
こうして私たちは、最後の魔力測定の後始末の
ために、消火作業に勤しむ事になった。