コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「プール行かね?」
「…は?」
季節は夏。やけに暑さが増す晩夏の真ん中で俺はただデスクに向かいキーボードに手を遊ばせている。そんな中、俺に一滴の潤いを与えてくれたのは彼女、「水兎ちゃん」こと、「藤咲菜晴」という名の後輩だ。詳しく説明すると、ある日の仕事終わり、藤咲さんから唯一の場所へのお誘いを貰った。それも俺に何か言いたいことがあるとの事。話を聞けば”プールにいかないか?”だと。それで、幼なじみの旬を誘い、『Venus・Rabbits』の3人と俺、旬の5人で夏休みプールに行くこととなった。この一文だけ見れば高校生の甘い青春に見えるな。でも実際は社会人の唯一の青春。もう青春じゃないか。うちはちょいブラックだが、一応夏休みはある。3日間のな。この3日間をどう過ごそうか毎年悩むが、今年は悩む心配はない。なんたって予定ができたからな。折角の三連休を家でダラダラと無駄な時間を過ごして終わる。なんて日々とはおさらばだ。
にしても、藤咲さんも物好きだよな。俺なんて高校から新卒で入って早6年。19歳くらいの子からしたらもうおっさんじゃないのか?こんな奴と行くくらいなら同年代の男友達とでも行きゃいいのに。あのレベルの顔面偏差値なら彼氏の1人や2人居てもおかしくないだろ。
「梣崎さーん、資料まとめたので確認お願いしまーす」
「あぁ、うん。ありがとう藤咲さん」
突然話しかけられて少し吃った。社内では一応先輩後輩の関係。店では客と店員。なんか変な関係だよなこれ。
7月19日
夏休みは確か7月24.25.26日の3日間だったはず。それまではとりあえず、この怠い日々を耐えるのみだ。もう慣れたけど3日間の夏休みってそれ夏休みなのかって話だよな。ただの三連休だもん。藤咲さんとか高校卒業したばっかで夏休み3日しかないって知ったら絶望するだろうな。まぁ実際6年前の俺も絶望したし、この会社の人達は1度それを経験するものだと勝手に思ってる。
「え、夏休み三連休ってことですか?3日も休みなんて凄いじゃないですか!」
あれ、なんか思ってた反応と違うんだけど。
もっとこう、「3日間で何ができるってんだよ糞が!!」ってなると思ってたんだけど。これは藤咲さんがバカなのか、高校が厳しいところだったのかどっちなんだろう。一応困った時の話題にでも「高校の頃の話」を入れておくか。
7月23日
明日からは夏休みだ。そう。夏休みだ。更にプールの予定は明日ってことになってるし今日はいつもより足取りが楽だ。
プールに行くとかいう普通の学生みたいなことでワクワクしてる自分が少し恥ずかしい。なんて思いながらデスクに座りキーボードに手を添えた。昔からの癖で、PCの起動を待ってる間キーボードを適当にカタカタしている。
12:55
昼休憩を終えた俺はまたもやデスクに向かい昼からの仕事を進めようとした。その時
「あのさ、こんな事もできないの?お前」
隣の方で上司が怒っている。あれは確か、俺がこの会社で1番苦手な上司松浦部長だ。どんなミスでも長時間グチグチと社員全員の前で説教してくる悪質なタイプ。しかも主に精神攻撃が得意らしく、奴のせいで退職した新人社員も多いとか。それで、今回は誰が餌食になってるのかな……俺はデスク横目に松浦の声がする方を見てみた。
「す、すみません…!やり直しま_」
「はぁ?やり直す時間あると思っての?」
「すみません…」
え、藤咲さんだ。
今回の餌食は藤咲さんだった。いつもならこういう時、我ながらクズだとは思うが説教喰らう社員を嘲笑い仕事中の一種のイベント程度に思っているが……。
その説教の餌食が藤咲さんなのだとすれば話は別だろう。もし松浦のせいで藤咲さんが転職とか考えようもんなら退屈でクソな職場に戻ってしまう。そんなの絶対いい訳がない。この物語的にもとても不都合な展開だ。どうにか藤咲さんを救えないか…。一応録音でもしとくか。
「お前新人だからって許してもらえると思うなよ?これだから新卒のガキは…」
「そ、そんな事は思って……」
「え。なに口答え?この状況で俺に口答え?」
「ぁ…えと…」
俯いて言葉が出ない藤咲さんを見ているだけで何も出来ない自分がとても嫌いだ。
「じゃあ、今日定時なったら俺んとここい」
「な、なんで…ですか」
「仕方ないから許してやる。その代わり俺に付き合ってもらうぞ」
「ぁ…そ、それは……」
「これは業務命令だ。抵抗したらどうなるかわかるよな?新人なんだから言うこと聞け」
松浦コイツなんてこと言ってんだ…。藤咲さんまだ19だろ?2人にしたら何されっか分かんないし…ここは一応先輩として俺が何とかしなきゃならん。でも何を言えば…!
「はい。分かりました…」
おいおい…承諾しちまったよ…!クソ、もういいやなんでもいいから言葉出てくれ…!
「松浦部長!藤咲さんは俺と予定があるので今日は……」
あれ、違ぇ…。これじゃない。なんか変な嘘ついちまった…!
「あ?なに梣崎。」
「あ、いや、藤咲さんのミスは先輩である俺が受け持ちます。藤咲さんも、今日のミスは取り返す必要があります。」
「梣崎。何の話だ。業務に支障をきたすから戻れ」
「なので、藤咲さんと俺は今日残業するので、松浦部長との予定は受理できません…!」
なんで俺が受理できないとか言ってんだよ!
「お前部長に向かってその口はなんだ。」
「…業務命令といって19の新入社員を無理やり付き合わせて…部長としてどうなんです?」
「俺は何時でもお前を降格させられるぞ。」
「業務命令なら社長に聞いても大丈夫ですよね?」
「お前、舐めた態度もいい加減にしろよ」
コイツ殴ってきそうだな。殴ってきたらこっちの勝ちだし歯ぁ食いしばっておくか?いや、さすがの部長でもこの人数、見てる社員もいる中で殴るなんで愚行はしないか…。
「さっきの部長の発言。録音していたんですけど…。これ、社長に提出してもいいんですよ」
「早く消せ!消さねぇならこの会社からお前を消すぞ!」
「今の立場を考えてください…!これだけの承認と証拠の録音があります。」
もうこの際だからドラマや小説の事件を暴く名探偵みたいにノってやろうか。
「………何の真似だ」
「あなたのせいで何人もの新入社員が辞めていった。もうこれ以上新入社員を辞めさせる訳にはいきません。」
「クソっ…。もういい勝手にしろ!」
松浦はイライラして去っていった。それから背を向けたまま松浦は
「残業で終わらなかったら明日来てもらうからな。」
そんな言葉を吐いた。
俺と藤咲さんは顔を見合わせると、早急に業務に取り掛かる。焦り混じりでデスクに座ってキーボードに手を添えて、横目で藤咲さんを見てみた。
横目同士の目が合う。
「ありがとう…ございます!」
藤咲さんはニコッと微笑み小声で囁く。